第19話 それぞれの闘い①


 氷華はロフのアジトに連行され、頂上の天守閣へ通された。城内の至るところには目を奪われるような装飾が煌めき、いかにも街人から巻き上げた金を存分に使われた如き雰囲気。ショッピングモールのような長い長い廊下を挟みながら、ここに到達するまでに三つの大きな部屋を通り抜けた。

 途中で召使の女中に無理矢理着せられた華やかな着物を纏い、氷華はフォルスの隣でブリュタルの街を見下ろしていた。逃げようにも、セリや茶屋の店主の話を出されては思うように動けない。それに豪華すぎる着物も重量があって、走る事すらままならなかった。

 そこで氷華は太一もこの場へ乗り込むだろうと信じ、今自分にできる事をしようと決意する。それは――。


「ねえ、その大剣ちょっと見せてくれない?」

「……何を考えている?」

「別に、やましい事は考えてないよ」


 氷華はフォルス攻略の鍵である大剣について情報を得ようと必死だった。ここに辿り着く間、セリを取り逃したという報告に激昂したフォルスが、何度か仲間に発動していた石化。その能力を攻略しなければ、戦闘になった時に危険すぎる。


「何度か見た筈だ」

「もっと間近で見てみたいんだよね」

「これを見てどうする? 見たところでここからは逃げられない」

「それはどうだか。やってみないとわからないよ」

「できんのか?」


 ――話を逸らすって事は、何か攻略法があるって事……だといいんだけど。


 氷華は抵抗を見せないふりをしながら、今までの行動から攻略法を推理していた。フォルスの大剣は、斬り付けた箇所からじわじわと石化させる能力を持っている。それは氷華の目でもはっきり確認した。最終的には全身が石化に蝕まれ、ピキリと動かなくなり――絶命する。

 そしてフォルスは、いつも完全に石化するまでの様子を口元を吊り上げながら観察していた。


 ――何でこんなキレやすい男が、いちいち完全に石化するまで見ている? 苦しむ様子が見たいから? だったら悪趣味なだけだけど……何だかそれだけじゃない気がする。それに、考えたくないけれど……確実に殺すならば石化した場所を砕いたりした方が早い筈。それなのに何故?


 石化なんて技、現実的にありえない。だが、太一と氷華も、ゼンの手によってありえない力を手にしている手前、信じない訳にはいかない。神力石の欠片の力を使えれば、誰でもありえない力を得る事ができるのだろうか。

 氷華がぐるぐると思考を巡らせていると、フォルスは片手で優々と大剣を振り上げた。何をする気かと思いながら氷華は視線を移すと、剣が淡く光り出した直後、とんでもない光景が目の前に広がる。


「っ!」

「特別に見せてやる。これが、俺の力の――ほんの一部だ」


 城の周りが、轟々と音を立てて“燃えていた”。燃え盛る炎が、木を、城門を、石畳を覆い尽くしていく。自分たちの居る天守閣にまで今にも浸食してきそうな勢いだ。


「なに、これ……」


 見ているだけで極度の暑苦しさを感じてしまい、体温もだんだん上昇してきた事で氷華は焦り始める。自分の属性を色濃く引いているらしい氷華にとって、暑さは彼女の弱点だった。


 ――あれ、私って……ここまで、暑さに弱かったんだっけ……?


 氷華はその場に力なく膝を付き、自分でもこれえ程まで暑さに弱かったのかとショックを受ける。一方、氷華の弱った様子を見たフォルスは、何も言わずにすっと大剣を下ろし――それと同時に炎は何事もなかったかのように一瞬で消えてしまった。暑さによって体力が減少している中、氷華はその事実に驚く。


 ――あれだけの炎が一瞬で消えた……これも、神力石の力?


