第11話 始動 悪の場合


 どこかの山奥の錆びれた古城。苛立ちを見せるかのようなオーラを放ち、彼は立派な玉座に腰を下ろして長い足を組む。漆黒の衣服に栄える、真っ白なネクタイ。サラサラと靡く黄色の髪の合間から、燃えるような深紅の瞳が鋭く輝いていた。

 彼は神の半身、ゼンと似て非なる存在――悪しき心の男。

 彼は苛立ちを無理矢理押さえ付けたような低い声色で呟く。


「……ディアガルドは居るか」

「はい、マスター」


 その呼びかけに応えるように、即座に一人の青年が現れた。ディアガルドと呼ばれた青年は、深紫の長髪を横で緩く縛り、紺色のチャイナ服に身を包んでいる。優しそうに微笑む彼の表情と共に、時折眼鏡だけが怪しく光っていた。指にはシルバーの指輪がきらりと輝き、落ち着いた雰囲気の、まるで美女のような美しい顔立ちの青年。

 彼は即座に頭を垂れて片膝を付き、そのまま黙ってマスターと呼び従属する彼の言葉に耳を傾けていた。


「奴が動き出した」

「欠片、ですか?」

「いや違う。どうやら救世主が現れたらしい」

「救世主……」


 彼はふっと蔑んだように笑いながら、必要最低限の会話だけを続ける。


「だが、只の人間を祭り上げたにすぎない」

「人間如き、僕たちの脅威にはならないでしょう」

「ああ。だがいずれ当たる恐れがある。ここに情報がある。そこに隠れている二人と共に見ておけ」

「はい、マスター」


 そして、彼はそのまま音もなく姿を消した。同時に柱の影から新たな二人の青年が顔を覗かせる。


「あちゃー、ばれてたか。きっとアキュラスのせいだよ。君がうるさいから」

「ああ? てめえがこそこそ喋ってた声が聞こえてたんじゃねえのかよ!?」


 そんな青年たちを見て、ディアガルドは面倒そうな表情ではぁっと溜息を零した。


 アキュラスと呼ばれる青年は、燃える炎のような緋色の髪を細いヘアバンドで纏め上げ、黒のタンクトップスを着ている青年。長く垂れた前髪で右目は隠れているが、隠れていない左目は紫色の鋭い眼光を放っている。いかにも自分が挑発に乗りやすい事を主張している、知能が低めの会話を繰り広げていた。


「声とかそういう類の問題ではないのでは? アキュラス、スティール」

「まっ、それもそっか。何と言っても神様相手だからね」


 もう一人の青年、スティールと呼ばれる彼は色素の薄い淡黄の髪を揺らしている。癖っ毛のある髪質をふんわりと無造作にしていて、表情は常に笑みを崩さない。いつもにこにこ笑っているので、なかなか考えが掴めないと仲間内からも思われていた。カチッとしたワイシャツにベストを着込んだ彼は、既に話に興味がなくなった様子で、どこからか取り出した細身の剣の手入れを始めている。


「さて――話は聞いていた前提で、説明は省略します」

「ああ、スティールのバカがうるせえって話だろ」

「……再度、僕の口から説明します」


 ディアガルドは再度口を開こうとしたのだが――またしても不毛な争いを始めてしまったアキュラスとスティールは、ディアガルドの説明には耳もくれない。


「人の話は聞きなよね。アキュラスのバーカ」

「てめえ、バかって言う方がバカなんだよ! 教えてやっただろバカ!」

「先にバカって言ったのは君の方じゃないか」

「うるせえ!」


 ディアガルドは話し出すタイミングを伺っていたのだが、次第に彼の中で苛立ちが募り始める。


 ――人が下手に出ればいい気に……小学生レベルのくだらない喧嘩を繰り広げやがって……。


 髪が逆立ち始めた時、耐えきれなくなったディアガルドは遂にその口を開いた。


「少し黙ってくれませんか? ……殺すぞ」

「「すいませんでした」」


 声のトーンを下げて言うディアガルドを前に、喧嘩を続けていたアキュラスとスティールは光の速さで怖気付く。即座に地面に頭を付き、全く心の込もっていない謝罪を述べた。ずれた眼鏡を静かにかけ直しながら、ディアガルドは一瞬でいつもの穏やかな表情に戻る。先程見せた、別人としか思えないような強烈な殺気はいつの間にか跡形もなく消えていた。


「僕たちの敵が現れました。ここに情報がありますので、各自見ておくように。マスターからの指令はそれだけです」

「へー、どんな子?」


 スティールは興味津々で楽しそうに話しかけ、一方のアキュラスは「くだらない」と一蹴している。その様子を横目に、ディアガルド自身も渡された資料に目を運ぶと――彼等の凛とした瞳に、写真であるにも関わらず少しだけ魅入られてしまった。


「どうやら二人組のようですね。名前と顔写真ならここに。他に詳しい事は書いていません」

「ねえ、この子可愛くない?」

「てめえに男好きな趣味があったなんてな。吐き気がするぜ」

「よく見なって。こっちこっち、女の子の方」

「なっ――救世主って女も居るのかよ? こんな弱そうな奴が闘えんのか!?」

「まあ、救世主として認められるくらいです。何かしらで闘うのでしょう。能力等に関しては、追々僕の方でも調べていきたいと思います」


 そして、未だに「この子、僕が捜してる女の子だったらいいんだけどなぁ」とぼんやりしているスティールと、「所詮俺の敵じゃねえ」と嘲笑うアキュラス。そんな彼等を見て、ディアガルドはふっと口元を吊り上げた。


 ――どんな方でしょうね、彼等は。本当に“只の人間”なのでしょうか?



「滅ぶしかない未来ならば、残りの時間――せいぜい楽しませてくださいよ。救世主(ワールド・トラベラー)……北村太一、水無月氷華」

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