番外編8 魔術を創ろう


 太一と氷華の非日常的な日常が戻ってから数日。ワールド・トラベラーを再結成した彼等は、再び自主的に修行を始めていた。自分の能力を磨く為、強くなる為、勝敗をはっきりさせる為――世界を救い、護る為。頼りになる仲間たちも増えたが、自分自身も強くならなくてはと意気込み、太一と氷華は任務がない日でも修行に励んでいた。


「何だか懐かしいな」


 氷華が通う学校の逆方向に存在する陸見山。その川岸付近で氷華はスクールバックを置き、自身も石の上に腰を下ろす。川のせせらぎだけが木霊する中、氷華は少し昔の事を思い出していた。あの時は、自分はまだ“只の女の子”だった。


「あの頃は、ゼンからもらった魔術大事典を読みながら修行してたっけ」


 そのまま「『開け、ゴマ』」と呟き、氷華はパチンと指を鳴らす。すると彼女の側の空間がぐにゃりとねじ曲がり、そこから魔術大事典が落ちてきた。氷華は魔術大事典をキャッチすると、ぱらぱらとページを捲る。


「この空間転移魔術を覚えるのも苦労して、この場所でよくゼンに特別授業してもらったなあ」


 すっかり理解できるようになってしまった魔術大事典を再び四次元空間へ戻し、氷華は空を見上げながら「ゼン、元気かな……」と彼女にとっての師匠を思い出していた。恐らく、ゼンはアクと共にシンの中で生きているのだろうが――やはり氷華にとっては、シンとゼン、それにアクが全てイコールに割り切れる訳ではない。


「元気だぞ」


 そんな時、唐突に現れたシンを見上げ、氷華は「まあ、シンが言うならそうなんだろうけどね」と苦笑いを浮かべた。そのまま地面へ足を付けるシンに、氷華は「もしかして、任務?」と首を傾げる。しかし彼は首を横に振りながら「いや。氷華の師匠に習い、私もたまには特別授業を開いてみようかと思ってな」と微笑んだ。

 いつの間にか知的に見える眼鏡をかけ、ホワイトボードまで用意しているシンを見て、氷華は「ふふっ、懐かしい感じ」と笑みを零す。しかし、シン自ら特別授業をしてくれるならば、と思い、氷華は真剣な表情で話を聞く姿勢になっていた。


「と言っても、お前は既に魔術大事典の内容を理解し、魔術をマスターしていると言っても過言ではない。だから、私から教える事も少ないだろう」

「じゃあ何の為に?」

「氷華の師匠も教えなかったであろう、魔術の正体でも教えておこうかと思ってな。これを理解しておけば、今後自分で魔術を創造する時も楽になるだろう」


 その発言を聞いて、氷華はゼンとアクが直接対決をした時の激戦を振り返る。確かにあの時、氷華は自分で魔術を創造した。


「既存の魔術の精度を上げる事もいいだろうが、自分の魔術を創造する事に励んだ方が、更なる進化に繋がるだろう」

「あの場所って思い込めば何でもできるって聞いたから、自分で創造して発動できたのかと思ったけど……私、今でも普通に魔術を創れるのかな?」

「少し苦戦するかもしれないが、きっとできるぞ。その為に、今から真実を教える」


 そしてシンはニヤリと笑い、「何でもいい。試しに、魔術大事典に載っている魔術を発動してみなさい」と促す。氷華は少し迷ったが、とりあえず一番最初に発動した氷雪系魔術を唱えた。


「『ジーヴル』」

「例えば、『ジーヴル』は名前だ」

「……うん?」


 シンの発言に、氷華は固まった。

 氷華の魔術によって、近くで流れていた川も固まった。


「まあ、それは何となくわかるけど」

「じゃあ次。少し長めの詠唱が入る魔術を発動してみなさい」


 氷華は若干戸惑いつつも、魔力を集中させて静かに詠唱を口にする。


「『雷電よ、我が声に応えよ。雷纏いて、鋭き一閃となれ。リュード・ラ・フゥドル』」


 ――――バリバリィッ!


 凍らせた川に雷が落ち、氷片が弾け飛んだ。氷華はくるりと振り返って「これでいいの?」と尋ねると、シンは満足げな表情で頷く。そのまま氷華へ驚くべき真実を告げた。


「今回の場合は、『雷電よ、我が声に応えよ』が郵便番号。『雷纏いて、鋭き一閃となれ』が住所。『リュード・ラ・フゥドル』が名前ってところだ」

「…………」

「まあ、わかり易く例えるとこんなところだな」


 氷華の身体の中に、まるで雷が落ちたような衝撃が走る。暫くしてやっと正気に戻った氷華は、「つ、つまり……」と声を震わせた。


「私って今まで「郵便番号! 住所! 氏名!」みたいに叫んでたって事? 改めて考えると、ちょっと恥ずかしいんだけど……」

「人は恥ずかしさを乗り越えて大人になっていくから大丈夫だぞ」

「そういう問題!?」



 ◇



 氷華は、改めてシンから教わった事を再び整理する。


 魔術の詠唱を郵便番号、住所、氏名で例えた事に合わせると――切手で手紙を送る感覚で、魔力で命令を届ける感覚らしい。また、詠唱破棄をすると普通より多めに魔力を消耗する。シン曰く、クール便の着払いだそうだ。