 しかし、氷華の頭の中には謎の違和感が引っかかっていた。先程まで凄まじかった火の手は、今となっては“何事もなかったかのように消えている”。このような事も、神力石の力なら可能なのだろうか。


 ――時間、回帰……とか? いや、それにしては暑さ以外には何も感じなかったし……。


「てめえもこれくらいできんじゃねえのか?」

「私の力は……こんなんじゃ、ない」


 悔しそうに見上げる氷華に対し、フォルスはすっと身をかがめ、同じ目線に合わせた。獲物を追い詰めるようにニヤリと笑い、口を開く。


「てめえは何でそんな力が使える? この石、てめえも持ってるのか?」

「私は……私の、この力は」


 追い詰められている状況でも、氷華は凛とした強い瞳でフォルスを見つめていた。フォルスは目を見開かせ、驚きを隠せないように言葉を失う。


「世界を救い、大切なものを護る為の力だから」

「!」


 嘘偽りのないまっすぐすぎる瞳を見て、フォルスは込み上げる怒りを無理矢理抑えるように「その目を……やめろ」と声を漏らす。氷華の雰囲気に過去の自分が重なり、それを振り払うようにフォルスは氷華の頬を力任せに殴った。


 ――――ドガッ


「うぐッ!」

「世界を救う? 笑わせんなよ……てめえなんかに、そんな大層なもんが救える筈ねえ!」

「……でも……私たち、は」


 痛みに耐えつつもよろよろと立ち上がり、氷華は「救世主になってみせる」と気丈に振る舞うと、フォルスは俯いたままで「救世主は……」と何かを言いかける。

 その時、ロフの一人が慌てて飛び込んできた。


「頭! 侵入者です!」



 ◇



 太一とセリは、フォルスたちと直面した茶屋にやってきた。勢いよく扉を開けると、店主がセリの存在に喜びの声を上げる。


「セリちゃん! あの嬢ちゃんはどうなった!?」

「セリ、この人と知り合いなのか?」

「うん。あの時、氷姉には話す暇がなかったんだけど、実はここ――昔お父さんが働いていた茶屋なんだ」


 そしてセリは過去を思い出してしゅんとした。だけど今の目的は違う、感傷に浸っている時ではないと、紛らわすように首を振る。


 ――今は……兄ちゃんと氷姉!


 そんなセリを心配そうに見つめる太一。彼は迷っているように頭を悩ませ、そして何かを決心して口を開いた。


 ――恐らく戦場になる。流石に、セリを連れて行けない。


「セリ、あのな――」

「兄貴……行くんでしょ?」

「……あぁ」

「わかってるよ」


 セリは俯いたまま、悔しさを堪えるようにぎゅっと袖を握りしめる。


「セリが行っても、足手纏いになるだけだ。兄貴みたいに強くなりたかったけれど、セリじゃ駄目だった。やっぱり護られてばっかりだったし、兄ちゃんを引き留める事すらできなかった」

「セリ……強さってさ、いろんな種類があるんだぜ」


 太一はセリの頭を優しく撫でると、そのまま語りかけるように苦笑いを浮かべた。


「闘う事の強さ、自分の意思をはっきり持つ強さ、信じる強さ。セリはたぶん、闘う事の強さに憧れているんだろうけど――俺からしたら、違う強さに憧れるよ」

「違う、強さ?」

「そう。身近な人で例えるなら、セリみたいな強さに憧れるよ」


 過去を思い出して少し自嘲気味で笑いながら、太一は「セリみたいに、心が強い奴に憧れる」と続ける。


「セリはさ、キリヤさんを信じてずっと待ち続けていただろ? この物騒な街で、ひとりで。それだけでセリは充分強いんだよ。俺とか氷華はきっと真似できない。それはセリだけの強さだ。だからセリは弱くないし、足手纏いなんかじゃない」

「そう、なの……?」

「ああ、そうだ。俺だったらきっと、待ってる事なんかできなくてすぐに飛び出す。もしかしたら――待ってる以前に、自分を見失って自暴自棄になっているかもしれない。とにかく、セリにはさ。信じるっていう心の強さがあるんだよ。闘いには直接繋がらないのかもしれない。でも、「セリが待っていてくれる」って考えると、俺たちは「絶対帰ってこなきゃ」って頑張れる。心で負けそうな時でも、セリの存在が俺を助けてくれる」


 そして太一は笑顔で「だから、セリにしかできない任務を与えよう」と言い、セリにまっすぐ向き直った。


「俺たちの事を信じて待っていてくれ。氷華とキリヤさんも連れて三人で帰ってくるから、そうしたら笑顔で「おかえり」って出迎えて欲しい。たぶんそれで疲れも吹っ飛ぶ」


 何もできなかった自分を責めていたセリは、太一の言葉で何だか救われた気がした。心に突き刺さった棘がなくなったような、自分の弱さを許されたような。吹っ切れたように笑みを浮かべたセリは、ごしごしと涙を拭いながら強い眼差しで頷く。


「任せてよ、兄貴! 気を付けて……行ってらっしゃい!」

「おう。行ってきます!」


 そのまま太一は茶屋の店主にセリを預け、勢いよく店の外へ飛び出した。


 ――セリの兄貴も連れ戻して、フォルスって奴とアキュラスもぶっ飛ばして!


