第7話 尋問(上)

「それじゃ、今日の尋問を始めるわよ。何度も言うようだけど、スパイに黙秘権なんてないんだからね」

 向かい合わせに座る俺と少佐殿。


 さすがN国、尋問室の机もなにやらハイテク機器が埋め込まれてやがる。

 少佐殿は机の電源スイッチを入れると、ホログラフ立体ディスプレイが卓上に浮かび上がり、机の表面に浮かび上がったホログラフキーボードをなにやら叩いている。

 やがて俺の机のホログラフディスプレイに浮かび上がる映像。


「カレンダー?」

「ここに収容されてから、独房の中の監視カメラであんたの行動をチェックさせてもらったわ。そこで、ある周期で不可解な行動が観察されたの」


「……なんのことやら」

「とぼけないで! 今からその証拠を見せるわ!」


 少佐殿は再びキーボードを叩くと、カレンダーの日付のマス目、所々に赤いハートマークが浮かび上がる。

 ある日付には二つあったり、全くハートマークがない日付もある。


「なんだぁ? ハートマーク?」

「黒丸じゃ味気ないと思ってハートマークにしたのよ。見た目は冷血な特殊情報部の美人将校でも女の子してるんだからぁ」 


 カレンダーにハートマークをつけるって、市井の女学生、特に彼氏がいる女子には、ごくごく当たり前な行動だが、あいにく俺様には”彼氏”はいないぜ。


「少佐殿……あんたが彼氏とラブラブしているカレンダーを見せつけられても、黙秘権以前に、俺から話すことはなにもないんだが?」


「だ! 誰がトップスパイのあんたに向けて、彼氏とのラブラブを見せつける女子がいるのよ! こちとらあんたがここへ収容されてから、ろくに休暇ももらえず、流行はやりのスイーツを食べるどころかバーゲンセールにすら行けない! あんたに関わったから、こっちが逆に軟禁されているのよ! そ、そもそも、私に彼氏がいないのは、あんたが一番知ってるでしょうに!」


 この少佐殿の話に嘘偽りはない。俺が保証しよう。

 よくある話だ。この少佐殿、いや、当時は中尉殿か。


『軽くお見合いでもしてみたら』


と上司、先輩、同僚らにそそのかされて、いざ見合い場所に向かったら、着替えと称してウェディングドレスを着せられて、なし崩しに式を挙げられそうになったのを逃げ出してきたんだ。


 さすがだな、本人をだますにはまずターゲットの味方を懐柔するってか?


 なんで俺がそんなに詳しいのかって?

 まぁそれは……これもハードボイルド物によくある話だ。

 悪者に追っかけられている花嫁を助ける、まさか自分がその当事者になるとはな。


 しかし、小説ならハッピーエンドだが、現実はバッドエンド、いや、まだ終わっちゃいないが、バッドルートを歩いているのは、これまでの俺の話を聞いていれば理解できるだろう。

 そのうち気が向いたら詳しく話してやるからよ。


「へっ! トップスパイの俺様に関わったのが少佐殿の運の尽きさ。このまま俺と一緒に地獄の底まで”付き合ってもらうぜ”!」


「えっ!」


 ん? なんで顔を赤らめるんだ?

 やべぇな。せっかくシャンプーの話題で機嫌を直したのに、またヒスを起こされるか?   


「う、うん……ま、まぁ、あんたがそういうなら、考えなくもない、って言う訳じゃないけどさ~。いきなりそんなこと言われると困るじゃない……ちょっとは考えさせて……で、でも、私はそんなに安い女じゃないんだからね!」


 なにを言っているんだこいつは?


 しかし、カレンダーのハートマークには全く思い当たるフシがない。

「俺の部屋にはカレンダーはないから、いきなり見せられても逆に返答に困るぜ。そもそも今日は何月何日何曜日なんだ? このハートマークの日に、俺はなにをしていたんだ?」


 例え時計やカレンダーがなくても、スパイなら自分の体内に時計やカレンダーを持っているのが当たり前だが、ここはあえてとぼけてみるか。


「そう、あくまでしらばっくれるのね? こっちはちゃんとビデオに記録しているからとぼけても無駄よ。先に私から答えを言うわね」


『このハートマークの日、あんたは外部と連絡を取っていたわね!』


 なるほど、俺がなにをしていたかはともかく、独房の中で不可解な行動を取っていればそう推理するのも筋が通る。


「少佐殿、スパイってのは現実主義者リアリズムでな、理想主義者イデアリズムのお花畑みたいな推理なんてどうでもいいんだ。俺が外部と連絡を取っていたという”現実”を突きつけてくれねぇか?」

「そう、わかったわ。じゃあ監視カメラの映像を見せるわね」


 監視カメラに写る俺。

 映像の右下には日付、時刻が1/100秒単位で動いている。


 編集されているのか、映像に映し出された俺は部屋の片隅にある洋式トイレで立ちながら用を足している姿だった。


 しかもションベンしている映像だけで、クソをしている映像はない。

 幸いなのか、天井のカメラは用を足している俺の背中しか写していない。


「少佐殿……き、貴官はこ、こんなご趣味を持っていらっしゃるのですか?」


 思わず敬語で話す俺。

 それぐらい意味がわからない映像だった。


「どこの情報部にスパイの立ちション、いや、排泄している映像を集めるのが趣味の美人将校がいるのよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る