第七幕


 第七幕



 数多の参列者達で埋め尽くされた、バジェオウル氏の宮殿の大ホール。その大ホールの中央で、折れていない左手でもって祝杯を傾けながら、俺はひどく複雑で難しい表情を浮かべていた。

「やあサイト、またお会いしましたね。私の事を、覚えておいでですか? 前回の結婚式でご挨拶させていただいた、アフメト・オザイですよ。この度は、結婚おめでとうございます。しかし、まさかこんな短期間で二度も結婚し、しかも今度は同時に二人の花嫁を迎えるだなんて羨ましい限りじゃないですか。どうかあなたと三人の美しい妻との末永い幸せを、心からお祈りしておりますよ」

「ありがとうございます。えーと……オザイさん」

 アフメト・オザイと名乗った、なんとなく見覚えのあるデブでハゲのおっさんと抱擁を交わし合ってからご祝儀を受け取ると、俺は次の参列者との挨拶に移行する。今回の結婚式はバジェオウル家とバヤル家の二人の花嫁両家に招待された参列者達が集結しているので、単純計算で俺は、前回の二倍の数の人間と挨拶を交わさなければならなかった。

 そう、今日は俺とヤセミーン、そしてクロエとの合同結婚式の当日である。式の会場はバジェオウル氏が宣言した通り、広壮な彼の宮殿の大ホール。普段にも増して豪奢に飾り付けられたその大ホールの中央では本格的なオーケストラの一団が民族音楽やクラシック音楽を奏で、真っ白なクロスが敷かれた幾多のテーブルの上には参列者全員に充分に行き渡るだけの料理と酒が所狭しと並び、やはりバジェオウル氏が宣言した通りにそれはそれは盛大で壮大な結婚式であった。

「どうしたの、サイト? 冴えない顔しちゃってさ。ほら、せっかくの祝いの席なんだから、もっと笑いましょうよ」

 そう言いながら俺の頬っぺたを悪戯っぽくつついて来るのは、まるでファッションモデルの様にスリムでスタイルの良い肢体を真っ赤なウエディングドレスに包んだヤセミーン。彼女は俺と一緒に式の参列者達と挨拶を交わし合いながら、剥き出しの現金や金のインゴットと言ったご祝儀や祝いの品を受け取ると、更にそれを宮殿の使用人に手渡す役割を担っている。

「いや、その、何だか大変な事になっちゃったなあと思ってさ」

「なあに? あなたもしかして、あたしと結婚した事を後悔しているの? ん?」

「そうじゃないけどさ……」

 言葉を濁した俺の顔を、やはり悪戯っぽく覗き込んで来るヤセミーン。彼女の手元や足元や喉元と言ったドレスから露出した肌には染料のヘナによって植物を象った模様が描かれており、その模様が彼女の美しさをより一層強調していた。つまり結婚前夜に同性の友達同士で集まって独身生活最後の夜を祝うクナ・ゲジェスィの場で施された模様が、花嫁であるヤセミーンを彩っているのである。

「おい、サイト」

すると今度は、ヤセミーンが立っているのとは反対側の左隣に立って参列者に応対していたクロエが俺の名を呼んだ。勿論クロエもまた赤いウエディングドレスに身を包み、ヘナによって素肌に模様が描かれている。

「一体いつまで、こんな有象無象共を相手に単純作業を繰り返さなきゃならないんだ? 面倒臭くて仕方が無い」

 ぶつぶつと愚痴を漏らしながら、クロエがそう言った。どうやら今回の結婚式や結婚相手に対して何の思い入れも無い彼女によると、今日と言う祝いの日の由無し事は全て、単に面倒臭いだけの単純作業に過ぎないらしい。年頃の女の子が、本来ならば人生でも数少ない晴れの舞台である自分の結婚式をそんな風に評しているのを見ると、何だか少し不憫にも思えて来る。

