番外編10 シンの挨拶回り



 新年を迎え、それぞれの年始を過ごしてから早数日。シンと共に「特別任務」に赴いていた太一とノア、スティールが帰還した。三人の帰還をソラシアは嬉しそうに迎え、氷華も「おかえり」と真冬にも関わらず、アイス片手に手を振る。


「ティル兄、太一、ノア、おかえり!」

「ソラシア、会いたかったよ……!」

「た、ただいま……」

「あれ、何か体調悪い?」

「体調は悪くないが、精神的に疲れた」


 ノアの発言に氷華は首を傾げると、太一たちは「特別任務」の内容を頭に思い浮かべながら、静かに語り始めた。

 特別任務という名の、シンの挨拶回りを。



 ◇



 シンに呼び出された太一とノアは、年越し蕎麦を片手に彼の拠点へ向かう。


「――って訳で、細く長くって意味を込めて、蕎麦を食べるんだよ」

「細くていいのか? 僕は誰かに護られながら細々と生き延びるくらいなら、何かを護って死ぬ」

「そりゃそうだけど……」

「だから僕はうどんを希望する」

「ノア、お前それ単純に好みの問題だろ!?」


 途中、太一が年越し蕎麦について説明しつつ、複数の結界を越え、二人はシンの拠点の扉を開くと、彼はパスタ片手に出迎えた。


「やっと来たか、二人共。早くしないと歌番組が始まってしまうぞ」

「いや、あ〜……一応訊くけど、何でパスタ?」

「スティールが蕎麦よりパスタの方がいいと駄々を捏ねてな」


 太一が「後で蕎麦とうどん作っていい?」とシンに確認を取る横で、ノアは少し意外に思いながら「お前たちもこちらに居たのか」と呟く。視線の先には炬燵に潜りながらゲームをするカイリと、スティールの隣で蜜柑を食べるソラシアの姿があった。二人は普段、北村家と水無月家に居候している為、此処に居るとは思わなかったらしい。


「流石に太一が居ない状況で俺だけってのもちょっと。たまには二人でゆっくりして貰いたいなーって思ってさ」

「ソラはね、初めてのお正月だから帰省ってのをしてみたの! ティル兄と一緒に年越ししたかったからね。それに、氷姉も何か忙しそうだったから、出掛けたりするのかなって思って」


 楽しそうに笑うソラシアを見て、ノアは「そう言えば確かに氷華は朝から忙しそうだった」と思い出す。一心不乱に掃除をしたり、少し気合いの入った服を着ていたり、買い出しに出掛けたり。誰かと会うのだろうかと考えていると、太一が「ってか、それディアガルドだよな? 大丈夫、なのか……?」とアイマスクをしながら炬燵で爆睡しているディアガルドを指した。するとスティールが自分の口元を人差し指で押さえながら「静かに。それと触らない方がいいよ」と忠告する。


「起こしたらぶっ殺すって言ってたから」

「じゃあ何でこんなとこで寝てんだよ!?」

「炬燵で寝ると風邪を引くと氷華から聞いた。ドクターは大丈夫なのか?」

「僕にはよくわからなかったけど、何かそれを防ぐ為とかで炬燵の電源抜かれちゃった」


 太一が炬燵に足を入れてみると、確かに電源が入っていなかった。つまり、大して暖かいという訳ではない。普通に布団の中に足だけ入れているような感覚だ。

 少し複雑な気分になりながら「暴君かよ」と静かにツッコミを入れると、隣の方から半纏を着込んだアキュラスが「まあ、ディアもたまには夜更かしして年越しってのやってみてえんじゃねえの?」と言いながら汁粉を飲みまくっている。出会い頭には決まって勝負を振ってくるアキュラスが普通に話し始めたので、太一は酷く驚いたように「ど、どうしたアキュラス……風邪でも引いたか?」と困惑していた。


