第13話 舞い降りた希望②


「この街はさ、活気があって明るい街……だったんだ」


 セリは少し寂しそうな表情で大通りをてくてくと歩く。太一と氷華は、セリの歩幅に合わせながらのんびり歩きつつ、ブリュタルの街並みを注意深く観察していた。


 大通りをとぼとぼと歩く街人はどこか覇気がなく、他人とは一切目を合わせようとしない。道の真ん中を堂々と歩く太一たちに対しても目もくれず、無関心と言った雰囲気だった。更に時折、柄の悪そうな男たちが視界に映ると――街人は全員強張った表情を見せ、こそこそと隠れるように脅えている。

 淀んだ鉛色の空が、街の現状をそのまま映し出している様子だった。


「街の外ってね、危険な生き物が居るんだって。だから街ごとに集団を作って、街の人たち全員が協力しながら生きてきたんだ……闘える人は武器を持って皆を護ってくれて、闘えない人は皆を救護してくれて。そうやって共存してきた」

「危険な生き物?」

「大きな黒い鳥とか、狼に乗った鴉とか。羽が生えた人喰い犬とかも居るんだって。セリはまだ街の外に出た事がないからよくわからないんだけど」


 ――ず、随分と恐ろしい世界に飛ばされたな……。


「皆で協力して、怪物から身を護ってたんだけど……あの日から変わっちゃった。あれが――変な光が降って、あの人たちが暴れ出して――全部、変わったんだよ」

「変な光?」


 セリは暗い顔を伏せた後、再び顔を上げる。その表情は無理矢理辛さを押し殺して耐えているような――悲痛な表情だった。


「流れ星が落ちたと思って見に行ったら、変な石だったんだ。あの時の事は、今でもはっきり思い出せる……心が暖かくなるような不思議な光だったよ」


 セリの話を聞いて、二人は「えっ!」と驚いたように大きな声を上げる。どうやら太一も氷華も、二人で同じ事を考えていたらしい。


「ビンゴ、かな?」

「危険な場所って感じで運に見放されたかと思ったけど、どうやら本当は俺たちに味方してるっぽいな!」


 ――私たちの目的である神力石の欠片は、きっと目の前に居るセリが見つけたんだ。


 二人の反応を不思議がりながらも、セリはどこか思い詰めた様子で続ける。


「だけど――」

「?」

「だけど、同じようにそれを見ていたあいつに……無理矢理奪われたんだ。何もかも、あいつに奪われたんだ……ッ!」


 歳相応の子供とは思えない程の強い恨みを込めた顔に、氷華は心配そうにセリを見つめる。怒りの色を押さえるようにぎゅっと目を瞑り、そのまま記憶の奥底の“何か”を堪えている様子だった。小さな身体で、必死に抱え込んでる風にも捉えられる。


「っと……大丈夫、何でもないよ! 後からそいつは“ロフ”の一番偉い奴って事がわかったんだ」

「“ロフ”?」


 セリ曰く、“逆賊した犯罪者集団”と呼ばれる者たちらしい。恐らくソラが賊と言ったのはそこからだろうか。


「今は、その賊――ロフって人たちが例の石を?」


 セリは頭を縦に振り、声を振り絞って悔しそうに二人に伝える。


「賊って言っても、前までは街の人を護る為に率先して闘ってくれていた傭兵たちなんだ。警備とか荷運びとかを手伝ってくれて……悪さなんかしない、正義の味方みたいな優しい人たちだったのに。あの石が落ちた日から、別人みたいになっちゃったんだ……」


 ――もしかしたら石の力が悪影響を及ぼして……でもそんな、人格を変えるまでの影響が?


