お試し版 変な二人組は正義のヒーロー②


 変な青年と共にAI発電所の最奥を目指して進んでいると、除々に視界が明るくなり始める。松明の炎が邪魔になる程で、僕は「もしかして電気が復旧したの!?」と一縷の望みを抱くが、その希望は一瞬で吹き飛ばされてしまった。

 僕たちの目の前には、僕一人くらい余裕で丸飲みにできそうな程に巨大な、鳥の怪物が空を舞っていたのだ。実際に電気を纏っているみたいだったから、電気は全てあいつが飲み込んでしまったのだろう。


「何だ、あれ……」


 震える声で呟くと、鳥の怪物はぐるぐると旋回した後に機材の上に留まり、鋭い眼光で青年を睨んでいた。まるで獲物を付け狙う獰猛な獣のような鋭さを秘めている。僕は恐怖のあまり、情けなくその場に尻もちを付いてしまった。

 駄目だ、足が動かない。きっと僕は、殺される。


「さてと。やっと現れたな、特異点」


 しかし青年は鳥の怪物に臆する事なく、ずっと手に持っていた竹刀を構え始める。どうして、そんな無謀な行動ができるのだろうか。


「そ、それより特異点って!? ってか、早く逃げないとッ!」

「この怪物は、世界と世界の狭間から発生した”存在する筈のないもの”。世界のズレ、みたいな存在だ。俺たちはそれを特異点って呼んでる」

「世界? 特異点?」

「いやぁ、うちの世界の神サマって最近復帰したばっかりで。まだ安定してないらしくてさ。へらへらしてたから、実はサボってるだけかもしれないけど……とにかく、そのバカ神サマが特異点とか許しちゃったんだよ」


 青年の言葉の意味はよくわからなかった。世界とか、神様とか、理解できない。そんな事より、今は――。


「そんな事言ってる場合じゃないだろ! ほ、本気で逃げなきゃッ!」


 僕の叫びを遮るみたいに、青年は「そこで! 特異点を退治する為に派遣されたのが俺って訳だ。正確には”俺たち”なんだけど」と告げ、あろう事か鳥の怪物へ向かって突っ込んでいく。

 悲惨な現実を恐れ、ぎゅっと目を瞑るが――数秒後に聞こえてきたのは、断末魔のような獣の叫び声だった。


「グワァァァアッ!」


 恐る恐る瞳を開けると、視界には驚くべき光景が広がる。青年は“命知らずな変な奴”と思っていたのに――そのイメージは簡単に覆された。手に持った竹刀はいつの間にか炎の剣みたいなものに変形していて、青年は鳥の怪物の胴体に深い傷跡を描いている。炭みたいに真っ黒な体液を流す鳥の怪物を見上げ、青年は大胆不敵に笑っていた。何なんだ、この青年は。


「あんた、一体……」

「俺? 俺は――」


 青年が何かを言いかけるのだが、鳥の怪物の羽ばたきによって掻き消されてしまった。羽ばたきの衝撃によって、青年は「うわっ!?」と体勢を崩してしまい、僕もその場にぐしゃりと倒れ込む。しかも鳥の怪物が纏っていた電気も無数に飛び交い――その中の一つが雷となって、僕の方へと向かっていた。


「危ない!」

「ッ!?」


 恐怖によって身動きすらできない僕は、瞬間的に悟る。僕は死ぬ。ああ、こんな非現実的な状況での最期なんて――まるで物語の登場人物になったみたいだ。でも、せっかく物語の登場人物になるなら――どうせなら、正義のヒーローみたいに――。


「『ジーヴル・アルミュール』!」


 ――――バリィッ!



 僕はゆっくりと目を開ける。薄暗くてよくわからなかったけれど、何かの建物の中のようだった。ここが天国なのか地獄なのかわからないけれど、僕は――。


「間一髪だったね。大丈夫?」

「うわっ!?」


 突然、謎の人物に顔を覗き込まれ、僕は「て、天使!?」と飛び上がってしまった。本当に天使だったら、背中に純白の翼が生えてないのはイメージと相違するけれど――とか慌てて考えていると、謎の人物は琥珀色の瞳を二、三度パチパチと瞬きさせている。


「天使だって。ちょっと照れちゃう」

「おい天使、どこのアイス屋で道草食ってたんだよ」


 すると謎の人物は手に持っているアイスキャンディに一瞥し、溜息混じりで青年へ向き直った。


「失礼な。今回はまだ行ってないよ。まあ、アイス食べながらここまできたけど」


 改めて見ると、謎の人物は天使ではなく、僕たちと同じ人のようだ。琥珀色の長い髪と、一本のアホ毛が印象的な女性。しかも彼女は、青年とお揃いの白いジャンパーを着ているようだった。そういえば青年と出会ってすぐ、「相棒と逸れた」とか言っていたっけ。だとすると、彼女が――。


