第10話
密林は大いなる癒し手だ。吹き飛ばされた花はすぐにまたつぼみを開き、失われたハチドリの卵の殻がもう内側から破られようとしている。撃ち殺したレダンゴ族の骸を夕暮れから夜明けまでずっと銃剣で刺し続けた伍長でさえも密林が癒してくれるだろう。
闇を食い破るようにして現われた太陽が密林のギザギザした縁から昇ってきて、川面に一瞬で火をつけて、漆喰壁と茅葺き屋根を真っ赤な光で照らし、その影が長く伸び、葦の原をまたいで、密林に吸い込まれていった。
フランソアは頃合だと見て、交易所の影のなかへ歩を進めた。先頭に立ち、二人の部下とともにまず外の安全を確認した。すぐ銃声がして兵士のうち一人の頭が破裂するとフランソアともう一人の兵士が交易所にかけ戻り、扉を閉めた。
白煙に当てろ! そう叫んだのはアンドレルゼン大尉だった。猟兵連隊にいたことがあり、射撃の腕は連隊一、二を争うものだったという。実際、密林に浮かんだ発射煙に放った大尉の弾丸はナク族の戦士の目玉を吹っ飛ばしていた。フランソアはリヴォルヴァーの射程は知れているので各窓をまわって、できるだけ多くのインディオを殺してくれと命じてまわった。密林の敵が少なくなり、川沿いから撃ってくるインディオが密林のほうへまわされたその瞬間が生き延びる最後の機会だった。薄くなった防衛線を銃剣突撃で破り、そのまま河のそばから離れずに移動し、海軍の船に拾ってもらうのだ。
川沿いのインディオが一人、また一人と密林のほうへとまわされていく。まるでこちらが密林に血路を開こうとしているかのように思わせておけば、川沿いの道が開ける。
「焦げ臭いぞ」誰かが言った。
みなが空気を嗅いだ。そして、屋根を見上げた。茅葺きの隙間から白い煙が滲み出るような動きをしていた。
「火矢だ!」
「おれたちを燻し出すつもりだ!」
くそったれめ! 大尉がそう叫ぶと、火矢を射て密林に戻ろうとしていた射手の背中を撃ち抜いた。だが、乾燥した茅葺き屋根はあっという間に火がまわり、火のついた茅がパラパラと落ちてきていた。
フランソアは川沿いの道を見た。二人の銃を持った戦士がいるだけだった。フランソアはビュシェット少佐とアンドレルゼン大尉を交互に見た。二人はうなずいた。
「よし、一気に出るぞ! 川沿いへ走る! 立ちはだかるやつは撃ち殺せ!」
裏口と蹴破った窓から三十人ほどの兵士がわっと飛び出した。すぐに弾が飛んできて、グシャッという音を立てて血を吐きながら倒れるものもいた。川沿いの道を守っていた戦士の一人にフランソアは六発撃って倒すと、銃身に槊杖を突っ込んでいたもう一人の戦士が銃を振り上げて投げつけようとしたが、ミケルス曹長の銃剣が先んじて、インディオの胸を貫いた。
川沿いの道を走りながら、フランソアは一瞬だけ交易所のほうを振り向いた。火は壁まで伝わり白煙と赤い火が代わる代わる屋根から吹き出した。そして、二発の銃声。
フランソアは走った。もう二度と振り返らなかった。
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