第16話 0の勇者

 母さんは夕ご飯の生姜焼きをテーブルに並べている最中だった。

 舞はソファから身を乗り出して母さんの背中に猫なで声で訴えていた。


「ねえ、説明したでしょう? このキッズスマホ絶対乗っ取られてるって。これを機にさあ、普通のスマホに変えようよー」


 母さんは舞をチラリと見ただけですぐに台所に戻り、シンクで作業をしながら厳しい口調で答えた。


「スマホが乗っ取られる? へんなアプリでもダウンロードした? する前に私に通知がくるはずだけどね」

「きっと何とか番号とかIMなんとか……そんなのが漏れたんだわ。きっとメール内容とかダダ漏れよ。もうだめ。普通のスマホに変えて」

「普通じゃなくてもいいでしょう。こっちの方には防犯ブザーだって付いているし。場所もわかるから、魔物が来ても安全よ」

「それはそうだけど。私、普通より断然強いしさ。中身も大人だしさぁ……キッズ用はコンテンツがツマンナイのよね」


 スマホに関しては俺も言いたいことがある。以前使っていたキッズスマホは、交通事故の時壊れてしまっている。

 俺はご飯の並んだテーブルに着いて二人の間に入った。


「俺も新しいスマホ欲しいな。ほら、俺も事故で成人化したし。分別もつくからさ。普通のでいいと思うなー」

「へー。昔の事を思い出したことは『成人化』っていうんだ。体は中学生なのに」


 母さんの視線は冷たい。母さんはまだしも舞も冷たかった。


「私はこいつみたいに変なことには使わないから。メイクアプリとかインスタとかもっと自由に見たいだけだもん」

「変なことってなんだよ。勝手に決めつけるなよ」

「ぜーったい、エロサイト見るでしょ」

「そんなのラノベや漫画で十分だもんね。お前だってTL・BL読み放題にしたいんだろー」

「あのね!」

「二人とも……いい加減にしなさいよ」


 料理の皿をテーブルに置いた後、母さんが俺たちを睨みつけた。

「あんた達は子供。まだ子供なんだからね。子供らしくキッズスマホにしておきなさい!」

 予想通りのセリフ──俺と舞は顔を見合わせた。このくらいで大人しくなったら、言った意味がない。粘らなければ。

「無理だよ、魂は成人済みなんだから。子供らしくするなんて無理無理」

「すでに一回自由を味わっているもんね。学校や限定コンテンツに縛られているなんてなかなかのストレスだわ」


「だめです! 」ついに母さんの堪忍袋にようだ。


「あんた達はこの世に産まれて十年ちょっと。この世ではそういう事になってるの。中身なんてわかんないの。どう説明するのよ、お父さんとか。『最近フィルター外したようだが、何かあったのか』って聞かれた時に。お父さんの教育論もあるからね。大人しくフィルターのかかった無毒無課金の世界を楽しんで。あの頃に戻りたいっていう人もいるんだから」

「いや、俺は別に戻りたく」

「この世であんた達を産んだのは私だから。あんた達は見た目も書類上も子供年齢だから、あんた達の面倒は親に責任取れってくるのよ。金も払えって。法律では子供として守られて、行動は大人扱いってずるくない? もう一人前として独立しちゃう? 自分でご飯作る? 大人になったら面倒なこともあるってこと忘れてない? 私に親らしくしてほしいなら、子供らしくしなさいよ。文句があるならかかってきなさい。前世の記憶、昔の技を使えるのはあんた達だけじゃないんだから」


 母さんの目がレグルスの目に変わっていく。眉間に縦じわ、見開いた目の眼力──その迫力は舞の般若なんて比較にならない。こちらは金剛力士像だ。盾と戦斧を構えた大男の戦士が重なる──俺と舞はだんだん小さくなっていった。


