第5話 妄想(下)

 とはいっても、女の会話にいちいちツッコミを入れるのは野暮を通り越して無駄というものだ。

 何せ女ってヤツはクレー射撃のフライングディスクみたいに、話があっちこっち飛びまわるからな。

 ここは、適当に相づち打っておくのが最善のルートだ。


 そんな俺の背中に再び押しつけられるビームガンの銃口!

「お、おい! 今度はなにを!」


「……ちょっと聞きたいんだけど~、あんた、妄想の中で私をどう陵辱しているのかしらぁ~?」


 ヲイヲイ、自分で勝手に妄想しておいて、なんで俺に問い詰めるんだよ。

 まだ尋問室に着いていないのに、これも尋問の内か?

 まぁいい、ここは当たり障りのない会話でごまかすか。


「さぁ~てな。少佐殿がどう考えているか知らねぇが、一つだけ言えることは……」

「な、なによ?」


 ここでトップスパイの真骨頂!

 百面相をつかって、ストリートギャングのガキ共より卑屈ひくつで、凶悪で、猥褻わいせつな顔と声に変えて振り向きざまに!


『少佐殿の想像よりもひっでぇ~ことを、俺は毎日毎日考えているのさぁ~!』

「!」


 へっ! 声も出せないってか?

 ひょっとして漏らしちまったか?

 強がってトップスパイの俺に喧嘩けんかを売るからこういう目に遭うんだ。


 だが少佐殿、漏らしたあんたを俺は笑わないぜ。

 軍隊ってのはな、ションベン漏らすのも仕事のうちだからな。


「あ、あ、あ、あ、あんた! 朝、起こしに来る私の手をいきなり引っ張って! 両手首を片手で握ってベッドに押し倒して!」

 まぁ、それぐらいは誰でも考えるわな。


「『おはよう、マイスイートハニー。いつも言っているだろう。君の唇から奏でられる甘いさえずりよりも、つぼみのような君の唇を重ねる方が、さわやかな朝を二人で迎えられるって……』


って私の耳元でささやくんでしょう!」


 ……誰だよこの二人?

 男の方はひょっとして俺か?

 おいおいマイスイートハニー、いや違った、少佐殿……だよなこの女?

 あんたの瞳の中に、星どころかアンドロメダ星雲が泳いでいるぜ。


 あと、俺のベッドはいつから天蓋てんがい付きのベッドにシルクのカーテンが垂れ下がって、真っ赤な薔薇の花がジャングルのように生えているんだよ……。


「いくら特殊情報部の少佐と言っても、しょせん一人の女……。トップスパイの腕力と狡猾こうかつな力のいれ具合に私はなすすべもなく唇を奪われ舌をもてあそばれてしまう。でも、例え唇を奪っても心までは奪えない、そう、この時まではそう考えていたわ。いつの間にか、制服の前は


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の”細くしなやかな指”によってあらわにされ、優しくゆっくりと、歌劇の幕開けのように、私のブラジャーはめくられていくのよ」


 おっと、思わず”ぢっと手を見て”しまったぜ。

 てか律儀に今日の俺の名前を使わなくてもいいのにな。


「『ウニチャーム、スイート極薄々スリムタイプ。セクシー下着の貴女にピッタリ! 税抜き¥298』


は堕天使のように私の首筋、そして胸に舌をわせながら、こう呟くの。


『美しき女性をとすには四つの蕾を奪えばいい。一つ目は唇、二つ、三つ目は美の象徴と言うべき膨らみの上に咲く二つの蕾……』」


 もうこいつ、女性向け官能小説を書いていれば一生食いっぱぐれねぇんじゃないか?

 あ、そうそう、出版にあたって今日の俺の名前を消すのを忘れずにな。


「いつのまにか私の手首の拘束は解かれ、


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は、下着を脱がされあらわになった、私の大切な谷間へ顔をうずめていたわ……」


 うん、まぁ生理用品の使い方としては間違っていないわな。


「やがて身も心も悪魔と化した彼はこう叫ぶのよ

 

『そして四つ目は、猛々たけだけしい雄の牙を受け入れる蜜壺に咲く、この蕾だぁ~』」


『あっはぁぁぁ~~~ん!』


 てめぇで胸と股間を押さえながら、勝手にイッチまって腰抜かしやがった。

 ハイハイお疲れ様でした。


”ビー!””ビー!””ビー!””ビー!””ビー!””ビー!”

 な、なんだこの音は!? まさか天の眼か!


『緊急警報! 緊急警報! 我ガ特殊情報部ノ女性将校ガ、囚人ニヨッテ押シ倒サレ、陵辱サレ、貞操ヲ奪ワレテイマス!』


「ちょっと待てぇい! 俺は何もしてねぇぞ! おい少佐殿! おめえさんからもなにか言ってやれ!」


『この後も、囚人は尽きることのない劣情を満足させる為、少しでも発情するとすぐさま美人将校を部屋に呼び出し、野獣のように彼女の体をむさぼり喰うのであった……』


「おい! 女のくせになんで賢者モードになっているんだよ! さっきまでの発情した雌猫のあえぎ声はどこにいったぁ! い、いや、の文って言うのかこれ? てか自分で自分のことを美人将校って口に出すのかよヲイ!」 


『数ヶ月後、美人将校を襲う突然の嘔吐おうと! そして彼女は自分の体の異変に気づいてしまった。悪魔と言うべき囚人の魂の一部を、己の胎内に宿してしまったことに……』


「て、てめぇガキんちょか! 手もつないでないくせに、なに勝手に妊娠しているんだよ! さっさと警報を”切りやがれ!”」


「なによそれ! 私と縁を”切る”って言うの! お腹の子は誰の子だと。ちょっと待って! 切るってひょっとして赤ちゃんを……非道ひどい! ……でも仕方ないわ、N国特殊情報部の美人将校と、α国スパイは水と油。どんなに二人が望んでも周りが、国家が許さない! 安心して、もし


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に何かあっても、お腹の子は私が一人で産んで、育ててみせるから!」


 ”だめだこりゃ”と、俺は警報を鳴らしている天の眼を仰ぐ。

 どうやらこの中で一番まともで、職務に忠実なのは、天の眼あんただけみたいだな。

 そんなあんたからのお仕置きなら、心置きなく受け入れることができるぜ……。

 

 気絶する寸前、俺の瞳に焼き付けられたのは、天の眼から放たれた電撃の光だった……。

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