第4話 運命の出会い 不審者の場合


 丘の上に立派に聳える古城。城の周りには緑豊かな森や広大な海が広がっている。まるで絵画の中のような景色が広がる古城だ。そこが日本国外なのか、それとももっと別の場所なのかはわからない。しかしその古城から一切の生活感は感じられず、壁はひび割れ、天井からも点々と光が差し込んでいる。その古城は誰も立ち入ろうとはしない――廃墟の古城だった。


 そんな廃墟の古城のバルコニーで、一人の青年が澄み渡る海を見つめながら佇んでいる。

 青年は空色の髪と耳から下げたピアスを靡かせながら、潮風を一身で浴びていた。青年が手を翳すと同時に、海は青年に応えるように大きな飛沫を上げる。そのまま青年は己の手を強く握り、焦りの表情を浮かべながら呟いた。


「どこに居るんだ……早く見つけないと……」


 焦燥の色を浮かべる青年の隣に、突如現れた朱色の髪をした青年が笑いかける。


「そう慌てるな、カイ」


 歳は二十代半ばぐらいだろうか。朱色の髪を首の後ろで結び、瞳は海のような紺碧に輝いている。優しく穏やかな表情で、青年――カイの頭にぽんっと手を乗せた。


「だけど!」

「すぐに見つかる。次の場所でなら……なんとなく、見つかる予感がするんだ」


 カイがその言葉を聞くと同時、再びシュッという音と共に新たな人物が現れた。その人物は一瞬で青年の背に飛び乗り、にこにこと楽しそうに笑っている――まだ幼さの残る少女だった。小麦色の髪をふわりと揺らしながら、幼子のように無邪気な笑みを浮かべている。


「うわっ、と……危ないじゃないか、ソラ」

「スクープ、スクープ! 遂にコンパスが光ったよ!」

「ソラ、それは本当か!」


 少女――ソラは二人に光り輝くコンパスを示した。青年がそっと触れると、光が一点に収束し――映像のようなものを映し出す。そこに映るのは二人の――恐らく人間のようだ。顔までははっきりと見えないが、服装から通学中の男女二人組と判断できる。


「この二人が……救世主候補」

「わっ、どんな人かな……会うのが楽しみ!」


 ふとカイが青年に視線を移すと――彼は驚いているように目を見開かせていた。

 カイとソラは今まで何人かの救世主候補と接触してきたが、いつも青年はどこかぱっとしない表情で――実際に候補者と会っても、彼等は青年の力を受け入れる事ができなかった。その度に青年は残念そうな表情を浮かべながら、彼等が自分たちと接触した記憶を消していた。


 しかし、今回はどうだろうか。青年は期待を向けるような眼差しで、今までにない程に目を輝かせていた。初めて見た青年の表情から、カイとソラは今映し出されている人物が本物の救世主候補である事を確信する。


「この二人が……!」

「さて、そうと決まれば……行くか。ソラ」

「うんっ、ソラはいつでも準備オッケーだよ!」


 その言葉を聞いた青年は瞳を閉じ、精神を研ぎ澄ませた。何かを探知し始めるように、静かに心を落ち着かせる。そして数秒後、青年は瞳と口を開いて「どうやら、陸見町と呼ばれる土地だ」と呟く。


「りょーかい。陸見町。そこに奴等は居るんだな」

「このコンパスを持って行け。現地で彼等を探すのにも役立つ筈だ」

「うんっ! じゃあカイ、行くよー!」


 カイはソラの腕に捕まり、ソラは楽しそうに「レッツゴー!」と叫んだ。するとカイとソラの視界はぐにゃりと歪み、物凄い力で身体が引っ張られる感覚に陥る。最初はカイも慣れなかった瞬間移動は、今ではすっかり移動手段として馴染んでしまった。振り落とされないようにソラの細腕を掴む力を強めながら、カイは心の中でまだ見ぬ彼等に語りかける。


 ――待ってろ、救世主!



 ◇



「とうちゃーくっ!」

「ったく、本当にこの世界に居るのかよ……救世主」


 カイとソラが着いた先は、住宅街の一角だった。何軒もの家が立ち並び、少し閑散としている様子から、カイは「平和な国なんだな」と目を細める。いくら閑散としていても、例え幼児だったとしても「目撃者が居ては怪しまれる」と思い、カイは一応ぐるりと周りを見回すのだが――そこに運悪く“一般人”が居合わせていた。暫くの間、謎の沈黙が続くが――どうやら“一般人”の男女は登校途中のようで、鐘の音を聞くと慌てて立ち去ってしまう。


 カイとソラも能力の片鱗を見られてしまって焦り、一旦場所を移して仕切り直す事にした。次に移動した先は、どうやらどこかの建物の中だ。何個かの机と椅子のセット、少し埃の被った教卓の後ろには黒板がある。学校内の空き教室だろうと判断できた。


「あれは危なかった……一般人に見られた」

「うーん、うーん、うー?」

「ん? どうした?」


 何かを考えている風のソラにカイは視線を移す。カイは「こいつが考え事なんて珍しい」と思いながらも、この時ばかりはじっとソラを見つめて様子を窺った。


「どうせまたくだらない事か? 今日の夜飯とか」

「確かに夜ご飯は気になるけど……じゃなくて。えっと、ソラがもらった瞬間移動の能力ってね、移動したい場所を強く念じながら発動するの」

「そんな事なら俺も知って…………まさかお前」

「そのまさか、だよ」


 カイはだらりと不快な冷や汗を垂らした。ソラも自分の考えをカイが察してくれた事を嬉しく感じたのか、再びにこにこと能天気に笑っている。


「ソラはね、ずっと“救世主の元へ”って念じてたよ」

「って事は……よりにもよって、あの二人か!?」

「ところで、ここはどこだろう? 向こうの部屋には人がいっぱい居るみたい……」

「ああ、ここは――たぶん学校」


 その言葉を聞くと、ソラはキラキラと目を輝かせていた。楽しそうにぐるぐると辺りを観察しながら「凄い! ここが学校なんだ! ソラ、本物は初めて!」と幼子のようにはしゃいでいる。