「……アーティー行けば?」

「身長が伸びるまで待ってくれよ。漫画みたいにハイパー化とかできねえし……」

「話は済んだわね。勇也のキッズスマホは考えておくわ。さあ、ご飯の準備ができたわよ。め・し・あ・が・れ」


 レグルスは母さんの顔に戻ってにっこり笑った。



      × × × × ×



 翌朝はとりあえず普段通りの時間に家を出て学校に向かう。だが、先に行った舞が学校の手前で腰に手をやり立ち止まっていた。理由は分かる。目の前の学校を見れば。


 いつも通っている中学校が異様な気配に包まれている。生徒はどんどん登校しているが、学校に近づくにつれ表情がぼんやりとしていく。ただ学校が嫌だ、面倒だという理由ではないようだ。


 いつもなら、朝早くても学校がかったるくても若者ならではの周囲への過敏なアンテナを張っていて、おしゃべりしていても誰かが軽く石を蹴った事に気づいて笑い合ってしまうような、そんな快活な雰囲気があるのに、その生き生きした精神状態が気配に侵されてだんだん麻痺していっている気がする。



「おはよう、ミサキ。今日何かあったっけ?」

 舞が傍を通った同級生に声をかけた。


「何もないわ。みんないつもの様に登校しましょうって、メルマガがきたよ」

 ミサキは舞の顔を見て少し微笑んだが、抑揚少なげに答えるとさっさと歩いていった。


 俺が舞の横に並ぶと、舞は学校を睨みながら言った。


「メルマガって、M.M FCからのものよ。私のスマホはユミにメッセージ送ってからウンともスンとも言わなくなった。もう、薄気味悪いんだから」

「これ、何だと思う?」

「さあね。私たち以外気づいていないみたいだけど」

「俺たちが分かるのは何故だと思う?」

「……懐かしい気配が混ざっているからかしら?」

「だよな……」


 学校に漂う淀みの中に、俺たちが嗅ぎ慣れた魔物の気配が微量だが混じっている。学校に入ったらどんどん濃くなるに違いない。


「どうする? このまま学校行く?」

 舞が尋ねた。


 このまま進むか、様子を見るか、レグルス母さん呼んでくるか……選択肢は色々あるが──俺は周りを見渡した。知った顔が次々と登校していく。


「とりあえず、何があるのか確かめてみるか。訳わかんないまま遠巻きに眺めていても仕方がない。こいつらもほっとけないし」

「じゃあ、ちょっと待って」


 舞は手足をブラブラさせてウォーミングアップすると、両手を顔の横に持っていって独特のリズムで手拍子を打った。時にかん高く鋭く、時に低く静かに、手の合わせ方もずらしたり擦るようにしたり、気分を高揚させるような早い拍子で、靴のかかとも打ち鳴らして──表情豊かにパーカッションを奏でた。


 彼女の動きが止まった時、いつのまにか取り囲んでいた生徒からおおーっと喝采の声と拍手が送られた。


「どもー! ありがとー」

 舞は周りに笑顔で手を振った。


 俺も笑顔で拍手しながら尋ねた。

「……今のは何だっけ?」


 確かに心も体も打ちふるえて熱くなるような素晴らしいパーカッションだったが、何のための演奏なのか。舞の技は多彩すぎて俺も全部は覚えていられない。


「『情熱のコンパス』よ。このリズムを体に刻めば、幻惑や混乱、精神力を奪うような魔法から身を守ることができるよ。気が遠くなったりしてきたら、このリズムを思い出して。頭の中で鳴らすだけでも効果があるから」


 そういえばそんな技があった気がする。この技は、学校の異様な気配にも有効らしく、聞いた生徒達は晴れ晴れとした表情になっている。


「じゃあ、行きますか。こんな妹と登校なんて嫌だと思いますけどぉ」


 俺にベーっと舌を出して、舞は歩き出した。昨日のことを根に持っているようだ。

 俺は慌てて舞の前に出て歩いた。兄だからというより、今までのパーティーで前衛の方だったからだ。こうしないと調子が出ない訳で、決して兄だからではない。

 後ろからも文句は出なかった。


 正門を通って校舎に近づくと、一階の窓から立川先生が口をぐっと結んだ恐い顔で意味ありげにこっちを見ていた。俺たちが靴箱の方へ曲がるところも追いかけている。手を上げて手招きもした。

