第6章 ワールド・トラベラーが救った世界

第57話 救世主は誰が救う


「って訳で作戦会議を始めるぞー」

「前置きがないから話が見えない!」


 カイとソラ、そしてワールド・トラベラーである太一はゼンから呼び出され、すっかり集合場所の定番となった陸見学園の屋上に腰を下ろしていた。今後の行動について話し合う為の重要な作戦会議だったのだが、何とも緩い幕開けである。


「ん? 氷華は?」

「昼飯買ってくるって。そろそろ戻るんじゃないか?」

「あっ、きたかも!」


 バタンと扉が開く音と共に、氷華は売店のビニール袋を片手に現れた。片手を挙げながら「ごめん、丁度開戦しちゃって……」と言って太一の隣に座る。


「開戦? さては氷華、何かと闘ってきたのか?」

「あれ? ゼン知らないの? ソラでも知ってるよ?」

「この時間特有の戦争だ」

「あれは確かに――戦争だな」


 ゼンの問いかけに対して、ソラ、太一、カイは順々に頷いていた。ひとりだけ詳しい事情を知らない事にゼンは疎外感を感じ、ぶつぶつといじけながら体育座りをしている。それを横目に氷華は戦利品をごそごそと取り出し、そのまま口に運んでいた。


「で、やっぱりそれか」

「うん。美味しいよ。アイス」


 この寒空の中、外でアイスを食べるのは氷華くらいしか居ないだろう。と言うか、今の時期に売店で買ってまでアイスを食べる者も、陸見学園の中では氷華くらいしか居ないのかもしれない。


「こほん……って訳で作戦会議を始めるぞー」

「だから前置きが謎だよ」


 太一が二度目のツッコミを入れると、ゼンは「わかったわかった」と言って溜息を零す。どうやら、やっと前置から始めてくれるらしい。


「ワールド・トラベラーの活躍により、三つ目の欠片は私たちが手に入れた。欠片の割れ具合から察するに、これが最後の欠片だろう。よって欠片の保持数は、こちらが二に対して敵が一。数的には私たちが優勢だ」


 初任務の管理者メルクルの世界では、アキュラスやフォルスたちとの死闘の末、欠片を手に入れた。

 続いての管理者ヴェニスの世界では、巧妙な策に屈し、アキュラスとスティールに欠片を奪われた。

 前回の管理者プルートの世界では、命懸けの激戦をどうにか乗り越え、最後の欠片を手に入れた。


「だけど、ゼンが神へと復活する為には――全ての欠片と二人が揃うって条件だったよな?」

「ああ。今後の行動目標としては“敵が所持している欠片を手に入れ、あいつを倒して戦闘不能になったところで全ての欠片を使って私が神になる”事だ」


 すると太一は「なぁ、凄く今更な事を言っていいか」と手を挙げる。ゼンはすかさず「何だ?」と尋ねると、太一は「ゼンが言う“あいつ”って、つまりゼンと真逆の――悪人サイドの元神って事だろ。ダークサイド組の親玉の」と口を開いた。


「そうだが、それがどうした?」

「名前とかないの?」

「確かに、今まで気にしてなかったけど、そういえばいつも“あいつ”とか呼んでたよね」


 アイスを食べながら氷華も同意を見せると、ゼンは不機嫌そうな表情を浮かべながら「うーん……ロクデナシとかでいいんじゃないか?」と提案していた。続けて「鬼とか悪魔でもいいかも」と考え込む姿を見ながら、太一は「ゼンって本当に神様の善人サイドの人格なのかよ」と呆れ果てる。


 ちなみに、最終的に「ゼンはゼンだから、アクとかは?」という特に深く考えなかったソラの案が可決され、一同は彼の事をとりあえず“アク”と呼ぶ事にした。


 脱線しかけていた話を戻していると、暫く黙っていた氷華は「うーん」と唸り、自分なりの考えを纏める。


「つまり、アク側がどこに居るかがわからない現状……“あっちが接触してきた時に返り討ち”って形になるの?」

「今後も俺たちがあっちの所在捜すけど……こっちの所在はきっと敵にバレてるな。前に火と風に会ったし」

「前の氷姉とデートしてた人が雷の人なんだっけ」

「そうそう、私もびっくりしちゃった。あの人は相当頭がいいから、こっちも作戦考える時は慎重にならないと」


 氷華が溜息混じりで頷く傍ら、ゼンは「あいつは護るものがないだろうが、私はこの世界を護る事を重視しているからな。その為にも、私はこの世界を離れられない」と寂しそうに呟くと、太一が「それがわかっている以上、アクたちはゼンと神力石の欠片を狙って――この世界が戦場になる」と続けた。その一言を聞いた氷華は、緊張した面持ちで頷く。


