第52話 東京で用事を済ませる。(5)

明治通り沿い、滝野川一丁目の再開発区域の一角にポツンとある小さな店舗。

そんな所にミナコは何の用事があるんだろう?

車内で待っている他の3人は、そう思っていたに違いなかった。


店舗の前に置いてあるベンチに腰掛け、缶コーヒーを飲みながらスマホを見ていた

中年男性に声をかけるミナコ。

しばらく話し合いをしていたようだったが・・・

中年男性は店の中へ引っ込み、ミナコが戻ってきた。


ミナコ「みなさん、ランチにしましょう!! エリックさん、そこのカラーコーンを

私がどかしますから、そこに車を停めちゃっていいそうです!」


店の前に立つ、女子会メンバー3人+1名。


ティナ「ミナコー、この店って・・・?」

ミナコ「カレー屋さん。すっごく美味しいよ!」

ティナ「カレー・・・?」

ステラ「CURRY・・・??」


ティナとステラの表情が一変した。


店内は、鍵括弧型カウンター席のみ。10人で満員になってしまう狭さ。

お客は女子会メンバー3人+1名だけなので、等間隔で座る。


エリック「ミナコさん、私は都内の飲食店は隅から隅まで行ったつもりでいたんです

けど、このお店は知りませんでした。」


ミナコ「あ、それはしかたないですよ。だって、お店の営業、不定期ですもん。」


エリック「・・・不定期・・・?」


ミナコ「御主人の拘りが強すぎて、ルーの出来が良かった時だけお店を開ける・・・

って言うんですよ? 信じられます? で、気に入らなければ捨てちゃう・・・」


思わず口を挟む、店の御主人。

「須田さん、ヒドイなー。捨ててないよー! そんな事、今時のラーメン屋だって

やらないよー!」


話に加わらない、ティナとステラ。

二人とも、写真付きのメニューを睨んでいる。


オーダーは結局のところ・・・ 


ステラ… チキンカツカレー、ライス大盛り。

ティナ… スクランブルエッグカレー、ローストベーコン4枚添え。

エリック… カツカレー、ライス大盛り。

ミナコ… オムレツカレー、カニクリームコロッケ2個添え。


丸い大きめの皿、ドーム状に盛られたライス。 

その上に、トッピングの具を放射状に配置。

そして、これでもか!という位、降り注がれるルー。

もはや、白い部分はほとんど見えないライス。トッピングされた具も巻き添えに。

目の前に置かれたカレーに目を見張り・・・

口に入れた瞬間、言葉を失うステラとティナ。

あとは、ルーのかかったライス(具)をスプーンで切り崩し、黙々と口に運び入れる

、言葉を失ってしまったばかりのステラとティナ。


エリック「ミナコさん・・・ このようなすごい店、どうして知ってるんですか?」


ミナコ「知ってるも何も・・・御主人、あたしが契約している事務所の不動産屋さん

なんです。」


エリック「ああ、それでですか・・・ 道理で。」


ミナコ「御主人、カレーが好きすぎて・・・本格的に作っちゃったら、味も本格的に

なっちゃって、お店までオープンですよ。本業不動産屋さんなのに。」


エリック「・・・副業なんですか? この品質で・・・ですか?」


「まあ、ほとんど道楽だったんですけどね・・・それも今日で終わり。だから・・・

須田さんと、お仲間の皆さんが・・・最後のお客さんって事。」


ステラを除き、驚く一同。


ステラ「なに?? 何があったの!?」


エリック「・・・ステラ、落ち着いて聞いてほしい。」


で、カレー屋のご主人による、カミングアウトの内容を説明するが・・・


ステラ「信じられない・・・これじゃ納得できないわ。他に情報はないの?」


エリック「ちょっと待って、ミナコさんと店の御主人に詳しく聞いてみるから。」


「なんか、アレだね・・・ ハリウッド映画の一場面を生で観てるみたいな。」


ミナコ「御主人、なんで店を閉めちゃうんですか? こんなに美味しいのに・・・」


「だから・・・ アレだよ。ここも再開発とかで、区役所から立ち退いてくれって。

まぁ、別に立ち退くのはイイんだけどさ・・・ちょっと問題があってね・・・」


御主人によると、店に置いてある冷凍庫は専門の業者が引き取ってはくれるものの、

問題は、その中身。 それらは全部、惜しい出来映えのカレールー。

捨てるのは簡単ではあるが、それではあまりにも忍びない。

ネット販売も考えたが、自宅の冷蔵庫に入りきれるはずもなく、別の冷凍庫を置く

スペースも無いとの事。


「まぁ、見てよ。こんなにあっちゃね…さすがに厳しいと思うよ。」


と、冷凍庫の中を見せてくれる御主人。

鍋に入った状態のままの物が三つ、あとは少々大きめのタッパーに入れてある物が

ほとんど。  数的に見ても、業務用冷凍庫でなければ収まり切れない量であるのは間違いないようだった。

これを見て、何か閃いた様子のステラ。


ステラ「エリック・・・あなた、これ全部買い入れなさい。そして、あたしの基地に

丸ごと送るの。・・・できるわよね?」


エリック「・・・分かった。それで君が許してくれるなら、やるよ!」


ティナ「そっかぁ‼ その手があった!」



ドヤ顔のステラ。


「須田さん、すごいねぇ。いつもこんな映画みたいな場面の中にいるの?」


ミナコ「もおー、御主人ったら吞気すぎますよ!」


で、エリックから冷凍庫内のルーを全部買い入れの提案を聞き、驚く御主人と

ミナコ。


ミナコ「いっけない、忘れるところだった! 今日は、契約している事務所を解約手続きしないといけなかったんですよ!」


「ああ、それでなんだ・・・ なに、新しい職場決まったとか?」


ミナコ「そうなんです。」


「いやあ、でも良かったよ。須田さんのお仲間が全部買い入れしてくれるって言うんだからね。ありがたい話だよ。」


エリック「御主人… たった今手配完了したところなんですけど、こちらに到着するのが約一時間くらいになってしまいそうなんです。 で、申し訳ないんですが・・・

その間だけ待たせてもらってもいいですか?」


「それだったら、もう一杯食べてく?」


エリック「え、いいんですか!?」


「ちょうど二人分残ってたから、これでキレイに片付くんだよ。チョイ待ってて。」


エリック「ステラ、もう一杯サービスしてくれるって! どうする?」


ステラ「マジで!? 食べるに決まってるじゃない!!」


エリック「御主人、お願いします!」


「ちょっと、こっちもお願いなんだけどさ、留守番頼まれてくれない?

その間に須田さんの用事も片付けておきたいんで・・・どお?」


エリック「分かりました。こちらは任せてください。」


「そんじゃ、事務所の件・・・解約でいいんですよね?」


ミナコ「はい、短い間でしたが、ありがとうございました。」


ティナ「あれー!? 御主人、あたしの分はー!?」


ミナコ「ほら、ティナも一緒に行こ! スニーカー見てこうよ!」


ティナ「あ、覚えててくれたんだ。」


橋の上にある王子駅は、依然として京浜東北線の電車が停止したままだった。














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