第17話 邂逅①


「赤髪の男って言ってもねぇ。セリは心当たりある?」

「セリも兄貴と一緒に歩いていただけだから、顔まで見てないんだよね」


 前回とは逆に、今回は氷華がセリと共に街を歩いている。本日のメインは情報収集ではなく、敵勢力の男捜し。太一曰く、自分たちに近い年齢と思われる赤髪の青年らしい。それしか情報がない中で捜すのは至難の業だ。何かいい方法はないものかと氷華は模索する。特定の魔力を探知する術を極めておけばよかったと、氷華は修行内容を少しだけ惜しんでいた。


「ブリュタルの街って、割と髪の色はカラフルだもんね。赤髪とかも見る限り結構居るし」

「セリの家はね、お父さんもお母さんもこんな感じの髪色だったんだよ!」

「セリの藍色の髪は綺麗だね。深海の色って感じ」


 セリは氷華に頭を撫でられ、自慢するような表情で嬉しそうに続ける。


「兄ちゃんもこんな色だよ。セリよりちょっと髪が長いかな。一つに結んでて、かっこいいんだ!」

「そうなんだ、お兄ちゃんか……セリのお兄ちゃんも早く見つけて説得しなきゃね」


 氷華は雲行きが怪しくなり始める空を見上げていた。遥か遠くの空を見つめながら、「会いたいなぁ」と呟く。


「氷姉?」


 不意に呟いてしまった言葉を隠すように、氷華はにっこり笑ってセリの手を引いた。いつの間にか目的地が決まったらしく、氷華は意気揚々と歩き出す。


「そうだ、困った時は例の茶屋に行こう」

「へ?」


 氷華はもう一度、あの情報通で親切な茶屋の店主を頼る事にした。内心ではまた団子が食べたいと思いながら。あわよくば、今日はアイスが並んでいればいいと期待しながら。その時の氷華は、この行動が波乱を巻き起こす事になるとは予想もしなかった。



 ◇



 太一はできる限りの注意を払いながら、通行人をひたすら観察していた。じっと目を凝らすものの、なかなか昨日の青年らしき面影は見つけられない。


「あー……早く出てこいよな……“ダークサイド”」


 痺れを切らした太一は思わず大きめの音量で呟いてしまい、道行く人々の視線を集中していた。恥ずかしくなった太一は、苦笑いでその場を立ち去ろうと歩き出すが――。


「ま、そんな簡単に会えたら苦労はしないか」


 だが、再び耳にした声に太一はぴたりと足を止める。


「ダークサイド……ねぇ」

「!?」


 太一の後ろには、今まで散々捜し回っていた、目的の青年であろう人物が立っていて――太一は思わず幻覚かと疑った。全く気配は感じなかった事で、太一は直感的に只者ではないと確信する。同時に、力量は相手の方が上かもしれないと思ってしまった。せめて自分の力量は悟られないように、ニヤリと挑戦的に口元を吊り上げる。


「叫んだらご丁寧に出てきてくれるとは……会いたかったぜ。色々と訊きたい事があるから」

「お前が例のワールド・トラベラーって奴だな?」

「あんたが――ゼン悪人バージョンの関係者?」

「俺はアキュラス。アキュラス・フェブリルだ」


 燃えるような緋色の髪が酷く印象的な青年。長い前髪によって片目は隠されているものの、もう片方の紫の目からは強い殺気も放っている。更に殺気の他に、どこかこの状況を楽しんでいるような雰囲気も感じられた。


「欠片の情報、手に入れたらしいじゃねえか」

「何? 教えて欲しい訳?」

「こちとら地道に情報集めなんて柄じゃない。知ってる情報、洗いざらい吐きな」

「できるもんならやってみろって」

「なかなか好戦的じゃねえの、面白い」


 太一とアキュラスは睨み合い、一歩も引かない。実力は未知数だったが、退く訳にはいかなかった。互いに欲している物は一つしかないのだから。

 その瞬間、アキュラスは持っていた刀を抜きながら太一に向かって閃光のように飛び出す。今日は初めから腰に下げていた竹刀で太一も応戦し、街中にも関わらず闘いの火蓋は切って落とされた。


 ――――ザシュ!