「ようサイト、ヤセミーン、それにクロエも」

 次に挨拶に訪れた参列者は、ヤセミーンの兄であるヤウズ・バヤル。やけに赤ら顔で陽気に笑っているところを見ると、どうやら彼は既に酔っているらしい。

「三人とも、結婚おめでとさん。それと、紹介しよう。こちらは俺やヤセミーンの曾祖母の、ナディデ婆さんだ。普段はイスタンブールを離れて首都のアンカラに住んでいるんだが、今日はあんたらの結婚式のためにわざわざ来てくれたのさ」

 ご祝儀である剥き出しの現金を渡し終えたヤウズがそう言って、彼の隣に立つ小柄な老婆を紹介した。するとその老婆はこちらへと歩み寄り、俺の手を取る。

「初めましてサイト、ヤセミーン、クロエ。そして、結婚おめでとう。ついこの前まであんなに小さかった曾孫のヤセミーンがもうお嫁に行くだなんて、あたしは嬉しくって嬉しくって……。どうかサイト、ヤセミーンを末永く幸せにしてやってください」

 小柄な老婆、つまりヤウズとヤセミーンの曾祖母であるナディデ婆さんは俺の手を握りながらそう言うと、感極まったのかぽろぽろと涙を零して泣き始めてしまった。するとそんな優しい曾祖母を、曾孫であるヤセミーンはギュッと抱き締める。

「ナディデお婆ちゃん、そんなに泣かないで。あたしはきっと幸せになるし、今日はおめでたい結婚式の日なんだから、もっと笑ってちょうだい」

「ええ、ええ、笑わなきゃね。何て言ったって、今日は可愛いヤセミーンの結婚式なんですもの」

 ひ孫の結婚を祝福する曾祖母と、そんな曾祖母を優しく抱き締めるヤセミーン。実に感動的な光景を前にした俺やヤウズは温かな眼差しでもって二人を見守るが、相変わらずヤセミーンや俺に心を開いていないクロエは唇を尖らせながら不機嫌そうに不貞腐れているし、更にもう一名ばかりこの結婚式会場には不機嫌そうな人物が居た。俺達が立っている場所から程近いテーブル席で一人でシャンパンをぐいぐいと煽っている、俺の法律上の妻で第一夫人のアイシェである。

「アイシェ」

 やがて参列者への応対とご祝儀の授受を一通り終えた俺は、アイシェの元へと歩み寄って声を掛けた。

「……何ですか?」

 やはり不貞腐れながらそう言ったアイシェは手にしたシャンパングラスの中身をぐいっと一息に飲み干すと、酔って据わった眼でもってじろりと俺を睨む。

「頼むからアイシェ、そんなに怒らないでくれよ。な?」

「あたしは怒ってなんていません。只ちょっと腹を立てていて、ムカついているだけですから。だからサイトはあたしの事なんか気にしないで、ヤセミーンやクロエと仲良くしていれば良いんです」

「やっぱり怒っているんじゃないか」

 シャンパンの飲み過ぎで酔っているせいか、それともお嬢様育ちなので怒りの感情が上手くコントロール出来ていないせいか、少しばかりアイシェの言動がおかしい。そして彼女はとうとう、給仕が運んで来た全てのシャンパングラスの中身を飲み干してしまった。

「アイシェ、いくらなんでも飲み過ぎだよ」

 俺は苦言を呈するが、そんな俺を半ば無視したアイシェは突然立ち上がると、宣言する。

「あたし、先に帰らせてもらいます!」

 そう宣言したアイシェはつかつかと踵を鳴らして歩き始めると、そのまま脇目もふらずに、結婚式の参列者でもって混雑した宮殿の大ホールから立ち去ってしまった。

「アイシェ!」

 俺はアイシェの後を追おうとするが、そんな俺をヤセミーンが引き止める。

「いいから放っておきなさいって。彼女、ここには居たくないんでしょうからさ。それよりもサイト、今はあたし達の結婚式を思う存分楽しむべきじゃないの? ほら、皆と一緒に踊りましょうよ、ね?」

