第8話 僕、女の子(♂)と買い物する

「えっと、切り干し人参と切り干し大根、甘藍の古漬ザワークラウトに玉ねぎの甘酢漬けピクルス……あ、干しキノコと干し芋もある。これも下さい」

「あいよ! 銀貨3枚だ。……ほい、確かに。いやー、兄ちゃん達、山盛り買ってくれてあんがとよ! コイツはサービスだ! ちょっと形は変わってるが味は保証するぜ!」

「わ、これヘビカボチャですよ旦那さん。スープにすると美味しいんです」

「お。お嬢ちゃん、料理通だねぇ。その通り、コイツはコクがあってスープに向いてるカボチャだ。だがソテーやフライも美味いぞ」

「それは良い。ありがとうございます」

「こっちこそ儲かったからお互い様だぜ」


そんなやりとりを楽しみながら、僕とヘンリエッタは野菜を買い漁りながらアルクメネの朝市を満喫していた。……僕はともかく、ヘンリエッタとオーティスは野菜を食べないと栄養失調で死んでしまうし、それにロバくんだって、道草ばかりの生活だと気が滅入るに違いない。たまにはオヤツも食べたかろう。


僕らは『肉を買う必要がない』ので、この朝市での目当ては今買った野菜と、服屋。八百屋の大将に服を売っている露店の位置を教えてもらい、僕は右手にロバ君の手綱、左手にオーティスの手を握って人混みの中をのんびりと歩く。朝市の会場となるメインストリートは街の奥様方で賑わっているとはいえ、荷車を引いている者も問題なく通れる程度には空いている。……まぁこの街の住人にとっては昨日も明日もこの朝市はあるわけで、そこまで混むわけがないのは当然だろう。


故に移動には問題がない……事もない。


「オーティス……いやヘンリエッタかな? 歩きにくくないかい?」


僕の左手に指を絡めて俗にいう恋人繋ぎにした状態で、半ば僕に体重を預けるように腕に抱きついているのは、表情も口調も少女らしくなったオーティス……というよりその肉体を借りたヘンリエッタだ。……いつも賑やかなオーティスがいつのまにか静かになったのは、姉曰く二度寝中だかららしい。……片方が寝て居ても活動可能というのは地味に凄いのではなかろうか。


「全然大丈夫。私、仕事で何度もやってるもの。……仕事以外ではこういう風に歩いた事なかったけどね。ふふふ、ね、旦那さん。私が、仕事抜きに恋人とこうするのが夢だったって言ったら、信じる?」

「そんなに嬉しそうな顔して言うかい? 信じない方が難しいんだけど。……でもさ、僕への恋心は偽物だってヘンリエッタは気づいてるでしょ? オーティスはともかく」

「あはは、旦那さんはやっぱり、人間じゃないのね。……恋に本物なんて無いのよ。恋は盲目的で一方的な感情。言ってしまえば思い込みの類なのだもの。……だから逆にいえば、作られた思い込みだったとしても恋は恋だわ。……なら、私は初恋をたっぷり楽しみたいの。せっかくデートのチャンスがあるんだから」

「なるほど……恋は思い込み、か。含蓄がある言葉だね。……でも、デートなのかいこれ?」

「想い人と腕を組んで服を買いに行くことをデートと言わないなら、この世にデートなんてほぼ無いわよ、旦那さん。……うーん、なんだかオーティスと同じ呼び方は癪だから私はご主人様に戻そうかな?」

「おや? 君達姉弟にもそういう感情はあるのか。兄弟姉妹と同じだと癪だ! みたいな」

「あら、ご主人様。私と弟は姉弟であると同時に恋のライバルでもあるのよ?」

「おっと。そりゃあそうか。ゴメンゴメン」


 そんな会話をしながら進む僕らを野次馬なおば様方が面白そうに見ている。彼女らが僕の腕を抱いて「私、今一番幸せ!」みたいな愛らしい微笑みを浮かべている美少女が、男性であるとは気付いたらどんな顔をするのだろうか。……いや、中身がオーティスの時でも喋らなければ女の子に見えるので無理な話か。……明朝に『オーティスのオーティス』の処理をした僕でさえ、ヘンリエッタが入っている時は女の子だと確信してしまうのだからすごい。


