第68話 共闘②


「お前たちだけでは危なっかしい……私も、共に闘う」


 そう宣言したゼンはノアに「ありがとう、もう大丈夫だ」と感謝を述べると、ノアも両腕を組みながら「ならば僕も氷華たちに加勢する」と準備運動を始める。


 ノア自身、ゼンに力を授かったワールド・トラべラーでも、況してや精霊でも神でもない自分がどこまで通用するのか予測不能だった。ノアこそ「自分は只の人間崩れだ」とさえ思っていた。


「僕の力があいつにどこまで通用するかわからない。だからと言って、闘わない訳にはいかない」


 ――氷華が世界を護る為に闘ってる。だったら僕は、氷華を護る為に闘う。


 強い覚悟と意思を秘めたノアの瞳を見て、ゼンは「負けていられない」と自分を鼓舞した。真実の塔は、想う力が鍵を握る。想う力が強ければ、その分塔も応えるだろう。しかし、逆に――諦めれば、敵わないと信じてしまえは――その分だけ自分自身の力も弱くなってしまう。

 先程のゼンが悪い例で、今のノアがいい例だろう。


 ――信じろ、ワールド・トラベラーと仲間を……そうすれば、きっと!


「あの結界が厄介だ。恐らく、神力石の力だろう」

「ああ。どうにか奴の体内から石を引き離せれば――」

「貴様等は俺に触れる事さえできない」


 ――――ぶわっ!


 その瞬間に激しい突風が巻き起こり、太一と氷華の身体は紙吹雪のように吹き飛ばされてしまった。二人はまたしても壁に直撃しそうになるが、その身体は激突する直前で急に止まり――衝撃を感じる事なくその場で着地する。不自然な動きが理解できず首を傾げていると、太一と氷華の視線の先ではディアガルドが指元を光らせながら笑っていた。即座に原理を理解する事はできなかったが、恐らくディアガルドが助けてくれたのだろう。


「ありがとう、ディア!」

「サンキュー!」


 アクはディアガルドに対して射抜くような殺気を向けるが、彼は臆する事なく、強気に微笑んでいた。


「真っ先に貴様が裏切るとはな、ディアガルド」

「この人たちは僕を認めてくれた。救われたんです。恩を返すのは当然の事でしょう?」


 ディアガルドはアクへと頭を下げながら――これが、アクに向ける最後の挨拶になるだろうと実感しながら、最後の感謝を述べる。


「今までありがとうございました。あなたへの恩は、今までの働きで返済したという事でお願いします」

「ふん……精霊風情が」


 不服そうな表情をしながらアクは手を掲げると、より一層自分の周りの結界を強固なものへと変貌させていた。何もかも自分に近付く事を許さず、踏み入る事は許さない。まるで全てを拒絶するように、自分と世界を隔離させた。


「これじゃあ近付けない……」

「ゼン! 何か必殺技はないのか!? あの時の“ゼンさまスペシャル”みたいな!」


 太一が叫ぶと、ゼンは苦渋の表情を浮かべる。何かを言いかけようとするのだが、それはアクの言葉によって遮られてしまった。


「そんな都合のいいものは存在しない」

「っ!」

「貴様等は全員――ここで死ぬからなッ!」


 ――――ボワァアア!


 アクの掌にはブラックホールのような真っ黒な球体が現れ、周囲の瓦礫を次々に飲み込んでいく。それを見て、全員は本能的に「危ない」と感じ取り、だらりと冷や汗を流した。


「おいおい、あれを喰らったらヤバいですオーラが目に見えてるんだけど」

「奇遇だね、私も同じ風に見えるよ」


 太一に同意したものの、その直後――氷華は仲間を護るように前線へと飛び出す。その行動に太一は少しだけ不安を覚えるが、氷華は「大丈夫だから、私を信じて!」と背中から語りかけた。すうっと大きく息を吸い込み、精神を落ち着かせ、魔力を集めると――氷華の足下には巨大な魔法陣が現れる。その陣は仲間たち全員の足元にも及ぶ大きさで、氷華の魔力が彼等を暖かな光で照らし出していた。太一が顔を上げると、琥珀色の髪がバタバタと靡いている相棒の姿が飛び込む。


「貴様に何ができる……死にぞこないが!」

「ふふっ……その魔球、私がホームランしてあげる!」


 氷華自身の強力な魔力を前に、ゼンは驚いたように目を見開いていたが、氷華は構わず詠唱を始めていた。


 ――自分を信じろ、水無月氷華。


「『氷雪よ、我が声に応えよ。絶対零度の氷壁で我等を護りたまえ……』」


 ――今度は大丈夫!


 氷華が発動しようとしている魔術は、過去に一度失敗した魔術だ。あの時は氷華の体内にあった神力石の欠片の力が働き、彼女の魔術を抑え込んでしまっていた。


 ――今の私なら、絶対に大丈夫!