 氷華が真剣に思案していると、セリは「ロフたちは街の長や役人を殺して、変な力で街人たちを脅した。中でも一番偉いロフの頭、あいつは簡単に人を殺す。理不尽な要求でも、従わなかったら殺されるんだ。だからこの街は、こんな事になったッ!」と悲痛に叫んだ。


 街の人々はロフから貢物や高額の税金を強いられ、従わなければ暴力を受け続け――中には死に至る者も居るらしい。そこから人々は貧困や病に見舞われ、護身術や武力を持たない者は街の外への逃亡手段もない。閉鎖されたこの街からは一切の希望が消えた。希望の代わりに、深い絶望に支配されてしまった。

 瞳に大粒の涙を溜めて訴えるように話すセリを見て、太一と氷華は各々に決心を固める。


 ――ロフって奴、絶対に許せねぇッ!

 ――早く、この街を解放しなきゃ……。


 二人はロフに対する怒りをぐっと抑えながら、セリの話を黙って聞いていた。



 ◇



 暫く歩いていると、セリはとある場所でぴたりと足を止めた。先程の泣きそうな表情から一変、明るい笑顔でにこりと笑っている。中心街から少し離れた現在地、彼等の目の前には大きめの一軒家が建っていた。


「ここは?」

「へへっ、セリの家! 二人共、今日はうちに泊まってよ!」

「え、でも」

「今はこんな街だから、外からお客さんがくるのなんて久しぶりで嬉しいんだ」

「流石にセリの一任で決める訳にはいかないだろ? 両親の許可とかが――」

「そんなのいらない。セリ、ひとりだから大丈夫だよ」

「「!」」


 セリは、この酷く荒れたブリュタルの街をひとりで生きてきた。正確には、ひとりになってしまった。太一と氷華はより一層「この街を一刻も早く救わなければいけない」と使命感が生まれると同時、「自分たちが早くワールド・トラベラーとして動けていれば」と罪悪感にも支配される。そうすれば、些細な事でも変化があれば――セリの運命だって変わっていたのかもしれない。


 ――今の俺にできる事は……これ以上、この子に辛い思いをさせちゃいけない。それに他の人たちにも。セリみたいに辛い思いをさせちゃいけないんだ。


「じゃ、お言葉に甘えて今日はセリの家にお世話になろうかな?」

「そうだな、俺も今日はちょっと疲れたし」

「ほんとに? やったぁ!」


 太一と氷華の言葉に、セリは嬉しさでぱぁっと顔を輝かせながら太一の腕を引っ張って急かす。セリにとっては、寂しさを紛らわせる事ができる喜びより、二人に頼られた喜びが大きかった。特に太一にはロフに絡まれていたところを助けてもらった恩もある。何か恩返しがしたいのも事実だった。

 セリと共に氷華は「お邪魔しまーす」と言いながら家に上がり、太一も苦笑いを浮かべながら後に続いた。



 セリの家は、ひとり暮らしと思えない程の広さだった。テーブルと椅子は明らかにひとり用とは思えない大きさ。食器棚から見える食器たちは、ひとりで使うにはあまりに多すぎる。まるでつい最近までセリ以外の家族が暮らしていたような印象で、広すぎるその家にはセリだけがぽつんと寂しく残されているようだ。感覚的に「この事については不用意に踏み込んではいけない」と察した太一と氷華は特に詮索はせず――一方のセリは対称的に、楽しそうにくるくると跳ね回っている。


「あ! 兄貴、氷姉、お腹空いてない? そろそろ夕飯にしようか?」

「確かに、こっちにきてから何も食べてないからお腹空いたかも。セリ、この街にアイス屋ってある?」

「アイス屋? えっ、たぶんないかな? 甘味屋でならアイスも……」

「セリ、氷華のアイス病に関してはあんま気にしなくていい。まぁ、確かに俺も腹減ったけど」

「なら兄貴はここ! 氷姉はここに座って待ってて!」


 太一と氷華は指定された席順を意味深に感じ、一方のセリはごそごそと鞄から財布を取り出していた。もしかしたらセリが作ってくれるのだろうかと少し期待したのだが、その期待はすぐに打ち砕かれる事になる。


