番外編 ワールド・トラベラーと仲間たちの日常
番外編2 転入事件
その日、陸見学園のとある教室はいつも以上に落ち着きがなかった。
謎の塔の出現&校舎半壊事件から約一ヶ月――理事長の財力や工事関係者の働きにより、完成したピカピカの新校舎。少し完成が早すぎる気もしたが、それを忘れさせる程に新築の校舎は美しい輝きを放っている。完成したばかりの校舎で授業を受けられると思うと、生徒たちだけではなく教職員たちも感嘆の声を漏らしていた。
「構造は殆ど同じだから迷いはしなかったね」
「でも何か、新築の匂いがするし、テンションは上がるな」
今日は久々の登校日だ。朝の集会の時にちょっとしたトラブルはあったものの、太一と氷華もこうして新しい教室に辿り着いた。久しぶりに会うクラスメイトたちを前に、太一と氷華も爽やかな笑みを見せている。
太一と氷華は、ゼンという青年と知り合った事をきっかけに“ワールド・トラベラー”として異世界を飛び回り、最終的には自分たちの世界と神をも救った。
その後、再びワールド・トラベラーとして世界を護る事を決意し――太一は持ち前の剣術と、神であるシンから授かった魔役を組み合わせた戦闘スタイル、氷華はシンから授かった魔術を自らの天性の才能で開花させ、それを駆使して闘う。
彼等の秘密を知る者は、シン、家族、共に闘った仲間、そして敵として争ったものの最後には協力した仲間、彼等と直接関わった異世界の住人たちしか居ない。
しかし――。
「なあ、太一! あの時のあれってなんだ?」
「一瞬で木が竹刀になったよな?」
「それに、氷華が捕まってたって噂は本当?」
「あの事件って、二人と何か関係あったの?」
クラスメイトからの質問攻め。それを前に太一は苦笑いを浮かべていた。咄嗟に背を向けて作戦会議をする太一と氷華を、クラスメイトたちは様々な視線を向けながら尋ねる。疑心、興味、不審、好奇――それ等の感情が入り混じっている。
「ちょっと太一、もしかして皆の前で能力使ったの?」
「あれは咄嗟にやっちゃったというか、何というか――ってか、氷華だって怪しまれてるだろ?」
「私の場合、アクが」
「なあ、太一! 氷華ちゃん!」
しびれを切らしたクラスメイトたちは、正に“時の人”状態の二人の肩をわしゃわしゃと揺らしていた。そして、この空気から逃げたい一心の太一は、咄嗟に「あれはだな、その――マジック! 手品だ!」と苦し紛れの嘘を吐いた。それを聞いた氷華は「あ、終わった……」と諦めたような表情をするが――そんな氷華の様子を余所に、クラスメイトたちは「マジで!?」と楽しそうに瞳を輝かせている。
――……え?
「北村くんってそんな特技あったんだ!」
「ああ――す、凄い練習したんだぜ。それはもう、血が滲むような」
太一の言葉を真に受けるクラスメイトたちに、氷華は唖然としながら「信じた……だと?」と現実を疑うように声を漏らした。太一の行動の謎が判明した事でクラスメイトたちは満足したのか、次は氷華へとターゲットを移す。
「じゃあ、あの空から降ってきた声は?」
「え、あ――あれは」
そして氷華は軽くパニックに陥りながら、苦し紛れに「私、あの事件の犯人に捕まってて……あ、あれは巨大拡声器からの声で……」とだんだん声を小さくしながら自信なさげに呟いた。するとクラスメイトたちは酷く深刻そうな表情で「そ、それは……」とうろたえ始める。
「そんなに大変な事になってたなんて」
「そんな……辛かったよね、怖かったよね……」
「ごめん――辛い事を思い出させちまって」
「え――き、気にしなくていいよ! もう大丈夫だから!」
それ以降、クラスメイトたちは氷華の心境に気を遣い、これ以上の詮索はしなかった。氷華は何だか申し訳ない気持ちになりつつも、太一も苦笑いを浮かべながら「け、結果オーライ?」と心の中で呟く。こうして、太一と氷華はどうにか“ワールド・トラベラーの秘密”を護り通した。
◇
太一は自分の席に着くと、隣に座る氷華にふと視線を向ける。そのまま太一は、氷華の机の上に蠢く何かを発見してぎょっと瞳を丸くしていた。
「おい、氷華……それ」
「ん? ああ――」
氷華は蠢いた“それ”をひょいっと片手で持ち上げる。雪の結晶のワンポイントが特徴的なハンカチだ。それは、つまり――。
「ノア……」
するとハンカチは氷華の手を離れ、ひとりでに太一の顔面へばさっと覆い被さった。突然視界が暗くなった事で「おわっ!?」と間抜けな声を上げると、ハンカチから声が聞こえる。
「僕が居て悪いか」
「いや、悪くはないけど――まさかそんな堂々としてるなんて」
「平然としてると意外にバレないから大丈夫だよ」
