番外編3 魔術師と魔剣士の珍道中
「ひょ・う・か・ちゃーん」
「な、何……?」
いつもの穏やかな笑みではなく、何かを企んでいるような笑顔――身近な者で例えるならば、ディアガルドが他人を小馬鹿にしている時のような笑顔を浮かべるスティールを前に、氷華は至極嫌そうな顔をしながら身を引いた。じりじりと詰め寄るスティール。それを一歩、一歩と後退しながら、氷華は逃げ腰になっている。
「ど、どうしたの……」
「氷華ちゃん、僕と冒険に行かない?」
「はい?」
冒険、という言葉に氷華は目を丸くさせた。シンからの任務ではなく、只の冒険。氷華はその言葉が理解できず、スティールに「冒険って?」と呆れながら問いかける。
「ちょっと異世界まで。魔石を求めて」
「えっ――他の人を当たってよ。太一とか」
「太一くんは嫌いだからやだ。それ以前に、出掛けるなら女の子と一緒がいい」
「じゃあソラ。妹なんだから、たまには家族水入らずで――」
「ソラシアを危険な目には遭わせられないよ」
氷華は一瞬「案外、いいお兄ちゃんしてるのかも」と感心したのだが、言葉の真意に気付きハッと顔を上げる。
「じゃあ私は危険な目に遭ってもいいって事!?」
「…………」
「そこで黙らないでよ!」
世界を救う、護る為ではなく、目的が魔石。まるで宝探しのようだ。物語等のイメージ通りな“冒険”という雰囲気に、氷華は面倒になりながらスティールの誘いを断ろうと首を横に振る。
それに、氷華は個人的にスティールが苦手でもあった。女子全員へなのだろうが、あからさまに好意を寄せてくる発言や行動。そして別人と理解していても、彼の容姿が氷華の中で“ある人物”を彷彿とさせてしまう事もあり、氷華は彼に苦手意識を感じてしまっていたのだ。
――違うってわかってるんだけどなぁ……どうしても比べちゃうんだよね……。
するとスティールは悲しそうにしゅんとした表情で「そっか……」と珍しく素直に引き下がる。
「残念だなぁ、氷華ちゃんなら優しいから行ってくれると思ったのに」
「…………」
「この壊れちゃった魔剣の真の力を取り戻す為には……新しい魔石が必要なのに」
「…………」
「僕の魔剣、氷華ちゃんを助ける時に力を使い切って壊しちゃったんだよね……」
「!」
「魔石を手に入れれば、魔剣も真の力を取り戻して――更にシンからの任務も捗るのになぁ。だけどしょうがない、今回はひとりで行こう。あーあ、危険な冒険になりそうだ」
そうして氷華はとてつもない罪悪感に支配され、言葉にならない叫び声を上げながら、「っ……! ま、待って! 私も行くからッ!」と慌ててスティールを追いかけた。
そんな氷華の叫びを聞いて、スティールがニヤリと怪しく笑っていたのは言うまでもない。
◇
氷華の空間転移魔術により異世界に辿り着いた二人は、ぐるりと辺りを見回した。生い茂った草木、巨大な花々、移動にも使えてしまいそうなツタ。まるでジャングルを連想させるそこに、氷華とスティールは立っていた。
「本当にここでいいの?」
「うん、きっとこの位置だから」
スティールは懐から取り出した地図らしき紙で現在地を確認する。木のようなマークを指さし、「現在地はたぶんここ」と氷華に説明した。それを見ながら氷華は「本当に宝探しみたいだ」と呟き、逆毛をぴょんっと立たせながら目を丸くしている。最初は嫌がる素振りを見せていたものの、実際に現地に到着してみて少し楽しくなってきたようだ。
「このジャングルを抜けて、遺跡の奥に魔石があるみたいだよ」
「それならさっさと行こう。夕飯までには帰りたいから」
しかし、氷華のささやかな願いは叶わないものになる。
数時間後――。
「ねぇ、スティール」
「うん、氷華ちゃん」
「これ……迷ってるよね」
「そうだね、迷子だね」
一向に抜けられないジャングル、一度付けた目印を再び見つけてしまった事から、氷華とスティールは絶望した様子で地面に手を付いた。迷いと空腹からか、氷華は「いっその事――ジャングルごと燃やしてすっきりさせちゃおうか?」と危ない発言をするが、スティールの「無暗な環境破壊、ダメゼッタイ」という言葉で目が覚める。氷華は空間転移魔術の応用で四次元空間にものを収納する術(別名・氷華ポケット)を会得しているが、今日に限って食べ物は保管していなかった。空腹感に耐えながら、氷華は「常に非常食とアイスくらいは保管しておこう」と心に誓うのだった。
