第5話 運命の出会い 青年の場合
「ありえない」
氷華は呟き、太一も「な、何だよ……それ」と唖然としていた。
温かい炎のような髪を結び上げ、全てを包み込むような優しさで青年は微笑む。瞳は綺麗な紺碧で、まるで海のように澄んでいた。純白のスーツを悠然と着こなした、誰が見ても好青年と思えるだろう青年が――文字通り、浮かんでいた。
「初めまして、だな。北村太一、それに水無月氷華」
「何で俺たちの名前……」
「それくらいはわかる。何て言ったって、私はこの世界の神“だった”からな」
氷華は“だった”という表現に少しの疑問を持ったのだが、今はそんな些細な疑問より目の前に浮いているという現実的に信じ難い光景に思考が傾く。冷静に、必死に、平常心を保ちながら、さりげなくワイヤー的なものを探しつつも――氷華は混乱する頭でどうにか口を開いた。
「あなたが、私たちに協力して欲しいって言う……カミサマ?」
「正確に言うと“神だった存在”だ。今は神の“片割れ”と言ったところかな」
「“片割れ”?」
「あぁ。だが神の力はある程度有しているぞ。現に今この瞬間、私は地に足を付いていない。勿論ワイヤーアクションでもない。ほら、人間業とは思えないだろう?」
青年は笑いながら、静かに地面へと舞い降りる。その様子を見て、太一と氷華は灰色の雲の隙間から光が垣間見えた時のような神々しさを錯覚した。まるで、後光を差しながら神が降臨する如き神々しさだ。
呆然としている太一と氷華を余所に、青年は彼等の前にゆっくり歩み寄り、微笑みながら手を差し伸べる。戸惑いつつも、空気に流されてしまった太一と氷華は、流されるように彼の手を握った。
「私の事はゼンとでも呼んでくれ」
いつの間にか青年――ゼンの隣にはカイとソラが並び、太一と氷華を期待の眼差しで見つめている。そのままゼンはタイミングを見計らって「さて、改めてだが」と話を切り出した。
「北村太一、水無月氷華。私に協力してくれないか? ……頼む」
「って言われても、漠然とした理由しか聞いてないし、何で俺たちに頼むのかもわからないし……とにかく! わからない事だらけなんだよ」
「突然すぎて色々と頭が追い付けない感じ」
するとゼンは苦笑いを浮かべながらその場に座り込む。その行動が、これから長い話が始まるのだろうという事を察し、太一と氷華も同じようにその場に腰を下ろした。
「わかった。長くなるが――私が話そう」
◇
この世界には創造主が存在する。人間たちが誕生する遥か昔、この世界は創造主によって作られた。創造主は世界を見守り続け、管理する事が――義務であり、責任でもある。
何年も何百年も、何もなく平和に過ぎ去る時の流れを眺めながら、創造主は自分の生命のほんの一部を切り離し、生物を誕生させた。自然が生い茂り、動物たちが気ままに生き、人間が産声を上げる。
創造主が特に興味を示したのは人間だった。人間は創造主を神として崇めるだけの存在だったのだが、彼等は少しずつ変化を遂げ始める。感情が生まれ、意思を疎通し合い、人間が人間を生み、彼等は独自の進化を遂げていった。その過程を見守る事が、創造主は楽しくて楽しくてたまらなかった。
だが、人間の増加につれて新たな感情も生まれていた。憎悪や嫌悪、闘争心である。それは世界を蝕む毒のように徐々に感染、拡大していき――大きな争いへと変貌した。それを見た創造主は人間の滅亡を危惧し、彼等の過度な憎悪、嫌悪、闘争心の負の感情を自ら吸収し始める。
こうして人間を見守りたいという創造主の正の感情よって、人間が滅亡する程の大きな闘争は回避されていった。
しかし、創造主の中でもある変化が訪れる。負の感情を吸収し続けた創造主自身に、善き心と悪しき心が宿り始めたのだ。互いが互いを打ち消し合い、微妙な均衡を保つ。その均衡を保っていたのは、創造主の精神力と――体内にある神の力を圧縮した石の力だった。