「気付いたら居ないんだもん、ちょっと焦ったよ。街の人に事情を訊いたら、それっぽい人がAI発電所って場所に向かってたって聞いたから。慌てて追いかけてきたの」

「ここまで、ひとりで……!?」


 信じられないものを見るような目で女性を見上げると、青年が「こいつ、捜してた俺の相棒。一緒に特異点を退治する仲間」と指さしている。相棒って言うから、てっきりガタイのいい男性とかを想像していたけど――まさかこんな人とは思わなかった。


「今回の相手はあれだね。あの手のタイプ、前に一回だけスティールと一緒に闘った事あるよ」

「んじゃ有効な対処法とかわかる?」

「私が凍らせて太一が剣術」

「了解っと!」


 慣れたように話す二人は、即座に作戦を決定すると、すぐに行動を始める。女性はその場で両手を天に掲げ、瞳を閉じながら何かをぶつぶつ唱えていた。絶好のチャンスと言わんばかりに、鳥の怪物は女性を目掛け、槍のような嘴を向けるが――その攻撃は青年が竹刀一本で止めている。


「『氷雪よ、我が声に応えよ。彼の者を、氷紋刻みし湖月に変えよ』」


 女性の周囲には粉雪が舞い、足元からは複雑な陣のような模様が光り輝いていた。ふと、自分の前方に転がる氷片を見て、さっき僕の命を救ってくれたのは彼女なのかもしれないと気付く。


「『フロワ・ルラック』」


 髪を靡かせながら女性が強く唱えると、鳥の怪物はみるみる内に凍り始め、身動きを封じられていた。まるで氷で封印されてしまったような鳥の怪物に対し、続けて青年が「『壱の型・風神剣』」と叫んで竹刀を手でなぞる。次の瞬間、竹刀は光と風を纏いながら、立派な刀に変形していた。


「これで、終わりだッ!」


 ――――ザシュッ!


「ぎゃああぁぁぁ!」


 突風のように鋭い剣戟が鳥の怪物を襲い、耳を劈くような叫びが木霊した。青年の刀に切り刻まれた鳥の怪物は、全身から黒い体液を噴き出し、僅かな電気を纏いながらその巨大をずしりと沈める。その衝撃で建物内がぐらりと揺れ、室内の窓ガラスは全て割れてしまった。


「よし、任務完了っと」

「どうにか片付いたね」


 ガラスが散乱する中、光となって消滅してしまった鳥の怪物を見上げながら、二人は各々に呟く。

 神業のような術を操り、神秘的な雰囲気を纏う謎の女性。

 圧倒的な剣術で、人はおろか怪物すら倒してしまう謎の青年。

 非現実的な怪物が一瞬で掌握してしまった世界を、非現実的な謎の二人組が一瞬で取り戻してしまった。それはまるで、僕が縋った――空想の中で生きる、正義のヒーローみたいで。

 僕は震える足でよろよろと立ち上がり、二人を目に焼き付けるみたいに見上げる。


「あんたたち、一体……」


 得意気に笑いながら、青年は「世界を救い」と口を開き、女性は「人々を護る」と続ける。


「ワールド・トラベラー、見参!」

「ワールド・トラベラー、参上!」

「……おい。微妙に合わなかったぞ」

「ここは参上じゃない?」

「見参だろ」

「じゃあ間をとって「ワールド・トラベラーのおな~り~!」とかは?」

「自分でそんな風に言う奴なんて見た事ないだろ!?」


 いや、正義のヒーローじゃない。やっぱり“只の変な二人組”だった。





 何はともあれ、こうして――突如現れた変な二人組によって、AI発電所は無事に奪還された。鳥の怪物の脅威も去り、後はAI発電所の復興に励むだけという状況になったが――そこにも問題は残されていた。鳥の怪物によって電気は全て食らい尽くされ、深刻な電力不足に陥っていたのだ。

 命の危険に晒されても、晒されていなくても、結局僕たちは協力し合わないと生きていけない。僅かにだけ残された電気を頼りに、支え合いながら生きていかなければならない。


「きっとこれは――自分たちの利便性を重視して、電気に依存していた僕たちへの天罰だったんだよ」

「これからは全員で協力しながら復興していきましょう。すぐには無理でも、電気に頼らない事を将来的に見据えながら生活するの」

「昔の人が出来たんだ。我々にもできるだろう」

「まずは火おこしからやってみようぜ!」

「早起きして日の光の中で活動すれば、夜間の消費電力は押さえられるかも……」


 怪物の脅威がなくなった事で、少しだけ前向きになった皆の様子を見ながら、青年は「その言葉が聞けて安心したよ。ひとりでは何もできないかもしれない。でも、仲間と支え合っていけば――きっと何でもできると思うから」と嬉しそうに微笑む。


「でも今回は、私たちのところのバカ神サマの所為でもあるから。ある程度は直してもらったよ。って言っても、本人じゃなくて”その道のプロに”だけど」


 女性の言葉に首を傾げていると、AI発電所がピカッと光り輝いた。その光は鳥の怪物が現れた時のような現象と少し似ていて、僕たちは真っ蒼な表情で顔を上げる。しかし、あの時のような悲劇は起こらず――その代わり、AI発電所の方向からひとりの人物がゆっくりとした足取りで近付いてきた。