 ヤセミーンはそう言って俺を引き止め、他の参列者達と共にオーケストラの生演奏に合わせて踊ろうと誘うが、宮殿の大ホールを立ち去ってしまったアイシェを心配しているのは俺だけではない。

「アイシェお姉様!」

 敬愛する従姉妹の名を叫びながら、真っ赤なウエディングドレスに小柄な身を包んだクロエがアイシェの後を追って、大ホールを立ち去ろうとした。するとヤセミーンが彼女の肩を掴み、俺に続いてクロエもまた引き止める。

「あら、クロエ? アイシェはともかくとしても、あなたは出て行っちゃ駄目よ? 何せあなたは今日この場の主役の一人なんですから、居なくなったりなんかしたら式が台無しじゃないの。そんな事になったら、この結婚式の主催者であるあなたのお爺様の顔に泥を塗る事になっちゃうけど、いいの? あなただって、そのお爺様に養われている身なんでしょう?」

「ぐっ……」

 ヤセミーンの忠告に、アイシェの後を追おうとしていたクロエは忌々しそうに歯噛みしながら口篭って足を止めた。ちなみに小柄な少女であるクロエの年齢は、留学先だったイングランドの寄宿学校を卒業したばかりの十八歳。幾らトルコの法律では既に結婚出来る年齢だとは言え、まだまだ親族から養ってもらっている子供に過ぎない彼女が一族の家長であるバジェオウル氏の意向に逆らうのは、将来的な利害関係や友好関係から鑑みても得策ではない。

「分かったよ! ■■■■!」

 結婚式の場で花嫁が口にするべきではない放送禁止用語を小声で吐き捨てたクロエは手近な椅子に腰を下ろすと、眼の前のテーブルの上に並んだ祝いの料理をもりもりと食べ始める。どうやら腹の虫が納まらずにジッとしていられない彼女は、その腹を食べ物で満たす事によってストレスを発散させようとしているらしい。

「さあ、それじゃあサイト、気を取り直してあたし達は踊りましょ? せっかくの結婚式なんだから、楽しまなくっちゃ。ね?」

「あ、ああ」

 俺はヤセミーンにエスコートされながら大ホールの中央に足を踏み入れると、オーケストラの生演奏に合わせて踊り始めた。残念ながら折れた右腕をギプスとアームホルダーで固定したままでは上手く踊れなかったが、それでも音楽に合わせてステップを踏む内に、それなりに楽しくなって来る。

「サイト、今あたし、最高の気分よ」

 人生最大の晴れ舞台である自身の結婚式に臨んだヤセミーンは嬉しそうに笑いながらそう言うが、怒って立ち去ってしまったアイシェと祝いの料理を貪り食う事でストレスを発散させているクロエの姿に、これら三人全員の夫である俺は複雑な表情を浮かべざるを得ない。だが今この時ばかりは、離婚する事無く迎えた俺の二度目の結婚式を楽しませてもらおう。


   ●


 乗っていたリムジンが停車する際の僅かな震動でもって、俺はハッと眼を覚ました。リムジンの後部座席で俺を左右から挟み込むようにして両隣に座っていたヤセミーンとクロエの二人もまた、ゆっくりと眼を覚ます。

「サイト様、ヤセミーン様、クロエ様、到着いたしました」

「ああ、ありがとうスレイマン」

 俺は礼を言うと、ヤセミーンとクロエと共にスレイマンが運転するリムジンから大理石で舗装された玄関ポーチへと降り立った。すると俺とアイシェの新居であり、そして今日からはヤセミーンとクロエを加えた夫一人と妻三人の変則的な新婚夫婦が暮らす事になる邸宅の正面扉に歩み寄る。つまり俺達は今しがた、バジェオウル氏の宮殿の大ホールで執り行われていた合同結婚式から帰宅したのだ。

