第9話 僕、馬車を襲撃している奴を襲撃する

 盗賊。平和な都市で一生を暮らす人々には無縁の存在だが、街道を行く旅人や商人、そして都市ほどの防衛力を持たない農村部にはお馴染みの存在。


 定期的に領主によって討伐などが成されているにも関わらず一向に数が減らない彼等だが、そうは言っても毎日出会うほど大量にいるわけでは無い。


 故に、残念ながら、僕たちの朝食は保存していた塩漬け盗賊肉と干し野菜、それと八百屋でもらったかぼちゃを煮たスープだった。復活したヘンリエッタが作ってくれたそれは、家庭的な味わいと言うべき美味しさだ。干し野菜のお陰で腹持ちも悪くない。


 ……まぁ僕の場合、食事は娯楽ではあれど必須では無い。なので、食べたのは殆どオーティスだ。鍋の底の野菜屑すら汁ごと飲み干す腹ペコぶりは見ていて微笑ましい。


 とはいえ、だ。食事は娯楽とは言ったが、それはそれとして、そろそろ魂が食べたい。だが、盗賊はそんなに頻繁に出ては来ない。となると、自分と同様に旅をしている者が獲物候補となる訳だが……リスクにリターンが見合わないにもほどがあるので我慢である。


 ああ、食べても良い人間がいれば良いのだが。


「オーティス、ヘンリエッタ、こう、罪深そうで食べても誰も困らない感じの人がいたら教えてくれ。僕も探すけど」

「はーい! 俺頑張るね旦那さん! 私も、ご主人様のお情けが貰える様に頑張るわ。 あ! お姉ちゃんズルい! 旦那さん、俺が見つけたら今晩エッチしようね!」

「別に良いけどさ、その競争、物理的な判定が非常に困難じゃ無いかなぁ……」


 肉体を共有する以上、勝とうが負けようが褒美が貰えてしまうのではなかろうか。というかそもそも、どっちが先に見つけるも何も、君達の目玉は共有財産だろうに。発見は同時になるのだからどちらが勝つも何も………………あ。




 これ、なんでも良いからとにかくヤらせろという罠だったのでは?




「謀ったなヘンリエッタ……!」

「あら、何の事かしら」

「ぐぬぬ……」

「ねーねー、旦那さん、罪深い人ってどう見つけるの? 俺、魂は見えないよ?」

「ん? あ。そっか」


 普通の目玉は魂が見えないのだった。世の中、顔が厳つい聖人もいれば、天使のような悪党もいるのだ。見た目で判断という訳にはいかないだろう。


 どうしようかな。


「……オーティス、痛いの平気?」

「……平気じゃ無いよ? でも旦那さんが俺に痛い事したいなら、俺、我慢する」

「ヘンリエッタは?」

「私はご主人様の奴隷よ? 殺されたって文句は言わないのが犯罪奴隷って知ってるでしょ、ご主人様」

「そっか。じゃあ、なるべく痛く無いようにしようね」


 止めるという選択肢は無い。僕と同じ目を持つことは彼らにとって有益な筈だからだ。魂を見る僕の目は奇襲や伏兵に滅法強く、身を守る術の少ないオーティス達の身を守る武器になると僕は信じている。


 ので、目玉をあげようと思うのだが、問題は僕の目玉がオーティス達に移植可能かどうか。………一応事前に確認しておきたいところだが、うーむ。……そうだ。


 ぷちり。と僕は自分の髪を一本抜いて、オーティスの生え際にその毛根を押し付け、オーティスに生えるように意識する。


 と、その髪は無事にオーティスに定着した。………………大丈夫かな?


「……よし、オーティス。おいで。」


 そう言って僕が膝の上をトントンと叩けば、意を察したオーティスが対面するように膝の上に座る。


「オーティス、ヘンリエッタ、『痛覚を遮断しろ』」


 オーティスの手の甲を爪の跡が残る程度に抓って見るが、痛みは無いらしく「うわぁ変な感じ!」などとはしゃいでいる。これなら行けるかな。


 と言うわけで、早速、僕はオーティスの左目を抉り出す。脳を傷つけ無いように眼球だけを抉るのは骨が折れるが、何も眼球を眼球のまま摘出することはない。


「『頭部を固定しろ』『左目の視覚を遮断しろ』……よっと。……んちゅる……」


 ダガーの先端を用いて強膜を切開しそこに吸い付いて水晶体とガラス体を纏めて吸引。眼球へのディープキスに反応した奴隷紋からの快楽でスボンにテントを張るオーティスの様子を見るに、生命維持に問題は無い。多少出血はあるが、それもそこまで問題では無いだろう。


 内容物を吸い出されて萎んだ眼球に張り付いた筋肉を切り、目玉をそっと引っ張り出す。尻尾のように付いている視神経を切るのにはかなり神経を使ったが、どうにかなった。


 そして、僕も自分の左目を抉り出す。こっちは再生能力があるので乱暴に出来てやりやすい。適当にぶっこぬいた目玉をオーティスの眼科に押し込み定着するように意識する。……引き抜いた眼球からの視野に僕が映っているが、さて、どうかな?