「って、痛い。ヘンリエッタさん、なぜ僕は唐突に手の甲を抓られているのでしょう」

「……私が察しが良くて、そして『早起き』だから?」

「………………。あー、なるほど」


ということは僕が『食べた』のも知っているわけだ。……味はちょっと苦くて喉に絡んで塩っぱかったが、人間のなり損ないだけはあって後々人間の魂となりうる魂の欠片を極々微量に帯びて居た。なのでちょっとしたオヤツにありかもしれないと思ったのだが……。


「嫌だった?」

「ううん、拗ねてるだけ。今度はちゃんと最後までしてね、ご主人様」

「んー……考えときます。……あ、服屋はあれかな?」


答えを濁し、話題を逸らした僕に、ヘンリエッタは苦笑しながら「素敵な服があれば良いわね、ご主人様」なんて合わせてくれる。……オーティスは外見相応の幼い魅力があるが、ヘンリエッタは見た目にそぐわぬ大人っぽさと、危うい色香を帯びている。


………これは存外早くに、僕はこの二人に篭絡されるのではなかろうか。いやまぁ既に絆されてはいるけれども。


なんて考える僕より先にヘンリエッタは服屋の店主に声を掛けて商品を物色している。それに乗っかって僕も商品を吟味する事にした。


大体のものは古着だが、流石に肌着は新品が売ってある。僕はその中から下着を僕とオーティス用に5着ずつ、計10着買い込み、さらに上着として綿のシャツを2着買い、ヘンリエッタ用にワンピースも1着買う。


買ったのはランタンスリーブかつ白と水色のストライプ柄で、襟付きタイプ。肩が膨らんでいるので、一応男性骨格なオーティスの肉体でも女の子らしく振る舞えるはずである。


あとは雨具でも買うかな、と外套を物色して居た僕だが、そこへヘンリエッタが何やら抱えて持ってきた。


「ご主人様、これ、ご主人様に似合いそうよ。死神っぽいし」

「……いや、ヘンリエッタ、どこで見つけてきたのそれ」


彼女が持ってきたのは、黒い革で作られたフード付きのマントだ。だがそのデザインはあまりにも凄まじい。革が三枚張りになっているようなのだが、最も外側の皮に透かし彫りを施し、その下の2枚目にもレザーカービングとステッチを仕込むことで、無数の『白骨死体』が悶えるように折り重なる様が丁寧に彫り込まれているのだ。

全体的な印象を一言で言えば、屍の山を着るような服である。


「いやこれ、手間暇エゲツないのはわかるけど、誰が買うの?」

「でも自動修復と着用時の空調に浄化術式まで組み込まれてこのお値段ですよ?」

「え、魔道具なのこれ? ますます意味がわからない……そこまでしてこの服に情熱を注いだの? なんで?」


などと騒いでいると、僕たちを見て居た店主が声をかけてきた。


「ああ、それはね。昔公演されてた歌劇の舞台衣装なんだよ。死神役の。……それなりに動きもあるし、暑さや蒸れで役者が参っちゃうと困るから空調がついてるんだ。で、公演毎に修復なんてやってられないから自動修復と浄化も付いてる、と」

「なるほど……」


演劇衣装か。ならこの凝りっぷりにも納得できる。


「というわけなので、ヘンリエッタ。その服は普段使いには向かないと思います」

「でも似合うと思うわよ?」

「もし仮によしんば似合うと仮定してもそれを着るのは」

「でも似合うと思うわよ?」

「……ヘンリエッタさん?」

「でも似合うと思うわよ?」

「……」

「でも————」

「————わかったわかった。買うから。わがままさんめ…………着々と攻略されている気がするなぁ」


千日手になる予感に屈した僕がその外套——銀貨50枚の高級品——を購入すると、衣装とセットだということで軽銀で出来た髑髏の仮面を店主がオマケにつけてきた。いらない。