創造主も世界も微妙な均衡を保っていたのだが――ある日突然、その神の力の根源である石――“神力石(シンリョクセキ)”が破壊されてしまった。バラバラに砕けた神力石の欠片は、遥か遠くの世界へ弾け飛ぶ。同時に、創造主の身体にも異変が起き――善き心と悪しき心は均衡を保てなくなった。
そして、創造主は人間を護りたいという善の心と、人間の負の感情によって生み出された悪しき心に分かれてしまった。
その創造主の――正の感情、善の心。それが太一と氷華の前に現れた青年の正体である。
◇
「私の半身はすぐに行動を始めた。自分を生み出し、閉じ込めた原因で――私たちと世界に復讐を始めると言い捨ててな。あいつを止めなければ、この世界は……きっと、壊される」
「なッ!?」
「そんなの理不尽すぎる!」
「ああ、人間にとっては理不尽極まりないだろう。全て、創造主である神の行動が呼んだ結果だ。創造主が人間を信じ切れず、ひとりで背負い込んでしまった事の末路。だから私が――あいつを止めなければならない」
ぎゅっと握り拳を作り、ゼンは辛そうに微笑んでいだ。その顔に、太一と氷華は胸を痛める。何故かはわからないが、彼等にとってゼンは――とても他人には感じられなかった。
「だが、どうにも私だけでは収拾がつかない事態にまで陥ってしまった。刺し違えてもという意気込みでぶつかれば相討ちくらいには持ち込めるだろうが、それでは世界の未来を見届けられない。管理者も不在になってしまう。だから私は、仲間に助けを求める事にしたんだ。それに、ここでまたひとりで背負っては――私は昔と変わる事ができないだろう。また同じ事を繰り返してしまうかもしれない」
「だから、ゼンと俺たちは仲間を――救世主候補を探している」
カイの一言に、太一は「それで、俺たちの前に現れた」と続ける。ゼンはゆっくり頷いた後、真剣な表情で「あいつを止め、世界を救う為には――私にはお前たちの力が必要なんだ。協力して欲しい」と頭を下げた。限りなく神に近い存在に頭を下げられる事に少々戸惑いながらも、氷華は「何で、私たちなの?」と問いかける。
「お前たちは、私の力を受け入れる事ができる存在だからだ」
すると今まで黙っていたソラは「はいはーい!」と手を挙げ、補足とばかりに説明を続けた。
「生物、物質――この世界の全てには“属性”と呼ばれるものが存在するんだよ。一般的な人間に馴染み深い言葉で例えるなら血液型みたいなものかな? 種類は水、地、火、風、雷……」
その言葉で太一は「何だっけ。こういうの。五行説? みたいだな」と呟くと、ゼンは「あぁ、確かにあれは属性を元にして適当に伝えた気がする」と続けていた。その一言に太一はぎょっとしながらゼンを見つめていたが、ソラは「それと氷! 合ってる? ゼン?」と問いかけている。
「この世界で生きる生物が持つ属性はその六つで合っている。よく覚えていたな、ソラ」
「しかし、中にはそれと異なる属性を宿す者も居るんだ。これまた例を挙げると、希少種の光と闇の属性。その属性を持つ人間は、私が保有する神の力を受け入れられるんだ」
「で、それをお前たちが持ってるって訳」
「つまり、俺たちは……ざっくり言うと選ばれた存在?」
「まあ、そうなるな」
氷華が首を傾げながら「じゃあ私と太一は光属性ってのなの? それとも闇属性?」と少し興味を示すように問いかけると、ゼンは少しだけ間を置いてから静かに頷く。
「先程“宿す”と表現したように、光と闇を持つ者は大抵、元の属性から光や闇に変化するような形だ。上書きする、みたいな感覚だな。しかし、お前たちは二人とも元の属性も色濃く保持している。属性を二つ持っていると表現しても過言ではない。そんな人間なんて、希少の中の希少だ。はっきり言って異常だな。お前たちは本当に人間か? 何者だ?」
「誉められてるんだか貶されてるんだかわからないんだけど」
するとカイは得意気な表情をしながら「例えば、セーブデータが一つしかないゲームをやってたとするだろ?」と、太一と氷華に説明した。
――何故ゲーム……?