 しかし、今の氷華には神力石の欠片はない。自分の魔術を抑え込む“リミッター”が解除された今――。


「死ねぇええ!」

「『ラ・グラース・ヴォワレ』!」


 ――――バリィッ!


 巨大な氷壁が、氷華を含め、仲間たち全員を包み込んだ。



 ◇



 ――――シュッ


「これは……一体、何があって……」

「酷いね」


 カイとソラ、アキュラスとスティールが最上階に辿り着いた時、周囲は凄まじい状態になっていた。まるで爆撃でもあったかのよう周囲は無残に崩れ、天まで続くのではないかと思われていた天井からは、僅かながらに一筋の光が差し込んでいる。瓦礫の山が広がる中、パラパラと物音が響き――四人は音の元へと駆け寄った。


 ――――パリィインッ


 瓦礫の中に埋もれていた巨大な氷壁が砕け散り、中からは太一と氷華、ノア、ディアガルド、ゼンがケホケホと咳をしながら立ち上がる。その姿を見つけ、ソラは思わず氷華に飛び付いた。


「氷姉ッ!」

「ソラ!」


 飛び込んでくるソラの身体を氷華は慌てて支える。体勢を安定させたところで、自分より小さな頭を撫でながら「よしよし」と微笑むと、ソラは瞳に大粒の涙を浮かべていた。


「ソラ……氷姉は生きてるって、信じてた!」

「ありがとう、ソラ。心配かけてごめんね」


 感動的な再会を見て羨ましく思ったのか、スティールは堂々と両手を広げながら「氷華ちゃーん、僕も僕も」と笑ってみせるが、その行動を見た氷華は目を点にしながら押し黙る。沈黙を壊すように、アキュラスの「アホだな」という一言が響いた。


「何をー。君に言われたくないね、バカアキュラス略してバキュラス!」

「アキュラスだアホ!」

「アホラス?」

「アキュラスっつってんだろ糸目野郎!」


 そこからアキュラスとステェールの二人はいつものように喧嘩腰になってしまい――本人たちは至ってその気はないのだが――その場の空気を和ませていた。こんな時でもいつもの調子の二人を見てディアガルドは呆れ果て、氷華は口元を押さえながらくすくすと笑っている。


「スティールと片目男も……ありがとう、助けてくれて」

「片目男じゃねえって言ってるだろ、アホ毛女!」

「むっ――だからこれはアホ毛じゃなくて危険を察知してくれる逆毛で!」

「それをアホ毛っつーんだよ!」

「でもよかった、氷華ちゃんもすっかり元気そうで」


 しかし、和やかな空気を打ち破るように――ガラッと目の前の瓦礫の山が崩れ落ちた。そこから現れた禍々しい魔力を纏ったアクは、氷華をギロリと睨み付けながら「貴様ッ!」と叫ぶ。


「……だから言ったでしょ? ホームランするって」


 不敵に笑ってみせる氷華に対し、アクは「やはりあの時、完全に消滅させておくべきだったか」と自らの行動を後悔していた。視線で殺すような勢いで氷華を睨み付け、その後にアキュラスとスティールにも同様に睨み付ける。


「貴様等もか――アキュラス、スティールッ!」

「本気で決着つけてえ奴に出会っちまったからな」

「僕は大切な存在を思い出したので」


 そう言って、アキュラスは太一とカイを、スティールはソラをそれぞれ一瞥した。残されたゼンとノア、ディアガルドも彼等を見ながら楽しそうに口元を吊り上げている。敵と一致団結している三人を見て血が上ったのか、アクは震える声で「……ぶっ壊してやる……貴様等も! この世界もッ!」と腹の底から叫んだ。


 ――――バリィ!


 その怒りに応えるように激しい雷が全員の身体を襲い――骨の髄まで響き渡る衝撃に、各々がその場に倒れ込む。


「っ……!」


 雷に態勢があるディアガルドは一番先によろよろと起き上がり、それに続くようにゼンが、太一が、氷華がゆっくりと起き上がり始めた。ノアが「……くそっ……奴に攻撃が入りさえすれば……」と立ち上がり、太一も「だが、アクには結界がある」と悔しそうに奥歯を鳴らす。これではいつまで経っても戦局は変わらず、一方的に嬲り殺されるだけだろう。

