第16話 逆賊犯罪者、救いようのない集団
薄暗い路地裏に無数の人影が蠢く。ある青年を囲む、複数のロフたち。しかもロフの中でも実力はトップクラスと謳われる者たちで――人々は恐怖しながら、囲まれている青年に対して内心で同情を向けていた。ロフたちはいつまでも黙っている青年の胸倉を乱暴に掴み、射殺すような鋭い眼光で彼を睨み付ける。
青年は燃えるような緋色の髪で片目を隠していて、いまいち表情が掴めない。反抗の態度を取る様子もなく、ひたすら沈黙を貫いているだけだった。
「おい、てめえ。何とか言え」
「…………」
「ガン飛ばしやがって……喧嘩売ってんのか? あぁ?」
「…………」
「この街で俺たちに喧嘩売るって事の意味、わかってんのか?」
「…………」
見事なまでの沈黙。青年はロフたちの事など最初から眼中にない様子で、一向に口を開かない。その無謀な行為に、街人たちは信じられないものを見ていると言わんばかりの表情だった。
――ロフを怒らせては、殺される。
――あの青年は何を考えているんだ、死にたいのか?
何故青年がこんな状況に陥ってしまったかというと、理由は単純明快。青年がロフの蛮行を面白くなさそうにじっと眺めていたからだ。それを強引に自分たちに対する反逆、敵視と解釈したロフたちは、一斉に青年へ詰め寄る。時間を持て余していたロフたちは、暇潰しに青年を甚振ろうと計画したのだ。
「っ……だんまりこいてんじゃねえ!」
しかし、青年は脅えもせず、焦りもせず――黙り続けている。一行に動く気配のない青年の態度に耐えられなくなったロフは、遂に大きな拳を振り下ろした。一般的に見ては、理不尽なのはロフと感じられるだろうが――今回だけは違う。
「ったく――喚いてるんじゃねえよ」
「なっ!?」
――――バタンッ!
青年は、振り下ろされる拳をいとも簡単に受け止めると、そのまま相手の力を利用して地面に叩き落とす。ロフの一人は勢いよく顔面を強打し、突然の痛みから顔を抑えて縮こまってしまった。
――――ドガッ
「ぐっ!」
「てめぇ……!」
青年は不敵に笑いながらロフの頭をぐしゃりと躊躇なく踏み付ける。その行為に仲間たちは顔を真っ赤にさせて激昂し、懐に隠していた短刀を取り出したのだが――鋭い切っ先を青年に向けた瞬間、青年は既にロフたちの視界から消えていた。
「ど、どこだ!」
「遅い」
――――ガッ!
短刀を握っている腕を、青年が即座に蹴り上げる。一瞬何が起きたか理解できなくなり、ロフは自身が感じる腕の痛みによって現実を目の当たりにした。くるくると宙を舞っていた短刀はすとんと青年の手に収まり、先程とは対照的になるように、鋭い切っ先は自分たちに向けられている。青年の理不尽的な強さを前に、ロフたちは焦りと恐れ、そして怒りを感じていた。
「生きて帰れると思うなよ……兄ちゃん!」
「どっちが、だろうな?」
「散々俺たちをコケにしやがって……」
青年は空いている方の手で、くいっと人差し指を曲げて挑発する。
「……かかってきな」
◇
ロフのアジトへ赴いてから翌日、すっかり元気になったセリを交え、太一と氷華は三人で作戦会議をしていた。現在把握している情報を纏める為だ。
「とりあえずロフの頭が神力石の欠片を保持してるって線で間違いなさそうだ。そしてアジトは昨日行った城」
「頭はね、こんな奴だよ! 性格は極悪非道!」
そう言いながら自信満々に似顔絵を見せるが、太一はセリの芸術的な絵を理解する事ができなかった。苦笑いを浮かべて「まぁ、うん。外見はこんな感じな。お手柄だ、セリ。……だけど、この情報以外にも調べとかなきゃいけないよなー」とすかさずフォローを入れる。
「うーん……」
「……欠片を保持してるからなのか、ロフたちも異形の力とか言ってたよね? せめてその詳細とかわかればいいんだけど」
「ロフの合計人数とかもわかるといいかも……セリが今まで見た限りでは、いっぱい居ると思う。一人居たら三十人は居るから、ええっと……」
「別に奴等は黒光りしてはいないが……ま、重要なのは敵の規模と能力ってところか」
相手の力量を知り、対策を万全にする事が勝率を高める。基本の行動を実行しようと計画した三人は、ひとまず二手に分かれて情報収集へ励む事にした。
◇
氷華は目の前に広がるキラキラと輝く菓子に誘惑されていた。香ばしい団子、煌びやかなケーキ、ふっくらした饅頭――氷華の現在地は、洋菓子も和菓子も完備している街中の茶屋だ。
