第24話
九月の初め、妖精を探していた密林をうろついていた山師が思わぬものを見つけて、サン・ディエゴに帰ってきた。ペポンと呼ばれるナク族の都である。それまでどうしても位置をつかめなかった不帰順インディオのおそらく最大の居住地であり、そこを殲滅することは不帰順インディオ絶滅戦争をやり通す上では避けられないとの判断をデ・ノア大佐が下した。ただちに歩兵七個大隊と騎兵一個中隊、猟兵一個大隊、野砲六門からなる砲兵隊と食料武器弾薬を積んだ荷馬車を連れて、南下して行った。フランソアとデ・レオン大尉には部下はつかず、旅団司令部付き処刑士官としてついて行くことになった。密林のなかの〈薬剤師〉要塞で一度軍を集中させて、翌朝全部隊を第一縦隊と第二縦隊に分けて分散集撃戦法を取るべく、細かい作戦指導が行われた。
「ここから先は偵察もろくに入っておらん」デ・ノア大佐は言った。「だから、出会ったインディオが敵か味方かはっきりとは区別がつかない。だから、見かけたインディオは全て殺せ。銃を使っても構わん。相手は町だ。逃げはせん。聞いたところじゃペポンとはナク族の言葉で〈聖地〉を意味するそうじゃないか。なら、好都合だ。いくら狩猟民族といえど聖地を捨てることはできんからな。聖地を失えば、やつらの士気が下がるし、聖地を取り返しに着たら来たであらかじめ塹壕を掘っておいて返り討ちにしてくれる。とにかく今回の作戦では奪ったり犯したりするな。時間は命より尊いと思え。これからちょうど二十四時間後の正午に同時にペポンに攻撃を仕掛ける。どちらが主攻か分からないうちにペポンを一気に攻略するんだ」
デ・ノア大佐は焦っていた。なんとしても九月中には不帰順インディオに大打撃を与えてしばらく行動不能にしてやる必要があったのだ。八月の終りにガフガリオン派の連絡役であるクランドレイ伯爵がやってきて、決起が十月十日に決まったと伝えられたからだ。計画によるとまず十月十日は統一地方選挙の開票日であり、ガフガリオン派が大きく得票数を上げることが見込まれている。そこで民衆を焚きつけて煽動し、大統領府を取り囲ませ、一方、市内に駐留するガフガリオン派の各連隊と民兵が一斉に蜂起し、議会を占領、ガフガリオン将軍を先頭に民衆たちとともに大統領府に入り、共和政の停止と独裁制の開始を宣言する。
「もし、選挙でガフガリオン派が票を伸ばせなかったら?」デ・ノア大佐がたずねた。
「兵士と民兵だけで蜂起します」クランドレイ伯爵が答えた。「それでも一万人のガフガリオン派が動くのです。ただ黙ってやりすごそうとしている市民たちに我々を止めることはできませんよ」
次に植民地における計画だったが、地獄旅団は九月の初めに架空の木材会社を設立し、その木材を運ぶという名目で十隻の蒸気船をあらかじめ集めて、それに分乗、そのまま河を下り、まずセント・アリシアを占領、次に河口のピエーテルバルクを占領する。クランドレイ伯爵は全作戦期間を一週間で終えられるかとたずねてきた。
「可能だ」デ・ノア大佐は答えた。「セント・アリシアは二六〇、ピエーテルバルクは四九〇の兵を有しているのみだ。戦意も低い。こちらは一個師団に相当する二五〇〇の兵と大小合わせて九門の大砲もある。十月ならまだ乾季だから作戦も完遂しやすいだろう」
「これが成功すれば、あなたは旅団長大佐などどいう妥協の産物ではなく、晴れて陸軍大将です」
「それにノヴァ・アルカディア軍事総督でもある」大佐が言った。