「セリが何か買ってくるよ、何か食べたい物とかある?」

「え、買ってくるって?」

「セリが料理できる訳ないもん」


 氷華は首を傾げながらセリを見つめ、脳内で「自炊できないのなら、お金は一体どこから?」という考えが生まれるが、セリの目は曇りのない済んだ瞳だ。それに、この街でも人一倍正義感が強そうなセリは盗み等をしている筈はないだろう。


「もしかして、セリ……普段からちゃんとした飯を食べてないのか?」

「だって、作り方とかわからないし、“買ってきた方が早いし美味しいし“」

「……よーし、ちょっと待ってろ」


 特に意識する事なく発したその言葉が、太一の料理人魂に火を点けた。太一は大きく息を吐いた瞬間、全力疾走で勢いよく家を飛び出してしまう。突然の奇行に唖然とするセリだったが、我に返ると慌てて玄関先を覗き込んだ。しかし太一の姿は既に見えず、氷華は「流石、陸上部期待のエース」と呑気に感心している。


「ひょ、氷姉は兄貴がどこに行ったかわかる!?」

「うーん、大体予想はできるかな。太一って言葉よりも先に行動で示すタイプだから。きっと案外すぐに帰ってくる筈だから、私たちは大人しく待ってよう?」



 数分後、氷華の予想通り太一はぜえぜえと息を切らしながら帰ってきた。そのまま太一は氷華とセリには目もくれず、ひっそりとした台所に立つ。使い古されたまな板に広げられるのは、太一が数分間の間に厳選して買ってきた食材たちだ。


「あ、兄貴――この短時間で買い物に?」

「あぁ、ちょっと台所借りるぜ!」


 そう言いながら太一は楽しそうに包丁を握り、食材たちを慣れた手付きで切り刻んでいく。そして「セリに栄養あるもの食わせなきゃな……それと作るのだって早いって証明してやるよ」と得意気に笑い、忙しなく手を動かす。


「あ、この包丁使い易い」

「兄貴?」

「セリ、必殺料理人モードに入った太一は話しかけても無駄だよ。もう料理の完成を待つしかないの」


 氷華は「大丈夫、太一って凄い料理上手なんだ!」とセリに微笑みかける。セリは少し不安そうに太一を見た後、諦めたように氷華の方に向き直っていた。



 更に数十分後――食卓にはスパイスに拘ったカレーライス、新鮮な野菜と海藻のサラダ、即席で作ったコンソメスープ等、食欲をそそる料理がずらりと並べられていた。セリと氷華はキラキラと目を輝かせ、太一は「冷めない内に早く食おうぜ!」と両手を合わせる。


「わあ、凄く美味しそう! いただきます!」

「やっぱりカレーだ。いただきまーす」


 パクリと一口食べ、目を輝かせてまた一口。セリは黙々と太一が作った料理に夢中でかぶりついていた。氷華は太一は極度のカレー好きとわかっていたので「世界が変わってもいつもの味で安心するね」とじっくり噛みしめている。幸せそうに食べている二人を見て、嬉しくなった太一も優しい笑みを浮かべた。


「兄貴、こんなに美味しいの作れるなんて凄いよ! 兄貴は何でもできるんだね!?」

「カレーは誰でも美味しくなるようにできてんだよ。だから俺が凄いんじゃなくてカレー様が凄いんだ」

「出た、太一のカレー論」


 セリの素直な感想に照れ隠しを見せるものの、太一は自分の料理で喜んでもらえて嬉しかった。氷華も気の抜けた表情でもしゃもしゃとサラダを頬張っている。

 二人はふと静かになったセリに視線を移すと、瞳から大粒の涙を流しながらカレーを食べている事に気が付いた。美味しいから、の理由だけではないのだろう。


「美味しい……美味しいよ……」


 その日、三人で食べたカレーはとても美味しかった。


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