第6話 尋問室

 俺の魂は、ほんの一瞬の居眠りの後、ゆっくりと目を覚ます。

 同時に宿主である肉体のチェックを行う。


 五五感。

 そしてトップスパイだけが持つ第六感。

 一面ニ、五ぞう

 二本の脚に糞とションベンの穴。


 ……どうやら異常ははないみたいだ。

 

 倒れた俺の顔の前で、髪をかき上げながら目を閉じ、顔を近づけている少佐殿さえいなければな……。


「なにをしている?」

 少佐殿は俺の声に驚いたのか慌てて顔を離すと、明後日の方へ目と顔を向け

”チッ!”

と舌を鳴らす。


「か、勘違いしないでよね! み、脈が止まっていたからその……人工呼吸をしようとしていたのよ!」

「それはわかるんだが、あそこにAEDエーイーディがあるぞ」

 俺は廊下の壁に埋め込まれたAED機器を指さす。


「い、一刻を争うのよ! あ、あんたは大事な情報を握っているから、万が一のことがあると私”への”責任を……違う! 私”が”責任を取らされるのよ。それぐらい察しなさいよ!」

「了解した。あと、助けようとした事への礼は言っておくぜ、ありがとな」


「わ、わかればいいのよ! あ、一人で立てる? なんなら手を貸してあげてもいいわよ」

「いや、いい。また天の眼からの電撃はごめんこうむりたいからな」

「だったらとっとと立ちなさい!」


 『尋問室』というプレートが張られたドアを開けると、そこは拷問室だった。

 部屋は前後に区切られており、ドアの手前側の中心には尋問用の向かい合わせの机。

 右側には記録係の机と椅子。

 左側には簡素なキッチンシステム、冷蔵庫や電気ケトルが置いてある。

 

 当たり前だが、冷蔵庫の中の物を飲食できるのは、尋問する側の人間だ。

 普通はな……。


 おそらく尋問係がここで飲んだコーヒーよりも、数多くのスパイが吐き出した血反吐ちへどの方が多いんだろうな。 


 そして部屋の奥、不燃性の分厚いカーテンで区切られたその向こう側。

 手垢てあかのついた言葉だが、地獄への入り口、拷問エリアだ。


 捕虜には条約で人権が保障されており拷問は禁止されているが、俺のようなスパイ相手にはどうだろうな?


 部屋の奥側の机に俺が座ると、少佐殿は俺の後ろに回り込む。


「ハイ、手錠を掛けるからおとなしく手を後ろに回しなさい」


 毎度の事ながらここの警備体制はどうなんだ?

 廊下は天の眼があるからいいとして、一人で俺の独房に入ったり、この尋問室でも随伴の兵士どころか記録係もいない。


「まったく、いくら人手不足だからって、なんで将校の私がいちいち手錠を掛けたり、朝あんたを起こしに行かなきゃならないのよ」

 前者はわからんでもないが、後者はどうでもいいことだろ?


 心なしか、手錠を掛ける時間が長かったり、やたら指を絡めてきたり、鼻歌が聞こえるのは気のせいか?

 とはいっても、ここはトップスパイとしてやれることはやらないとな。


「……ん? シャンプー変えたか? この香りは、ローズ系か?」

「あ、わかる~? 試供品もらったから、昨夜あれからビームガンぶっ放した後、シャワー浴びながら使ってみたのよ。本当、ウチの男共もあんたを見習ってほしいわね」


 俺としては、女のシャンプーの香りよりも、敵国のキナ臭い匂いに敏感なヤツを同僚エージョントにしたいね。


「あ、今私のシャワーシーン想像したでしょう? でも陵辱系はともかく、ちょっとエッチ系ならいくらでも思い描いていいわよ。私は別に気にしないし、さえない男の慰めを手伝うのも美人に生まれた女の使命だからね。あ、勘違いしないでね! な、慰めって言ったけど、”昨日は”シャワー浴びながら”してない”んだからね!」


 前者の言葉、おそらく世界の9割の男女を敵に回したと思うぞ。

 そして後者の言葉、こいつ絶対情報部には向いていないな。今のところは自分のプライベートに限られているけど、よけいなことをべらべらしゃべりすぎる。

 

 どうやら機嫌が直ったみたいだな。

 ブラックジョークじゃないが、これで拷問の手が少しでもゆるめれば、一日生きながらえるってもんだ。

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