だいぶ日も暮れ始め、薄暗くなった空を見上げながら氷華は「本当にどうしよう……」と呟くと、スティールが突然氷華に覆い被さる。そのまま二人はバタンと倒れ込み、訳がわからない氷華は「な、なな、何するの!?」と慌てて声を上げた。一方のスティールは「静かに」とだけ言い、すっと青緑色の目を細めている。
その時、氷華はやっと異常な光景に気付いた。先程まで自分が居た場所のすぐ近くには、長くて太い、とても鋭い槍のような“何か”が刺さっていた事に。スティールに倒されていなかったら、今頃は――氷華は槍に貫かれる自分の身体が安易に想像できてしまい、顔を真っ蒼にさせた。
「何あれ……」
「そこの茂みの向こう――何か動いてる」
二人は慎重に立ち上がると、茂みの向こうに不気味に蠢く“何か”を発見する。観察するように注視すると、巨大な瞳がぎろりと動いた。そのまま“何か”は、ばさばさという音を響かせながら、氷華とスティールの前に巨大な身体を露わにする。
「と、鳥の怪物?」
「見るからに凶暴そうだね……」
鋭い口ばしが大きく開かれ、鼓膜が破れそうな程の音量で咆哮が響き渡った。巨大な翼に纏われる羽の一つ一つは、先端が鋭く槍のように尖っている。先程の槍はこの鳥の羽と理解し、氷華はつうっと冷や汗を流した。鋭く大きな眼光の先には自分とスティールが映し出されていて、氷華は「餌か何かと勘違いしてるのかな……わ、私を食べても美味しくないよ……」と力なく呟く。
「氷華ちゃん、構えて!」
次の瞬間、氷華目がけて鋭い羽が飛び交った。氷華は咄嗟に走り出して攻撃をかわすと、そのまま手を構えて瞳を閉じる。
「『セレスト・フラム』!」
燃え盛る炎が氷華の手元で揺らめき、そのまま鳥の巨体目掛けて放たれた。しかしその炎は、巨大な翼の羽ばたきによってあっさり掻き消されてしまう。氷華は「げ……」と声を漏らし、羽ばたきによって生じた突風に吹き飛ばされてしまった。
「氷華ちゃん!」
氷華の身体は木に打ち付けられそうになるが、反射的に風光系魔術を発動し、どうにか衝撃を緩和させた。ダメージは最小限に抑えたものの、ゼロという訳ではなく――氷華は痛む身体を鞭打ちながら、どうにか立ち上がる。
「直撃だったら、危なかった――」
冷や汗を流しながら、氷華はきりっと鳥の怪物を睨み付けた。恨めしそうに「焼き鳥計画が、失敗してしまった」と呟くと、隣から何かが猛スピードで風を切る。
「次は僕が行くよ」
スティールは自分に向かう槍のような羽を、魔剣で次々に斬り落としていった。羽が間合いに入った瞬間、素早く剣を振るい撃ち落とす。彼が得意だった魔術と剣の合体攻撃も、魔剣としての効力を失ってしまっている今、魔術の方は使用不可能だ。スティールは只の剣とも等しい魔剣を振るい、必死に闘っている。
「っ、やっぱり剣術だけじゃあ辛いものがあるね……!」
氷華の火炎系魔術が簡単に破られてしまった理由は、恐らく彼女の得手不得手にある。氷雪系魔術を得意とする彼女は、火炎系の魔術は苦手なのだ。その結論に即座に到達したスティールは「僕が火炎系魔術を使えれば――」と苦渋の表情を浮かべる。風光の精霊系魔法を発動できれば勝機はあるかもしれないが、そこまでの隙を鳥の怪物は許さない。スティールは悔しそうに「羽ばたきが邪魔だ、せめてあれがなければ」と声を漏らした。
「つまり、翼を止められればいいって事?」
すると氷華はニッと得意気に笑い、先程とは違う構えで魔力を集中し始める。足元は巨大な魔法陣が水色の輝きを放ち、既に人間の域は超えているであろう魔力の大きさに、スティールは味方ながらダラリと冷や汗を流した。
――ああ、そっか。火炎系魔術の苦手さを気にさせない程、氷華ちゃんは……。
「焼くのは苦手だけど――冷凍なら得意だよ!」
そのまま氷華は手を振り翳すと同時に「『フロワ・ルミエール』!」と叫ぶと、鳥の巨体に氷が纏わり付く。逃げ惑う暇さえも与えず、巨大な両翼は完全に凍り付いてしまい、鳥の怪物は両翼が動かない事で暴れ出すが――バランスを崩し、大きな音と共に巨体を地面へ鎮めてしまった。
――いや。ワールド・トラベラー、水無月氷華は……氷雪系魔術で魅せるんだ。
「さて、動きは封じたよ」
氷華がふうっと息を吐くと、スティールに対して挑戦的な視線を投げる。その期待に応える為、彼はシュッと勢いよく剣を振った。