「低度な魔術は名前だけで届くが、高度な魔術になると詠唱が必要になる。魔力が迷ってしまうからな」

「それで、そこを省略しちゃうと、魔力の無駄使いになる……って訳?」

「そうだ。だから“それ”から逃げちゃ駄目だぞ」


 シンからの指摘に、氷華は「うっ」と声を漏らした。氷華が少し億劫に感じている事は、とっくに見抜かれているらしい。


「あの時は状況も場所も特殊だったからな。ほぼ無意識に詠唱をし、創造した魔術を発動したんだろう。だが、これからは自分自身で創らなくてはならない。だから――ちゃんと詠唱も考えなさい」


 氷華は魔術を発動する時、詠唱によく苦戦していた。長めの内容は覚えるのが困難で、たまに「どうしてこんな複雑な詠唱にしたの!? かっこいいけど!」と叫び、心が折れそうになる時があった。


 そんな過去もあるので、自分で創るとなっては――確実に“それ”にぶつかるだろうと、自分で確信していたのだ。氷華は「どうしたものか」と頭を悩ませる。


 ――郵便番号の部分は定型文だから楽なんけど……あれ、そういえば前にソラも「郵便番号みたいな感じ」って言ってたっけ?


 そのまま仲間たちの精霊魔法を思い出しながら、氷華は「シン。精霊の皆の詠唱はどうなの? あれって個人差あるよね?」と問いかけた。するとシンは眼鏡のフレームをカチャッと上げながら「ああ、精霊は魔術じゃなくて魔法だからな。それの差もある」と口を開く。


「それに、凄く雑に言うと……いや、ここからは助っ人に訊くといい」


 そしてシンは、後方から歩いてくる人物へ視線を送った。



 ◇



「シンに「氷華を助けてやれ」って言われたから、戦闘とか覚悟してたんだけど――これは一体どういう事なんだ?」


 シンから呼び出されたカイリは首を傾げると、氷華は「助っ人って、カイの事?」と同じように首を傾げている。シンだけはニヤリと笑いながら「氷華は自分で創った魔術の詠唱に悩んでいる」とだけ告げると、カイリは「あー、何となく把握した」と言ってその場に腰を下ろした。


「私だけ把握できてないよ……詠唱って個人差があるから、私もできればソラみたいに楽そうな感じにしたいんだけど……」


 するとカイリは、少し真剣な表情で「たぶん無理だ」と口を開く。何か確信があって言っているのだろうと判断した氷華は、真面目に「どうして?」と問いかける。


「シンからある程度の話は聞いてるんだろうけど――まあ、簡単に言えば――精霊魔法の詠唱って、郵便番号以外は只の気合いだ」

「…………」


 その場で静かに腰を下ろし、氷華は少し遠い目をしながら「精霊って、やっぱり凄いんだね」と呟いた。

 カイリ曰く、精霊そのものが自然を司る存在なので、その気になれば郵便番号だけでも何とかできるらしい。


「だから個人差がある。特にソラやアキュラスなんかは適当だろ?」

「スティールとディアもちょっと似てるよね」

「ディアガルドは考えるのが面倒だから、スティールに考えてもらってるって言ってたぜ」

「あ、そうだったんだ。ちょっと意外」


 氷華は目の前に居るカイリを見つめ、彼の精霊魔法を思い出し――顎に手を添えながら「カイの詠唱って、魔術大事典に載ってるのと少し似てるよね。難しいけど、かっこいい感じの――」と口を開いた。そのまま魔術大事典のページを捲り、嬉しそうに鼻を高くしているカイリを見上げ、氷華はぼんやりと彼を眺める。

 そして、氷華はある真実に辿り着いた。


「も、もしかして……この本って……」

「そうだぞ。魔術を考えたのは私だが、詠唱の部分はカイリに協力してもらった」

「懐かしいな。俺がシンとソラに出会ってすぐぐらいだっけ。確か『開け、ゴマ』以外は真剣に考えたな」

「私は結構あれ好きだぞ」

「何か開ける時には『開け、ゴマ』だって決まってるだろ? どうしてもあれ以上にいい感じなの思い浮かばなくて」


 顔を引き攣らせながら笑っている氷華の肩を、シンはぽんっと叩く。


「魔術大事典で成長した氷華にとって、それに近い詠唱が一番力を発揮できるだろう。つまり、詠唱に悩んだらカイリに協力してもらうといい」


 氷華は片手で目元を覆いながら、これから先も詠唱で苦戦するであろう事を悟り、心の中で呟くのだった。


 ――やっぱり、自分で魔術を創るの……やめとこうかな……。



 そんな風に思いつつも、カイリの助けを借りながら必死に努力している氷華に一瞥し、シンは瞳を閉じる。


「アクにぶつけた時の詠唱は? あれは結構よかったと思うけど」

「あの時は必死だったからなのか、勝手に頭に浮かんで……」

「勝手に頭に浮かぶなら才能あるじゃん」

「それ本当に褒められてる……?」


 どこまでもまっすぐな氷華に微笑みながら、シンは改めて確信した。


 ――水無月氷華は、精霊や……下手したら、神をも超えるような……とんでもない魔術師に進化する。






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