第4章 ワールド・トラベラーが生きる世界
第37話 決死の鬼ごっこ①
「修業しなきゃなー……」
「氷華遂に花嫁修業?」
「相手は北村くん?」
「いや、花嫁修業じゃなくて普通の修業だよ」
誤解する友人たちに向かって、氷華は少し困ったように苦笑いを浮かべる。言葉の真意を汲み取れない友人たちは「なっにそれー、氷華は何かと闘ってるの? 怪物とか?」と少し馬鹿にしたように笑っていた。
「だけど、氷華なら見えないとこで正義のヒーローとかやってそうよね」
「ヒロインじゃなくてヒーローってところがポイントだね。なんかこう、悪の組織とかと闘ってそう!」
――あながち、否定できない……。
教科書やノートを鞄に入れ終え、氷華は「さ、修業修業」と思いながら席を立つと、友人が呼び止めるように叫ぶ。
「氷華、今日遊びに行かない?」
「ごめんね、今日は用事があるんだ」
「なら、明日は遊びに行くわよ! いいわね?」
「うーん……わかった!」
そして、氷華は軽い足取りで教室を後にした。
――強くならなくちゃ。もう、負ける訳にはいかないんだ!
◇
「北村、今日は絶好調じゃないか」
「久々に部活にきたと思ったら、自己ベスト更新って……お前、実は隠れて走ってた?」
「闘ってた」
「はあ?」
太一は真面目な表情で言い切ると、スポーツドリンクを口に含ませる。失った水分が全身に行き渡る感覚に、太一はふぅっと一息吐いた。部員たちは太一の謎の発言に首を傾げ、「自分と闘ってた、とか?」と数々の予想を口にしている。
――闘ってたから、衰えてないな。寧ろ体力は付いてる。
「長い間走ってたりしたから……長距離に移るのもありかも……でも短距離の方が好きなんだよな、俺」
そんな事を考えながら、太一は再びグラウンドを駆け抜けた。
――さ、部活が終わったら俺も修業だ。
◇
時刻は夕焼け空。部活動が終わったタイミングで、太一はいつもの屋上に仲間たちを招集した。ゼンは「改まって、どうした?」と問うと、太一は何かを考えているのか、黙って顔を険しくさせる。そんな太一の代弁をするように、氷華が「ゼン、あのね」と口を開く。
「ワールド・トラベラーのジャンパー破れちゃったから新調してよ」
「いや、それもあるけど違うから!」
「なっ……お前たちはそこまで激しい戦闘を……!?」
太一は話題を切り替えるように「それで」と言い、続けて「その激しい戦闘をした相手の事。神力石の欠片じゃなくて、敵についての情報って何か知らないの?」と問いかける。ゼンは少し悩んだように「うーん」と唸りながら頭を悩ませる。
「太一が言ってるのは――アキュラスとスティールという奴の事か?」
「ああ、あいつ等の事を知れば今後の勝率も上がるかもしれないし。それに、気になる事も言ってたからさ」
「気になる事?」
カイが復唱した気になる事、氷華が「自分たちの事、人間じゃないって言ってたの。それと、凄く強力な魔術……に似てるけど、ちょっと違う気がする技を使ってたんだ」と簡単に説明した瞬間、カイとソラは表情を歪ませた。そのまま珍しく押し黙っている反応が、何だか敵の二人の反応とどこか似ていて、太一と氷華は更に疑問に思う。
「あの二人……“今は人間じゃない”らしいし、どうにも嘘を吐いてる雰囲気じゃなかったんだよな」
「太一、氷華。お前たちはアキュラスとスティールという者をどんな風に感じた?」
太一は二人と直接闘った時の記憶を探り寄せる。様々な武器を使い、自分の前に立つ者は許さないと言わんばかりに敵を薙ぎ倒すアキュラス。荒々しい攻撃の最中でも隙を見せない姿は、数々の戦場を潜り抜けた傭兵のような強さを感じる。アキュラスを傭兵と評するならば、対するスティールは騎士だろうか。スティールはまるで剣舞のような素早い動きに魔術を組み合わせ、敵をも魅了するように圧倒する。認めたくはないが、認めざるを得ない。心底悔しいが、太一は自分が思った事を率直に口にした。
