第11話

 三五七名中、四二名しか生還しなかった。この遠征はピエーテルバルクはもちろん本国でも大きく取り上げられたし、他国の絵入り新聞の第一面をも飾った(イラストレイテド・ロンドン・ニュースはメイベルラントの正規兵がインディオに刺し殺されている図の上にメイベルラントの政府閣僚の首が干し首のネックレスになって並んでいる図を掲載した)。この遠征には度重なる失政と疑獄事件によって国民の信頼を失いつつある内閣がその信頼を取り戻すための遠征だったので、その分ダメージも大きかった。

 政府は犯人探しをやり出して、この犯罪的大敗北はアフリカ猟騎兵連隊の連隊長アンソン・セバスシアン大佐にあると糾弾した。

 まず誤った情報を元に部隊の大半を敵の伏兵線に入らせて、損害を負わせた挙句、指揮らしい指揮もせずに後詰めがインディオの包囲によって閉じられ始めると、一人馬で早駆けして海軍の軍艦に戻ってきたという行為は敵前逃亡以外の何物でもないと手酷く非難した。軍法会議が開かれて、開廷一週間後に銃殺刑の判決が下された。そして、この手の大敗北が起きた際に行われるお決まりの大統領が恩赦を出して、被告を終身刑にするという恒例行事が行われるはずだった。

 ところが、セバスシアン大佐に対する恩赦を聞いた途端、民衆が激高し、各新聞も左右を問わず、大統領を攻撃し、〈子を失った母の声〉とか〈夫を失った未亡人〉などのお涙頂戴コラムが盛んに掲載されたものだから、大統領は出した恩赦を引っ込めなければならなかった。

 こうして、優柔不断に恩赦を出し入れする大統領の権威はさらに失墜し、ガフガリオン派は調子付き、セバスシアン大佐の銃殺刑は不可避のものとなった。

 新しい要塞司令官がやってきた。エレミアス・マルク大佐。軽騎兵崩れの、小賢しい、得意といったらポーカーのイカサマくらいしかない人狼で、同じ人狼仲間からも〈イヌ野郎〉呼ばわりされてきたしょうがない男だった。

 マルク大佐の第一の仕事はセバスシアン大佐の銃殺だった。まず、セバスシアン元大佐があのアラビア風の服で監獄につながる暗がりからやってくる。階級章をむしりとられたセバスシアン元大佐は銃殺用の壁に立たされる。そこはちょうど胸の高さにいくつも穴があいている壁なのだが、銃弾の痕は左右五メートルに帯状に伸びている。そんなに大量の銃殺刑をしたのか、と素直な驚きを覚える。

 セバスシアン元大佐は最後の一服も目隠しも断り、壁に立った。ドラムがバロバロバロ――と不安げな音を鳴らし、士官が「構え!」「狙え!」「撃て!」と命じた瞬間、十本の銃身から十発の弾丸が二度と帰らぬ旅に出て、セバスシアン元大佐の体にめり込んだ。元大佐はまず体と捻じ曲げて、その姿勢のまま倒れ伏した。士官が作法に則ってトドメの銃弾をこめかみに撃ち込んだ。これでセバスシアン元大佐も二度と帰らぬ旅に出た。

 要塞は士官と兵卒の補充を受けて、要塞の士卒たちのなかでも生き残り派と新参派といった罪のない派閥が出来上がったが、その両派閥の関心は妖精目的の遠征をまたやるつもりなのかということだった。

 現在の要塞人員は二七〇名で以前よりも少ない。タバチェンゴなどの村の守備隊としては大丈夫だが、遠征はできない。それは生き残り派は思い知っているし、新参派もそれを否定するつもりはない。また司令官の人選で言えば、はっきりいってマルク大佐は前任者よりも劣る人物だった。もちろん、遠征となればセバスシアン大佐のように突然豹変して立派に見えることがあるのかもしれないが、マルク大佐はセバスシアン大佐とは別の欠点、だらしなさにあった。セバスシアン大佐はなるほど英雄気質ではなかったが、几帳面であった。マルク大佐は何をするのも間違いだらけで、新しい第一副官のリーバー少佐がいなければ、各守備隊はろくに食べるものもないまま、空きっ腹をかかえて哨戒をしなければいけなかったはずだった。文書作成能力も中学生並みであり、どうもここの要塞司令官に任じられたのは本国でどこかの王族の娘相手に口にはできない何かを仕出かしたための懲罰人事でやってきたのだった。

 そんな男が大将なら、こりゃ政府も妖精はあきらめたな。

 士官も兵卒も、遠征参加者や新参者もそう思った。マルク大佐もリーバー少佐もそう思った。だが、政府には別の思惑があった。

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