「たまには身体を休める事も必要だろ」

「アキュラスがまともな事言ってる……雪じゃなくて槍でも降るのか……?」

「てめえ、どういう意味だコラ」



 太一たちが雑談に花を咲かせる横で、ノアは緑茶を啜りながら「それで、シン。例の「挨拶回り」とは何だ?」と問いかける。すると様々なパスタを並べ終えたシンが、ニコリと笑いながら「いやあ、そのままだよ。ノアやスティールは少しピンとこないかもしれないが」と続けた。


「個人差はあるが、人間たちは新年になると、親戚への挨拶回りをする者が多い。そんな感じの挨拶回りも兼ねた新年会に、私の部下代表として参列して貰う」


 その言葉を聞いて、太一は冷静に考えた後、「ちょっと待て」と言いながら蒼い顔を浮かべる。

 一応「この世界の神であるシン」が言う「挨拶回りも兼ねた新年会」に「部下代表として参列」する。それは、つまり――。


「シンの親戚って……人間?」

「神族だな。主に異世界の」

「挨拶回りって」

「本当はサボりたかったんだが、これでも私、神族の中でも地位は上の方でな。逃げる訳にもいかず」

「え、シンが上の方!?」

「そこで驚くのか……しかし上には上が居てな。特に一番上の堅物爺さんに会うのが億劫で。ひとりじゃ嫌だから、何人か道連れだ」


 その真実を知った瞬間、太一とノア、スティールは顔を引き攣らせながら言葉を失った。



 ◇



 もうすぐ日付と共に年が変わるという間際、寝起きのディアガルドは「なるほど。まあ、そんな事だろうとは思いましたけど」と呟きながら、太一から「挨拶回り」に対する事情を聞いた。どうやらディアガルドは以前のシンの発言から、ある程度この状況は予測していたらしい。


「となると、不正どころか初めからある程度は決められていたんでしょうけど……」

「ん?」

「いえ、何でもありません。太一くんたちは運が悪かったですねと思っただけなので」


 太一から年越し蕎麦を受け取り、ディアガルドは「この国の風習は楽しいので好きです。まあ、僕の勉強不足もあるんでしょうけど」と少しだけ嬉しそうに微笑んだ。以前、まるでクリスマスを知らない風だったり、今回の発言然り――太一はディアガルドに対して単純な疑問を浮かべる。特に何も考えずに、太一はいつもと変わりなく「ディアガルドって普段は博識なのに、変な所で無知っぽいよな。クリスマスとか、年越しとか――」と口を開いた。


「…………」

「……ん? どうした?」

「いえ、知識はあるつもりなんですが……見るのと体験するのは勝手が違うでしょう?」


 何かに想いを馳せるように、ディアガルドは少しだけ目を細める。しかし、彼はすぐに普段の調子に戻り、静かに年越し蕎麦を食べ始めていた。


「うん、美味しい。やはり太一くんの料理の腕だけは侮れませんね」

「だけは、って何だよ」

「ふふ、冗談ですよ」


 歌番組を見ながら一緒に熱唱しているソラシアやアキュラス。それをへらへらと笑いながら眺めるシンとスティール。相変わらずゲーム画面から目を逸らさないカイリ。無表情でうどんを啜るノアを眺め――太一は「今年は賑やかな正月だな」と苦笑いを浮かべる。


 ――「ここに氷華も居れば全員集合って感じだけど……!?」


 内心でそう思った瞬間、太一はある違和感に気付いた。まるで意図的に忘れられていたような感覚を覚え、太一は顔を真っ青にさせながら固まる。手から零れ落ちた箸が、カタンと音を立てながら無情に転がった。