 いやな予感がするが、上履きに履き替えて、二人で立川先生のいる保健室に行ってみた。


「ユミ! どうしたの、そのキズ⁉︎」


 白衣を羽織って立つ立川先生の横に、整った顔立ちに青アザを作り、手首に包帯を巻いた女の子が力なくベッドに座っていた。この黒いストレートヘアの細身の子が舞の友達のユミらしい。

 舞が駆け寄ると、ユミはポロポロと涙を流した。


「どうしたの、何があったのよ」

「私、私……先輩のこと、やっぱり好きだったから……」


 ユミは舞に話そうとするが、嗚咽になって続けることができなかった。

 俺は立川先生を見た。暗い顔の立川先生はおもむろに口を開いた。


「……また、様子を見に行ってもらえるかしら」


 俺は先生の他人任せな言葉に一瞬呆然としてイライラした。


「またかよ。何があったんだよ。様子を見るんじゃなかったのかよ」

「様子? 見ていたわよ。私たちはね」

「ほんとに見ていただけかよ。ケガしないように見守らないと意味ないんじゃないのか、先生なんだから」


 先生はため息をついて、腕組みして壁に寄りかかった。


「今朝出勤したら、この子がいたのよ。この子も様子見派だと思っていたけど、うまく乗せらせたようね」

「様子見派? M.M FCにも派閥があるってことかよ」


「派閥?」ははは……と、立川先生は乾いた笑い声をたてた。「そんなはっきりしたものだと助かるんだけど」

「どういう事かちゃんと話せよ」


 俺のイライラは増すばかりだ。

 先生はちょっと首をかしげて肩をすくめた。


「様子見って、どんな風にするのが正しいのかしら」

「遠くから眺めるんじゃないのかよ。ファンなんだから、温かく……」

「遠くってどのくらいの距離なの? どんな気持ちで眺めるの?」

「は?」

「親の様な気持ちで? 友達の様な気持ちで? 憧れのアイドルを見上げる様な気持ちで? 振られた恋人の幸せを祈る様な気持ちで? 絶対選ばれない寂しさを噛み締めながら温かく?」


 たたみかけるような先生の質問に、俺はよくわからないまま慌てて答えた。


「あんた、真島の彼女になりたかったのか?」

「ほほほ。あなたらしい考えね。そんなにバカじゃないわよ」


 立川先生は俺を見下ろし嘲笑した。すごい羞恥心で顔が赤くなった。


「確かに真島君はかっこいいし、いい子よ。でも、私がM.M FCに入ったのは、うちの生徒達がどんな事をしているかを知りたかったから。それに、子供産むまで剣道していたから。そっちの興味もあって。知ってた? 私が剣道やってたって」

「……知らなかったよ。知ろうとも思わなかった」


 ブツブツ呟く……実際、先生のことなんか知りたくもないし。

 先生の口調が少し緩やかに優しくなった。


「入会する理由は様々よ。ファンクラブだから確かに真島君のことが好きだっていうのが一番多いだろうけれど、好きもそれぞれね。穴が開くほど見つめていたいっていう人から、試合が好きだっていう人。身近なイケメンだから、将来が楽しみだからという人。剣道に、真島神刀流に興味があって、道場や後援会よりも敷居が低いからって入る人。地元の有名人だから、単に面白そうだ、友達に誘われた、友達増える仲間ができるから……もうこうなると、真島君個人はあまり関係ないわね。例え真島君を知らない人でも……そうね、真島君やM .M FCを構成する要素──イケメン、剣道・剣術、広いネットワークなどなど。これらに少しでも関心があり、入会して周囲と関係性を保たれば、M.M FCを構成する要員になる」

「そ、それでファンクラブなのか?」

「これだけ大きな組織になれば『ファンクラブとは何か?』というより『これがM.M FCになっている』と考えた方がいいでしょう。極論から言えば、どんな人でも入会してしまえばM .M FCの要素になるのよ。お分り? どんな性質のモノでも''入会''という因子が加わることで、全てがM.M FCになるのよ!」