「そのとおりです。閣下」
十月十日に背後を開けて、全兵力を北部の河口に振り分けるにはどうしてもインディオに対する決定的な一打が必要だった。
九月十日午後八時、歩兵と猟兵と砲兵を二手に分けて、地獄旅団は前進を開始した。南西の葦の原っぱを進む第一縦隊をデ・ノア大佐が、河沿いの道を上っていく第二縦隊を旅団付き先任士官のコラーデン大佐が率いて前進していくことになった。
フランソアはデ・レオン大尉とともに第一縦隊にいた。見るかぎり腰丈に生えた葦の原を兵士たちが歩いて行く。歩兵の前には騎兵と猟兵の分隊が進路と側面の安全を確保していた。銃声が何発か鳴ったが、すぐに騎兵がやってきて、なんでもない、インディオを見つけただけだと言って、生首を荷台に放り込んだ。
どこまでも続く葦の原に陽が沈んだが、前進は終わらない。ナク族の聖地ペポンを目指して、南下していく。
「犯すな。奪うな。とにかく殺せ。時間は妖精より尊いと思え」
デ・ノア大佐がここまで攻略を焦ることに何人かの勘のいい士官は気づいたようだった。気づかない士官たちもとにかくデ・ノア大佐の命令は絶対だからと信じて、殺したインディオからガラス玉一つ奪わずに進んでいた。猟兵によって殺されたらしいインディオが道に転がっていたが、兵士たちは誰もそのインディオの金の耳輪や首飾りを取ろうとは思わなかった。駆け足に近い急ぎの行進は夜、ほんの少しの休息を取っただけで再開された。翌朝、フランソアは鞍の上で揺られながら、重りでも縫いつけられたように瞼が下がってくるのを必死に絶えていた。いつのまにか日が昇ったらしくあたりは白く濃い霧がかかっていた。隣にはデ・レオン大尉が退屈そうな顔をして馬を進めていた。姿の見えないデ・ノア大佐の命令を飛ばす声がひっきりなしに前のほうから響いてきて、そのたびに伝令が馬の尻に鞭をくれて駆けていく騒々しい音が聞こえてきた。
フランソアは懐中時計を取り出した。午前七時五十分を指していた。「今、何時かわかるか?」フランソアはデ・レオン大尉にたずねた。
デ・レオン大尉は懐中時計を取り出した。「午前七時五十分」
「やっぱりそうか」フランソアはフムとうなずいた。「こりゃ道を間違えたのかもな」
そのとき、一陣の風が吹き、霧をさらって光を振り撒いた。漆喰壁と日干し煉瓦の家々に囲まれた巨大な石造神殿を中心に添えた古代都市が目の前に手品のごとく現われた。神殿は朝の光で白々と輝き、彼らの神が今日もまた栄光と幸福を約束して、彼らを抱擁しようとしていた。彼らは神殿の階段を上っているものもいれば、泉水で布を洗っているものもいた。市場を警護する兵士がいて、果物や魚、そして殺したヨーロッパ人が身につけていた服や武器、時計や婚約者の写真が入ったロケット、ポケットに入れっぱなしになっていたハズレの富くじを売り買いしているものたちがいた。彼らは自分たちを滅ぼし焼き尽くし殺し尽くすものが丘の上の高台から彼らを見下ろしていたことに気づかなかった。
「砲兵隊、砲を砲車から外せ!」デ・ノア大佐が静謐を破って叫んだ。「榴弾を市街地へ射ち込め! 第一砲は市場を、第二砲は目抜き通りの建物を、第三砲は神殿を狙え! 騎兵中隊は至急東へ走り、コラーデン大佐の第二縦隊と連絡をつけろ。歩兵大隊は前へ!」