――情報収集の為。これは情報収集の為だから。
「お団子、一本くださーい」
「まいど! ほらっ、焼き立てだよ!」
氷華は内心で「情報を聞き出す為、何か買わないと失礼。情報収集の為だからね、しょうがない」と自分に言い聞かせ、熱々の団子を口に運ぶ。
――お、美味しい! 温かくて、香ばしくて……でも口の中は優しい甘さが広がる。
「おじさん、これ凄く美味しい! 私、焼き立ての団子って初めて食べたよ!」
「ははっ、ありがとな! それにしても嬢ちゃん……この街では珍しく小奇麗な身なりだな? まさかとは思うが、ロフの関係者――」
「ううん。この街に最近きたばかりだからだと思うよ」
「へえ、よくあの検問を抜けてきたな!」
感心している茶屋の店主に対し、氷華は「えっと……かなり苦労したけど、どうにかね」と誤魔化した。その言葉を特に疑わずに「そうか、そりゃ大変だったな」と頷いている姿を見て、氷華はほっと胸を撫で下ろす。これからは不用意に「街の外からきた」と言うのは控えようと心の内で誓った。
「こんな大変な時期じゃなければなぁ……昔は活気があって華やかな街だったのに、今はご覧の有様だ。まあ昔も“表向き”だったし、街の外は外で異形の怪物で大変なんだが」
そう言いながらどこか遠くを見つめる茶屋の店主の“表向き”という発言が気になりつつ――二玉目の団子を口に運びながら氷華は自信満々で答える。
「でも大丈夫、もうすぐこの街にも平和が戻るから」
「ははっ、そうなのか? そりゃあ楽しみだな!」
店主の少し作ったような笑顔を眺めながら、氷華はもぐもぐと団子を頬張り続けていた。
「おじさん。ちょっと訊きたい事があるんだけど、いい?」
「何だい?」
食べ終えた団子の串をゴミ箱に投げ捨てると、カコンと軽快な音が響く。同時に、氷華も笑いながら「この街で悪さしてる、ロフの事なんだけど」と静かに口を開いた。
「!」
店主はきょろきょろと周りを見回し、店の中と外の様子を用心深く観察する。氷華以外の客やロフの姿が見えない事を確認すると、店主は真剣な面持ちで再び氷華に向き合った。
「今なら大丈夫だろう」
「ロフって集団の事と、その頂点に立っている頭って人の情報。何か知っていたら――些細な事でもいいので教えてもらえませんか? お願いします」
氷華の突然の物言いに驚きはしたが、店主は「余所者なら何も知らないより、少しでも情報を知っていた方がいいだろう」と呟き、氷華の身を案じて情報を教える事にした。しかし実際のところ、氷華は闘う目的での情報収集だったのだが――その時の店主は予想もしていない。
「ロフってのはな、昔はそれこそ、正義の味方って感じだった。俺たちも護ってもらったりして散々世話になったよ。だが、別人みたいにガラッと変わっちまったんだ。確か、頭の内の一人が死んだ辺りからだったか」
「って事は、元はツートップ?」
「ああ、ファシリテとフォルス。この二人がロフの創始者であり頭だったらしい。詳しい事情は俺も知らないが、ある時にファシリテが死んで、そこからフォルスが別人みたいに変わっちまった。前までは正義感の塊みたいな奴だったのに、この街の長を殺して逆賊になり……すっかり冷酷非道な男になっちまったんだ」
「何かあったのかな……」
「俺たちも最初は事情を訊いたりしたんだ。もしも何かあったなら、今度は俺たちが救ってやりたかった。だが、俺たちの事なんて忘れちまったみたいに聞く耳を持たない。だから救いようがない」
その話を聞いて、氷華は迷っていた。どこから欠片が関与したのか不鮮明な上、もしかしたら欠片が悪影響を及ぼし、この蛮行には本人の意思は働いていないのかもしれない。
――街を救うのは勿論だけど、フォルス本人にも事情を訊いた方がいいのかも。
氷華は悩み、とりあえず現状は更に情報を集める事しかできないと結論付け、再び店主の話を求める。
「そのフォルスって人の特徴とか、弱点……わかれば闘ってる時の様子も教えてください」
「何だい嬢ちゃん、喧嘩するのか? 悪い事は言わねぇ、やめておけ。奴に気に入られて城へ連行されて殺されるか……その場で殺されちまうかの二択だ」
「三択目に“私たちがフォルスを倒してこの街を救う”ってのを入れといてよ」