というか、これを着けて、これを着ろと? いや、いそいそと着付けに掛からないでくれませんかヘンリエッタさんや。……無視か。


……。着てみた。……自分を鏡で見ないという前提なら着心地は悪くない。空調機能もしっかり効いていて快適である。銀仮面の方は変声——低音のハモリが何重にもかかるせいで地獄めいたバリトンボイスになる——と暗視の術が組まれたもので、まぁ単純に舞台用の小道具らしい。


が、鏡を見るとそこには朝市に似つかわしくないおどろおどろしい死神の姿が映っている。……まぁ、仮面さえ取ればそうでもない気はしてきた。近寄ればギョッとするだろうが、遠目には『なんらかの革細工』としかわからないだろう。


……癪なのでこっそり、破廉恥極まりないレース編みの紐としか言えないような下着を1着購入した。ヘンリエッタにも恥辱をお裾分けだ。


が。僕が意地悪な顔をして差し出したそれを受け取ったのは、寝坊助のオーティスだった。タイミングが良すぎる……落ち着け、これはヘンリエッタの罠だ。


「わぁ……旦那さん、俺、嬉しい! 今夜はこれを着るよ!」

「え。あ、うん。オーティス、君それで良いのか………いや、その。おはよう。ヘンリエッタは後で覚えてろ」

「てへっ」

「僕は今、あらゆる言語学者よりも正確に『あざとい』の意味を理解していると確信したよ、ヘンリエッタ……オーティスもお姉さんに何とか言ってやってくれ」

「えーっと……? あ、お姉ちゃんおはよう!」

「……オーティス君はいい子だなぁ」


わがまま悪魔な姉と天使のように愛らしい弟の対比が眩しい。


「ところで旦那さん、お買い物は終わったの?」

「ん? 着替えと食料は買ったし、後は荷車用の幌を買ったら終わりかな。今まで奇跡的に天気に恵まれてたけど雨はいつかは降るものだし」

「朝市で売ってるかなぁ? いえ、普通は売ってないわよオーティス。そういうのは馬具や馬車を扱う商会で買うの」

「まぁそういうわけだ。……そうだ。商会の買い物が済んだら朝ごはんにしようか」

「わぁい! 朝ごはーん!」


元気いっぱいなオーティスの頭を撫でくり回してから、僕は彼を抱えあげて荷馬車に乗せ、自分も御者席に乗る。馬具の商会は需要と供給の関係上、街の門のすぐ側にあることが多い。なので朝市の会場からは少し距離があるのだ。歩くよりロバ君に頼る方が楽というものである。


「というわけでロバ君。門までお願い。ここから真っ直ぐ行って付き辺りを右にね」

「ぶるふひひ」

「何? 君の朝ごはんだって? 幌を買ったらタンポポでいっぱいの街道に出発だから後少しの辛抱だよ」

「ぶるる」

「ご主人様、何気なくロバと喋れてるのはどういうわけなの?」

「ロバ君は賢いから僕の言葉がある程度わかるし、僕は魂が見えるからロバ君の感情が何となくわかる。それだけだよ」


……実際、ロバ君はマイペースだが賢い。動きはゆっくりで動き出しも遅いが、それは行動前にどうすべきかを考えているせいだ。道も一瞬で覚えてしまう。そしてとても力持ちだったりする。


