第16話
蜥蜴の皮を持った黒人。新しい従卒は混血だった。逃亡奴隷のジョアンとみなに呼ばれていた。ブラジルから船で密航してメイベルラント共和国に逃げたが、官憲に逮捕され、ブラジルに送還されるか、地獄部隊の一員になるかたずねられ、ジョアンは地獄部隊を選んだ。北アフリカでは白兵戦でアラビア人を銃床で叩き殺し、銃床が割れたら石で、石が割れたら拳で七人殺した剛の者だということを後から教えられた。
「旅団長閣下がお呼びです、大尉殿」普段はけたたましい太鼓のリズムに負けないよう大声を出して歌っているのだろう、ジョアンの声は周囲の人間が驚いて振り向くくらい大きく、だが、低く重い声だった。
デ・ノア大佐の青と白に塗り分けられた大きなテントから意外な人物が出てきた。タバチェンゴのイエズス会士トマス神父がデ・ノア大佐にペコペコしながらテントを後にしようとしていたのだ。
「おや、デ・ボア中尉――失礼、今は大尉でしたな」トマス神父は妙に機嫌がよかった。「お互い、位が上がると大変ですな。責任やらなんやらいろいろと」
「あなたも出世したんですか?」
「まあ、間違いなしです。こちらの素晴らしい旅団長大佐殿から布教許可を戴きましてね。それどころか小さな教会くらいなら工兵隊を派遣してすぐに建ててやろうとまで約束してくださったのですよ」
「でも、この陣地にそんな余裕はありませんよ」
「南側の隣接地があります。砲兵隊陣地の向こうの」トマス神父は言った。「そこに大規模なナポリ人移民団とともにやってくるつもりです」
「ナポリ人? こんなところまで?」
「ええ、ええ。これに不帰順インディオへの布教が成功すれば、間違いなく管区長にしてもらえますよ!」
テントのなかでは旅団長専属のコックが揚げリンゴにメイプルシロップをかけているところだった。
「シロップはケチるな」デ・ノア大佐は言った。「どんどんかけろ。ひたひたになるまでだ」
フランソアに気づくと食べるまで待っていろといわれた。デ・ノア大佐は鬚がシロップでベタベタになるのも構わず、揚げリンゴにむしゃぶりつき、砂糖とミルクをたっぷり入れたミルクティーを飲んだ。食事が終わると、口髭を拭きながら、大佐は言った。
「昨日の村へもう一度行く。もし昨日言ったとおりに遠征隊をハメたやつの首があの岩に乗っかっていなかったら、あの村は潰す。それにあたっては大尉。お前さんはこれからあの翡翠の鎚を携帯しろ。重くてしんどいなら従卒にもたせろ。そうだ、従卒にもたせろ。普段は従卒にもたせ、必要なときだけお前さんがすました顔で翡翠の鎚を手に取る。そっちのほうが儀式ばって処刑に箔がつく。インディオたちはわしらを恐れるようになる。お前さんの狂ったようなおぞましい殺し方とデ・レオン大尉の涼しい顔で次々と喉を掻き切る冷酷さがこの密林で伝説となり、地獄旅団は大蛇や疫病と同じくらい恐れられるのだ。わしらの真の敵はこの密林だ。密林に守られているインディオを潰していくには密林を斃す必要がある。その計画にナポリ人とシチリア人が絡んでくる。連中は自分だけの土地がもらえるなら、どんな上流にも行く。このサン・ディエゴ陣地は今でこそ陣地だがそのうち稜堡をつくって要塞にし、まわりに民家や商店をはべらせて、町になる。わしらは密林を一つ征服してやるわけだ。そして、同じことを内陸にもする。不帰順インディオどもに文明化の何たるかを教えてやる。文明化とはな、大尉、銃剣で小突き回されながら人頭税と小作料を払うために朝から晩まで地主の土地で汗水たらして働いて、ウサ晴らしを安酒やサイコロに求め、女房子どもを気分次第で張り倒すことをいうのだ。不帰順部族を酒で駄目にしてやる。酒が駄目なら力押しだ。やつらの生活器具あらゆるものを掻き集めて焚き火を作る。何ならやつらを火にくべてもいいくらいだ」
村への道はすっかり工兵によって切り開かれたため、正午に着くことができた。平たい石には何も乗っていなかった。
「村を焼け。村人ごとな」デ・ノア大佐は命じた。
松明を準備している兵士たちを見て、村長が慌てて駆け寄り、村民全員で探したが見つからなかった、と懇願するように言った。
「そのかわりに」通訳のインディオが言った。「もっと重要なものを捕らえてあるから、それで許して欲しいとのことです」
デ・ノア大佐はテーケ大佐を連れて、その小屋とやらに入ってみた。そこには後ろで縛られて横になったフォイ族の若いインディオがいた。顔がやや腫れていた。村人に捕まったときに抵抗したのだろう。膨らんだ瞼からデ・ノア大佐を見上げていた。