 だが、刀と竹刀では圧倒的に竹刀の方が分は悪い。太一が握る竹刀に斬り込みが入り、それを見たアキュラスは余裕の表情でニヤリと笑った。一方の太一は、自分の焦りを悟られまいと無理矢理笑みを浮かべる。


 ――あぁ、これが本当の実戦……この前とは大違いだ。


「これは……ちょっと本気出さなきゃ、かもな!」

「俺は本気出してねえぜ、ワールド・トラベラー!」

「じゃあ俺も本気出さない」


 ――――シュッ!


 太一は持ち前の俊足を生かし、即座にアキュラスの間合いに飛び込んだ。緋色の髪に一瞬だけ竹刀が触れるものの、寸前でかわされてしまう。アキュラスも太一を少しだけ甘く見ていたかもしれないと舌打ちをした。


「それと、俺はワールド・トラベラー……北村太一だ。覚えとけ!」



 ◇



 氷華はセリの手を引いて、昨日訪れた茶屋の前まで向かっていたのだが――。


「おじさんに訊いてみて、ついでにお菓子も買おう」


 茶屋の扉へ手を伸ばした時、何やら店内の雰囲気がおかしい事を察した。異常な程に物音が少ない。何か嫌な予感がするのか、氷華の逆毛がぴょんっと一際逆立つ。


「何だか、ここで入らなかったら……大変な事になるような……?」


 ――――ガチャッ


 店内には、ロフらしき者たちと一人の男が居た。その人物を視界に入れた瞬間、セリは真っ蒼な顔で目を見開かせる。ぎゅっと縋り付くように氷華の手を握り、ガタガタと小さな身体を震わせていた。


「……あいつ」

「え?」


 茶屋の店主はロフたちに震えた様子で、箱に菓子を詰め込んでいた。その作業中、氷華たちの存在に気が付いたのか、店主は驚き焦った表情で氷華を一瞥する。店主は戸惑いつつも、ロフに注文された品を無償で献上していた。そんな光景を見ながら、セリは声を絞り絞って氷華へ訴える。


「氷姉――逃げようッ!」


 ――――バタン


 茶屋の扉が閉まる音に、男は即座に反応した。そして、扉の方向――氷華とセリの方へと、ゆっくりゆっくり振り返る。それと同時に、セリの口からとんでもない事実を明かされた。


「あいつが……フォルスだ」


 金髪に黒のメッシュが入った髪を揺らし、じっと氷華を見定めるように睨み付けるフォルス。その殺気に似た視線に氷華は一瞬怯むが、すぐに目を細めて店内へ足を進めた。ここで脅えて引き返しでもしたら、逆に怪しまれるかもしれない。それに、もうこの前の門番を倒した事がバレている可能性を考えると――尚更引き返した方が疑われてしまうだろう。

 そして、フォルスとすれ違った時に氷華は“それ”を見つけた。彼の背には大剣があり、その剣の柄にはめ込まれている――不思議な光り輝く石を。それは、正しく――。


 ――きっと、これだ。見つけた。これが……私たちの目的!


「セリ、私が居るから大丈夫だよ」

「でも……」

「言ったでしょ? 私にどーんと任せなさい」


 セリも氷華の言葉で少しだけ安心したのか、ゆっくりと一歩ずつ足を動かし始めた。目線は合わせず、床を向いたまま押し黙っている。

 店主は氷華に「嬢ちゃん」と声をかけようとするが、氷華は小さな声で「知らないふりして?」と呟いた。どうやらロフたちにはその会話は聞こえなかったらしく、氷華は安心したようにほっと息を吐く。


「どうしよう、お饅頭にしようかな、だけどケーキも捨て難い……」


 ――――パシッ


 氷華が頭を悩ませていると、セリの手を握っていない方の左手を勢いよく掴まれた。ギリギリと締め付けられ、かなりの痛みを感じる。氷華は目を細め、自分の手を掴む人物に視線を移した。