「悔しいけど、たぶん俺より強いよ。経験の差だと思う。後は、雰囲気が何となく――カイやソラに似てる気がした。性格とかは全然違うんだけど、何て言うか、オーラみたいな」
「私も大体同じ。人間離れした技を使うからとか以前に……何だか不思議な感じがしたよ」
ゼンは何も言わずにカイとソラを見つめ、暫く俯いていた二人はようやく何かを決心したように顔を上げる。ゼンはそんな二人の様子を見て「説明は任せた」と言わんばかりに、目と口を閉じていた。
「俺と、ソラも……人間じゃない」
「太一、氷姉……ソラたちは、“精霊”なんだよ」
「「……えっ!?」」
この世界を構成する主柱となる五大属性。それぞれ、水天、地祇、火炎、風光、雷電を表す。
また、その他の属性は氷華が得意とする氷雪だ。五大属性より少し後に生まれたのが氷雪の属性である。更には、神族や一部の限られたものだけが持つ――陽光、冥闇、時空の属性。その四つは五大属性に分類されない。
“精霊”とは、属性を司る唯一の存在だ。その属性の守護神的な存在――守護精霊と契約を交わす事で、“精霊”という存在になる事ができる。精霊になれば、強力な精霊魔法が利用できたり、他にも様々な恩恵を受ける事ができるが――与えられるだけ、という訳ではない。守護精霊との契約は“代償”が伴い、何かを“代償”として喪うのだが――今回、カイとソラは自分たちが喪った“代償”について話す事はなかった。
「簡単に言うと、属性を司る存在が精霊で……カイやソラ、それにあの二人は、守護神と契約して精霊になったって事か?」
「まあ、そんな感じ。ちなみに俺は水天、ソラは地祇を司る精霊だ」
すると前回の闘いの事を考えていた氷華は、カイとソラに向かって「その精霊魔法って奴、ちょっと見せてくれない?」と提案した。ふざけている訳でもなく、興味本位という雰囲気でもなく、今の氷華は至って真面目な表情だ。きっと何か理由があるのだろうと判断したカイとソラは、特に隠す事なく精霊魔法を発動させる。
「『水天よ。我が契約の下、力を示せ。爆ぜよ水泡、逆巻け水刃。彼の者の生命を断ち切れ』」
「『地祇よ。我が契約の下、力を示せ。にょきにょき、ぐぐーん』!」
水の刃が襲いかかり、太一は咄嗟に竹刀を変形させて撃ち落とす。完全に全ての攻撃を撃ち落としたところで、太一は「前回、こんな感じの奴にやられたんだよな……」とスティールとの戦闘を思い出していた。カイは「今は全部叩き落とせてるし大丈夫じゃね? まあ、俺も手加減したけど」と太一を励ましている。
「ってか、何で攻撃したんだよ」
「氷華が見せろって言ったから。俺の精霊魔法、攻撃系が多いからさ」
すると太一は呆れたように「だからって俺に向ける事もないだろ」と悪態を吐き、にこにこと笑っているソラに向かって「で、ソラは何したんだ?」と呆れながら問いかけた。ソラは得意気な表情で「ほら、見て。あそこの木。凄い伸びてるでしょ!」と言い、近くの木を指さしている。確かに、その木だけが不自然な程、異様に伸びていた。
「これじゃあまるで、トト――」
「なるほど」
言葉を遮るように氷華は呟くと、そのまま「ティル――じゃなくて、スティールは風光の精霊、片目男は火炎の精霊だ」とひとりで納得していた。太一が「どうしてわかるんだ?」と首を傾げると、氷華は「最初の詠唱」と口を開く。
「そこは定型文っぽいよね?」
「うん、氷姉の言う通りだよ。そこはね~、郵便番号みたいな感じ!」
「精霊魔法を発動する時、奴等が最初に火炎や風光を言ったなら間違いないな」
太一が「郵便番号って、なんか手紙届けるみたいだな」と感想を述べる横で、カイは「もしかしたら、どこかに雷電の精霊も居るかもな」と思案していた。ソラも「もう敵側に居たら、ちょっと厄介だね。精霊的には二対三になっちゃってソラたちが不利だもん」と頭を悩ませる。
「ねえ、ゼン」