砲が命令どおりに火を吹いて、都市のあちこちで破裂した。第一縦隊に近い位置にあったナク族の砦に歩兵の弾が降り注ぎ、銃剣突撃を受けるとあっけなく瓦解した。砲撃が敵をいぶり出し、大砲を屠るべく、戦士たちが駆け上がった。二列横隊に並んだ歩兵大隊は石の斧や黒曜石のナイフをふりかざし密集して上ってくるナク族の戦士を容赦なく薙ぎ倒した。一発目で二百発近い弾丸がナク族の戦士たちを襲い、千切れた手足や弾けて内臓が飛び出た腹を晒して死に掛けていた。戦士の残りは斃れた仲間を踏み越えてさらに進んだが第二射で三分の二の戦士がまともに弾を受けて、次々と斃れていった。
戦士たちの突撃と撃退したにもかかわらず、デ・ノア大佐は不機嫌を通り越して激怒していた。「第二縦隊はどこだ! 本当ならやつらはこの時刻にはあの台地にいるはずなんだぞ!」
そう言って指差した先には丈の低い椰子に囲まれた赤土がむき出し高台があった。ナク族の戦士たちは迂回攻撃を思いついたらしく、赤土の高台のほうへ兵を集め始めていた。
「騎兵中隊に伝令!」大佐が叫んだ。「高台で馬から下りて第二縦隊が来るまで拠点を防衛せよ」
大佐は騎兵たちが馬から降りてカービン銃で相手のミニエ銃と撃ち合っている光景をやきもきしながら見ていた。
「あれじゃあ、こっちが押される。第一砲と第二砲は目標変更。台地を登る敵兵の側面に対して榴散弾を射ち込め!」
降り注ぐ金属片の雨が高台を占拠する騎兵中隊への圧力を少しでも減らしてくれることを祈りながら、大佐は自分の戦場を見た。メイベルラント軍の外套や帽子に鷲の羽根を飾り立てた戦士たちがふもとに散開して銃で攻撃してきた。場慣れした戦士たちに対して、デ・ノア大佐は散兵線を敷いて対抗した。だが、これでは戦闘が長引くばかりで決定打が決められない。馬に乗ったまま、自分のそばを通り過ぎる弾を無視して双眼鏡で神殿、燃える市街地、そして騎兵中隊の守る台地を見た。
「くそったれめ!」大佐は毒ついた。「敵の主攻があっちに移った。ここの目の前にいるのは時間稼ぎだ。総員着剣しろ!」その声が響くなり、下士官たちが命令を繰り返し、カチャカチャとヤタガン銃剣が取りつけられる音がし始めた。大佐の頭のなかには赤土の台地への負担を減らすことしかなかった。
「突撃!」
ズアーヴ兵はわめきながら、坂を駆け下りた。パチパチという豆を炒るような敵の発砲音とともに一人、二人と斃れるものが出た。それでもほとんどの兵士が敵の散兵線に突っ込んだ。敵は散兵線の後ろに本隊をおかず、建物に狙撃兵も置いていなかった。散兵線の兵士たちが多勢に無勢で刺し殺され、殴り殺され、撃ち殺されると、市街地に殺到したズアーヴ兵や馬上の士官たちが戦闘員と非戦闘員の区別をつけない殺戮に手を染め始めた。市場に逃げ込んだ人々は三方向から雪崩れ込んでくるズアーヴ兵によって銃剣で突き殺されていった。フランソアも一人殺した。隠れていた兵士が突然横道からにゅっと銃剣を突き出してきたので、転びながらリヴォルヴァーを抜いて、二発、戦士の胸に打ち込んだのだ。その戦士は黄色い羽で全身を飾りつけていて撃たれた場所からどんどん羽が赤くべたついていくのが分かった。
赤土の台地を攻め上っていた戦士たちの一団が背後の異変に気づき、敵が彼らの家族を惨殺していると気づくと戦士たちのあいだで意見が二分された。このまま攻め上って有利な位置を確保するか反転して今すぐ都市の敵兵を駆逐するか。