ハンカチ、もといノアをひょいっと持ち上げながら太一は呆れたように話しかける。しかし傍から見ていると、太一がハンカチに向かってこそこそ話しかけているという、謎の光景にしか見えなかった。
今はハンカチ状態だが――このノアは驚異的な身体能力を誇るアンドロイドである。彼は太一と氷華がワールド・トラベラーとして闘っている最中に異世界で出会った少年だ。死闘を共にしながら、時には助け、助けられた関係である氷華に対して心を開いた彼は、こうして彼女の世界にまで“氷華を護る”という約束を遂行する為に付いてきてくれた。
今となっては人型状態にも自由に変身可能なのだが、大抵はこのハンカチに慿依した状態でふわふわと浮きながら氷華にくっ付いている。絶対に口には出さないが、内心ではこのハンカチ状態が気に入っているようだ。
「ノアが新しい教室を見たいって言うから」
「な……ぼ、僕は、そんなつもりはッ」
「でも今日はお母さん家に居るから、家に居て捕まったら洗濯機コースだよ」
「それは嫌だ」
慌てて捲し立てるノアを、氷華は優しく笑っていた。
そんな時、ガラッという扉が開く音に、クラスメイトたちは蜘蛛の子を散らすように席に着く。教室を見回しながら担任は「皆、久しぶりだな」と笑っていた。
「さて、今日から待ちに待った授業再開だ……が、今日は転入生を紹介する」
その一言に、クラスは再びざわめく。太一も「珍しいな、こんな半端な時期に」と呟き、氷華も続けて「崩壊した学校に転校生なんて、物好きも居たものだね~」と呑気に笑っていた。それに対してノアは密かに「お前たちが中心人物だったけどな、その事件」と考える。
「先生~、転入生は男ですか? 女ですか?」
「美少女ですか?」
「イケメンですか?」
気の抜けたクラスメイトの発言にクラスはどっと笑いに包まれる。すると担任はニヤリと口元を吊り上げながら「聞いて驚け、両方だ」と挑戦的に言った。それだけで驚くものの、担任の「しかもな、先生も驚くんだが――転入生は五人も居る」という発言から、クラス全員が目を丸くさせて驚愕する。勿論、太一や氷華も例外ではなかった。
「これ以上待たせるのも悪いからな……入ってきてくれ」
担任の転入生を呼ぶ声に、一同は緊張してごくりと生唾を飲み込む。太一と氷華も目を輝かせ、興味津津という表情で扉を見つめ――遂に、転入生が姿を現した。
「「はぁああぁぁぁあああ!?」」
そして、太一と氷華は人生の中で一、二を争う程の大声を上げる。ノアもかなり驚愕しているようで、凍ったハンカチのようにその場に固まっていた。太一と氷華は口を開け過ぎて顎が外れる事も内心で覚悟しながら――急に立ち上がった事で、椅子もうるさく音を立てる。
普段の彼等からは想像できないような奇行に、クラスメイトたちは驚き、転入生を見て更に驚き――混乱していた。担任は「どうした。北村、水無月……お前等の知り合いなのか?」と少しうろたえながら問いかけるが、その問いに応えられる状態ではない太一と氷華は、震える声で必死に言葉を紡ぐ。
「ど、どうして――お前たち、が」
「な、なな、何で!?」
そんな二人に呆れながら、転入生の一人が口を開く。
「そんなに驚くなよ、クラスメイトがびっくりしてんだろ?」
青年は得意気にニヤリと笑いかけた。耳に垂らしたピアスが、横に流れる空色の髪と共に揺れる。
「ねえ、太一! 氷姉、似合う?」
楽しそうにくるりと一回転し、ふんわりとした小麦色の髪と新品の制服が靡く。子供のように無邪気に笑うのは、幼さが未だ残る少女だ。
「似合ってるよ、とても」
太一や氷華へ向けて問いかけた筈なのだが、少女の質問を我が物顔で返すのは、同じようにふんわりした淡黄色の髪で微笑む青年。優しげな表情を纏い、品のいい笑顔を常に崩さない。
「おい、北村。今日こそ俺と勝負しろ!」
場の空気を読まずに太一に挑戦的に挑むのは、長い前髪で右目を隠した青年。その髪は燃え盛る炎のような緋色だった。
「空気を読んでください。皆さんが混乱しているじゃないですか」
そんな青年を横目に、呆れながら溜息を洩らすのは深紫の長髪を緩く纏めた青年。眼鏡をくいっと上げながら「お久しぶりです。氷華さん、太一くん」と好意的な視線を向けて微笑んでいた。
そう、太一と氷華の目の前には――精霊と呼ばれる存在で、共に闘った仲間たちが――陸見学園の制服に身を包んで現れたのだ。
◇
「カイリ・アクワレルっす。よろしく」
「ソラシア・アントランでーす! よろしくねっ!」
「スティール・アントラン。ソラシアの兄だよ」
「名前言えばいいのか? アキュラス・フェブリルだ」
「ディアガルド・オラージュです。よろしくお願いします」