「あたし、踊り疲れて寝ちゃってたみたい」

 そう言ったヤセミーンがあくびを漏らし、同じくリムジンの車内では眠ってしまっていたクロエが「げっぷ」と小さなげっぷを漏らす。どうやらクロエはストレス解消のためとは言え、結婚式の最中にヤケ食いし過ぎてしまったらしい。

「ただいま」

 俺は玄関扉を開けて、帰宅を告げた。

「エスラ、アイシェはもう帰っているのかい?」

「はい。アイシェ様でしたら先に一人でお帰りになられて、既に寝室でお休みになられております」

「そうか」

 出迎えてくれた使用人のエスラの返答に、俺は小走りでもって廊下を渡って寝室へと急ぐ。そして邸宅の奥の寝室へと足を踏み入れてみれば、確かにエスラの言った通り、薄暗い部屋の壁沿いに設置されたキングサイズのベッドの上で俺の第一夫人であるアイシェが就寝していた。またすうすうと可愛らしい寝息を立てるアイシェの枕元では、彼女の愛猫である短毛種の白猫のアイもまたころりと丸まって、飼い主と同じようにすうすうと静かな寝息を立てている。

「? サイト? 帰られたのですか?」

 寝室に足を踏み入れた俺の気配を察してか、眠っていたアイシェが眼を覚ました。結婚式の会場で飲み過ぎたシャンパンの酔いが冷め切っていないのか、未だ少し眼が充血しているように見える。

「ああ、ごめんアイシェ、起こしちゃったかい?」

「いえ、大丈夫です。夫を出迎えるのは、妻の務めですから」

 そう言ったアイシェは眠たそうに眼を擦ってあくびを漏らしながら、ベッドの上で半身を起こした。しかし愛する飼い主が目覚めても、短毛種の白猫であるアイシェの愛猫のアイはと言えば彼女の枕元ですうすうと寝こけたままで、眼を覚ます様子は無い。こう言う時に飼い主の心情を察してくれる犬とは違って、猫と言う動物は実にマイペースである。

「アイシェ、何か今日は……と言うか、先月ヤセミーンと会ってからこっち、キミには気苦労を掛けさせてばかりだね。ごめんよ」

 俺がアイシェをねぎらうのと同時に、薄暗い寝室にヤセミーンとクロエの二人の花嫁もまた駆け込んで来た。

「どうしたの、サイト? シャワーも浴びずに寝室に駆け込んじゃって、もう寝るの?」

「アイシェお姉様? アイシェお姉様はどこだ、サイト?」

 揃って疑問を口にする二人に、俺は要求する。

「ヤセミーン、クロエ、済まないけれど少しの間だけ、アイシェと二人きりにさせてもらえないかな?」

「そうね、それじゃああたし達はリビングで酔い覚ましのお茶でも飲んでいるから、用が済んだら迎えに来てくれるかしら?」

「何を言っているんだ、サイト! アイシェお姉様に会わせろ!」

 俺の要求を快諾してくれたヤセミーンと、不満げに異を唱えるクロエ。しかしヤセミーンが「いいからあなたもリビングにいらっしゃい」と言って、半ば強引にクロエを連れて寝室から退散してくれたおかげで、薄暗い寝室に残されたのは俺とアイシェの二人だけとなった。そして俺はベッドの上で半身を起こしたアイシェの隣に寝転がると、改めて彼女に謝罪する。

「ごめんよ、アイシェ。俺が優柔不断だったせいで、こんな事になってしまって。本来ならば俺がフェルハト爺さんの決定に逆らってでも、ヤセミーンとクロエとの結婚を断るべきだったんだ」

「いいえ、いいんです。過ぎた事をあげつらって、いつまでもうじうじと不平不満を漏らしていても仕方がありませんし、それにあなたばかりを責め立てるのも気が引けますから。でもその、サイト、勿論あなたに対して言いたい事は山ほどあります。ですが、あたしはあなたの妻であり、あたし達は二人揃って一組の夫婦じゃないですか。そして夫婦の問題は二人一緒に力を合わせて解決するべきですから、どちらか一方に全ての責任を押し付けるような事はしてはなりません。だから、あたしも悪いんです。そう、あの時あたしがフェルハトお爺様にあなたを叱ってもらおうだなんて幼稚な事を言い出さなければ、今頃はこんな事にはならなかったかも……」

