WTS
井上明
お試し版 変な二人組は正義のヒーロー①
電気。現代の生活において必要不可欠なエネルギー。その用途は多種多様で、衣食住、仕事、娯楽、コミュニケーション――それはもう、幅広く活用されている。
食べ物を温めるにも電気。暗い場所で活動する時も電気。仕事の出勤記録だって電気だし、離れた人と連絡するのにも電気だ。遠い昔の頃は電気なんてなかったらしいけれど、現代では電気がない生活なんて考えられない。
AI発電所。その電気を作っている場所。発電の詳しい仕組みとか原理は興味がないからよくわからないけれど、とりあえず僕たちの生活を豊かにしてくれるありがたい場所って認識だ。
「な、んだ、これ……」
「いやぁぁああ!」
「に、逃げろ! 怪物だッ!」
そんなありがたい場所に、謎の生命体が強襲した。
まるで宇宙人が侵略してくるみたいに、突如現れた謎の生命体は、暴れ回るように辺り一面を破壊。挙句、AI発電所を乗っ取ってしまったらしい。僕は実際に見ていないから、命からがら逃げてきた人の言葉を鵜呑みにしただけだけど。でも――きっとそれは真実なんだろう。だって僕たちの周りからは何の前触れもなく、一瞬で電気が消え失せてしまったからだ。
当然、僕を含めた皆は大混乱。友達と連絡を取る事もできないし、現在の情報を得る事すら困難だ。
人々の戸惑う声以外の音は全て消え、不安を煽るようにAI発電所の方向からは爆発音が木霊する。じっと目を凝らしてみると、AI発電所の周りの建物は燃えているみたいだった。
「どうして、何でこんな事に……」
「この世の終わりだ」
「い、いや……」
母さんが恐怖に震えるみたいに涙を流し、父さんも力が入らないのか膝を付いて呆然としていた。これじゃあまるでパニック映画だ。現実的にあり得ない。でも、これは紛れもない現実だった。救いようのない、真実だった。
でもその時の僕たちは本当にパニック状態で、目先の事しか考えられない。本当の意味の現実を理解するのは、翌日からだった。
◇
謎の生命体は、僕たちを無作為に襲う訳じゃない。勿論、その辺の石を投げるくらいしか攻撃手段を持たない僕たちは、謎の生命体を倒す事だってできない。でも奴は、僕たちに対して特に何もせず、AI発電所に巣食っているだけだった。
まるで、何もできずにじわじわと衰退していく僕たちを嘲笑っているみたいに。本当にそうだったら、僕たちを襲ってくるよりも性格が悪い。
「なんて……恨んでも、どうしようもないか」
僕たちは近所の人たちと小さなコミュニティーを作り、全員で支え合いながら細々と生活していた。近所に大きな店があった事が不幸中の幸いで、そこから水と食料を得たり、衣類で寒さを凌いだりした。
遠方の親戚や学校の友達。皆がどうなってしまったかはわからない。何もできない僕は祈る事くらいしかできなかった。
何もできないなりに、今の状況を色々と考えてみた。というか、電子ゲームだってできないし、テレビを見る事だってできないから、何もする事がない。だから、苛立つ程に澄み渡る青空を見上げながら、“考える”くらいしかする事がなかった。僕がガリ勉ならばこの機会に勉強に励むのかもしれないけど、残念ながらそんな気は起きない。それ以前に、僕は勉強が嫌いなタイプだ。
「今まで当たり前みたいにあったものが、なくなって……初めてその大切さに気付いた気がする」
たぶん僕たちは、電気を“利用”して生活していたんじゃない。電気に“依存”して生活していたんだ。依存じゃなければ、禁断症状が出たみたいに苦しくならないし、ここまで困りもしなかった。電気がある事が当たり前に思っていて、なくなるなんて危機感すら持っていなかった。
母さんは「せめて非常用具を備えておくべきだった」と酷く後悔し、父さんは「何かしていないと気がおかしくなりそうだ」と何故か腹筋をしている。
現在僕たちが置かれている状況を考え、危機感を持っていなかった過去を後悔し、このまま状況が変わらなかった場合の未来を想像し――僕は急に真っ暗な闇に引き摺り込まれるような恐怖を覚えてしまった。底なし沼に足を取られ、じわりじわりと沈んでいく感覚だ。
「怪物と闘っても死ぬ。その内、飢えで死ぬかも」
負の連鎖というのはなかなか抜け出せないもので、どんどん思考が悪い方向へ堕ちていく。
「今は協力し合っているけれど、極限状態に陥ったら皆どんな行動を取るかわからない。もしかしたら、怪物“以外”に殺される可能性だって――」
何もする事ができない僕は、次第に絶望の中で涙を流す事しかできなくなっていた。
「このまま死ぬのは嫌だ。でも、僕たちには何もできない」
冥界のような暗闇の中で、僕はもう、それこそ神にでも縋る想いだった。家族の中でも一番気がおかしくなっているのは、もしかしたら僕だったのかもしれない。
現実的じゃないかもしれないけれど、偶像の存在に最後の希望を託すしかなかった。
「情けないけど、悔しいけど、僕はどうする事もできない。だから、誰か……誰か、助けて……」
――――ピカッ!
まるで、僕の願いに反応するみたいなタイミングで。その時、目も眩むような光が辺りに広がった。
「いってー……到着、したのか?」
恐る恐る瞼を上げると、目の前には砂埃が舞っていて、思わず咳込んでしまった。呼吸を落ち着かせ、再度顔を上げると――砂埃が晴れた先にはひとりの青年が座り込んでいる。
墨色の髪を無造作に立たせている、きっと僕より年上の青年。手に持っている竹刀が場違いな気がする。青年は僕の存在に気が付いたのか、髪と同色の瞳を細めて「あ、どうも」と少し気まずそうに挨拶をしていた。
一見すると“普通”って雰囲気の青年。でも、何故か彼の事が――子供の頃に憧れていた正義のヒーローみたいに見えてしまった。そんなの、現実的に居る筈ないのに。現れたタイミングが影響しているのだろうか。
「ど、どうも……」
そういえば挨拶されたっけと思い出し、軽く頭を下げたけど――彼は一体何者なんだろうか。僕がそんな疑問を抱いているなんて思ってもないのか、青年は苦笑いを浮かべながら「ところで。相棒と逸れちゃったみたいなんだけど……俺が落ちてきた時、この近くに誰か居なかった? 俺と同じジャンパー着てる奴なんだ」と問いかける。
「知らないけど……」
「そっか。まあ、その辺でアイスでも食べてんのかな……」
そうぼやいた青年はその場ですっと立ち上がり、衣服に付いた砂をパンパンと叩き落していた。そのまま、まるで僕たちの状況を把握していないみたいに「それともう一つだけ。この近くに変な怪物っぽいの現れた?」と口を開いた事で、僕は言葉を失う。
「何で……何で、そんな当たり前の事……今更訊くんだよ」
八つ当たりなのかもしれない。それでも苛立ちを隠しきれなかった僕は、青年の事を睨みながら呟くと、今まで野次馬のように遠くから見ているだけだった皆も「何なんだ、こいつ」と、敵を前にしたような視線を青年へと向けていた。
「あの化け物さえ現れなければ、こんな事にはならなかった!」
「せめて、AI発電所が壊されなければ……」
「もう皆で死ぬしかない! これは神罰なんだッ!」
僕だけじゃない。もう、限界だった。青年をきっかけにするように猜疑心と恐怖心が爆発し、皆はその場に崩れ落ちる。肉体的なダメージより、精神的なダメージの方が大きかった。
次々にパニック状態になる皆を見て、青年は慌てたように「ちょ、ちょっと落ち着いてくれ!」と声を荒げる。
「今更落ち着いてどうなるんだ!」
「もう私たちはどうする事もできない! このまま死を待つしかないのよッ!」
「どうして、何で……よりにもよって電気を奪うような真似をしたの……」
「怪物さえ居なければ、我々は平和だったのに!」
「わかった! 俺がその怪物を退治してくるから、全員落ち着けッ!」
皆の不安を掻き消すように、大きな声を発した青年は、自信に満ち溢れて負ける事を知らないみたいな、まっすぐな瞳だった。その場に居た全員が呆気に取られていると、青年はニカッと笑いながら「AI発電所ってどっち?」と尋ねる。咄嗟に北を指さして「あっち……」と声を漏らせば、青年は「サンキュー!」と言って、遠足にでも行くみたいな軽い足取りで歩き出していた。
「ちょ、ちょっと待って! あんた、一体どこに……」
「どこって、AI発電所。例の怪物退治だよ。ここの人たち、困ってるだろ?」
「そうだけど……」
平常の僕だったら、見ず知らずの奴にここまで絡まない。馬鹿な奴だと思いながら、見て見ぬふりをする場面だろう。だけど、その時の僕は――青年を追いかけるみたいに慌てて走り出していた。自分でも何故こんな行動を取ったのかはわからない。
きっと、皆みたいに気がおかしくなっていたんだと思う。
◇
初めて入ったAI発電所は夜の森みたいに暗黒で、幽霊でも出てきそうな程におぞましい場所だった。非常灯の光くらいあってもいい筈なのに、辺り一面は黒いペンキで塗り潰されたみたいに黒一色。停電なんて生温い、全ての電気が食らい尽くされたみたいに、電気という電気が消失している。
手に持つ松明の光だけでどうにか奥へ進んでいると、ピタリと青年の足が止まった。まさか僕たちの侵入に気付いた怪物が襲ってきたのだろうかと思って「ひいっ!?」と情けない声を漏らすと、青年は少し戸惑ったみたいな顔で「――それで」と口を開く。
「どうしてお前も付いてきてるんだ?」
「付いてって言うか、あんたを止めにだよ! 普通の奴があの怪物に敵う訳がないだろ!?」
またしても僕は、青年に対して八つ当たりするみたいに叫んでしまった。こんなの自分らしくないってわかってる。だけど、どうしても――何もできずにはいられなかった。
「平凡に生きてきた僕は、正義のヒーローみたいに怪物を退治するなんて真似は無理だけど、目の前で無駄死にしそうな人を止めるくらいはできるッ!」
突然現れた青年を見た時、幼少の頃に憧れた正義のヒーローを一瞬だけ思い出してしまった。あの時の僕は、まだ現実と空想の区別が付かなかった子供だったから、純粋に憧れていたっけ。
今となっては正義のヒーローなんて居る訳がないってわかっている。そんなの偶像だ。見返りもなしに人を救うなんて、冷めた現実では絶対あり得ない。
でも、今は――そんな事を言ってられないくらいの非常事態だから。少しだけ、自分も正義のヒーローを見習って――らしくない事をしてみた。
「こんな時だからこそ、協力しなきゃって思ったんだよ。何もできない僕だって、かっこ悪くても、せめて説得くらいは――」
「いや、俺はかっこいいと思うよ」
今まで僕の言葉を聞くだけだった青年がやっと口を開いたかと思えば、何故か褒められた。予想もしなかった突然の切り返しに固まっていると、青年は瞳を閉じ、何かを思い浮かべるようにしながら自分の意見を主張する。
「きっかけはどうあれ、自分のできる事を精一杯する奴はかっこいいよ」
ここまでまっすぐ、人に「かっこいい」なんて言われた事はなかった。異性はおろか、両親にだって。どうしていいかわからず、顔を赤くさせて慌てる事しかできずに混乱していると、青年は「何となくさ。お前、昔の俺に似てるかも」と評されてしまった。
「正義のヒーローに憧れたり、突然人生が変わるような非常事態に襲われたり。昔は俺も、“普通”な奴だったからさ。今はちょっと違うけど」
「えっ!?」
「そんな風に悩んでて、苦しんでて、助けて欲しいって困ってる奴、俺は見過ごせない。だって俺は、全てを救えるくらいの救世主を目指してるから」
その時の青年の表情は自信に満ち溢れ、しっかり目的を見据えているみたいな、強さと覚悟を秘めた瞳だった。
青年の過去なんて僕は知らない。でも、どこか親近感が沸いてきた。今までは“命知らずで馬鹿な奴”かと思っていたけど、この青年も案外“普通”の――。
「ところで、この壁にある地図。所内マップだと思うんだけどわかる? 俺、地図とか苦手で。まず自分がどこに居るかもわかんないんだけど」
「いや、自分がどこに居るかは現在地見ればいいじゃん」
「あ、そっか!」
前言撤回。この青年は“普通”じゃない。やっぱり“変な奴”だ。
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