番外編6 物語の行く末は



「いらっしゃいま……ああ、スティールにソラシアさん」

「やっほー、ディア」

「遊びにきたよ!」


 呑気に手を振るスティールと、ぴょんぴょん飛び跳ねるソラシアを眺めながら、アルバイト中のディアガルドは「こちらは遊びじゃないんですけどね。もう少しで終業なので、ちょっと待っていてください」と苦笑いを浮かべていた。



 ◇



 数十分後、業務を終えたディアガルドは他の店員たちに頭を下げ、近くのベンチに座るソラシアとスティールの元へ向かった。幸せそうな顔でフォンダンショコラを食べるソラシアと、それを眺めるスティールは、只の仲睦ましい兄妹そのものだ。


「ねえディア、これ美味しい! どうして冬しか売らないの?」

「流石に冬はアイスの売り上げが寂しいので、ちょっとした工夫みたいですよ」


 温かいフォンダンショコラに添えられた冷たいアイスを眺めながら、ディアガルドは説明する。スティールは「まあ、夏はアイスだけでも充分だろうからね」と感心している。

 スティールの指摘通り、陸見学園近くの公園を主な拠点にしているキッチンカーなので、夏場の売上は好調だ。下手なリスクを背負って冬場も営業するより、夏だけ営業し、冬は休業という形でもいいのかもしれない。

 しかし、日々の勉学や部活で疲れた学生たちは、甘いものを求め――冬でもこのキッチンカーへ足を運ぶ者は少なくはない。


「今年から様々な冬メニューを発売したんですけど、フォンダンショコラは一人を除けば好評ですね」

「一人?」

「ええ、噂をすれば」


 冬にも関わらず、夏同様にアイスを注文するひとりの客を指しながら、ディアガルドは自然に笑っていた。そのまま目を輝かせながらトリプルのアイスを受け取る彼女を見て、スティールは「うわっ、しかも今日はトリプルだ。任務帰りとかかな」と思案している。ソラシアは「ちなみにこれ、何て言われたの?」と最後の一口のフォンダンショコラを頬張り、ディアガルドに問いかけた。


「美味しいけどアイスが溶けるのは嫌だから、別々するか冷たくして……だそうですよ」

「あー、言いそう」

「氷姉らしいね……」


 三人からの視線を一身に受ける彼女――水無月氷華は、無類のアイス好き――を通り越して、アイス狂の域に達していた。



 ◇



 缶の紅茶を飲みながら、スティールは「氷華ちゃんと言えば」と口を開き、暫くしてから「僕、未だに怖い時があるんだよね。氷華ちゃんが嫌いって訳じゃないんだけどね。むしろ好き」と続ける。


 同じ魔術を心得る者だからか、スティールは氷華の魔術に対して若干の恐怖を抱いていた事があった。敵対していた頃には「化け物のようだ」と感じた時もある。それは氷華の体内に隠されていた神力石の欠片を、氷華自身の魔力と誤認していたから――そう思っていた。だが、スティールは未だに氷華に対して恐怖に似た感情を覚える瞬間がある。


「その怖い時がどんな瞬間かって訊かれると、ちょっと僕もよくわからないんだけど……何て言うか、ゾワッてなるんだよね」

「ティル兄、それってどんな意味?」

「うーん、僕もよくわからないけど……何でも見透かされてそうな恐怖と、ふわって消えちゃいそうな不安」

「つまり、危うい?」

「あ、そうだね。総合的に言うと危険な感じかも」


 以前は敵対関係だったが、味方となった今、氷華がスティールに本気の敵意を向ける事はないだろう。だから「強大な魔力が自分に牙を向かないか」という恐怖は成立しない。もしかしたら、スティールが抱いているものは、「強大な魔力を氷華が誤った使い方をしないか」という恐怖なのかもしれない。

 すると以前から仲間として氷華の成長を見守っていたソラシアは「そういう事なら、ソラもゾワッてした事あるかも」と少し昔を思い返しながら口を開いた。


「氷姉ね、早い段階でゼンと一緒に高度な魔術も発動してたから。そこで「将来はソラたち精霊も超えちゃうくらいの魔術師になるかも?」ってワクワクしたの。でも、後から――その時点から、ゼンは一緒に発動していたふりだったって聞いて、ゾクッてなったよ」