氷華は魔術の師匠であるゼンへ向き直り、「精霊魔法って、魔術と似てるけど違うよね?」と確認すると、ゼンは驚いたように「そこまで把握したのか?」と声を漏らした。
「ううん、私の勘。凄く似てるんだけど、魔力も術式もちょっと違うように感じたから」
魔術に関しては最早専売特許の域に達している氷華だが、魔法に関しての理解は難しいのだろう。今後また、彼等と闘う事になるかもしれないと案じた氷華は「何か対抗策とかないのかなって思って」と顔を上げると、ゼンは「そうだな……まずは精霊魔法の特徴を説明するか」と言って、いつの間にか用意した眼鏡をかけていた。そのまま、またしてもいつの間にか用意したホワイトボートを使って、ゼンは教師のように太一や氷華へ説明を開始する。
「魔法とは……魔役、魔術と似て非なるもの。魔力による法律みたいなものだ。強制力もある。才能があれば誰でも使える魔役や魔術と違い、魔法は精霊にしか使えない」
「って事は、カイやソラって意外に凄いんだな」
「えっへん、もっと敬いたまえ~」
鼻を高くしているソラに「調子に乗んな」とカイが呆れていると、氷華は「発動方法は?」と問いかけた。魔術師としての知識欲なのか、氷華は既にゼンの話しか聞き入れていない様子だ。
「魔役と魔術は、術者の魔力を消費して発動するが、魔法は術者の魔力と自然の力で発動する。もしも術者の魔力が切れても、自然がある限り――ほぼ無限に発動可能だろう」
「よっぽどの場所――それこそ宇宙とか以外は、精霊は魔法使い放題って事だね」
「ああ。精霊魔法は強力だ。自然を相手にすると言っても過言ではない」
相手は、自然。その言葉を脳内で復唱しながら、氷華は前回アキュラスの精霊魔法に敗北を喫した時を思い出す。もっと高度な魔術で対抗しなければ。もっと魔術の完成度を高めなければ。前回のように、肝心なところで不発なんて、もう二度と許されない。そう考えながら、氷華は「次はあの片目男の炎に負けない」と内なる闘志を燃やしていた。
「アキュラスの精霊魔法は、氷華が苦手とする火炎だった――という事も大きいだろうな」
「でもやっぱり、苦手とか関係なく奴等の精霊魔法は厄介だ。ゼン、何か対抗策ってないのか?」
太一の問いに対し、ゼンはカチャリと眼鏡のフレームを動かしながら「ない事はない」と言って口で弧を描く。何か策があり、悪戯を企てている子供のような表情だった。
「同じように精霊の力で対抗する。もしくは、属性の特徴を利用する。後者の方が太一や氷華でもすぐ対応可能だろうな」
その言葉を聞いた太一と氷華は、真剣な面持ちでゼンを見上げる。強くなる為には、何でもする。世界を救い、大切なものを護る為には、何でもする。そんな覚悟を秘めた瞳だ。
「ふふっ、いいだろう。では教えよう。属性の特徴とは――」
その日の夜、氷華は自室のベッドに横たわりながら、あるものを眺めていた。
「とりあえず、明日はこれを見よう」
ゼンから渡されたUSBメモリ――この小さな機械の中には、一体いくつもの情報が刻まれているのだろうか。しかもこれは、ゼンから直接渡されたもの。もしかしたら、容量以上に莫大な情報が入っていたりするのかもしれないと期待を込める。
――「これには私が調べた情報がある」か。今見てもいいんだけど……今日は、ちょっと眠い。
ふわぁっと欠伸しながら、氷華は先程自分自身で情報を纏めた紙を見上げる。ゼンから聞いた、属性の特徴についてだ。
「水は火に強くて、火は風に強い、風は地に強くて……地は雷に強くて……雷は水に強い……っと」
五芒星のような図形で五大属性が描かれ、少し隣の位置には氷華が得意とする氷雪の属性が記されている。
「氷の場合……火に弱くて水に強い、ちょっと特殊な属性かぁ」
氷華は自分の属性を想い浮かべ、そして自分がカイを倒している光景とアキュラスに倒されている光景を思い浮かべた。ぶんぶんと首を振って、その光景を頭の中から無理矢理消し去る。