 そこまで言い終えたアイシェを抱き寄せた俺はそのまま彼女をベッドに押し倒すと、彼女の唇に自分の唇を重ねた。そして暫し互いの唇と舌を堪能し合いながら、同時に互いの愛も確認し合う。

「ありがとう、アイシェ。やっぱりキミは、俺の大事な愛しい妻だ」

「ありがとうございます、サイト。あたしもあなたを愛していますし、あなたに愛されている事が嬉しくて仕方がありません。しかしきっかけや途中のいざこざはどうあれ、今はヤセミーンとクロエの二人もまたあなたの妻なのです。そしてアル・クルアーンによると、複数の妻をめとったムスリムの男性は全ての妻を平等に愛する責務を負うとされていますから、あなたはヤセミーンとクロエもまた愛さなければなりません。あたし一人だけが、あなたの寵愛を一身に受ける訳にはいかないのです。それに、クロエはともかくとしても、ヤセミーンがあなたを愛している事は異論を挟む余地の無い事実でしょう。でしたら彼女の愛に立派に応えてみせてこそ一人前の男であり、あたしの夫に相応しい人物でもあります」

「アイシェ……」

「さあ、サイト。あたしの事は気にせずに、ヤセミーンの愛に応えてあげてください。あたしは今夜は、客間のベッドで寝ますから」

 そう言ったアイシェは、キングサイズのベッドから身を起こして立ち上がった。そして寝室から出て行こうと扉に足を向けた彼女は、途中で一度こちらを振り向く。

「お休みなさい、サイト」

「ああ、お休みアイシェ」

 俺と就寝の挨拶を交わしたアイシェの表情は、少し寂しそうな笑顔だった。そして寝室を出て行った彼女の背中を見送りながら、俺は申し訳無いような情け無いような、上手く言葉で言い表せないネガティブな感情でもって胸が締め付けられる。

「さてと……」

 一通りの自己嫌悪を終えた末に、俺は寝転んでいたキングサイズのベッドの上で身を起こすと、キリムと呼ばれるオスマン帝国伝統の絨毯が敷かれた床へと降り立った。そして寝室を後にしてから、ヤセミーンとクロエが待っている筈のリビングへと足を向ける。

「あら、サイト。アイシェとの話はもう済んだの? 彼女はどこ? 一緒じゃないの?」

 リビングに足を踏み入れた俺に、革張りのソファに腰を下ろして酔い覚ましのチャイを飲んでいたヤセミーンが尋ねて来た。

「ああ、終わったよ。アイシェなら、今夜は客間で寝るってさ」

「ふうん、そう」

 俺の返答を聞いたヤセミーンはそう言うと、それ以上は俺とアイシェがどのような会話を交わしていたかを特に追求する事も無く、静かにチャイを飲み続ける。

「アイシェお姉様は客間で寝ているんだな? だったらあたしも一緒に客間で寝るぞ!」

 しかしヤセミーンとは対照的に、彼女と一緒に渋々ながらチャイを飲んでいたクロエはそう宣言すると、客間に急ごうとソファから腰を上げた。

「あら? ちょっと待ちなさいな、クロエ」

 優雅にチャイを飲みながら、アイシェが寝ている筈の客間を目指して歩き始めようとしたクロエにヤセミーンが問う。

「あなた、今夜は新婚初夜なのよ? あたしと一緒に、サイトに抱いてもらわないの?」

「なっ……」

 ヤセミーンの問い掛けに、思わず絶句するクロエ。彼女は羞恥と恥辱の念でもって頭に血が上ったのか、いかにも白人種らしい色白な肌に覆われたその可愛らしい顔を、見る間に真っ赤に紅潮させた。勿論ここで言う「抱いてもらう」とは夫婦の夜の営み、つまりは男女の性交渉の事である。