 もうだめだ! 俺は舞の方をすがるように見た。


「舞! さっきの『情熱のコンパス』をかけてくれ! 俺の頭がぶっ飛びそうだ。戦闘力がゼロになる!」


 先生が恍惚として天を仰いだ。


「ああ、ゼロ! 最強の因子よ。どんなに大きい数字も、複雑な状況も、これが加われば全てが0、無かったことになる。完璧で最も美しい概念!」


 舞が『情熱のコンパス』を叩きながら言った。


「先生、うちの兄に混みいった事をインプットしようとしないでください! 単純バカなんだから。これから何かさせようというならなおさらです!」

「単純バカってなんだよ。そこまで言わなくてもいいだろ。難しい事は難しいんだよ!」

「要するに、いろんな人がいろんな都合をつけて入っているっていうことよ」


 立川先生は舞に向かってブーと不満げに口を尖らせた。


「あらぁ、せっかくアカデミックに説明したのに、無駄な努力になっちゃったじゃない。もう、舞ちゃんいじわるね」

「どのみち理解されなければ、意味ないです」

「勇也君が0の因子を持っていたのね。素敵! ふふふ、私も先生らしいところあるでしょ? 最近『保健室のオバさん』としか呼ばれないんだもの。失礼しちゃうな」


 俺にとって0とは、HP''0''、M P''0''、精神力''0''、薬草''0''……どうしようもないというか、ジ・エンドのイメージしかない。


「俺、ゼロなのか……なんにもないってことなのか……」

「このまま落ち込んだらね」舞は『情熱のコンパス』を奏で終えると、ユミの横に座った。

「ねぇ、ユミ。何があったかだけ教えてよ。どうしてこうなったの?」


 ユミは今までハンカチで目を押さえて肩を震わせていたが、俺たちのやり取りを聞いて段々と落ち着いてきたようだ。ハンカチを下ろして──まだ目は真っ赤だったが──舞に肩を抱かれながらうつむき加減で静かに話し始めた。


「舞から連絡もらってから、M .M FCのラインやツイート、他のネットも真島先輩の''彼女''の話題で盛り上がった。どんな人なんだろうとか、誰々の事じゃないか?とか。外国人らしいっていう情報も流れて、相応しくないって怒り出す人もいて、色んな意見が飛び交ったのよ」

「『彼女』って、付き合っているんじゃないんだぞ。存在するかどうかも怪しいのに」

「真島先輩が振られるわけないじゃない。先輩が告ったら絶対もう彼女よ!」


 間違いを訂正しようと割り込んだら、ユミにものすごく睨まれて怒鳴られた。


 それに、俺の経験上、世の中思いがけないフェチもいるから、振られない可能性が0なんて奴いないって──と説明してやろうかと思ったが、ユミの青アザの顔があまりに真剣なのでやめた。今こんな女子中学生にそんなこと言ったって、また『キモいわマジで死んで視線レーザー』で撃ち抜かれることになりそうだ。

 ユミは一息ついてから続けた。


「そのうち、どんな人が理想の彼女かっていう話題になって、やっぱり和風で剣道とか薙刀なんかやってる人が相応しいってなっていった。そして、和風の子でも脈あるし、みんな納得するって。まだ付き合ったりしていない今がチャンスだとか。今真島先輩は恋愛モードだから告白したらいける確率高いとか。あなた和風じゃない? って言われたりして。チャンスは自分で作らないとダメだよって。気がついたら『告白しよう、付き合えなくても気持ち伝えよう』って決めていた。


 学校に来たら、ピンクの封筒があって『屋上にいるから頑張れ』って書いてあった。そして行ってみたら、先輩と何人かの女子生徒がいて、なんか恐い雰囲気で、誰が彼女に相応しいかみたいなこと言っていて。『あなた剣道できるの?』みたいなこと聞かれて、できないけど気持ち伝えたいって言ったら、なんか囲まれて、あっという間にパンパーンってやられて……。私なんだかショックで涙止まらなくて、気がついたら保健室に来てて……」