 その瞬間――日付は変わり、同時に年が明ける。


 皆のテンションは最高潮だったが、太一のテンションは最低の域に達していた。

 尋常ではない様子の太一を見て、ディアガルドは「どうかしました? 例の挨拶回りが不安になりましたか?」と問いかける。


「……それ以上に「ヤバい人」に挨拶しなきゃいけないの、忘れてた」


 とりあえず太一は散々悩んだ挙句、今回は用事(特別任務)があるので、元旦には挨拶できそうもない文面を打ち込み、「ヤバい人」にメールを送信する事にした。



 ◇



 陸見学園の屋上からシンが空間転移の魔術を発動すると、視界が一気に動くと同時に、世界も変化した。太一とノアは「何度経験してもこの移動特有の感覚は慣れない」と三半規管を気にしていると、スティールは得意気な顔で「まだまだ修行が足りないね」と二人を見下す。


「だから太一くんはいつまで経っても魔術が使えないんだよ」

「五月蝿いな。じゃあお前は魔役使えんのかよ?」

「僕は魔術の他に魔法も使えるからね」


 太一とスティールが火花を散らせながら言い合いを続けていると、シンが「お前たち、今日は喧嘩禁止な」と強引に二人の肩を組む。体勢を崩した太一は「うわっ、と!?」と声を上げ、スティールは青筋を浮かべながら「ちょっとシン。男に肩組まれるとか気分悪い」と離れようと身動いだ。


「一応! 私の世界の代表者なんだから! 立場を弁える事! そしてさり気なく私の顔を立てろ」

「え〜、僕って嘘とか苦手だから無理だよ」

「だったら寡黙な最強ガードマンみたいに佇むノアを見習え!」

「…………」

「ノアはたぶん、そのままずっと黙ってるつもりだと思うけど。ディアガルドから「面倒だったら言葉が通じない振りして黙ってろ」ってアドバイスされてたし」

「えっ、ノア! 少しは私の尊敬ポイントとか喋りなさい!」

「…………」


 シンたちがガヤガヤと騒いで周りから注目を浴びていると、周囲の人を掻き分けるようにひとりの老翁が姿を現わす。貫禄を感じさせる老翁は、シンたちの様子を見下しながら「相も変わらず、己の部下と戯れておるのか。テール」と口元を吊り上げた。


「……メルクルのジジイ」

「口の利き方には気を付けろと何度も忠告しておるだろう。テールとマルスは昔から変わらん糞餓鬼じゃな」

「爺さんも人の事を言えないじゃないか」


 メルクルと呼ばれた老翁は、シンも所属している神連合の一番上の地位――つまりは首領だ。ちなみにシンは、これでも上から三番目の地位に就いている。

 強気な態度を取っているものの、シンはメルクルに対して若干弱腰だった。少し意外な一面が知れたと思いながら太一たちはシンを見上げていると、メルクルは三人に向かってゆっくり見定めるように視線を移す。


「儂の世界を彷徨いていた人間と、次代の精霊……それに例の世界の住人か。精霊や異世界人はわかるが、何故人間のような存在を配下に置く?」

「あんたもわかっているだろう? あんたと俺は一生わかり合えない」

「故に話す事はない、と? ならばお主が音信不通だった空白期間についてはどう説明する? マルスと共謀し、またしても何か仕出かしていたようじゃが」

「別に。それに空白期間なんて身に覚えがない。爺さんが耄碌してただけじゃないのか?」


 一触即発のような会話を聞いているだけの太一は、緊張した面持ちでごくりと生唾を飲み込む。普段とは違うシンの態度に驚いただけではない。シンと話している、このメルクルという老翁から常に発せられている威圧感に、圧倒されて動けないでいた。そして、それは太一だけではなく、ノアやスティールも同じだった。


「……って訳で、今年こそ隠居を勧めるよ、爺さん。じゃあ新年の挨拶はこれで」

「待て、テール。まだ話は――」

「はいはい、今年もよろしく〜」


 そう言いながらシンは太一たちを引き連れ、メルクルに対して背を向ける。ひらひらと手を振りながら立ち去るシンたちを、メルクルは盛大な溜息と共に見送った。



 ◇



「あー! 寿命が三年は縮んだ!」


 広々としたパーティー会場のような空間を暫く歩き続け、立ち止まったシンが唐突に叫んだ。どうやら先程の態度はかなり強気に振る舞った部類らしく、冷や汗を拭いながら「で、どうだった? 私の勇姿は?」と太一たちに問い掛ける。