 活路が見出せず、次第に焦りを見せる太一と氷華を見て、ゼンは再び口を開いた。先程言いかけた言葉を提案する為に。


 ――危険な賭けかもしれないが、ここは彼等に任せるしかない。仲間を信じて。


「太一、氷華」

「ん?」

「結界を破る方法なら――恐らく、ある」


 希望を託した言葉に、太一と氷華は目を輝かせた。隣に居たノアもゼンをじっと見つめ、全容の説明を待つ。


「それ、本当か! ゼン!?」

「ああ、今なら使えるとっておきの大技がある。これならば、あいつの力に対抗できるかもしれない」

「だったら早くそれを――」

「――だが」


 ゼンは俯き、その後――真剣な表情でカイ、ソラ、アキュラス、スティール、ディアガルドを順々に見つめた。


「それなりの時間と……五大精霊全員の力が必要だ」

「時間と――」

「五大精霊……」


 奇跡的にも、この場には五大精霊が全員揃っている。しかも、全員の意思が纏まりつつある絶好の状況だ。もしかしたら、この場に彼等がこうやって揃うのは運命だったのかもしれないとさえ感じられた。

 ゼンは内心で「自分のような者に彼等は全員協力してくれるだろうか……」と不安になっていたのだが――沈黙が続く中、その不安と場の空気を壊すように、真っ先にソラが手を挙げながら「はいはーい!」といつものように笑う。ソラのいつもの笑顔が、今はとても心強いものだった。


「ソラ、できる事なら何でも手伝うよ!」

「……ソラ」

「ゼンの為なら何でもやっちゃうよ。だって、ゼンもソラにとっては大事な家族みたいな人だもん。大丈夫、ソラはゼンの事を信じてるから! もう大事な家族を喪いたくない。この世界と皆を救う為だったら――ソラの力、ゼンが自由に使って!」


 それに続くように、スティールもふっと笑いながら髪を掻き上げる。


「ソラシアが手伝うなら僕もやるよ。妹を助けなきゃね、兄として当然だ」

「スティール……」

「最初は訳もわからなくて、どうして僕だけ異常なんだって苦しくて、自分の運命と世界を憎んだ事もあった。でもアキュラスに鍛えられて、ディアにいろいろ教えてもらって――スパルタすぎたから、たまに本気で辛かったけど――でも、楽しかった。僕も、この世界とこの仲間たちが結構好きだからね。このまま壊されるのは勿体ないよ」


 ゼンが驚いたようにスティールを見ると、その横ではディアガルドが結っていた髪紐をシュッと解く。


「僕の考え、あなたなら言わずともわかりますね?」

「ディアガルド……!」

「綺麗事を掲げる救世主が、世界を救った先で、どんな風に生きるのか見てみたくなったんです。幻想で終わるのか、現実に変えるのか。そして願わくば、隣で見ていたいとも考えてしまいました。感情だけで行動するのは愚かですが……きっと今は……感情で行動しない方がもっと愚かだ」


 アキュラスはチッと舌打ちをしながら目を細め、頭に巻いている細いヘアバンドを投げ棄てた。


「今回は協力してやる……ありがたく思いやがれ」

「……アキュラス」

「俺はまた、北村やカイリと再戦する。その為には世界をぶっ壊されちゃ困んだよ。だから、世界を救うってのは、あくまでついでだ。俺の気が変わらない内に早く指示を出しやがれ」


 最後に、ゲホゲホと苦しそうに咳をしながら、カイが口元を吊り上げる。


「で、何をすればいいんだ?」

「カイ……!」

「とっくの昔から、俺はゼンに付いて行くって決めてるから」


 そして残された太一と氷華、ノアはふっと笑みを浮かべていた。視線はアクに向けたまま、ゼンに向かって叫ぶ。


「よし、ゼン。その大技ってのを奴にお見舞いしてやれ!」

「だが、次は時間の問題が――」

「ゼン、時間は作るものでしょ!」

「さっさと準備しろ。僕も時間稼ぎに協力してやる」


 太一は刀を握り直し、アクを見据えたまま告げた。


「この世界ごと、お前の事も救ってやるよ。ゼン!」


 氷華は胸の前で両手を構えながら、凛とした瞳で語りかける。


「何の為に私たちが居ると思ってるの? もう、やられたりはしないから。私たちを信じてよ、ゼン!」


 ノアは携帯していたレーザー銃を構え、不貞腐れたように口を開いた。


「僕は、氷華に協力しているだけだからな」


 戦闘態勢に入っている三人を見つめながら、ゼンは心の内で「私が愚問、だったな」と呟く。彼等がそう言うならば、きっと必ず成し遂げるだろう。根拠はないが、確信はあった。

 それに彼等の強さの根源は、その意志の固さにもある筈だ。何かを救い、護る為ならば――彼等はどこまでも強くなれる。恐らく将来は、精霊や――神をも凌駕する程に。だからきっと、今回も――。


 ――ここは彼等を信じよう。信じれば、きっと……ワールド・トラベラーたちはやってくれる!


「ワールド・トラベラー……それに、ノア!」


 ゼンは任せ切ったように穏やかに微笑み、くるりと背を向けた。


 ――任せたぞ。ワールド・トラベラー。異世界の戦士。


「五分でいい……頼んだぞ!」

「「「了解!」」」


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