第14話 初戦と小さな願い①
チュンチュンと小鳥の囀りが聞こえる。窓から差し込む朝日が眩しく、氷華は「うぅ」と唸りながら目を覚ました。ぼんやりする頭で暫く考えた後、何かを思い出したようにガバリと勢いよく上体を起こす。氷華の隣にはセリがすやすやと寝息をたて、セリの隣には太一が猫のように丸まって眠っていた。
「ああ、そうだ……昨日はすぐに寝ちゃったんだ」
夕飯を食べた後、慣れない空間転移による疲労からか、二人はすぐさま夢の世界へと旅立ってしまったのだ。寝方はセリの要望もあって、太一、セリ、氷華の順で川の字で。
「が、学校! 遅刻!」
氷華は寝ぼけながら慌てるものの、五秒程度考えて現実に引き戻された。
――……あ、そうだ。今は任務中だった。
彼女は心の内でそう言い聞かせるものの、意思とは反して身体は布団に引き戻されていく。ばたんと再び布団に倒れ込み、氷華は三秒も経たずに睡魔に敗北した。
「ねむ、い……遅刻して、学校……」
「今、任務……」
太一から寝言でのツッコミを受けるものの、今の氷華には太一の言葉も子守唄にしか聞こえない。太一とセリも起きる気配がないからいいだろうと自分を正当化しながら、氷華は再び夢の世界へと飛び立った。
氷華が次に起きた時、時刻は既に昼前となっていた。いろんな方向に跳ねている髪を揺らしながら、彼女はのそのそと起き上がる。
――思わず二度寝しちゃったけど、学校には私たちの代わりにカイやソラが登校してる筈だし大丈夫だった。……いや、本当に大丈夫なのかな?
疑問に思いながらぺたぺたと廊下を歩くと、既に起きていたセリが氷華の存在に気付いて「おはよう、氷姉!」と元気に声を上げる。氷華も眠気眼で「おはよう、セリ」と返した。
セリは太一が作る朝食兼昼食をとても楽しみにしているのか、足をばたばたと忙しなく動かしている。太一はすっかり目が覚めているらしく、鼻歌を歌いながら上機嫌で料理していた。
そんな二人を見て、氷華はぼんやりと考える。
――世界を救う為に、異世界で任務……。
「こんな事になるなんて、思いもしなかったなぁ」
「ん? 何か言ったか?」
「ううん、何でもない」
氷華は太一の隣に立ち「食器出すね」と微笑んだ。
太一が作った朝食を食べ終え、ふぅっと一息吐く。セリはこの家に自分以外の存在が居る嬉しさからか、終始楽しそう笑っていた。やっと一段落が付いたという事で太一は真剣な声色で話を切り出し、氷華も太一の考えに気が付いたのか緊張した面持ちに変わる。
「さて、腹ごしらえも済んだところで……セリ」
「何? 兄貴?」
「例の――ロフのアジトって場所、俺たちに教えてくれないか?」
◇
「ここが……」
セリの家から裏山に向かって二時間程度歩いた先、三人の目の前には大きな城が聳え立っていた。歴史の教科書を彷彿とさせる立派な古城を前に、太一と氷華は少しだけ心を躍らせる。しかしここは敵の本拠地、気合いを入れるように太一は自分の頬をぱしんと叩いた。
城の周囲はどんよりと淀んだ雰囲気で、真黒な霧に包まれている。優美さと共に不気味さを醸し出している巨城を前に、太一と氷華はまるでフィクションの中に居るようだと錯覚していた。
――これも神力石の欠片の力が?
