第13話
――どのように?
ミラは、素直な疑問をもった。
冷たいグリンティアが投げ捨てていった槍を杖に、ゆっくりと立ち上がった。ミラの気配を感じているはずなのに、ふりむきもしない背中の前で、ミラは躊躇して言葉を飲み込んだ。
「あなたの種を低俗だと決めつけていたのは事実です。特にあの一座の者どもは醜悪だ。でも、あなたをそう思ったことはない。……何と言ったらわかってもらえるのか……。たしかに、我々はあなたとは違う。だから、わかりにくいとはおもうのですが……」
背中のままで、搾り出すように彼は答えた。たどたどしい言葉は説明になってはいない。
ミラは複雑な気持ちになって、下を向いた。
正直なのだろう。
でも種族を低俗だと言い切られて気持ちがいいはずがない。
純血種は混血のリューマとは違う。魔の力を持っていることはよく知られていることだ。
シルヴァーンの言葉は、ミラの気持ちをさらに虚しくさせたのだ。
「……よく、わかりましたわ……」
ミラはほっと息をついた。
その息は、途中で止まってしまった。杖がカタカタと床に転がった。
シルヴァーンがいきなりふりむいて、ミラの肩を両手で抑えていた。
「あなたは全然わかっていない!」
彼の眉間に苦悩が浮かんでいる様子を、ミラは驚きの眼差しで見つめた。
「私が感じたことを、あなたはわからない! 私が一瞬にして知りうることを、あなたは気がつくことはない! 私には血を読む力があるのです。血を読むというのは……その人の真実を見ることでもある。だから……」
彼は一瞬言いよどんだ。
「……だから、私はあなたを救いたいと思い……そうした」
ミラは心臓が止まるほど驚いた。まるで告白ともとれる言葉。
純血種ゆえの能力でミラを知り、ミラを助けたいと願い、ミラを助けた。彼はそう言ったのだ。
「でも……私は……」
氷のようだと思っていたシルヴァーンに思いもよらない熱を感じて、ミラは激しく動揺した。グリンティアの冷たい言葉とのあまりの違いに、気持ちが不安定に揺れる。
「あなたたちは私を軽蔑しているはずでしょう? ……私は……私は違うんです」
一気に自分の過去が噴出してくる。
隠れ里に住み、世の中のよしなし事にふれることもないだろう彼らと、下賎な仕事を生業としてきた自分では、あまりにも違う。グリンティアの言う通りなのだ。世界が違う。
血を読む……といって、シルヴァーンはいったいどこまで真実に気がついているのか?
何がわかるというのだろう? 一座の生活の何がわかる?
わかるはずなどない。それは能力の過信というものだ。
――この人は、何か思い違いをしている。この人が見ているものは、私の幻だ……。
この場に及んで怖気づいている自分に驚き、ミラは震えていた。
なぜ、素直に喜べないのだろう?
何が、いったい怖いのだろう?
「なぜ?」
言葉にしたのは、シルヴァーンのほうだった。
……それは私の真実なんかじゃない……。
乾ききった喉の奥に、言葉が張り付いた。
「なぜ、私に答えさせておきながら、おびえるのですか?」
悲惨なまでに苦悩したシルヴァーンの瞳が、真直ぐにミラを捕らえた。ミラは顔をそむけてしまう。ミラの頬を彼の手がふれた。その手はかすかに震えている。
……恐れているのは、彼のほうなのだ。
なぜ、ミラを救うことが、シルヴァーンにとって揺らぎになるのかはわからない。それは、彼にとってよからぬ行為だったのかも知れない。おそらくそうなのだろう。
彼はそれを知っている。知っていてミラを救い、さらにミラの望みにこたえた。
杖を失ったせいではない。ミラの足はガタガタと震え、体を支えきることができない。
ミラの肩はシルヴァーンの両腕をすり抜けて崩れ落ちたが、腕は再び今度は背中と腰をささえた。その手は、グリンティアとは違い、すリ抜けることはなかった。
「血筋の美しさなど、生れとは関係のないものです。あなたの母方を十八代さかのぼれば、ウーレン王族の血にたどり着く。その血は深く眠っていた。長い時を経て、あなたは偶然にも彼らの高潔さを身に帯びた」
ミラをささえる腕は、昨夜と同じものだった。
「あなたは血に恥じることはないのです。あなたは……美しいのだから……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます