第67話 共闘①


「『雷電よ。我が契約の下、力を示せ。降らせちゃってください。迅雷降雨』」


 ディアガルドが右手のワイヤーで悪の化身の動きを封じ、その隙に左手を振り下ろすと、辺りにうろつく悪の化身たちを雷の雨で一掃する。ディアガルドの圧倒的な力を前に出る幕がなかった太一は、静かに竹刀を下ろして呟いた。


「仲間になると頼りになるな、精霊って」

「カイやソラも精霊じゃん」

「あ、そっか」

「違いますよ、“僕だから”頼りになるんです」


 ふっと微笑みながら、ディアガルドは未だにパリパリと電気を帯びる手を下ろす。


 ――そういえば僕と闘った時、何故ワイヤーを切った後も硬直状態が続いたのだろうか……。


 ノアはふと疑問に感じたが――今はアクを倒す事が最優先だと判断し、この場では特に追及しないでいた。そんな風に思案していたノアだったが、ふと先導して歩く太一の背中を見て、何かを思い出したように「あ」と声を上げる。


「どうしたの、ノア?」

「氷華、これを」


 そう言いながらノアは腰に巻き付けていた衣類を解き、氷華にそれを差し出した。少し申し訳なさそうに「悪い、少し焦げてしまったが」と先程のディアガルドとの戦闘を思い出しながら呟くノアだったが、一方の氷華は「ノア、もしかしてわざわざ持ってきてくれたの? ありがとう」と微笑みながらそれを受け取る。

 氷華はそのままノアが持ってきてくれた――ワールド・トラベラーのジャンパーに袖を通し、少し真剣な面持ちで「よし、なんだか気合い入った!」と腕捲りをしながら意気込んでいた。


「僕にはこれを着る資格はないからな」

「別に資格なんていらないと思うけど。きっとノアも似合うよ?」


 特に深く考えていない氷華に対し、ノアは首を横に振りながら内心で呟く。


 ――それはきっと、世界の為に闘う者が相応しい。



 ◇



 太一と氷華、ノア、ディアガルドは最深部から再び魔法陣がある場所へと戻った。早くゼンの元へ向かわなければと思っていた矢先、太一は移動に使った魔法陣の輝きが失われている事に気付く。


「まさか、一方通行……」

「もう使えないのか?」


 太一がペタペタと魔法陣に触れ、ノアも観察するようにそれをじっと見ていた。ディアガルドは顎に手を添えながら「困りましたね」と冷静に呟く。しかしそんな悩む三人を無視し、氷華はごく自然な流れで――まるで手形でも残すように――魔法陣にぺたりと触れた。


 ――――ピカァッ


 刹那、魔法陣は輝きを取り戻し、更に元の魔法陣より複雑化した巨大な陣へと変貌を遂げていた。氷華の突然の行動を前に、三人は目を丸くしてその場に固まる。


「何をしたんだ?」

「え……元ある陣を復活させて、ちょっと自分流に変えてみた……かな?」

「いや、俺に訊くなよ……」


 へらへら笑う氷華を見て、ディアガルドは信じられないものを見るような目で彼女を見つめていた。


 ――彼女は、一体……どこまで……。


 神力石の欠片を宿していたからなのだろうか、それとも氷華自身の才能なのだろうか。神力石の欠片が抜き取られた事で、氷華の膨大すぎた魔力は落ち着いているが――それでも普通の人間より容量は大きい。更に、既に自己流を組み込める程の魔術の応用力もある。