「琥珀色した髪の、逆毛女」

「……それが何か? 痛いから離して欲しいんだけど」

「てめえっ、俺たちにそんな態度を――」

「黙れ」


 ロフたちは氷華のそっけない、だけどロフを前に動じない態度に怒りを感じて声を荒げるが――それを制止したのは意外にもフォルス本人だった。氷華の態度が不服だったロフも「頭が言うなら」と素直に引き下がる。フォルスは氷華を見下しながら、楽しそうに口で弧を描いていた。


「女。この前、俺の城にこなかったか?」

「さぁ、何の事?」

「墨色髪の男剣士と、琥珀色した髪の逆毛女。そして子供。俺の城をうろついてたらしいじゃねえか」

「だから私を? 琥珀色の逆毛女はきっとどこにでも居るよ」


 氷華は平然としながら、店主に「おじさん、苺ショート、チョコレートケーキにモンブランお願い。持ち帰りで……あ、やっぱりお団子とわらび餅も追加で。それとシューアイスは七個ね」と注文した。店主は冷や汗を流しながら、指定された商品をショーケースの中から黙って取り出し始める。


「俺が怖くないのか?」

「何で見ず知らずの他人を怖がる必要があるの?」

「……くくっ、そうかよ」


 挑戦的な態度が逆手に出てしまったらしい。すぐに諦めて帰るだろうと踏んでいた氷華は、フォルスの態度を見て露骨に嫌そうな顔を示した。フォルスはすっと手を挙げ、ロフたちに合図を送ると――氷華の首元で金属的な音が響く。鋭利な刀を首元に当てられ、氷華は一瞬で身動きを封じられてしまった。セリは「氷姉っ……!」と口を開くが、恐怖心から上手く声が出せない。


「大人しく付いてこい」

「嫌だと言ったら?」

「言わせねえよ」


 ――「怖い時? 勿論、俺にもあるよ。例えば……うーん、やっぱりすぐには思い浮かばないかも……お、怒らないで。あっ、わかった! 例えば氷華に嫌われちゃったら凄く怖いな。そんな怖い時はね、心を落ち着かせて冷静に考えるんだ。怖い時程、冷静に。恐怖に打ち勝つのって最初はちょっと難しいかもしれないけど、そうやって冷静になれれば、絶対に対処法が思い浮かぶ。この場合の対処は……はい、アイス半分こしよう。ふふっ、美味しい? うん、俺も。氷華と一緒に食べるアイス、美味しいなぁ」


 氷華は過去を思い出しながら、冷静に周りの状況を観察した。ロフは二人、そして目の前のフォルス。同行を求められている以上、すぐには殺されないだろう。現状を把握すると同時に、氷華は静かに魔力を練り始める。


 ――こういう時こそ冷静にならなきゃ……怖いって泣いてる余裕はない。怖い時程、冷静に。


 店主は無関係と思われているから大丈夫だろう。問題はセリを連れて逃げ切れるか。ロフは倒せても、このフォルスは一筋縄ではいかないかもしれない。氷華は窓の向こうに広がる大通りをちらりと一瞥する。


 ――闘うより、ひとまず逃げる方が得策。


「じゃあ、力ずくって事だね。それなら逃げられても文句は言わないで」

「逃げられると思ってんのか?」


 この状況下でも、氷華は勇敢に笑っていた。勢いよく手を引いて、セリの身体を氷華が抱える形となる。それと同時に、氷華の首元から少しだけ鮮血が零れた。痛みに堪えながら、はっきりと叫ぶ。


「『エヴァジオン』!」


 ――――シュッ



 刹那、氷華とセリは店内から一瞬で店外へ移動した。氷華が発動した、小規模の空間転移魔術だ。そのまま足を休める事なく、氷華はセリの手を引いて全力で走り出す。店内の様子が少し気にかかるものの、振り返る余裕は一切なかった。


 ――セリを安全な場所に置いて、太一と合流しなきゃ……!