村長はもう一つ、もう一つとさかんに言いながら、部屋の隅にある網代編みの覆いを取った。淡い光を佩びた美しい妖精が手足を縮めて震えていた。
「村長の話では――」通訳が言った。「捕まえたとき、このフォイ族の若者は妖精と親しげに歩いていたとか」
「このフォイ族のインディオに言ってやれ」デ・ノア大佐は言った。「どこで妖精を見つけたか、どこに住んでいるか? 言ったら楽に殺してやる。言わないなら生かしてやる。はやく殺してくれとお願いしたくなるほどの目に合いながら、だがな」
フォイ族の若者は絶対に口を割らなかった。大佐は村長にたずねた。「こいつの住んでいる部落がどこにあるか、わかるか?」
「わかるそうです」通訳が約した。「ここから南に一日と半分ほどいった場所に村があるそうで、この若者はその村の出身だそうです」
「妖精もそのまわりにいるぞ」大佐は言い切った。「こいつがしゃべらないのは想定済みだ。むしろしゃべらないでくれたほうがよかった。さっそく新しい処刑器具を使えるんだからな」
大佐は村の広場に大きな木箱を置いていた。船から荷揚げされて、ラバに引かれてここまで持ち込まれたのだが、大佐は中身を箱から出そうとしなかった。
「最高のタイミングだ」デ・ノア大佐は言った。「箱から中身を出せ」
それは武骨な椅子のようだった。背もたれは一本の鉄の棒で人の首にあたる部分に鉄の環がついていた。その後ろには鉄の絞め棒がついていた。
「こいつはガローテと言ってな」デ・ノア大佐は村民と部下の全員に向かって嬉しそうに手をこすって言った。「死刑囚を座らせて、この首輪を首にはめる。そして、後ろの棒をぐるぐる回すと鉄の環が狭くなって息ができなくなる。で、死ぬわけだ。スペイン人の発明だ。ギロチンよりもずっと気が利いている。そうは思わんか?」
デ・ノア大佐は片目をつむってみせるほど上機嫌だった。ズアーヴ兵たちがフォイ族の若者を椅子に座らせて、環を首にかけさせるのをまるで誕生日のケーキが出来上がるのを眺めている子どものような純真さで見守っていた。
準備が終わると、大佐は村民全員がこれを見るように命じ、全員が命令どおりに集まった。彼らはもはや抜け殻であり大佐の言いなりだった。
処刑役として腕力のあるフランソアの従卒がクランクの絞め棒を握ると、大佐の号令とともにジョアンは棒をまわした。
一まわし。まだ鉄の環は首の皮に触れていない。
二まわし。ようやく冷たい鉄の環が首に触れた。
三まわし。首がきつくなり、空気を求めて、呼吸が速くなる。
四まわし。鉄の環は目に見えて首にめり込み、インディオの喉からはカッ、カッ、カハッと咳の出来損ないのような音が漏れ出した。
「こりゃあいい!」大佐は葉巻を吹かしながら言った。「五千フランの大枚をはたいた甲斐があった。ジョアン、もう一度まわせ。お楽しみはこれからだ」
五まわし。ポキンと音がした。インディオの表情が空ろなまま固まり、喘鳴も止まった。
「少佐!」デ・ノア大佐は軍医少佐を呼んだ。「あいつが死んだかどうか、確かめろ!」
軍医少佐は脈を取り、黄燐マッチをすって、瞳孔の反応を見て、そして、首の辺りを見た。
「首の骨が折れています」軍医少佐は恐る恐る報告した。「ほぼ即死です、旅団長閣下」
「あのくそったれのにやけ面のキューバ人め!」デ・ノア大佐はガローテを蹴飛ばして怒り狂った。「こいつを買うのに五千フランも払ったんだぞ! それが、こんなっ、くだらんおもちゃに、あああ! 畜生めが! こんなことならデ・レオン大尉に絞め殺させればよかった! そっちのほうがずっと苦しめたはずだ!」
村民たちはいつのまにか家に戻って、デ・ノア大佐の怒りが自分たちに降りかからないように先祖と精霊と神々に祈っていた。
「あの、旅団長閣下」同行していた第一副官のテーケ大佐がたずねた。「あの道具はどうしますか?」
「この村の連中にくれてやれ。こんな臆病者だらけの村だって年に一度くらいは殺したいやつが出てくるはずだ」怒りの余り握り潰した葉巻を茅葺き屋根に放り投げると、大佐は馬に乗り、とっとと帰ることにしたらしく、部下がついてきているかも確認せず、馬を進めていった。
フランソアは起きた出来事を自分と切り離してみることができた。
彼は悟った。
世の中は暴力を行使する人間と行使される人間がいる。
彼は決めた。
自分は行使する側にいなければいけない。
でないと行使される側になる。
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