「僕も負けてられないよね」
続けて魔力を集中させながら「『風光よ。我が契約の下、力を示せ。薙ぎ倒せ。冷風破砕』」と詠唱するスティールは、魔剣を横に構えて静かに目を閉じる。詠唱に応えるように彼の周りにはみるみる内に風が纏わり始め、ギロリと自分を睨み付ける鳥の怪物に向かい、「これ、力消耗するし……加減が効かないからあまり使いたくなかったけれど……」と微笑んだ。
その刹那、鳥の怪物は視界からスティールを見失う。代わりに痛みと衝撃が走り、鳥の怪物は咆哮を上げた。音速で鳥の巨体を斬り付けていくスティールの動きを視認できず、氷華は呆然としながら斬り刻まれていく鳥の巨体を眺める事しかできなかった。凄まじい回数の連撃の後、スティールは大きく振り被って、巨体を数百メートル先へと豪快に吹っ飛ばす。
「名付けるなら、『必殺、スティール連斬』……って感じ?」
「うわ、最後の名前かっこ悪い」
鳥の怪物はおろか、森林を軽く伐採してしまったその技に、氷華は素直な感想を述べた。スティールは「酷いなあ」と笑っていると、周りの風景がクリアになっている事実に気が付く。森林が伐採された事により、目的の遺跡が前方に姿を現したのだ。
「あ、氷華ちゃん。目的の遺跡が見えたよ。日頃の行いがよかったからかな? ラッキー」
「……環境破壊、ダメゼッタイじゃなかったっけ?」
「えー、そんな事言ったっけ」
氷華は少し不本意に思いつつも、先導するスティールの後を追い、二人は目的の遺跡へ向かうのだった。
◇
その後、二人は遺跡の内部へ踏み入れる事に成功するが――そこは“いかにも”な雰囲気で、数々のトラップが仕掛けられていた。
「うわッ!」
「ひっ!?」
小部屋の天井落ち、床下が抜け――。
「氷華ちゃん危ない!」
「え、ええぇ!?」
壁からは槍が突き出し、挙句の果てには――。
「ん、この音は?」
「ま、まさか……」
「「潰される!?」」
通路では巨大な岩石に追い掛けられ、押し潰されそうになった。
そして数時間後、やっとの思いで魔石が置かれている祭壇に辿り着き、スティールはエメラルドのように輝くそれを手にする。氷華も「綺麗」と感嘆し、スティールも「これで、やっと……」と魔石と同じ色の目を輝かせながら、歓喜に溢れるように声を漏らした。今や只の剣となってしまった魔剣に、新しい魔石をあてがう。すると魔石は煌々と輝きを放ち、魔剣に合わせて自ら形を変え――スティールの魔剣には神秘的に煌めく魔石がぴったり埋め込まれていた。その様子を見て、氷華は「へえ……石が自ら変形するんだ。それに、強力な魔力を感じる」と関心しているようだ。
「これで僕も前みたいに魔術も扱える。氷華ちゃん、協力してくれてありがとう」
「えっ――あ、うん。どう致しまして」
裏表がなく純粋な感謝を述べられ、若干驚いた氷華は、少しうろたえながら小さく口を動かす。スティールはくすくす笑いながら「氷華ちゃんが珍しく素直だね。ふふっ、可愛い」と言うと、氷華は「ふざけないで。魔石も手に入ったし、さっさと帰るよ」と呆れたように溜息を零した。
「あ、ちょっと待って。最後に――ちょっと魔術試したいから」
スティールは剣を横に倒すように構え、瞳を閉じる。スティールの周りに集まる魔力の流れを、氷華は確認できた。
「行くよ……『セレスト・フラム』」
魔剣から放たれた炎渦を見ながら、氷華は「ちょっと。それって私への当て付け?」と口元を引き攣らせる。スティールはパチッとウインクをしながら「魔術を扱う者としての、ちょっとした対抗心」と笑っていた。
そうして、そのまま“対抗心”だけで終わるつもりだったのだが――。
「「…………」」
ゴオォォッという激しい音と共に、炎渦は次第に肥大していき、遂には炎を纏う竜巻へと変貌する。その威力に氷華は「こんなのを食らったら一発ノックアウトされそう」と焦りつつも、その顔は次第に蒼白へと変わっていった。スティールが起こした炎の竜巻はそのまま衰えず――バキバキッという破壊音が遺跡内に響き渡り始める。
「ねえ、やりすぎじゃない?」
「……ははっ」
「ねえ、ここ……崩れない?」
「……あははっ」
二人は死に物狂いで遺跡を駆け抜け、逃げるように元の世界へと帰って行くのだった。
彼等が救った――護るべき、世界へ。
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