第26話

 地獄旅団が角面堡との戦いにかかりきりになっているあいだに『リベラル』紙の記者をしている共和主義者のフレデリク・デ・メス氏がセント・アリシアから脱け出そうとしていた。河岸は地獄旅団の兵に抑えられていたから、森に逃げ込んで、一番近いインディオの村へ行くと、懐中時計を与えて、丸木舟を一艘用意させ、そのままピエーテルバルクへと向かった。ピエーテルバルクに着くころには夜だったが、それでも彼は構わず『リベラル』紙の本社に飛び込むと、地獄旅団が反乱を起こしたことを告げた。『リベラル』紙の記者や編集者たちは手持ちの銃を掻き集め、ガフガリオン派の襲来に備えると同時に総督邸へ反乱を報告すべく社長とともに出かけた。そのころ、ガフガリオン派の新聞『パトリア』紙の本社でも手持ちの銃をかき集めており、地獄旅団の到来と同時に他のガフガリオン派志願兵とともに銃をもって戦うことになっていた。『パトリア』部隊の目標は積年のライバル『リベラル』紙であり、本社のファサードに刻まれている〈ああ、自由よ、平等よ!〉の文字に椎の実型の弾丸をぶち込むのを楽しみにしていた。

 そのうち豆を炒るようなパチパチという音が聞こえ始め、ハラワタに響く大きな音が鳴ると、『パトリア』紙の面々はついに始まったと顔を合わせた。

 そのときには喫水の深い船でもぎりぎりまで近づける河辺に地獄旅団の先遣隊が上陸していて、レーゼンデルガー中尉の小隊が早速、市内の憲兵詰め所を攻めて銃撃戦を開始していた。撃ち合いに山砲が加わって、詰め所の正面が吹き飛ばされると憲兵たちは皆殺しにされ、ぞくぞくと上陸してくる地獄旅団が口々に「地獄旅団のお出ましだあ!」と叫んでまわった。その瞬間からピエーテルバルクじゅうのガフガリオン派民兵たちが家を飛び出して、共和政支持者の家々に銃弾を見舞った。共和主義者の民兵たちも銃を持ち、地獄旅団を迎え撃とうとする戦列に加わった。家具が道路に放り出されバリケードが作られると、共和主義者や警官隊はその後ろから攻め上ってくる黒いズアーヴ兵に銃弾を浴びせた。

『パトリア』紙の民兵たちは『リベラル』紙の本社に襲いかかったが、すでに出入り口と窓は机や椅子、書類棚で閉じられていて、小さな銃眼から狙い撃ちにされた。それでもガフガリオン派の民兵たちが加わって力攻めができるまでに兵力がふくらむと、『パトリア』紙の社主であるパトリク・フレイカ氏が総攻撃を叫び、『リベラル』紙に襲いかかった。窓に積み上げられた家具の防壁が破られて、室内でリヴォルヴァーとマスケット銃を使った凄惨な銃撃戦が起こった。『リベラル』紙の編集長は両手に持ったリヴォルヴァーでガフガリオン派民兵を四人撃ち殺したが、最後は撃たれて倒れ、奪われた自分のリヴォルヴァーを口に突っ込まれて脳みそを吹き飛ばされた。

『リベラル』紙の社員たちは三階まで追いつめられ、銃弾の嵐から身を守るべく、そのまま路上へ飛び降りていった。社員たちは次々と足の骨を折り、悲鳴を上げた。社員たちに町の悪童たちが襲いかかり、武器を奪って、社員たちを殺してしまうとその武器で民家や商店を襲い、金品の強奪を始めた。

 総督邸に地獄旅団の反乱を伝えにいった社長とデ・メス記者は自分たちの会社が炎に包まれているのを見て、どこかに隠れる必要があると考えた。二人はたまたま開けっ放しだった扉に飛び込むと、その家畜用の中庭の藁の山のなかに身を潜めた。

 暴力はガフガリオン派対共和制派という特徴を失いつつあった。混乱のどさくさに紛れて商売敵の店を破壊する肉屋や手にした武器で強奪に明け暮れる悪童たち、そして、敵と味方の区別が分からず、夜道を歩くものに対して無差別に銃弾を浴びせる正規軍。正規軍のうち二〇〇人のガフガリオン派が士官ともども寝返ったため、総督は捕縛の危機に見舞われた。このまま邸を敵の手に落とすくらいならばと台所に油を撒いて火をつけたが、ガフガリオン派の正規軍によって消し止められた。ぽっちゃりとした小太りの総督は自分の都市が殺戮と暴虐の坩堝に放りこまれたことを悟ると、ハラハラと涙を流しながら、地獄旅団と全てのガフガリオン派を呪い、自分のこめかみに銃口を突きつけて引き金を引いた。

 銃声と悲鳴の尽きない一夜が明けると、共和政支持者の大半は市内にちりぢりになり、一人また一人と撃ち殺されていき、総督邸とその周囲は地獄旅団の手に落ちた。共和国に対して忠誠を誓う二五〇名余りの最後の正規兵が議事堂に籠って最後のときを待っていた。デ・ノア大佐は議事堂を包囲すると、地獄旅団の麾下にあった砲兵隊に加えて、セント・アリシアとピエーテルバルクの武器庫から奪った火砲を加えて、一斉射撃を加えた。石造りの議事堂はたちまち崩れて、最後の共和国軍兵士たちを押し潰してしまった。共和政支持者たちは生活の糧も持たぬまま、密林に逃げて、そこで死ぬか、市内に戻ろうとして撃ち殺されるかしていった。

 クーデターは成功をした。

「ガフガリオン将軍万歳!」ガフガリオン派は叫んだ。「デ・ノア将軍万歳!」

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