「『左目の視覚遮断を解除せよ』『頭部固定を解除せよ』……どうかなオーティス。うまくいったと思うんだけど」


 その問いに答えるより先にオーティス側の『視界』がキョロキョロと動き、僕を見つめた。そこに映るのは、8人分の業を抱え込んだ僕の魂だ。


「わぁ! 凄い凄い! 魂が見えるよ旦那さん!」

「良かった。……『痛覚を半分にせよ』……どうだ? 痛く無いか?」

「んー、なんかジンジンするけど痛く無いよ。ちゃんとくっついたからかな?」

「それならよし。……しかし、オーティスの視界が見えたままなのは面白いな」


 てっきり視神経を繋げばオーティスの目になり僕の遠隔視界は失われると思ったのだが、そうでは無いらしい。


 以前目を抉り出した時に偵察云々とは言ったが、オーティスの視界を得られるのはかなり便利、というか安心感がある。迷子防止にもなるし、僕自身の戦闘の補助にもなる。視界が増えたことに対する混乱も無い。9人分の情報処理能力があるのだから、たかだか2人分の視界を同時に処理するのは容易である。


 そして、そのオーティスの視界が、街道の先に不穏な気配を察知した。


「あ、旦那さん旦那さん。なんだか馬車が襲われてるよ? 豪華なやつ! ……ご主人様、あれ多分、襲ってる側は野盗じゃなさそうよ? 金属鎧なんて贅沢なものを着てるもの」

「ふぅん? ……ほんとだ。んー、あの馬車、馬と車体の出来が良いからどうにか逃げてるけど限界は近いね。……オーティス、ヘンリエッタ、どっちに付く?」

「馬車の中の人の魂は普通だけど、追っかけてる方は結構黒いから、馬車の方! 私も賛成」

「うん、ちゃんと業も見えてるようで何より。……じゃ、オーティス、ヘンリエッタ。ロバ君を宜しく。僕行ってくるから」


 いうなり荷台をから飛び降りた僕は、死神の外套のフードを被り、目元を隠す軽銀の髑髏面をつけて街道を疾駆する。


 全力で走る僕の速さは、空を飛ぶ鳥に匹敵し、馬などより余程早い。既に見えている襲撃現場に駆けつけるまでさしたる時間も掛からず、僕はその勢いのまま跳躍し、馬上にいる襲撃犯の1人に短剣を突き刺した。


 ズドン、という衝突音と共につき込まれ、僕の運動エネルギーを全て消費して板金鎧をブチ抜いた短剣は、酷くひしゃげて再起不能。だが、そんな勢いで短剣を突き刺された襲撃者も同様に再起不能で、驚愕の表情を顔に貼り付けたまま後ろ向きに吹き飛んで落馬、ピクリとも動かずに死んでしまう。


 その死体が装備していた短槍を奪い、突然乱入した僕に驚いている別の襲撃犯が乗る馬に槍投げの要領で投擲。尻を貫かれた痛みに暴れる馬から落ちた襲撃犯に駆け寄って、球蹴りの如くフルパワーで頭部を蹴り込めば、首が嫌な音と共に捻じ曲がる。


 その段になって、漸く「襲撃していたと思ったら襲撃されていた」という状況に気づいた襲撃者達がこちらを攻撃してくる。が、生憎と短槍で刺されても僕は死なない。むしろ逆に自分に突き立つ短槍を握り込み、石突きで付いてきた奴を突き返して落馬させる。


 さらにそのままくるりと持ち替えた槍で別の襲撃犯を刺殺。ぶっ刺した肢体を投げつけてもう一人落馬させ……と、そこまで暴れたあたりで、残りの連中が絶叫しながら逃げ出した。


 その背中に槍をぶん投げて一人は殺せたが、3、4人に逃げられた。合計6人か。ぼちぼちの収穫である。


 早速死体を集めようかと伸びをする僕は、血塗れの死神としか言いようの無い見た目になっている。……貴族様もそんな化け物には関わりたく無いだろう。というのが僕の予想だったのだが。


 オーティスの方の視界から、逃げていた馬車が僕の方に引き返していくのが見えた。



 ……実食はお預けの予感がするので、首と心臓だけを回収する。心臓の方は死体のやつが持っていた革袋を奪って詰め込み、首の方はとりあえず地面に山積みだ。……最悪、心臓があれば魂は食えるので、賊の身柄を求められれば貴族には首を差し出す事で納得してもらうとしよう。


 さて、初めて見る貴族が友好的なら嬉しいのだが……。

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