「あいつは私が神力石の欠片の力を利用して倒す。こちらが一つ多いから、よっぽどの事件でも起こらなければ勝てる筈だ」

「何か起こりそうだけどね。敵も必死だろうし」

「縁起悪い事言うなって氷華……ま、とにかく俺たちはあの三人を倒せばいいって事だよな?」


 その問いかけに対してゼンは「任せたぞ、皆」と頷くと、カイは「火のアキュラス、風のスティール、そして雷のディアガルド」と考え込むように呟いた。


「ソラたちと同じ、精霊……」

「属性の相性的には、俺はアキュラスを相手にするのが有利か――って、ソラどうした?」


 ソラは宝石のような青緑色の瞳をぎゅっと閉じ、必死に何か思い詰めている様子だ。ここまで真剣な表情のソラは珍しく、付き合いの長いカイも少し驚いたように「大丈夫か?」と身を案じている。


 ――あの風の人……何だか……。


 ソラが何故か悩んでいるような空気を変える為、ゼンはピンっと人差し指を立てながらぐるりと仲間の顔を見渡した。出会った当初はどうなる事かと思ったが、今となってはとても頼りになる仲間たちだ。


「恐らく敵も本気だろう。性格上、あいつが直々に赴く事はないだろうが――これからはなるべく個人での行動は避けろ。少なくとも二人以上で行動する事。わかったな?」

「了解」

「おっけー」


 基本的に、いつも共に行動しているカイとソラはすぐに返答する。続けて太一と氷華も互いの顔を見ながら口を開いた。


「俺たちも基本一緒だから大丈夫か」

「部活で帰るタイミングがずれるくらいだね」

「まぁ、僕も居から大丈夫だろうな」


 その時、聞き慣れない声が突然耳に入り、カイとソラはその場で即座に警戒の姿勢を取る。声の主はいくら経っても確認できず、カイとソラはきょろきょろと周囲を念入りに見渡しているだけだった。そんな二人に対し、氷華は苦笑いを浮かべながら「二人共、ノアは敵じゃないよ」と告げる。


「僕はここだ」


 すると今まで氷華の肩に乗っていたハンカチが、突然ふわふわと宙を浮いている光景を見て、カイはぎょっと顔を顰める。ソラに至っては新しい玩具を手にした子供のように「わあっ! ハンカチのお化け!」と楽しそうに目を輝かせて喜んでいた。隣ではカイが真っ蒼な顔をしながら石のように固まっている。


「僕はお化けじゃない」

「お、俺は幽霊なんて信じないぞ、あんな非科学的なのいいい居るわけがないッ!」


 このタイミングで、氷華は初めて仲間たちにノアを紹介した。カイは幽霊ではないらしい事に少し安堵したが、怪奇現象には変わりないといまいち信じられないように顔を蒼ざめさせている。一方のソラは怖がる素振りも見せず、「不思議な事もあるんだねー!」と興味津々でノアを観察していた。一連の流れを聞いたゼンも「やはり神力石の欠片の力は素晴らしいな!」と涙を流しながら素直に感動している。


「だからゼン。ノアは仲間だし、この世界に居ても大丈夫だよね?」

「勿論だ。それに前の神様会議でも管理者プルートの世界から亡命した人々は、基本的に保護する決まりになっていたからな。問題もないぞ」

「よかった。これでこの世界で何かしらの不調、とかあったら大変だったからね」


 ハンカチ状態のノアに笑いかけると、彼は「寧ろ、好調なくらいだ」と告げた。どうやら元の世界より、この世界の方が身体が軽く感じるらしい。氷華が「重力の大きさでも違うのかなぁ」と言いかけると、それを遮るように機械的な音が周囲に響き渡る。


