番外編5 とばっちりには気を付けろ
寒さが身に応える冬空の下、北村太一はぼんやりと雲を見上げていた。生まれてから幾度となく経験してきたが、太一にとって冬の寒さは苦手を感じるものだ。身体が冷え、思うように動かせなくなる。冬の立ち木は、どこか物寂しさも覚える。冬を得意とする太一の相棒にとっては心が躍る季節だろうが、冬を苦手とする太一にとっては、少しだけ憂鬱な気分だった。
「あ、太一じゃん。何してんだ、こんなところで」
屋上の扉から聞こえる耳慣れた声に、太一はすっと視線を移す。空色の髪に負けないくらい、顔色も蒼ざめている親友の姿を前に、太一は「お前こそ何してんだよ、カイ……」と少し呆れながら問いかけた。
「凄い具合悪そうだけど。大丈夫か?」
「俺、冬の寒さは苦手なんだよ……」
「前に夏の暑さも具合悪くなるから苦手って言ってた気がするけど」
「ああ、夏も苦手だな」
太一が「じゃあ春か秋しか駄目じゃん」とツッコミを入れると、カイリは少しだけ自慢気になりながら「まあ、そうなるけど……季節の変わり目も苦手だ」と答えていた。自慢できるような内容ではないのだが、己の体力のなさをカイリは若干割り切っているらしい。
「それで、何してんだ?」
「ちょっと走り過ぎたから、身体を冷ましてた」
グラウンドから聞こえてくる声の方向を指さしながら太一は答えると、カイリは「ああ、なるほど」と納得したように口を開く。続けて太一が「で、カイの方は?」と再び問いかけると、カイは溜息混じりに「手紙で呼び出された」とだけ呟いた。
「えっ、それって告白……じゃあ俺、そろそろ部活に戻――」
「まあ、ちょっと待てって」
自分が居ては邪魔になるかと思った太一は、すかさず立ち上がるが――それを咄嗟にカイリが制止する。そのままカイリはニヤリと笑い、何かを企むように「いいから。そこに座れよ」と太一を促した。太一はどうるすべきか迷ったが、カイリが発した「ぶっちゃけさ、あいつ等の事、どう思ってる?」という言葉によって、思考と身体が固まる。
カイリが言った「あいつ等」とは、アキュラス、スティール、ディアガルドの事を指すのだろう。最近シンの配下となり、自分たちの仲間になった――元は敵対勢力に身を置いていた、精霊三人。
確かに、最初は少しだけ戸惑った。しかし、今の太一は違う。
「まあ、俺もちょっとは不安だった。上手い言葉が見つからないけど……最初から敵じゃなかったのかもって最近思うよ」
「いや、それは敵だっただろ」
「確かにアクは敵だった。でも、あの三人はアクの部下で、敵対勢力に居ただけ、って感じだろ? 敵対していた時はあいつ等の顔しかわからなかったけど、共闘してるとあいつ等の背中が見えるって言うか」
敵としてぶつかり合った事で、彼等の表情や本質は何となく理解できた。味方として共に闘った事で、彼等も何かを背負いながら生きている事が何となく理解できた。様々な理由があるにしろ、彼等も何かの為に闘って生きていた。そう考えると、精霊だと言われても自分たちとは大差はない。敵対勢力に居たが、今は仲間だ。そのようにして、太一は自分自身で割り切っていた。
「あー、何となく伝わった」
「それに異様に連携も取り易いんだよな。悔しいけど、やっぱり強いからなんだろうな」
自分とは反りが合わないスティールの事を認めるみたいで少し悔しかったが、太一が難しい顔をしながら続けると、カイリは「ははっ」と声を上げて笑いながら「確かに。負けるみたいだからあんま認めたくないけど、強いよな。あいつ等も」と同意する。
「俺、太一程は負けず嫌いじゃないけどさ、やっぱり負けるのは嫌だって気持ちもある。でもそれ以上に俺……体力使う事ってもっと嫌なんだよ。できればゲームを買いに行く以外で動きたくない」
「それ、世界を護る為に闘う仲間としてはどうなんだ!?」
「つまり、無駄な体力は使いたくない訳だよ。だから太一、この場は頼んだ」
「……は?」
ゲホゲホと咳をしながら立ち去るカイリの背を見つめながら、太一は「あの咳はわざとなのか、本物なのか、どっちだ……?」と混乱していた。しかし、カイリが手紙で呼び出されていたらしい事を思い出し、太一は慌てて「ちょっと待てって、カイ!」と声を張り上げる――瞬間。
――――バアァンッ!
「今日こそ決着だ、カイリィ!」
「……は?」
扉を蹴破りながら派手に現れたアキュラスに対し、太一は目を点にさせていた。状況が理解できない様子の太一を余所に、アキュラスは「ん? カイリはどこ行きやがった?」とキョロキョロと目を動かしている。
「ってか何で北村が居やがるんだ」
「お前こそ、何で……」
――はっ!?
その瞬間、太一は閃いた。我ながらディアガルド並の思考力かもしれないと思った。
――カイは「手紙で呼び出された」と“だけ”言った。最初は女子からの告白かと思ったが……もしかして……。
太一は「寝坊か?」と舌打ちしているアキュラスに対し、恐る恐る「カイを呼び出したのって、お前か?」と口を開く。するとアキュラスは得意気に口元を吊り上げながら、「ああ、俺が“果たし状”で呼び出した」と拳を握っていた。闘志と気合が漲っているアキュラスは、拳に炎を宿らせながら「って訳だ。北村」と目を見開かせる。
「カイリが来るまで、てめえの相手してやるぜ!」
「俺、そこまで暇じゃないから!」
「うっせえ! カイリが遅えから俺が暇してんだよ!」
「盛大なとばっちり!」
カイリに対して恨みを思いながら、太一は部活に戻る事なくアキュラスの相手をする羽目になってしまった。
ちなみにその頃のカイリは、北村家に戻って悠々とテレビゲームに励んでいたらしい。
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