ゼン――神が保持していた石の欠片。その石さえあれば、ゼンのように人間業ではない事だって針に糸を通すより簡単にできてしまうのかもしれない。そうなると、敵の力はかなり驚異だろう。ここから先は、本当に何が起こるかわからない。
「セリ、わざわざ案内してくれてありがとな。だが……ここから先は俺たちだけで行く。ちょっと遠いけど、セリは家に戻った方がいい」
「や、やだよ! そんなの!」
太一はセリの身を危惧して提案するが、当の本人はぶんぶんと首を横に振って否定する。梃子でも動かないような断固拒否の態勢を見せるセリを横目に、氷華は内心で葛藤していた。
――私たちはまだ“実戦”は未経験。そんな状況でセリを護り切る自信は……やっぱりセリには戻ってもらった方がいい。
その時、針のように鋭く突き刺さる視線を感じ取り、氷華の逆毛がぴりっと反応する。氷華は勢いよく振り返りながら「誰か居る!」と叫んだ。
太一とセリも氷華の声に反応し一斉に振り向くと、そこには怪しげな男たち――ロフであろう男たちが三人立っている。太一、氷華、セリをぐるりと見つめ、ロフたちは三人を見定める如くにやにやと笑みを浮かべていた。
「何だぁ、てめー?」
「おっ、ガキや女まで居るじゃねえか」
「へへっ、隣村の成金に売り払ったらいい金になりそうだ」
身の危険を感じ、氷華やセリは「げっ……」と嫌そうな表情を浮かべる。太一は二人を庇うように一歩前に出ると、怒りを抑えるような瞳でロフたちを睨み付けた。
「チッ――お早い登場だぜ。氷華、闘えるか?」
「うん、私も闘う」
――これは実戦だ、訓練とは違う。集中しろ、落ち着け私……。
本物の実戦をいざ目の前にして、氷華の身体は小刻みに震える。恐怖に支配されそうになりつつも、氷華は必死に自分を保とうと強く想った。
――怖い。だけどセリを護らなきゃいけないんだ……私は、護る為に闘う!
暴れ出しそうになる心を鎮め、氷華はゆっくり目を閉じる。頭の中で自分自身に訴える覚悟は、自然と魔力に変換されていった。
「闘える!」
もう一度強く叫ぶと、氷華はセリを庇いながら前に出る。太一は氷華の行動を見て信頼したように笑い、自分自身もロフたちに向かって歩き出した。
「威勢がいいな、兄ちゃん。だが丸腰で俺たちに敵うとでも思ってんのか?」
「舐めてんじゃねーよ!」
「野郎は身包み剥いで捨てるだけだ」
「……はっ、誰が丸腰だって?」
太一はポケットに手を入れ、四角い木の塊を取り出す。それを上空に軽く投げると、木の塊が突然バリバリと音を上げて光り出した。みるみる内に細長い形に変形し、太一の手に再び収められる。木の塊は一瞬で、太一が昔愛用していた竹刀へと変わっていた。
「行くぜっ!」
――――シュッ!
「!?」
突然の異業を目の当たりにし、ロフたちは開いた口が塞がらずに油断していた。その隙を見逃さなかった太一は竹刀を大きく振り回すと、明らかに竹刀を振り回しただけとは思えない強さの突風が生まれ――ロフたちを一斉に吹き飛ばしていた。
――あれは、剣圧だけじゃない……魔役で風の力を利用している?