 ぎゅっと竹刀を握り直した。鉛色の空を見上げながら太一は全力で駆け出す。


 ――そんでもって、氷華を助けて……神力石の欠片も手に入れる! 初戦から負けてたまるか!



 ◇



 侵入者の正体は、セリの兄であるキリヤだった。復讐に囚われた彼は、単独ながらも鬼神のような剣幕でバタバタとロフたちを切り崩していく。


「……殺してやる」

「ひっ……!」


 ロフたちはキリヤの威圧感に畏怖していた。キリヤは情けなど一切かけず、冷酷な瞳でロフをひたすら真っ赤に染め上げていく。地獄絵図のように屍が転がる中心で、キリヤは刀に付いた血を乱暴に振り払って叫んだ。


「両親の仇……殺してやる、フォルス!」



 ◇



「でりゃぁぁあ!」


 太一の全力疾走は凄まじいもので、陸上部のエースと言われるだけはある走りだった。氷華が危ない。それは太一の足を加速させるには十分すぎる理由だ。数分で太一はロフのアジト前まで到着すると――視界の一角で緋色の髪が揺れた。それを確認し、太一はニヤリと笑みを溢す。


「やっと追い付いたぜ、アキュラァァアス!」

「!」


 そして現在――。


「邪魔すんじゃねえ!」

「そっちこそ! 欠片は俺たちが手に入れる!」


 太一とアキュラスは再戦と言わんばかりに、激しい死闘を繰り広げていた。途中、隙を見てはロフたちが新たな侵入者である太一とアキュラスに襲いかかるものの、圧倒的な強さと何者も寄せ付けない剣幕の二人を前に、ロフ側が返り討ちに合うだけだ。そのまま二人は構わず激戦を続け――太一が愛用する竹刀がぼろぼろになっている事が今までの激しさを物語っている。手元を見ながら「流石に刀相手では限界か」と悟り、太一は額から流れる血をリストバンドで拭った。


 ――竹刀にこんなに血が……終わったら直さなきゃな。だが、今回は好都合だ。


「諦めたか? 北村ッ!」

「はっ、誰が諦めるかっての」


 太一は足を肩幅に開き、血の染み込んだ竹刀を横に倒して構えた。右手の人差し指を立ててゆっくり刀身をなぞり――次の瞬間、それに呼応するように竹刀はバリバリいう音と共に光り出す。人間業とは思えない現象に、アキュラスは目を見開かせて驚いていた。


「『壱の型・風神剣』!」

「……何者だ、てめえ」


 陽光のような輝きを纏った竹刀は立派な刀へと変形し、鋭い刀身の周りでは小さい風が吹き荒れている。太一は魔力を使って物質を操り――血の鉄分を魔力で膨張させ、刃へと変化させつつ、風の力を纏わせるという魔役の合わせ技を編み出していたのだ。

 太一は得意気にニヤリと笑い、アキュラスに告げる。


「言っただろ、ワールド・トラベラーだって」

「……上等だ!」



 ◇



 侵入者の存在を耳にしたフォルスはそのまま討伐へと向かったのだが――氷華の言葉と侵入者を防げなかった事で機嫌を悪くしたフォルスにより、報告したロフが彼の大剣で斬られてしまった。斬られると言っても、切っ先に僅かに触れてしまった程度だったが。氷華は逃げ出すチャンスかもしれないと思いつつも、目の前で苦しむロフを放っておけずにその場に留まっている。


「あの……大丈夫?」

「ああ、俺はこのまま死ぬ……って、てめえ確かあん時の!?」


 フォルスの犠牲になったロフは、以前氷華が凍らせたロフだった。あの時は確か門番で――氷華は何となく記憶の糸を辿っていく。氷華の態度にロフは悔しそうな顔をするが、すぐに自分の状況を思い出して再び哀愁に浸ったような顔をしていた。