 ――――キーンコーンカーンコーン


「あ、予鈴だ。太一、行こ」

「じゃあ、俺たちはこれで」


 そして太一と氷華は立ち上がり、ハンカチ状態のノアも何事もなかったかのように氷華の肩にパサッと身を置いていた。氷華とノアが一足先に屋上から出た事を見計らい、ゼンは「太一!」と呼び止める。


「なるべく氷華をひとりにしないでくれ」

「? あ、あぁ……」


 太一は首を傾げながら言葉の意味がよくわかっていない様子で返事をし、ギギッと屋上の扉が閉まると同時、ゼンは心の中でそっと呟いた。


 ――すまない……。



 ◇



 ディアガルドが持ち帰れなかった欠片と持ち帰った情報を報告すると、青年はその場へアキュラスとスティールを呼び出し、次の作戦内容を淡々と告げる。


「――以上が作戦の全てだ。今回の失敗は死を意味する」


 必要最低限の言葉だけ並べると、ゼンと対をなす青年――アクは忽然と姿を消してしまった。薄暗いホールには、アキュラスとスティール、ディアガルドだけがぽつんと取り残されている。


「ちょっと意外だったな。あの人がこんな作戦を言い出すのは」

「この作戦では、確実に――」

「死ぬな」


 一方的に言い渡される作戦内容に対し、反論できる者は居らず――いつも喧嘩腰のアキュラスとスティールの二人でさえ、アクが居る間は固く口を閉ざしていた。ディアガルドはその場に座り込み、天を仰ぐように上を見上げている。ぼんやりと一点だけを見つめながら、何かを考えている様子だった。


「これ、どうにかならねえのか? 俺はまだあいつにぎゃふんと言わせてねえ。こんなところで死なれちゃ困るんだが」

「アキュラスがそのように言うのは珍しいですね」

「でも、僕も珍しくアキュラスと同意かなぁ」

「スティールまで、敵に情が移ったんですか?」

「一番情が移っているのはディアの癖に」

「あはは……バレてましたか」


 スティールからの鋭い指摘に、ディアガルドは辛そうに笑みを零す。“その仮説”をアクへ報告したのは自分だ。だから、もしこれでアクが作戦を実行したら――直接的でなくても、間接的に殺した事になるだろう。それをわかっていながら、本当にこれでいいのかという迷いを振り切る為に、ディアガルドはアクへ“その仮説”を報告した。


 これでアクが作戦を実行すれば、その存在は消える事になる。だからもう、自分は迷わない。


「これで迷いが振り切れると思った筈なんですけど……駄目ですね。また予想を覆されてしまいそうだ」


 ――心境が晴れるより、寧ろ……後悔の念が大きい。


 瞳を閉じれば、脳裏にはあの時の記憶が蘇る。天を掴むように手を伸ばし、ディアガルドは「諦めてしまった僕でも、その手を掴む事はできるでしょうか」と呟き、ぎゅっと空気を掴むと――何かの覚悟を決めたような、真剣な表情で立ち上がった。

 彼の表情を見て、スティールは「きっとできるよ。ひとりじゃ駄目でも、僕たちが揃えば何だってできる」とにこにこと笑っている。

 アキュラスも「面倒なのはごめんだからな」と呆れつつも、彼等に全面的に力を貸す考えだった。


「……ありがとう、アキュラス、スティール。では、僕等三人の考えは同じという事で……第二の作戦を立てましょう」

「うん、頼むよ。ディアの作戦ならいつでも信頼できるからね、今回もきっと大丈夫さ」

「チッ、今回は乗ってやる」


 アキュラスとスティールとディアガルドの三人は、自らの主人であるアクの作戦に対抗するように、更なる作戦を考え始める。それがアクに対して離反的な態度になる事も承知の上だった。


「こんなところで奴等に死なれちゃつまんねえからな」

「どんな結果でも、次で最後。だけどこんな最後は、ちょっと盛り上がりに欠けちゃうよね」

「そうですね。それに、僕の本音を言うならば……死んで欲しくないし、できる事ならば闘いたくもないです」


 ディアガルドは優しく微笑んだ後、状況を整理し、展開を予測し、最良の行動を思案する。


 ――今回だけだ。


 ――ふふっ、たまには悪役側にも花を持たせてもらうよ。


 ――さて、僕たちの行動で……死ぬ事になるのは誰でしょうね。


「では考えますよ。救世主を救う為の作戦を」


 パンドラの箱は開き始めていた。



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