氷華は太一の攻撃を見て呆然とし、セリも驚いたように「えぇっ!?」と声を荒げていた。味方をも魅了する太一の剣術を前に、圧巻されたロフたちは言葉を失う。彼等の目は恐怖と焦燥が入り混じったようなものだった。一方の太一はロフたちを見下し、余裕の表情で挑発する。
「さて、やられたいのはどいつ?」
ロフたちはお互いに顔を見合わせ、蒼い顔でだらりと冷や汗を流した。次に太一と、氷華と、セリを交互に見て――作戦が纏まったのか再び笑みを浮かべる。懐からギラリと鋭く光るナイフを取り出し、それぞれの標的に刃先を向けていた。
「こいつはヤバいからな……二人がかりで行くぞ」
「酷い殺され方しても恨むんじゃねーぞ……へへっ」
太一の元には二人のロフが挟み撃ちを狙うように距離を詰める。隙を見せれば銀の刃が一瞬で太一を捕えるだろう。太一は「いきなり刃物か」と言いながら小さく舌打ちし、応戦しながら竹刀を力強く握り直した。
「弱そうな女子供は俺が相手だ……こいつ等さえ捕まえりゃ、あの野郎も大人しくなんだろ?」
「誰が捕まってあげるかっての」
セリを庇いながら、氷華はロフの一人をギリッと睨み付けた。太一は氷華たちを案じて「大丈夫か?」と声をかけるものの、前後から襲う二人のロフ相手に加勢する余裕はない。
「余所見してる暇はねぇ!」
「っとと、危なっ!」
攻撃を寸前でかわした太一は氷華を一瞥した後、再びロフたちの相手に集中し始めた。
一方の氷華はすっと胸の前で両手を構え、静かに彼女なりの応戦体制を取る。セリはおろおろした表情で「ひょ、氷姉……きちゃうよ?」と慌てふためいていた。
「大丈夫、ここは私に任せて」
「へへっ、そんな構えで何ができる? 光線でも出すのかよ?」
自分を馬鹿にしているような態度も気に留めず、氷華はにこりと笑いながら右手に魔力を集め始める。徐々に淡い光が生まれ始め、それに気が付いたセリとロフは驚きを隠せない様子で「え?」と首を傾げた。
「お望みなら。ビーム、出してあげる」
「なっ……!」
「『レイヨン・グラシアル』!」
――――ピカッ!
氷華の言葉と同時に彼女の右手が輝き、光の束となって一直線に飛んでいく。光が直撃したロフは、眩しさと共に感じる刺すような冷気にガクリと膝を付いた。
――――ピキピキィ!
「……な、なんじゃこりゃぁぁあ!?」
ロフは自分自身に起こる不可解な現象に、声を荒げて酷く戸惑う。膝を折った先――そこから身体はピクリとも動かなかった。ピキピキと音を立て続けるロフの足元は、徐々に氷に包まれて凍っていたのだ。ピシッと音が止む頃には、ロフの首から下は完全に氷に包まれ、全く身動きが取れないという情けない姿に変貌。首だけをガクガクと上下に動かしながら、「ふ、ふざけんじゃねえ!」と悔しそうに叫んでいる。
「ふう、これで暫く動けないでしょ。こっちは終わったよ、太一!」
「おう! じゃあこっちも急いで片付ける!」
「お前たちも……異形の力を使えるのか!?」
横目で見ていた仲間のロフたちも、氷華の謎の技――仲間が凍ったという事実に思わず手を止めてしまった。その隙に太一もロフの首の後ろを叩き、二人を軽々と気絶へ追い込む。
相手にしていたロフたちの意識が完全に飛んだ事を確認すると、太一は氷華の元へ近寄り手を上げた。氷華もそれにつられるように手を上げ、互いにハイタッチで初勝利を喜ぶ。
彼等の様子をぽつんと見ていたセリは、緊張の糸が途切れたようにその場に座り込み、震える声で呟いた。
一方は見る者を魅了する圧倒的な剣術で、一方はこの世のものとは思えない不思議な技で――いとも簡単にロフを倒してしまった太一と氷華。
――きっと……この二人なら……。
セリはなんとなく、この二人は「今のブリュタルの街を救ってくれるんじゃないか」と期待を覚える。二人に圧巻されながら、セリは乾いた笑い声を漏らしていた。
「ははっ……兄貴と氷姉って、な、何者?」