外国人とは思われそうな名前や鮮やかな髪色から、周りから盛大に怪しまれるだろうと思いきや――意外にもクラスメイトたちは快く彼等を受け入れていた。担任も「空いてる席に適当に座ってくれ」と指示し、何事もなかったようにホームルームは終了しようとしている。
だが、いまいち納得できない者が約二名――正確には三名なのだが。
「ちょっと待ったぁあぁぁああ!」
「何で平然と受け入れられる!? 皆どれだけ心が寛大!?」
氷華が叫び、太一が続く。それにノアも「全くだ」とバレない程度に肯定の意を見せた。そのまま五人は口を揃える。シンが許可したから、と。ちなみに転入するにあたっての諸々の“違和感”についても、シンが関与しているらしい。
「……バカ神」
「なんだよ、俺たちが学校生活をエンジョイして悪いのかよ」
太一の呟きにカイリは詰まらなそうに口を尖らせて問いかける。慌てて太一は「いや、そういう訳じゃないけど――日頃のノリで能力使っちゃいそうで」と説明する傍ら、彼等のすぐ横では何やらガタガタという物音が聞こえ始めた。
「おいアホ毛女。てめえ今何て言った」
「アホ毛言うな、片目男」
一触即発な雰囲気の氷華とアキュラスに、太一は「ほら、言わんこっちゃない」と小さく声を漏らす。アキュラスにとって、太一やカイリは“好敵手”という関係だが、氷華に対しては“犬猿の仲”という感覚なのだろう。属性も主に火炎と氷雪なので、尚更相性は最悪だ。
「ねえ、ソラシアちゃんとスティールくんは兄妹なの?」
「うん、そうだよ」
一方、ソラシアとスティールは誰しもが首を傾げるであろう疑問に、平然とした顔で答えていた。それをすかさず太一が「はい! そこちょっと待った!」と声を上げて止め、二人に対してこそっと意見する。
「おい、同じクラスで兄妹とか不自然すぎるだろ」
「えー、でも本当の事だし」
口を膨らませながら不満を表すソラシアに、太一は「そこはいいから!」と説得する横で、スティールは太一の努力を無視して「ああ、実は僕とソラシアは双子なんだよ」と深く考えずに嘘を吐いた。確かに雰囲気は似たところがあるものの、見え見えの嘘に太一は「あ、終わった……」と、まるで少し前の氷華のように内心で落胆するが――。
「へ~、そうなんだ!」
「似てない双子だね。いや、けどどことなく似てるような気も……」
「――またかよ」
太一はぽかんと口を開きっぱなしで、遠い目をしながらクラスメイトたちの目と心の広さを疑っていた。もしかしたら、この件に関してもシンが多少関与しているのかもしれない。一度そう疑うと、何だかそうとしか思えなくなってきた太一だった。
「ねえ、あの人ってアイス屋のお兄さんよね? 氷華がこの前デートした」
「え――あ、えーと」
ディアガルドを見て、自分に詰め寄る女友達を前に氷華は言葉を濁らせた。確かにディアガルドはアイス屋でアルバイトをしていて、そこが二人の出会いの場所でもある。以前、氷華がディアガルドとデートをしたという事も事実だった。誤魔化そうとする氷華を前に、じれったく感じたクラスメイトたちは、在らぬ妄想を繰り広げ始める。
「きっと氷華ちゃんを想うあまり学校まで追ってきたんだよ! ほら、自己紹介の時にも氷華ちゃんに笑いかけていたから」
「なるほど、納得」
「な、納得するな!」
珍しく氷華のツッコミが飛び交うのも束の間、もう一人の話の中心人物であるディアガルドは、優しく笑って氷華の代わりに説明する。
「お好きなように捉えてもらって構いませんよ」
「誤解を招く発言は止めようよ……」
氷華が冷静に意見していると、クラスメイトたちは面白そうに笑いながら各々意見を口にしていた。
「なんだか面白い展開になってきたわね。これは明日の校内新聞も確実かしら」
「そんなんじゃないって。それに私は――」
「でもディアガルドくんって本当に女の子みたいに美人だよね。羨ましいくらい」
「氷華、あんた……実は男で、ディアガルドさんが女とか言わないわよね……?」
「それだけはないからッ! それに、だから私には凍――」
クラスメイトたちの面白がる視線に、氷華は溜息を吐きながら「聞く耳も持ってくれない」と面倒そうに呟く。そして机の上に居るノアも、むっとしながらディアガルドを睨み続けていた。
その後も相変わらずな調子の仲間たちを前に、太一と氷華は終始、冷や汗を流していたのだが――だけどそれは苦ではなく、むしろ彼等の存在によって学校生活が更に楽しくなっている事に気付く。観念したように互いに顔を見合せながら、太一と氷華は「これから大変そうだな」「そうだね」と笑い合っていた。
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