「てめえ等に報復してやりたいと思っていたが……それも無理だな……」

「死んじゃうの?」

「見てみろよ、石化が進んでるだろ?」

「うん……」

「頭が完全に石化するまで見てない事なんて初めてだが……俺がこのまま死ぬ事には変わりねえ……」


 その言葉の違和感により、今までの情報がパズルのように組み上がっていた。

 あの大剣で斬られると、石化して死に至る。いつも決まって、フォルスは完全に石化するまで眺めていた。あの超絶に短気そうなフォルスが。斬られた者は、石化の恐怖をじわじわと“感じている”。

 あの大剣の力は他にもあるようで、先程は炎を生み出し、一瞬で鎮めていた。山火事のような光景にも関わらず、炎なんて最初からなかったように、跡形もなく元に戻した。時間回帰のような印象は抱かない。抱いた印象は、暑さを“感じた“くらいで――。


「も、もしかして! わかったかも!」

「何がわかったんだ? まさか、石化を止める方法か? って、そんな訳ねえか……あははっ」

「お望みなら教えてあげようか?」

「なっ!?」


 ロフは驚いたように氷華を見つめる。あの時と状況は似ているが、今回は氷なんて生易しいものじゃない。ピキピキと石化が進行する身体に一瞥し、ロフは決心した。既に足は動かなくなっていて、顔だけを氷華に向ける。


「まだ確証ではないけど。私の言葉、信じてみる?」

「ああ、なんならてめ――嬢ちゃん側に就く! 俺はまだ生きてえんだ!」

「言ったね? 男に二言はないよね? あ、女にも二言はないから」

「上等だ……嬢ちゃんがお頭の眼鏡に適う理由も今ならわかるぜ……」


 すると氷華はにっこり笑って、真実を言い放った。


「石化なんて、本当はしてないんだよ」


 その言葉に、ロフはピシリと石の如く表情を固める。いよいよ首も動かなくなっていた。


「はあ? 嬢ちゃん何言って――」

「いいから、頭の中で強くイメージして! “石化なんてしていない、その足は動く”って!」

「!」

「早くっ! このままじゃあ本当に思い込みで死んじゃう!」


 氷華は真剣な表情で叫ぶ。同時に、ロフは半分自暴自棄になりながら頭の中で念じた。


 ――せ、石化なんてしていない! 俺のこの手は、この足は、動く! 絶対に動く!


「動きやがれぇぇえ!」


 ――――パキンッ!


 その時、ロフの身体で何かが起こった。氷華も視覚的に確信する。


「ほーらね、やっぱり」


 ロフの石化はピタリと止まり、身体を包んでいた石は音を立てながら崩れ落ちてしまった。崩れた石の先からは元の身体が何事もなく現れる。ロフは今まで“発動したら最後、絶対に助かる見込みはない”とされていた石化が、こんなに簡単に止まってしまい――思わず脱力してその場に座り込んでしまった。未だに信じられない様子で乾いた笑い声を上げながら、自由になった手足を動かしている。


「ほ、ほんとに……助かった……?」

「ほら、信じて正解だったでしょ?」

「嬢ちゃんは女神様か何かか?」

「ふふっ、違うよ。皆フォルスに騙されていただけ。“思い込まされていただけ”って方が正しいかな」


 そして、氷華は改めて石化の攻略方を確信した。


「“石化なんて、幻覚にすぎない”」


 氷華が呟くと同時に、金色の襖が開く。物音にはっと振り向くと、漆黒の髪を靡かせる美麗な女が、氷華と元ロフの男を見下していた。ストレートの長髪を掻き上げ、彼女は妖艶な笑みを向けている。


「それを知られちゃ、生きて帰せないねぇ」



 ◇



「やっと、現れたか」

「てめえが侵入者か? 単独でここまできた事は褒めてやるよ」


 キリヤは遂にフォルスと向き合っていた。両親の仇。殺すべき男。その考えだけが頭の中を支配し、復讐の心を掻き立てる。血が滲む程に奥歯を噛み、瞳孔を開きながら乱暴に刀を抜くと、鋭利な殺意を憎きフォルスに向け、叫んだ。


「……お前は……俺が殺す!」

「やってみな」


 獰猛な獣のような殺意を前にしても、フォルスは余裕の笑みを浮かべる。それに連動するように、彼の大剣も怪しく光り輝いていた。


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