 恐らく氷華は、魔術の理解度が極めて高いのだろう。天性の才能なのか、闘いからの成長なのか、努力の成果なのか――或いは、それ以外の何かなのかもしれない。


 どちらにしても、氷華の魔術は人間の域を既に越えているようにディアガルドは感じた。氷華の魔術は、精霊魔法にも――もしかしたら神にも匹敵する領域かもしれない。


「そんなに真剣に考え込んで、どうしたの、“ディア”?」

「え――」

「いや、ディアガルドじゃ長いから……片目男とスティールも確かそう呼んでたし」


 敵であった自分に対しても平然と微笑む氷華の姿を見て、ディアガルドは驚いて立ち尽くす。氷華は気にする様子もなく「皆、魔法陣の中へ」と呼びかけていた。未だに茫然と立ち尽くしているディアガルドを見て呆れながら、氷華は笑顔で彼の手を掴み、歩き出す。強制的に魔法陣の中へ踏み込む事になったディアガルドは「わっ」と少し慌てていた。


「さ、行こう!」

「……はい!」


 氷華に掴まれている手を見ながら、ディアガルドは何かを決心したように頷く。もう片方の手を肩にかけ、彼はそのまま――。


 ――――バサッ


 肩に羽織っていた、ワールド・トラベラーとは対象的な、漆黒のジャンパーを脱ぎ捨てた。


「目指すは最上階だっけ?」

「もう、ゼンのところでいいんじゃないか?」

「ふふっ……言えてる!」



 ◇



 太一と氷華、それにノアとディアガルドは真実の塔の最上階までやってきたのだが、着いた矢先に飛び込むのは驚愕の光景だった。


「……お、そい……ッ!」

「――チッ」

「「ゼン!」」


 アクにギリギリと首を絞められているゼンの姿が飛び込み、太一と氷華に目を向けたアクはチッと舌打ちを零す。太一は即座にアクへと斬り掛かるが、それは瞬間移動によって容易に避けられてしまった。氷華は解放されたゼンに駆け寄り、即座に回復の魔術を発動する。


「氷華……やはり、生きて……いた、な!」

「当たり前!」


 太一は再びアクに向かうが、一方のアクは、指でもさすように手を向けた瞬間――太一の身体は謎の衝撃を受け、ボールのように簡単に吹き飛ばされてしまった。身体が激突した壁はバラバラと崩れ、太一は「ぐうっ」と呻き声を漏らす。


「っ……いってえ!」

「太一!」

「大丈夫だ……これくらいッ!」


 強気を見せながら、太一はよろよろと立ち上がってみせた。打ちどころが悪かったのか、額からはだらりと鮮血が流れ落ち――太一はそのまま竹刀に血を含ませ、一瞬で竹刀から刀へと変形させる。


「ワールド・トラベラーの……男」

「お前は……俺がぶっ倒す!」


 そして太一の隣に氷華が静かに並んだ。氷華は「私も居るよ」と言い放ち、アクを前にしてでも挑戦的な笑みを浮かべている。ゼンは既に回復している様子で、氷華から「任せた」と頼まれたノアが、ゼンの身体を支えていた。


「よくも女の子のお腹に風穴を開けてくれたね。暑いの嫌なのに、お腹出せる服着れないじゃん」

「……生きていたか」


 太一はすっと刀の切っ先を向け、氷華は静かに手を翳す。その先には、倒すべきアクの姿だけがはっきり映し出されていた。


「ま、待て! お前たちだけで敵う相手では……ッ!」

「いーや、敵うよ」

「俺たちは、絶対勝つ!」


 二人は強い意志を持ち、圧倒的な力のアクを前にしても全く動じず、いつもの調子で得意気に笑ってみせる。自分や仲間、大切なものたち――世界の命運――それ等が懸かっていても、二人は変わらず強気だった。その表情が気に入らないアクは、二人の事を嫌悪するように見下している。


 ――信じれば勝てる! いや、勝つ!


 ――神であろうと関係ない!