「ば、ばばばば、馬鹿な事を言うな! だ、だだだだ、誰がこんな■■■■野郎に抱かれたいだなんて思うもんか! ヤセミーン、あくまでもあたしはお前とサイトを監視して、お前らからアイシェお姉様を守るためにこいつと結婚したんだからな! いいか、サイトもその事を忘れるなよ! 忘れてあたしに夜這いを掛けたりなんかしたら、お前の■■■■を思いっきり蹴り潰してから引きちぎって、野良犬に食わせてやるからな! いいな! 分かったか!」

 顔を真っ赤に紅潮させながらクロエは怒鳴り散らすが、彼女の発言には都合二回ほど、年頃の少女が口にしていい言葉ではない放送禁止用語が含まれていた。

「あら、そうなの? あたしはてっきり、あなたが嫌いな男に抱かれて興奮するタイプなのかと思って楽しみにしてたのに。それじゃあせっかくの、サイトとあたしとあなたとでの三人同時プレイも出来ないじゃないの」

「三人同時プレ……! なななな、何を言っているんだお前は! 破廉恥な! 恥を知れヤセミーン! この■■■■!」

 未だ十八歳の少女に過ぎないクロエが益々をもってその可愛らしい顔を紅潮させながら叫ぶが、大人の余裕を見せるヤセミーンは意に介さない。

「あら? そんなにおろおろと取り乱すだなんて、あなたもしかして、キスも未だ未経験の処女なのかしら? だったらこれを機会に、その処女膜をサイトの■■■でぶち破ってもらったらどう?」

 このヤセミーンの発言に、遂にクロエがキレたかと思えば、尚も叫ぶ。

「ふ、ふふふふ、ふざけるな! お、おおおお、お前の様な破廉恥極まる痴女と話していたら、あたしの口が腐る! お前もサイトも、二度とあたしの前に姿を現すな! 死ね! 死んでしまえ! この■■■■野郎共が!」

 そんな放送禁止用語による捨て台詞を残して、頭から湯気が立ち上らんほどにまで怒り心頭っぷりを露にしたクロエは、邸宅のリビングからアイシェが寝ている筈の客間目指して駆け出して行ってしまった。そして気付けば、邸宅のリビングには俺とヤセミーンだけが残される。

「あらあらあら、初心うぶ未通女おぼこらしい、実に純真無垢で可愛らしい反応だこと。男女の秘め事に対してあそこまで過敏に反応するだなんて、やっぱりあのクロエとか言う子は未だ処女なのかしら?」

「さあね。だがキミはどうやら処女ではないんだろう、ヤセミーン?」

「あら、どうかしら? その問いの答えを知りたかったら、これから寝室のベッドの上で確かめてみてはどうかしらね、サイト?」

 チャイを飲み終えたヤセミーンは空になったティーカップをテーブルの上に置きながらそう言うと、やはり意味深に、そして悪戯っぽくほくそ笑んだ。

「なるほど、それじゃあお言葉に甘えて、そうさせてもらおうか。きっとキミは、ベッドの上でも不敵にほくそ笑むんだろうね」

 ヤセミーンに主導権を握られまいと思った俺はそう言って、彼女をエスコートしながら寝室へと足を向ける。きっと今頃は客間のベッドの上でアイシェが傷心の涙を流している事だろうし、その隣ではクロエが恥辱と羞恥に怒り狂っているのかと思うと罪悪感でもって少しばかり気が引けるが、今はヤセミーンとの初夜の交合を楽しむ事を許してほしい。

「サイト、愛してる」

「俺も愛しているよ、ヤセミーン」

 そう言った俺達二人は抱き合い、唇を重ね合った。そして静かに、俺とヤセミーンとの甘い夜が始まる。

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