「うんうん、大変だったね。ありがとう」


 舞はユミの背中を優しくさすった。

 立川先生もユミの頭をそっと撫でながら言った。


「何度も言うけど、色んな考えの人がいて、その人たちが昨日いっぺんに動いたみたいね。許せない人たちは許せないなりに、面白くしたい人たちはあちこち煽って、それぞれの立場で真剣に考えた人もたくさんいたでしょう。それらが相互に関係してこういう反応を生んだんだわ」


 やっぱりこういう話はピンとこないが、俺にはもう一人気になっている奴がいる。


「真島はどうしていた?」

「……なんだか恐い顔をしていた」

「情けねぇな」


 またユミに睨まれたが、今度は譲る気はない。俺としては、女の子になんて超羨ましいシチュエーションだ。


「だけど、ただファンクラブがわあわあ喚いたからって、こんな異様な気は発しないだろう? 魔物がいる。だから、ここまで大ごとになってる。魔物はやっつける。俺の''0''は、『魔物を完全に消滅させる』の''0''だ」


 やれやれ……と、舞がお手上げポーズをしながら立ち上がった。


「相変わらずの、アーティー流バカっぽい理論だけど、せっかく転生したんだし、安穏とした日常のためにも、気合い入れますか」


 周りがザワザワしてきた。俺にはすっかりおなじみになった、空間に誰とも判らない声のような、しかし空気を伝わる音声ではない、意思のようなものが響き渡る。舞は天井を仰いできょろきょろと目を動かした。


 よかった! 解決してくれるって……

 ウフフ……面白くなりそう……

 ええー、彼女決めないのぉ? ……

 イチャつくM様とか、嫉妬するM様とか観たかったのにー……

 M様なら金色夜叉なんかどハマりだって……

 ふるーい!……

 こらこら、落ち着きなさーい……

 元に戻すのが一番よ……


「いつも五月蝿うるさい奴らだな。フェアリーというより蝿だ。まずこいつらから0にしてやりたい」


 シーンと静まりかえった。

 今ならなんとなくこいつらの正体もわかる。M .M FCの人間の色々な思考の相互作用に魔物の気が混ざって生じた意思体ではないだろうか。魔物の気は、人のそれより周りへ影響を与えやすい。精神攻撃はその力が強くなったものだ。


「先生は来ないのか?」

「私はM .M FCの構成要素だから。行ったらどんな反応が作用するかわからない。『仕事を失う』ような反応になるのはごめんだわ」


「大人の都合ですね。じゃあ、ユミをお願いします」

 舞があっさりと言った。立川先生はさすがに申し訳なさそうな顔をした。


「なるだけ協力はするわ。M .M FCの子たちがかわいいもの」

「よし! じゃ、この『ゼロの勇者』が昔取った杵柄で、魔物をチョチョイと退治してやりますか」


 いいぞー! もっとやれー!……

 面白くしてー! 誰かが死んでもいいからぁー……


 見えない盛り上がりを受けて、俺と舞は保健室を出た。

 廊下には誰もいない。まだ授業は始まっていないが、みんな教室に入っているらしい。俺たちは階段を上がって、屋上を目指した。


『0の勇者』──唐突に出た言葉だったが、語呂がいい。なんか気に入った。”零”と読み替えてもかっこいい響きだ。でも、0だ。空っぽの0、最初の0。零号機なんてメカものアニメやゲームによく出てくるけれど、プロトタイプという感じで、機能は不完全で強さもまだイマイチなことが多い。やはり気になる。縁起が悪いんじゃないだろうか。


「そうだ! 0を横向きにして、真ん中をきゅっと絞って、『無限大の勇者』にしたらどうだろう」


 舞がじろりと俺を睨んだ。


「今まで何を考えていたか、わかりたくないけど分かるわ。あんた、ゲームにそんなキャラが出てきたら使う?」

「……使わない、かなぁ」

「話は済んだ。前を向いてよ。これでへましたら、本当に『虚無ゼロの勇者』になるわよ」

 あわてて真っすぐ歩き出した。後衛の支援は、0にはしたくない。

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