「え、あー……意外な一面だったから驚いた事は驚いたけど」

「ねえ、太一くん。モウロクってどんな意味?」

「お前老いぼれてんな、みたいな」

「ふーん、今度アキュラス辺りに使ってみよ」

「お前たち、そこまで年離れてないだろ……」


 太一やスティールの感想が不服だったのか、シンは溜息を零した後、期待の眼差しでノアを見つめる。しかしノアは面倒だったので、ここでも沈黙を貫いていた。


「私の部下が反抗期かもしれない」


「ははっ、相変わらずって感じじゃん。まあ、従順よりは面白いんじゃね?」


 少し落ち込むシンの背後から、新たな声が響き渡る。シンが「おお、久し振りだな」と手を上げると、空間が歪んだ間から「よっ」と言いながら赤髪の男が現れた。明るい表情で気軽に話す様子を見て、太一は「友達か何かか?」と察する。


「皆にも紹介しよう。彼はマルス。私の同期で悪友って感じの神族だ」

「テールから聞いてるぜ。神をも救ったワールド・トラベラーとその仲間たち。俺の世界でも何かあったらよろしく頼むわ」


 シンが悪友と評した通り、彼はシンがゼンとアクに分裂してしまった先の闘いにおいて、密かにゼンに協力していた。太一や氷華たちが特に不自由なく異世界へ行けたのも、彼が裏で手を回す事を手伝ってくれたお陰でもある。


「わかり易く例えるなら、密国手配を手伝った感じだな。不法入国ならぬ、不法入世界だっからさ、お前たち」

「えっ……そうだったのか、シン!?」

「あの頃の私は分裂しちゃって、微妙に手が回らなかったからな。マルスには少しばかり協力者になって貰ったんだ」

「分裂して人間に助けて貰ってるって聞いた時は、腹を抱える程に笑わせて貰ったからな」


 神族特有の只ならぬ雰囲気を纏うものの、かなり気さくな様子のマルスは、太一たちにも握手を求める。先程のメルクルよりも遥かに話し易く、好感が持てた。


「ワールド・トラベラーの北村太一っす」

「……ノア」

「スティール・アントラン。よろしく」

「へえ。魔力が高いのは優男だな。まあ、精霊だからってのはあるか」


 スティールは目を丸くさせながら「さっきのメルクルって奴といい、見ただけでわかるんだね」と感心すると、マルスは楽しそうに笑いながら「ああ、見ただけでわかる化け物は爺さんくらい。俺はこの手の勘は鈍いから、触れないとわかんないよ」と続ける。


「成績は私の方が優秀だもんな」

「実践は俺の方が上だったけど」

「だから私たち二人が揃えば、神連合に度肝を抜かせる事もお手の物だったな」

「ああ、特にあの爺さんを騙せた時は死ぬ程スカッとした!」


 特に隠す様子もなく、この手の事情を平然と語るマルスを見て、太一は「この人がシンと一緒に糞餓鬼って言われてた人か……」と少しだけ納得した。



 その後も太一たちは豪華な料理に手を付ける暇もなく、シンに振り回されながら挨拶回りを乗り切り――乗り切ったと思えばシンとマルスの二次会に付き合わされたり、謎の武勇伝を聞かされ続けたので――気付けば元旦を通り越して、三が日すら終わっていた。



 ◇



「――って感じかな」

「とりあえずお疲れ様。アイス食べる?」

「いや、寒いからいらない」


 太一は冷静にツッコミを入れ、残り物のお雑煮を食べながら温まっていると、ノアはふと思い出したように「僕等は散々な任務だったが……氷華は休暇中、何をしていたんだ?」と問いかける。すると氷華はきょとんとした顔をした後、少しだけ間を置いてから――満面の笑みで答えた。


「年越しアイスと、初詣で悪霊退治!」




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