「氷姉っ、今――あれ、どうして店の外に!?」

「セリ、太一を捜して早くこの事を――」


 だが、氷華とセリの足はピタッと止まってしまった。前方からは複数のロフが自分たち目がけて向かってくる。足音は後ろからも聞こえ、確実に自分たちを追っている現状も把握した。このままでは一分も持たずに挟み撃ちにされてしまうだろう。そうなったら、確実に逃げられない。

 次第に氷華とセリとの距離を詰めるロフたち。氷華は「まさかここまで大所帯とはね」と呟いた。その瞳にいつもの余裕はない。


「セリ、私が引き付けるから全力で逃げて。太一を捜して、この事を伝えるんだよ。わかった?」

「でも、それじゃあ氷姉が!」

「私の事はいいから。さっきの見たでしょ? あんな風にいつでも逃げられるから大丈夫」

「っ……!」


 セリは困惑していた。非力な自分では、何もできない事はわかっている。自分が氷華の足手纏いになってしまう。だったら氷華の言葉に従い、頼りになる太一を連れてきた方が得策かもしれない。だけど、それでは――もしも氷華が殺されてしまったら――。


「私は大丈夫だから。ほら、行って」

「氷、姉……!」

「行ってッ!」

「!」


 氷華の叫びに、セリはぎゅっと目を瞑りながら足を動かした。必死に、走った。


 ――セリも、兄貴や兄ちゃんみたいに強ければッ!


 セリは自分の非力さに腹を立てる。自分では氷華を助けられない、強さを求めても結局自分は護られてばかりだという真実に。それを紛らわせるように、最悪の事態を考えないように、足が赴くままに走った。


「せめて……早く、兄貴に伝えなきゃ……!」


 ふいに両親の顔が頭に浮かび、それが氷華の顔に変わった。最後は、憎くてたまらないフォルスの顔が笑っている。

 セリは、悔しくて悔しくて涙が零れた。



「流石に、この数はまずいかなぁ……」


 氷華の周りをぐるりと囲むロフたち。その数は二桁を越しているだろう。表向きでは「どうしよう」と言ってみせるものの、内心ではかなり焦っていた。魔術で対抗してもいいのだが、大っぴらに魔術を使う事への先入観も入り混じる。


「でもさっき堂々と使っちゃったしなぁ」


 このまま逃げてもいいが、万が一セリが捕まってしまって引き合いに出された場合――最悪の展開になるかもしれない。せめて、セリが太一と合流するまでの時間稼ぎが必要だ。


「終わりだ」


 ロフが道を開け、中央からフォルスが現れる。氷華は悔しそうにフォルスを睨むと、その態度すら面白く感じたのか、彼はニヤリと不気味な笑みを浮かべていた。さしずめ、今まで歯向う者が現れずに退屈していた――というところか。それが女とあれば、尚更珍しいのだろう。


「続きがあってな、琥珀色の髪の逆毛女は“異形の力”を使うそうだ。てめえみたいにな」

「…………」


 フォルスは氷華に近付き、ぐいっと顎を持ち上げて無理矢理上を向かせる。フォルスと氷華の視線が強制的にぶつかり合った。その瞬間、氷華の脳内で何かが燻ぶる。この深緋の瞳から、何故か目が逸らせなくなった。しかし、その燻ぶりの理由を考える余裕をフォルスは許さない。


「おっと、またさっきの技を使ってみろよ? ガキの命はないと思いな。それに、見せしめにあの店主の首を落とす」

「……脅し? 随分卑怯な真似してくれるね」

「脅しと思うか思わねえかは自由だ。選ばせてやる」


 氷華はぎりっと奥歯を鳴らした。自分を含めた様々な人たちの寿命を縮めない為にも、この場は大人しく降伏するしかないだろう。その場合、「やるべき事は一つ」と氷華は胸の内に秘める。内心では屈せず、寧ろ逆に野心を燃やしていた。


 ――太一、私は内部から探ってみるよ。必ず見つけるから……フォルスの、攻略の鍵。


「『エクレール』」


 ――――ピカァッ!


 どんよりとした鉛色の空に、一閃の雷が光る。


「いいよ、招待されてあげる。あなたの城って場所に」


 ロフたちが氷華の行動に唖然とする中、氷華は静かに両手を上げ、これ以上は抵抗しない選択を取った。




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