「あの片目男――思い出しただけで、ムカつく」
◇
「へっ、へく、へーっくしっ!」
「アキュラス風邪? 馬鹿は風邪引かないんじゃなかったっけ?」
「ああ?」
アキュラスは自分を馬鹿にするスティールにズカズカと大股で歩み寄った。未だにけたけた笑い続けるスティールを睨み、乱暴に胸倉を掴む。そこへ、間延びした欠伸と共に新たな声が響き渡った。
「違いますよ、スティール」
「あ、ディアだ。おはよー」
「馬鹿だから風邪を引くんです。アキュラスは体調管理ができない馬鹿なんですよ」
「なるほど」
「てんめえ……!」
そう言って青筋を浮かべながら、アキュラスは怒りの矛先を、スティールから「ディア」と呼ばれた青年へ向ける。しかし、青年はアキュラスの殺気に似た眼光にも特に動じる事はない。呆れながら二人を見て、「ところで、ワールド・トラベラーの件ですが」と話を切り出した。
「ああ、それなら僕たちが倒してきたよ。ディアが作戦を立ててくれたから面白い程に順調だったなぁ」
「あいつ等、今頃俺たちにズタボロに負けて沈んでんじゃねえの? いい様だな」
少し天狗になっているようなアキュラスとスティールへ一瞥し、青年は内心で「甘い」と二人を見下す。どうやら彼だけは、彼等の敵――ワールド・トラベラーに対する印象が違っているらしい。
「噂では、もう立ち直っているとか」
「なっ! 早過ぎんだろ!」
「噂では、更なる力を付ける為に励んでいるとか」
「へえ……」
青年の発言に、アキュラスとスティールは目を見開かせて驚いていた。しかし、その表情はどこか喜んでいるようにも捉えられる。恐らく二人も敵でありながら、無意識にワールド・トラベラーという人間に興味を示しているらしい。
「彼等、僕たちの情報もある程度入手したみたいですし……どうやら正体にも気付いたみたいですよ」
「「!」」
「あちら側にも、同族が居るみたいです」
「俺等と同じ――物好きが居たもんだ」
「アキュラス、スティール」
「ん? 何?」
何かを企むように口元を吊り上げ、青年は眼鏡をキラリと光らせながら、アキュラスとスティールに対して提案という名の命令を下した。
「情報、ブロックしてきてくれません?」
青年は天使のような微笑みで、その一言だけ呟く。その笑顔を見て、アキュラスとスティールは嫌な予感しかしなかった。一方の青年は、内心で「情報のブロックはもう無理だろう」と理解しつつ、それでも構わずに続ける。
「潜入捜査、どうですか?」
「……どうですって言っても、行くしかないんでしょ?」
「めんどくせえ」
「何か言いました? アキュラス」
恐ろしい程に穏やかな笑顔を見て、アキュラスは言葉を失った。ちなみにスティールの方は既に折れているらしく、潜入捜査は満更でもないらしい。少し考え込むように「潜入捜査か……刑事みたいでちょっとかっこいいよね」と呑気に発言している。
「僕自身が行ってもいいんですが、僕は別件でちょっと忙しいので。時間が足りないんですよ」
そのまま青年はアキュラスに対して無言で訴える。二人の間には、暫く沈黙が続いた。
アキュラスは仲間であるこの青年に滅法弱かった。頭が上がらず、いつも言い負けてしまう。今日こそは、とアキュラスは無言で彼を睨み付けてみるが――やはり今日も無駄な抵抗に終わってしまった。天使のような微笑みから一変、青年は悪魔のような冷酷さでアキュラスを罵倒する。
「……行けって言ってんのがわかんねえのか単細胞。行かなかったら砂漠のど真ん中で、愛が微塵も感じられない二四時間マラソンさせるぞ」
「すいません、喜んで行ってきます」
今日のアキュラスの抵抗はそれなりに健闘したのだが、残念ながら五秒も経たずに終わってしまった。
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