「ある日、普通に上書きセーブしたら、いきなりセーブデータが二つに増えた。一つは上書きする前のデータで、一つは上書き後、みたいな」
「それって……」
「そうだ。つまりお前たちはバグだ!」
ビシッと効果音付きで指さされながら言われた衝撃事実に、氷華は固まる。数秒後、我に返ったように慌てふためいていた。太一も少し不安がるように顔を蒼くしている。
「え、じゃあアップデートとかで直されちゃううの?」
「どうしよう。修正する為に存在を書き換えられる、とかあったら……」
あらぬ方向へと思考が進んでいる太一と氷華に苦笑いを浮かべつつ、ゼンは咄嗟にフォローを入れた。
「……バグと言っても、そこまでマイナスな事じゃないぞ。寧ろ逆で、私はかなり期待している。人間が進化する過程で起こった、神の予測からも超越した奇跡の結果だからな」
二つの属性を宿す事は偶然でも、この出会いは偶然ではないような――そんな必然を感じながら、ゼンは優しく微笑む。
――お前たちならきっとなれる筈だ。神をも、全てをも救うような救世主に。
「話が反れたが、その力は絶対に驚異になる。私の力を自在に扱い、且、人間以上に属性の力も引き出せるだろう。救世主には天職な訳だ」
「いまいちピンとこないけど、私たちって凄いんだってさ、太一」
氷華はすぐに順応して理解はしているようだったが、いまいち実感は沸いていないようだ。一方の太一は先程のゼンの発言から生まれた新たな疑問を投げかける。
「それじゃあ、俺たちの属性って結局何なんだ?」
「……氷華は氷。太一は風。それに併せて光を持っている。お前たちの事だ。既に属性が働いていると実感した事はあるだろう」
その言葉を聞いて太一はふと最近の出来事が頭に過ぎった。走り込みをしている最中、たまに感じる謎の“疾走感”。毎回ではないのだが、自分でも驚く程に速く走れる瞬間がある。
一方の氷華も、自分の体質の事を思い浮かべていた。夏、というより気温が高い時――異様に疲れる事。妙に“低体温”な身体。
――もしかして今までは属性が関係して……。
そして、二人の思考を勝手に読み取ったゼンがにこりと笑いながら口を開いた。
「そうだな、そんなところだ。やはりお前たちは既に属性の影響が強く現れているようだな。私の力を受けずともそこまでの力を引き出せているとは、お前たちには天賦の才があるのだろう」
「どうしよう、べた褒めされちゃった。私って意外と凄い人だったみたい」
「で、その特殊な俺たちに……救世主ってのを頼みたい、と」
「ああ。是非とも世界を護り、救世主となって欲しい」
「でも、ね……」
氷華は苦笑いを浮かべた。確かに特殊な存在なのかもしれないが、自分たちは只の学生だ。特に秀でた取り柄なんてあったものではない。実兄や太一は何かしらの才能を発揮しているが、氷華自身は自分が何かの才能を持ち合わせているとは思えなかった。
「私って広く浅くって感じだから何をしても中途半端だし。大体、闘う力なんてないよ。あなたたちのように人間離れした技も何も使えない」
「闘う力なら、あるさ」
それだけ呟くと、ゼンは氷華の右手を、太一の左手を握り――何かの力を放った。ゼンの手元だけが淡く光り出すと、連動するように太一と氷華の身体も光り輝く。
その瞬間、太一と氷華の身体の中に何か暖かいものが宿った。稲妻が走り抜けたような感覚に、ドキドキと高鳴る鼓動の音を確認する。自分の中に感じる、何かの暖かい力を。
「おい……今、何したんだ?」
「これが闘う力だ。流石だな、光を宿す者よ。拒否反応も何もなしにすんなり私の力を受け入れる事ができるとは――今まで会った救世主候補の中でも初めてだ」
「そ、それじゃあ私たちは闘う力を手に入れたって事?」
「ちょっと待て! 俺たちはまだ協力するって決めた訳じゃ」
「お前たちならッ!」
太一の言葉を遮るように、ゼンは言い放った。強めの口調に太一と氷華は顔を上げると、そこには「信じている」と言わんばかりの、力強いゼンの瞳が映る。
「お前たちなら、この世界を救ってくれると信じている」
「……少し考えさせて」
強い眼差しに圧倒され、氷華は逃げるように考える時間を要した。内容が内容だけに、流石にこのまま「はい、引き受けます」と二つ返事はできない。その要求にゼンは「それもそうだな」と言い、申し訳なさそうに引き下がった。
「私も突然、無理強いをして悪かった。恐らく、お前たちの生きる世界を大きく変える選択だ。運命の分岐点だろう。……ゆっくり考えてくれ」
「わかった、ありがとう。……さて、私たちはそろそろ教室に戻らなきゃ」
「それもそうだな。もしかしたら先生も戻ってるかもしれないし。行くか」
「また後で答えを訊きにくる」
そして太一と氷華は屋上の扉に手をかけた。まるで、この出会いという――日常から飛び出した世界から逃げるように。
使い込まれた手袋でも、新品のハンカチでも。何事も、崩壊は突然やってくる。
神の――ゼンたちの身に起こった均衡の崩壊も。太一と氷華の日常の崩壊も。そして――。
こうして、今日の出会いから、この瞬間から――太一と氷華の日常は、何の前触れもなく崩壊し、日常を飛び出した世界を廻る事を余儀なくされた。
《頼む。お前たちでなくては駄目なんだ》
自分たちの真上からゼンの声が響き、太一と氷華は静かに振り返る。
そこには清々しい程の晴天しか映っていなかった。
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