「なのでオーティスとヘンリエッタも大切にするようにね」

「ロバ君も旦那さんのペットだから俺の先輩だね!」

「………オーティス、君、良い子だけどさらっと凄いこと言うよね」

「オーティスがペットなら私はご主人様の妾かしら? 世継ぎを生んで正妻に昇格も夢じゃないわね」

「ヘンリエッタはヘンリエッタで、わざと思っても無いぶっ飛んだこと言うの辞めようね? 何で今張り合ったの?」


時を経る毎に、オーティスは緊張が解けてか天然の道を突き進み、ヘンリエッタは巫山戯るようになっている。良い傾向だが、振り回されっぱなしは面白くない。

ご主人様特権も良いが、ここはひとつ別の手で彼女にはおとなしくしてもらおう。……ついでに、まだまだ出来ることを自分自身把握しきっていない僕の肩慣らしも兼ねようか。


そっと。僕は髪を梳かすように、オーティスの頭を撫でる。


と同時に、一瞬ガクガクッと身を震わせて、『ヘンリエッタ』が完全に肉体の支配をオーティスに明け渡した。


「……? あれ? お姉ちゃんが寝ちゃった」

「奴隷紋の効果だから気にしないで大丈夫だよオーティス。さ、幌を買いに行こう」

「はーい。……でもなんか、お姉ちゃん、すっごい気持ち良さそうで良いなぁ」


主人の接触に応じて奴隷に快感を齎す奴隷紋。その効果が及ぶかどうかはちょっとした賭けだったのだが、僕は無事、ヘンリエッタだけを黙らせることに成功した。


理屈は単純。奴隷紋の与える快感は接触の『深さ』に応じる様なので、ほとんど触れるか触れないかのフェザータッチでヘンリエッタの方の『魂を撫でた』だけである。


触れるかは正直なところ疑問だったのだが、生きた人間相手でも触れるだけなら出来る様だ。頭か心臓のあたりを触らなくてはならないのでよほど気心が知れていないと無理だろうが。


で、魂に触れるなどという超濃密な接触が、奴隷紋を通じて莫大な快楽をヘンリエッタに叩き込んだのも予想通り。オーティスの魂には触れていないので、彼には頭を撫でられたことによる快楽だけが与えられている。


生きた人間の魂に接触できるかの確認、奴隷紋の性質確認、そしてヘンリエッタに「買い物に付き合ってくれたご褒美」と「ちょっと主人をからかいすぎだぞという注意」を同時に与える。これらを一気にまとめて行うとは、なかなか効率の良い体験だったのではなかろうか。


ヘンリエッタの魂がビクビクと震えながら絶頂の余韻に震えているのは得難い学びの代償という事にしておこう。


…………うむ。僕は割と人間的にはクズなのかもしれない。まぁ文字通り人でなしで人を食った様な奴なので致し方ないのだ。きっと。


「……っと、見えてきたね。あの店だよオーティス」

「おー! 馬車がたくさんあるね旦那さん!」


見たままの解説ありがとう、オーティス。もう少し言うなら、面にあるのは貴族向けの豪華な馬車で、しかも売り物ではなく展示品だ。服屋のマネキンと同じである。僕たちの用事は今回は荷馬車にオプションを搭載することなのであまり関係がない。


で、そんな馬車用の幌の購入と取り付け手間賃で金貨1枚が飛んで行った。


高いか安いかでいうと、妥当なところだろう。馬車は一台一台サイズがまちまちなもの。それにさまざまな金具とパイプをうまく組み合わせて幌を被せる骨格を作り、分厚い帆布で出来た幌をつけて、最後に防腐と防水の為に木タールをしっかりと塗り込んで、と口にすれば簡単だが店員4人がかりの仕事である。


退屈のあまり、まさかの三度寝に陥ってしまったオーティスを僕が背負っている程度には、時間もかかった。となれば金貨の1枚ぐらいは払ってもおかしくはないだろう。


さて、そんなこんなで馬車もグレードアップしたので、僕はオーティスを揺り起こして約束通り遅めの朝食を食べるべく、街の外に向かうことにした。



さて、獲物がいれば良いのだが。

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