店主は氷華の事を「正気なのか?」と心配そうに見つめるが、指を三本立てて堂々と主張する彼女の瞳は真剣そのものだった。その自信に、希望に満ち溢れた表情に――茶屋の店主は賭けてみたいと感じ始める。
――この嬢ちゃんなら、本当にやってのけるような……そんな不思議な感じがする。
「私たち……やり遂げてみせるから」
氷華のまっすぐな瞳と一言に折れた店主は「……ははっ、譲ちゃんは凄いな」と笑うと、そのまま情報の提供を続けた。
「奴は背負ってる巨大な大剣を使う。俺も一度だけ見た事があるんだ。その剣は“斬ったところを石化させる”。それで斬られたら最後、石化から逃れる術はない。実際に現場を見ちまった時は……悲惨な最期に思わず目を背けちまったよ」
「石化、ね。厄介そうだなぁ」
氷華は「かわす以外に何か対処策はないかな……」と呟きながら、店内のベンチからすっと立ち上がった。
「おじさん、親切に教えてくれてありがとうございました」
斬ったら石化する剣なんて、氷華にとっては人間業とは思えなかった。確かにここは氷華たちから見れば“異世界”である。氷華たちが感じる常識は、もしかしたらこの世界では通用しないのかもしれないが――今までのロフやセリ、店主の反応から――石化は神業、異能の力に部類されると判断できた。
それはまるで、自分たちと同じように“神から授かった、ありえない力”を連想させる。
――人格の変化や石化は、神力石の欠片の影響なのかもしれない……。
それに思い返すと、セリの両親が石化したという事実もセリから聞いていない。セリは太一や氷華に嘘を吐く素振りはしていないし、そこで嘘を吐く理由もないだろう。
――よって石化は“欠片を保持してからの能力”の線が高い。
「何はともかく、有力な情報を得られた事に変わりはないよね……おじさん、本当にありがとう! またお菓子買いにくるね。あっ、今度はできればアイスも作ってくれると嬉しいな」
「嬢ちゃん。それともう一つ」
氷華が茶屋を出ようとした時、店主に慌てて呼び止められた。氷華はぴたりと足を止め、店主の言葉に向き直る。
「嬢ちゃんみたいな年頃の娘は気を付けた方がいい。奴等に気に入られたら最後だ」
「あははっ、私は見向きもされないだろうから大丈夫」
そうして店を出ようとして、氷華は思い出したように「あ、私からも最後にもう一つ」と呟く。
「何でロフって言うの?」
「奴等が最初からロフと名乗ってたからそう呼んでいるが、俺たちはこんな意味で呼んでいるよ。逆賊犯罪者、救いようのない集団――Rebel Offender Hopeless Unit、その頭文字をとってROHU(ロフ)ってな」
「なるほど」
些細な疑問も解決したところで親切な茶屋の店主に別れを告げ、氷華はその場を後にした。
◇
「氷華は大丈夫かな……あいつの事だから、真面目に情報収集してない気がする」
「氷姉ってしっかりしてそうだけど?」
「まあ、やる時はやるんだけど――オンとオフが激しいって感じで」
「確かに「情報収集だーっ!」って言いながら張り切って飛び出して行ったなぁ」
「大方、気になる店でもあったんだろ。んー、氷華の事だからアイス屋とか」
太一とセリは呑気に喋りながら街を歩いていた。真っ先に走り出した氷華に対し、セリをひとりにする訳にもいかない太一は、必然的にセリとペアになる。
街は相変わらず活気がなく、負のオーラを纏うような淀んだ空気だった。
――氷華があんなに張り切って動くのは……セリの過去を知ったからだろうな。
太一はふと空を見上げて、セリの話を聞いた直後の氷華の表情を思い浮かべる。
――自分と重ねて放っておけない……ってのもあるのかな。まぁ、氷華と“あの人”の場合は離れていても全く問題ないだろうけど……。
「どうかしたの、兄貴?」
「いや、何でもない。さてと、俺らも氷華に負けてられないからな。情報収集するか!」
「うんっ!」
――氷華、情報収集の最中に面倒事とかに巻き込まれてないといいんだけど。
ぼんやり考えながら歩いていた太一は、目の前の注意を怠ってしまっていた。ドンっと肩に走る衝撃に思わず「わ、悪い。ごめん!」と口走る。ぶつかってしまった相手から特に何も追及されず、そのまま何事もなかったかのように通り過ぎようとしたのだが――。
「へえ……てめえがワールド・トラベラーか」
「ッ!?」
その瞬間、太一は時間が止まったような錯覚に陥った。
――こいつ、今!
反射的に太一は目を見開かせながら後ろを振り向くが、それらしき人物は既に姿を消している。太一は悔しそうに舌打ちをしながら、セリの腕を引いて慌てて走り出した。
「兄貴?」
「あいつッ……!」
太一の足の速さに付いて行けないセリは自然と両足が地面から離れてしまうが、太一は問答無用で先程ぶつかった男を捜して全力で走り続ける。
「聞き間違いじゃない! あいつ、俺を「ワールド・トラベラー」って言った!」
それが意味する事。
「ちょっ、兄貴!?」
「お早い登場だな、全く!」
――仲間じゃないのに、俺たちを知る者……俺たちと同じく、神力石の欠片を狙ってる敵って事だろ!
◇
街を全力疾走した事で注目を浴びていた太一と、それに目を回しながら巻き込まれているセリを氷華が発見した頃、既に夕暮れ時となっていた。夕飯の時間も近いという事で、今日は情報収集の結果報告も兼ねた外食をする三人。ちゅるちゅると箸でパスタを食べながら、氷華は得意気に微笑む。
「今日の一番の収穫はね、美味しい茶屋を発見した事かな」
「ほら、やっぱり」
「わあ、兄貴凄い……」
「え? 何?」
期待を裏切らずに太一の予想通りの行動を取っていた氷華に、セリは炒飯を食べながら素直に感動していた。太一は蕎麦をずるずると啜り、呆れた様子で首を振る。
「そんな氷華にバッドニュースだ。敵勢力が現れた。たぶんロフとかじゃない、俺たちの敵勢力」
「え……じゃあゼンの悪人バージョン? それとも手先の使い魔とか、そんな感じ?」
「あいつが本人って感じはしなかったが――きっと氷華が想像してるのとは違う。雰囲気的にカイやソラに近い感じ。たぶん俺たちと同じ人間だろうな」
「闘ったの?」
「いや、すれ違い際に俺の事を「ワールド・トラベラー」って言ってただけ。だから顔も名前も把握してない……それと口の周りのソース拭けよ。真剣さが半減だ」
「そんな……予想以上にお早い登場だね……」
太一が「確か赤髪だった気がする」と頭を悩ませている傍ら、氷華はナプキンでごしごしと口の周りを拭き、一息吐いて箸を置いた。
「動いているのは私たちだけじゃない、って事かぁ」
「ねえ兄貴、“わーるど・とらべらー”って何?」
「そ、それはえーと……アレだ。ワールドをトラベルする感じの……」
説明を求めるセリに、困ったように誤魔化す太一。確かに、無関係な一般人に事実を説明するのは、況してや子供のセリに説明するのは、とても複雑な内容だ。氷華は助け舟を出すように、セリにざっくりと説明する。
「私たちのコンビ名だよ。私と太一は世界を救うヒーローになるからね。ヒーローの事をワールド・トラベラーって言うの。かっこいいでしょ?」
「正義のヒーロー!? か、かっこいい……!」
「正義かどうかはわからないけどね」
セリはキラキラと目を輝かせながら、太一と氷華を交互に見つめていた。その間、氷華は太一に自分の考えを伝える為に再び向き直る。
「でも逆に考えるとこうだよ。敵が現れたって事は、この世界には私たちが求める物がある」
「あっ、そっか」
感心する太一を余所目に、氷華はぴんっと人差し指と逆毛を立てながら続けた。氷華の「ところで私、ちゃんと情報収集もしたんだから」という指摘に太一は慌てて声を上げる。
「ちょ、それを早く言えよ!」
「続き。さっき話した茶屋のおじさんがびっくりするくらい親切な人でね。現在のロフの頭はフォルスって人。昔はフォルスと組んでたファシリテって人も居たらしいけど、亡くなったんだって。その辺から正義の味方だった筈のロフは悪の組織の如く変貌してしまった。ちなみにフォルスの武器は背負ってる大剣で、恐らくその剣に欠片の力を宿してる。斬ったものを石化させちゃうっていう危険な技付きでね」
「お前、よくそこまで……」
「だから、茶屋のおじさんが凄く親切だったんだよ。あ、今度は皆で行こうよ? お団子とっても美味しかったから」
氷華は太一に尊敬され、誇らしげに鼻を高くしていた。そんな氷華の表情を見て、太一はこっそりセリに告げ口する。
「ほら、激しいだろ? オンとオフ」
「そうだね。だけどやっぱり氷姉も凄い人なんだってわかったよ、兄貴!」
二人の会話に付いて行けず、だからと言って疎外感を覚える訳でもなく、氷華は首を傾げながらきょとんとした顔をしていた。
「……どういう事?」
「こう……外では完璧なのに、そこから想像もできないぐらい家では自堕落な奴って居るよなって話」
「え、どこに?」
「いや、ここに」
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