敵の動きが鈍ったのを見ると、騎兵中隊の指揮官は全隊に抜刀突撃の命を下した。七〇名余りの騎兵で三五〇名はいるであろうミニエ銃で武装した歩兵に襲いかかるのは自殺行為だったが、この場合は違った。敵は焼ける市街を見て、浮き足立っておりそこに加えられた抜刀突撃が敵の前衛を破砕し、次々と斬り捨てられ、馬蹄にかけられた仲間たちを見て、激昂するどころかパニックに陥った。三〇〇名余りの戦士たちは我先にと市街地に逃げ込もうとしたが、その途上に追いつかれ、サーベルで次々と頭を叩き割られ、まともに戦える人間が二〇〇名まで減った。二〇〇名はそれぞれが孤立するのを覚悟で家々に籠り、建物の壁に隠れながら騎兵隊に発砲をした。数人の騎兵が鞍から転がり落ちると騎兵中隊は一度赤土の高台に戻った。第二縦隊の先遣隊が到着したのはそのときだった。午前九時四十二分、騎兵中隊の指揮官は敵の精鋭が都市周縁の家々に立て篭もって狙撃をしてくる旨を伝えた。コラーデン大佐は全砲を周縁の家々に合わせて砲撃を繰り返し、敵の防御の拠りどころを次々と潰していった。
第二縦隊が第一縦隊に加勢すべく市街地に突入したころには猟兵たちが二階建ての建物から神殿裏の人の出入りを見張り、見かけたインディオは直ちに射殺された。第一縦隊と第二縦隊はやっと合流を果たし、ナク族最後の拠点である神殿へ足を踏み入れた。
神聖な白い石の祈りの間には追いつめられた人々がいた。デ・ノア大佐は神殿に足を踏み入れると、まず必ずいるべきはずの人間を見つけた。それは程なく見つかった。ナク族の神官服に身を包んだイギリス人士官だった。神官の長が士官や戦士たちをかばうように立つと、大佐が命じた。
「両膝を撃て」
鹿弾を装填した散弾銃を持っていた兵士が一発で膝を吹き飛ばした。デ・ノア大佐は神官の長が叫び声を上げられなくなるほど弱り、死ぬ寸前に頭を撃ち抜いた。
イギリス人士官のほうはデ・レオン大尉が絞め殺すことになった。いつものようにピアノ線を絡めるとたっぷり十分間断末魔の細切れを上げさせながら絞めて、大佐の合図で一気に血管と気道を切り裂いた。
他の捕虜――女子どもや老人が主だったが、彼らは大半が銃剣とサーベルの餌食になった。サーベルの切れ味が悪くなると、インディオたちがサトウキビを切るときに使う鉈で首を切り落とすようになった。
神殿の階段に血の筋が何十本と流れ落ちて石畳の広場に大きな血溜まりをつくるのを見るや、多くの戦士たちが戦慄した。自分たちよりもたくみに火を使い、情け容赦なく殺す悪魔たちにかなうはずがない。あるものは隠れている家に火をかけて自殺し、あるものは降伏するも背中から銃剣で突き刺され自分の胸から飛び出した銃剣の鈍く光る切っ先がこの世で見る最後のものとなるのだ。
フランソアはデ・ノア大佐の命令で八十人のナク族を処刑することになった。フランソアは自分の心を閉ざして、ただひたすら鎚を振るった。右、左のこめかみ、頭のてっぺんといった具合に次々と鎚をふりおろし、血しぶきや脳漿が自分に飛び散り、手の皮がむけていくつもの液胞や破れてひどく痛んだが、八十人のナク族を処刑しきるまでは彼は一切休息を取らなかった。
人々はデ・レオン大尉の処刑も恐れたが、ある種の優雅さが処刑のおぞましさと希薄していた。そのかわりにフランソアの処刑は悪鬼のごとくみなに恐れられた。処刑が終わると手の皮は完全に剥がれて、風が吹くだけでも痛みが全身にまわった。
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