「僕の貴重な時間が潰れてしまいました。全く、どう責任取ってくれるんです?」


 欠伸をしながら現れた女性――否、ちょっと自信がないけれど、女性と見間違える程に眉目秀麗な青年かもしれない。とにかく、その人物は、眼鏡の奥の菖蒲色の瞳を眠そうに擦りながら、変な二人組へ向けて不機嫌そうに語る。恐らく、彼等の関係者なのだろう。


「シンに請求してくれ」

「助かったよ、ありがとうディア」


 その人物はすっと目を細め、どこか不満そうに溜息を零す。続けて僕たちにまっすぐ向き直り、「発電所ですが、一時的に電力供給はしておきました」と続ける。どうすればそんな神業みたいな事ができるのかはわからないけれど、彼等の関係者ならばそれくらいは朝飯前なのかもしれない。怪物に襲撃される前のように、稼働中を表すように光が点滅している発電所を見上げ、皆は盛大な歓喜の声を上げていた。


「ですが、あくまで“それだけ”です。ここからの発電機能等はあなたたちが直してください。まあ、今回の一件もありますし、そこに重きを置く事はお勧めしません」


 眼鏡のフレームをくいっと上げながら、その人物は「“利用”と“依存”は違いますので。お気を付けください」と鋭い忠告をした後、特に惜しむ事もないように背を向ける。


「さて、眠いのでそろそろ帰りましょう」


 その催促に続くように歩き出す変な二人組に向かって、僕は「ちょ、ちょっと待って!」と咄嗟に呼び止めた。二人はくるりと振り返り、首を傾げながら僕を見つめる。

 こんな非現実的な事、もうごめんだ。今後一生味わいたくもない。だけど――。


「ありがとう。ワールド・トラベラー。僕もいつの日か、あんたたちみたいな――正義のヒーローになれるように頑張るから」


 すると青年はゆっくり首を振りながら「俺たちはさ、正義のヒーローなんて大層なものじゃないよ」と少し辛そうに微笑む。彼がどうしてそんな風に謙孫するのか、本当はどんな事を考えながら闘っているのか、何を背負っているのかはわからない。

 それでも“僕にとって”は――只の変な二人組であり、正義のヒーローに見えた事は変わりない。


「ううん。やっぱり僕にとっては、正義のヒーローだ。困ってる僕たちに手を差し伸べて、救ってくれた事には変わりないから。だから僕も、そこから始めようと思う」


 きっと、彼等と出会った事で――僕の世界や価値観は変わったんだと思う。らしくないって笑われるかもしれないけど、僕はもう、変わったんだ。否、彼等に変えさせられたんだろう。


「平凡で普通な僕には無理かもしれないけれど。もしかしたら、実際には口だけで何もできないかもしれないけど。それでも僕だって、いつか――」

「なれるよ、きっと」


 僕の不安を遮るように、青年は続ける。迷いを振り切るには、充分だった。


「俺だってワールド・トラベラーになれたんだ。お前みたいな奴なら、きっと――お前が憧れるような正義のヒーローになれるよ」


 太陽みたいに笑う青年は僕に対して拳を向け、僕もそれに応えるように拳を向ける。

 あんな体験は二度と経験したくないけれど――あの変な二人組になら、また会ってみたいと思った。その時は聞きそびれてしまった二人の名前でも訊こうかな。



 ◇



「僕にとっては、正義のヒーロー……か」


 ――「救世主は善人じゃねえ」

 ――「正義なんて言葉はね、自分の言動を正当化する言い訳に過ぎないんだよ」


 眼鏡をかけた眉目秀麗な青年を落とさないように気を付けつつ――青年は数々の言葉をを思い浮かべながら、広い荒野のような場所を歩いていた。隣では青年の相棒が「私たちの世界も気を付けなきゃね。色々と」とアイスキャンディを咥えながら、今回の闘いを振り返るように呟く。


「今度、火おこしの仕方教えて」

「じゃあ、そのうち皆でキャンプでも行くか。氷華」

「それ、太一はカレーが目当てでしょ?」


 変な二人組――北村太一(キタムラタイチ)と水無月氷華(ミナヅキヒョウカ)はもう一度だけ街の方向へ振り返り、活気に満ち溢れた声を聞き、嬉しそうに笑っていた。大切な仲間たち、家族、友人を思い浮かべ――その大切なものを護り、救う為に、二人は闘う。

 自分たちが生きる世界へ帰る為、二人は再び歩き出す。



 北村太一と水無月氷華はワールド・トラベラー。世界を旅する者。

 二人の救世主としての旅路は、まだ始まったばかりだ。

 そして、これが――救世主として生きる、彼等の日常の片鱗である。



【作者から】

・こんな雰囲気の主人公二人が、仲間と共に闘う物語です

・そしてこのお話は、今後展開する「World Travel Story」終了後の時間軸です(終了後の時間軸ですが、物語自体はそこで完結ではありません)


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