 氷華の体内に隠されていた神力石の欠片は、氷華自身の魔力を抑えていた。だから、メルクルの世界から一つ目の欠片を持ち帰って以降、氷華の魔術は欠片の魔力を使って発動していた事になる。その事に関して、特に違和感はない。だが、見方を変えれば――ディアガルドは一つの真実を告げる。


「神力石の欠片を、自在に使いこなしていた」


 砕け散った神力石の欠片を手にした人間には、常に何かしらの異常が表れていた。フォルスは負の感情が増幅され、スヴェルは戦争を助長するようになり、ノアは人間としての自分を喪った。

 しかし、氷華に関しては――特に何の変化がないように見える。


「魔術師としての才能が桁外れだった……本当にそれだけで片付けていいのでしょうか」


 ディアガルド自身も、氷華と話していて時折感じた感覚を思い返す。自分の過去を知らない筈なのに、確信を突くような言葉を投げかけられる時が、たまにあった。それがディアガルドにとっては、恐ろしくもあり、そして――。


「あれ、三人共こんなところで何してるの?」


 視線に気付いた氷華は、アイス片手に彼等に駆け寄る。スティールはいつものように微笑みながら「ソラシアと何とかショコラを食べにきたら、ディアも終わったみたいでね」と片手を上げていた。ソラシアも「氷姉は任務帰り?」と問いかけている。


「まあ、そんな感じ。ノアも一緒だったよ」

「今回は最初以外は軽かった」


 氷華のポケットからふわりとハンカチ状態のノアが飛び出し、すっかり定位置となっている氷華の肩付近を浮かんでいた。その様子を見ながら、ソラシアは「やっぱりハンカチのお化けみたい」と楽しそうに目を輝かせ、スティールも「五六時中、女の子と一緒ってちょっと羨ましいよね」と妬むような視線を向けている。


「スティール、それを言うなら四六時中ですよ」


 ディアガルドは溜息を零しながらスティールの間違いを指摘すると、氷華はくすくす笑いながら「ディアってスティールのお母さんみたいだよね」とソラシアと笑い合っていた。その容姿から女性と間違われがちのディアガルドだが、男としては不本意な感想だ。


「育てはしましたけど、お母さんは不服です」

「えっ、本当に育てたの?」

「ふふっ、その話はまた今度」


 すかさず話題を変えるディアガルドに対し、氷華は内心でかなり気になったものの――触れられたくない過去なのかもしれないと即座に察した。それ以降追求しなかった氷華に対し、ディアガルドは「やはり……」と先程から考えていた仮説を思い浮かべる。



 無自覚に確信を突いて心を揺さぶり、無意識に相手の欲しい言葉を投げかける。相手の心境を察し、相手が欲する言動を示す。太一も氷華も、どうやらその傾向が強い。それはまるで、救いの手を差し伸べる――救世主のようだ。

 もしも“只の桁外れな才能”ではなく、代償的に何かしらの異常が訪れていたのだとしたら――神力石の欠片を使った氷華に訪れた異常は、そういう事なのかもしれない。


 ――まあ、その場合は太一くんの方の説明がつきませんから、違う気もしますが。


 ディアガルドは顔を上げ、澄み渡った冬空を見つめる。


「過去は、その人物の現在と未来を形成する上で、最も重要な事象だ」


 スティールやソラシア、自分のように、太一や氷華にとっても、仲間であっても“触れられたくない過去”が存在するのかもしれない。そこから、今の太一や氷華が形成されているのかもしれない。もしくは、それっぽい過去は特に何もなくて、只の才能なだけかもしれない。


「僕は彼等の過去は知りませんので、これから先はどうなるか予測もつきませんが――」


 自分の過去を思い浮かべて瞳を閉じ、彼等と歩む未来に想いを馳せながら、再び瞳を開けて空想のような現在を見つめ直した。


「救世主が描く物語、僕等が見届けましょう」




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