「お前、そんなに大声で騒いだらッ!」

「いいなぁ、学校……楽しそう! 面白そう!」


 ソラの口元を、カイは即座に右手で抑えた。しかし、時既に遅し。


「おい、もうすぐ始業式が始まるぞ! ん? お前たち何で私服なんだ……?」


 カイは空いている左手で自分の頭を押さえると、盛大に溜息を零した。


 ――かなり面倒な事になった。


 この現状を作り出してしまった原因であるソラは、「あ、忘れてた」と呑気な声を上げる。


「カイ! ちなみに、今回の移動でも救世主を考えてたよ!」

「なっ――それを早く言えっての!」


 カイは一旦自分たちの置かれた状況は忘れて思案する。先程の男女は通学途中のように見受けられた。よって二人は学生なのだろう。ソラが考えながら移動した事。この場所に辿り着いた事。

 その瞬間、カイが握りしめていたコンパスが眩い光を放つ。救世主候補を示す針は慌ただしくぐるぐると回り続け、光と回転数からかコンパスはボンッと爆発音を上げて壊れてしまった。それが示す事実は――。


「って事は、このすぐ近くに奴等が居る!?」

「ば、爆発物!? お前等何者だッ!」

「誤解だ! 俺たちは」


 目標の人物が近くに居ると知り、文字通り今すぐにでも飛んで行きたかったのだが――目の前には教師。それも、今回は本物の“一般人”だろう。ソラの瞬間移動を使って逃げる方が手っ取り早いが、それは自らの能力を無関係の人間へ晒す事となる。自分たちの記憶だけ消す事も不可能ではないが、それはカイとソラだけでは不可能。彼等が仕える青年の力が必要だ。よって無駄な手間と揚力を避けたかったカイは、ソラの腕をぐいっと引っ張る。


「あ、待て! 爆弾魔!」

「誤解だ! 爆弾魔じゃない!」


 こうしてカイとソラは、陸見学園の敷地内を全力で逃げ回る破目になった。



 ◇



 はぁ、っと息を整えながらカイとソラは校舎の屋上に辿り着いた。追手(教師)から逃げた不審者(カイとソラ)は疲労感から力なくその場に座り込む。


「ソラ、こんなにドキドキする鬼ごっこは初めて!」

「ったく、誰のせいでこんな事に」

「それよりカイ、どうやって救世主に会うの?」

「それは……これを使う」


 カイは得意気にニヤリと笑い、己のポケットからぐちゃぐちゃに丸まった紙とチョークを取り出した。逃げている最中に密かに持ち出した物である。


「カイ、カイ!」

「ん?」

「それって泥棒って言うんだよ」

「…………」


 カイは黙ってソラの額ををツンッと小突いた。ソラは「いったーい!」と言いながらカイに対して不満の目で訴える。


「これは泥棒じゃなくて拝借。借りてきただけ。後で返しておくから問題ない」

「屁理屈」

「それに最近のRPGだって民家のタンスや壺を漁ってアイテム回収するのは定番だろ」

「でもー」


 そのまま自分の都合のいいようにだけ説明するカイは、紙を広げて何かを書き始めていた。それを見てソラは慌てながら止めに入る。


 ――カイの文字は……絶対に駄目!


 ばっと差し出されたソラの手に、カイは更に機嫌を悪くしながら「邪魔」と目を細めていた。


「二人へのお手紙はソラが書くよ」

「お前は文章力がないだろ」

「だってカイの字は読めないもん!」

「俺は字なんて習ってないからしょうがない」


 そう言いながら、カイは完成した手紙をソラにぐいっと押し付ける。カイから「自信作だ」なんて言葉付きで突き付けられた手紙を前に、ソラは激しく頭を抱えた。


「全然読めない……!」

「うっさい、ほらほらさっさと届ける!」


 カイはソラの背中を押し出し、手紙を届けるよう促す。ソラは渋々その場から消え去り、五秒後には再び戻ってきたのだが――先程の不満気な表情から一変、どこか嬉しそうな表情に顔を変えていた。


「何かあったのか?」

「えへへっ……秘密!」


 ソラは心の内で確信する。


 ――あの二人なら、凄い救世主になれる。そんな気がする。


 ソラの瞬間移動を発動させる際、どうしてもできてしまう空間の歪み。手紙を届けた先で、それを救世主候補の一人が感じ取っていた様子だったのだ。この空間の歪みは、普通の人間では感じ取れないような繊細なものにも関わらず。


「さて、救世主候補とご対面といこうじゃないか」

「ソラ、楽しみ!」

「……そうだな」


 そして、カイとソラは今まで様々な国を巡った“救世主探しの旅”を振り返りながら、救世主候補の登場を静かに待ち始めた。願わくば、今回の国が旅の最後になるように、本物の救世主に会えるように――そんな期待を抱きながら。


 しかし、この後にカイとソラは盛大に待たされる事になる。原因は勿論、カイの書いた字が壊滅的だったからだ。




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