「只の人間風情が……俺を、舐めるな!」

「只の人間風情? 笑わせんなッ!」

「私たちは、もう只の人間じゃない」

「「ワールド・トラベラーだッ!」」



 ◇



「はあっ……はあっ……」

「……生きてっか……カイリ」


 アキュラスとカイは大量の悪の化身を全て砂に変え、息を切らしながら中心に座り込んだ。だらだらと大量の血を流し、アキュラスはペッと口内に溜まった血を吐き出している。


「……っ……早く、ゼンのとこ……行かないと!」


 その時、すぐ近くの空間が突然輝き出し――そこからソラとスティールが現れた。ソラは「カイ!」と即座に駆け寄り、スティールも「アキュラス、無事~?」と呑気に手を挙げながら彼に近付く。


「カイ、大丈夫!?」

「あ……あぁ……げほ、ごほっ」


 激しく血を吐き出すカイを見て、ソラは地祇の精霊魔法を発動しつつ、懸命に背中を擦っていた。そんな傍ら、アキュラスは鮮血を乱暴に拭きながらスティールを鼻で笑う。


「……てめえもか」

「ははっ……って事は君もだね」

「ディアはどうした?」

「たぶん、ワールド・トラベラーたちと。きっとディアも僕等と同じだよ」


 アキュラスは「そうか」とだけ言いながら、よろよろと立ち上がった。そんな二人の様子を、カイとソラが黙って見つめている。


「ボロボロじゃないか。君ともあろう人が」

「はっ……てめえも随分顔色が悪いな?」


 アキュラスとスティールは自分の肩に手を当てた。そのまま二人は、ほぼ同じタイミングで――。


 ――――バサッ!


 ディアガルドと同様、漆黒のジャンパーを頭上高く投げ棄てた。


「そんなとこでへばってんじゃねえよ、カイリ。勝負の前に世界をどうにかしに行くぞ」

「あれれ? カイも赤い人と仲よくなったの?」

「……そういうお前こそ、風光の精霊と一緒にきたじゃないか」

「僕はソラシアの兄だからね」

「「は?」」

「まあ、詳しい事情は後で話すよ。世界を救った後にでも」

「そういう事!」


 そして四人はボロボロの身体を鞭打ちながら、魔法陣へと向かって歩き出した。

 ゼンを助け、アクを倒し、世界を救う為に。アクと決別し、生きる為に。


 こうして役者は揃い始める。



 ◇



 太一がアクに斬り掛かり、氷華が後ろから魔術で援護する。その戦闘スタイルを貫いていた二人だったが、やはり神力石の力は強大なものだった。アクはモーションもなしに槍を降らせ、空間を爆発させ、自身の周りには強固な結界を張り――太一と氷華を絶対に近付けない。


「もういい――」


 ゼンの絞り出すような呟きに対し、太一と氷華の動きが一瞬だけ止まった。


「もう、やめてくれ……お前たちが、これ以上傷付くのは……見たく、ないっ!」


 ゼンの泣きそうな言葉に、太一と氷華はむっと顔をしかめる。そして戦闘中にも関わらず、ゼンにズカズカと大股で近付き――。


 ――――ガスンッ!


「あだっ!?」

 太一はゼンを思い切り殴った。太一と氷華は、ゼンに向かって怒りを露わにする。

「な、何をするんだ!」

「バカゼン!」

「これくらいの傷、どうって事ない!」

「だが――」

「お前がそんな弱気になってどうすんだよ! お前は、俺たちを信じてくれないのかよッ!?」

「!」


 その言葉に、我に返ったゼンは驚いて目を見開かせた。即座に自分の発言を思い出す。


 ――そうだ、私がこの塔の魔力に真っ先に飲まれそうになってどうするんだ……自分で言っておきながら情けない……。


 ゼンはぶんぶんと首を振って無理矢理正気に戻ると、いつものように強い眼差しを太一と氷華に向ける。ワールド・トラベラーを、仲間を信じるような、まっすぐな瞳だ。氷華が「ゼンは大人しくそこで私たちを見てて!」と笑いかけるが、ゼンは首を横に振って、ノアに支えられながらゆっくり立ち上がった。





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