凍ってしまい身動きがとれないロフは、悔しそうに太一と氷華を睨んでいた。目の前に聳え立つ城と倒れているロフを交互に見つめながら、氷華は小悪魔のようにニヤリと笑う。その表情を見て、太一は瞬間的に「今の氷華は何かよからぬ事を謀っている」と察した。
「ねえねえ、あなたたちが街で悪さしてるロフって集団?」
「てめえ等、俺をコケにしやがって……覚えてろ、頭に言い付けてやる」
「私たちね、その頭って人に用があるんだ。ちょっと気になる事があって」
「はっ、俺たちと頭を比べるんじゃねえぞ。あの人はお前ら如きすぐに捻り潰せる。今に見てやがれ」
「ふーん、その頭ってさ……この城の最上階に居るよね?」
「わかってんなら訊くんじゃねえよ」
「そっか、やっぱり! 教えてくれてありがとう」
ロフは暫く茫然としながら考えた後、氷華の言葉の意味を理解して歯ぎしりを立てる。悔しそうに氷華を睨みながら「はったりかよ!」と叫んでいた。
太一は「度胸あるな。もしかして本当に知ってたとか?」と問いかけるが、氷華は口元を吊り上げながら首を横に振る。自信満々な表情で「大抵のボスキャラって高い場所に居るでしょ?」と答えてみせた。
「確かに……」
「氷姉凄いっ! 天才!」
「はははー、もっと崇めたまえー」
暫く悔しがっていたロフだったが、三人の様子をじっと見つめ、黙って何かを考え込んでいた。そのままセリの顔を見ながら、思い出したように「まさか」と声を発する。
「そうか、ガキ……どこかで見た事があると思ったが……あの時に頭に歯向かったガキか!」
「ッ!?」
刹那、セリは顔色を真っ蒼に変えて固まった。ガタガタと震え出し、恐る恐る自身の両手で肩を抱いている。セリの尋常じゃない取り乱し方に「セリ! どうした!?」「大丈夫?」と心配そうに慌てる太一と氷華だったが、ロフは口を閉じようとはしなかった。
「へへっ、てめえが拾った“あれ”で頭は異形の力を授かり、俺たちも裕福極まりない暮らしだ。てめえのお陰で今の俺たちがあると言っても過言じゃねえな?」
「…………」
「それにてめえが“あれ”を見つけて離さなかったから、てめえの両親は死んだんだからなあ!」
「……めろ」
「しかも実の兄貴はてめえを捨てて人斬りになり下がったんだって?」
「やっ……やめろぉぉおぉお!」
そして瞳に大粒の涙を浮かべながら、セリはロフに殴りかかろうと腕を振り上げる。しかし小さな右手はロフに届く事なく、太一が静かにそれを受け止めていた。セリが我に返って太一と氷華を見ると、二人が自分の代わりに思い切りロフを殴っている様子が歪んだ視界に映る。
「俺ルール第二条、責め立てて子供を泣かすなんて大人失格」
「久々にぷつんってなっちゃった。だから、まぁ……ちょっと黙ろうね」
太一と氷華の拳により顔が変形したロフは、既に意識を失っていた。氷華はくるりと踵を返し、いつもの優しい表情で微笑みかけると、太一も竹刀を変形させて帰り支度を済ませる。
「さて、今日はもう帰ろうか!」
「そうだな、とりあえず宣戦布告ってところで終わっておいてやるかー」
「えっ、氷姉たち……もういいの……?」
「うん。言われてみれば敵の規模とか頭って人の特徴とか――情報が皆無だからね。今日だけでもいろんな事がわかったからさ、とりあえずもう帰ろ! ねっ?」
「さ、早く帰ろうぜ。今日の夕飯は何にすっかなー」
そうして氷華はセリの左手を、太一はセリの右手を握り、三人揃って歩き出す。道中では取り留めのない会話が続いたが、セリは終始寂しそうな表情のままだった。それが伝染するように、太一と氷華も少し寂しそうに表情を曇らせる。
ワールド・トラベラーとしては初戦を勝利で飾ったものの、二人の初戦はどうにも後味の悪い結果に終わってしまった。
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