第12話 隙間の青春

 土曜日のゲーム大会には、真島将道も参加することになった。


 最初、俺たちは四人でデスメサのオンラインモードでフレンド同士のパーティープレイをするつもりだった。しかし、うち一人が用事で来れなくなったのだ。


 せっかくフルメンバーでプレイできると思っていたのに残念だ……と、昼休みに参加者同士で教室の廊下側で話をしていると、真島将道が通りがかった。


 「おーい、真島」と声をかけたのは安永だ。よっぽど四人でプレイしたかったのだろう。


「あのさ、今度の土曜、時間ある? デスメサやろうって話していて、一人来れなくなったんだけど、やらない?」


 後から聞くと、安永と真島は小学生の頃に同級生になった縁で、何回か遊んだことがあったそうだ。


「デスメサ?」


 聞き返した真島は、俺をチラ見してにやりとした。


「初心者でもいいならやるよ。一度やってみたかったんだ。お昼から三時までなら空いてるけど、その時間でいい?」

「いいよ。真島ならすぐできるようになるさ」

「でも、ゲームのハードは持ってるの? 安永の家まで持って来れるやつじゃないと」


 もう一人の参加者である「笹山」──俺より背が低いのが救いだ──が尋ねた。


「俺がPBプレイボックスハンディーを持っているよ。あれならマルチプレイできるから」


 安永が顔を輝かせながら答えた。


 その週末の土曜の昼に、俺たちはゲーム機とお菓子を持って、安永の部屋に集まった。


 最新バージョンのデスメサができるゲーム機「プレイボックス」の本体は、小さめのタブレットほどの大きさで、厚みも5センチくらいだ。

 本体にディスプレイもついているので、充電さえできていればどこでもプレイできる。


 しかも、テレビと別売りのカメラに接続すれば、カメラとコントローラーがプレイヤーの動きを画面のキャラクターにリンクさせてくれるモーションキャプチャーモードで遊べる、最新式のゲーム機だ。


 その分値段もはる。俺は家族の共有財産として買ってもらった。

「新しい洗濯機を買うのとかわらないじゃない」と母さんに文句言われながら……。


 だから、持っている人数もまだ少なくて、なかなかマルチプレイで遊ぶ機会がなかった。修理に出していたコントローラーも昨日返ってきたので、俺は安永に言った時以上に楽しみにしていた。


 持っていないと言っていた真島も、そのプレイボックスとデスメサのソフトを持ってきた。

 しかも買ってきたばかりで、まだ未開封の箱に入ったまんまだ。


「だって、俺、道場で働いているから……」


 びっくり顔の三人を目の前にして、真島が斜め下を向いてぼそりと言った。


「そうかぁ、給料出るんだ。いいなあ!」


 笹山が大げさに頭を抱えて叫んだ。


「吉留のうちは喫茶店だよな。俺たち雇ってくれよ」


 聞いた安永が半分本気の目をしている。


「いや、雇うならかわいい女子じゃないと。客が来ないよ」


 俺は苦笑いしながら言った。休日に舞が店を手伝うと、客の数が三割り増しだ。


「とにかく開けよう。買った時の嬉しみが蘇るな」


 安永が真島のプレイボックスの箱を開け始めた。

 真島は、自分のゲーム機が出されてセッティングされるところをにこにこしながら眺めていた。


 その真島はすぐにゲームに慣れて、俺たちに引けを取らないほどの腕前になった。安永のテレビでモーションキャプチャーモードでもプレイしたが、さすが宗家、俺や安永ほどではないが初めてとも思えない、なかなかのゲームセンスを感じる。


「難しいけど、面白いだろ?」


 俺が聞くと、真島は画面から目を離さずに頷いた。顔の血色も増して気分が高揚しているのが分かる。


「デスメサは、ハマりすぎると夢に出るから気をつけろよ」


 横から、腕組みして野球の監督のようになっている安永が、厳しい口調で言った。


 ゲーム大会は大いに盛り上がった。真島は三時で帰ったが、残りの俺たちは夕方六時過ぎまで夢中でプレイした。

 安永の家の玄関で、長時間コントローラーを握りしめて強張った手を振って、俺と笹山はそれぞれの家路を急いだ。


 一人プレイボックスの入ったスポーツバッグを抱えて道路を歩いていると、不意に声をかけられた。


「面白いか? ガキの遊びが」


 前方の左の角からジェイルが現れた。相変わらずのボサボサ髪のヨレヨレスーツだ。


「なんだよ。俺を見張っているのかよ」


 驚いて止まった俺に、ジェイルは両手をポケットに入れたまま、ニヤニヤしながら近づいて来る。


「ちょっと話したい事があってな……にしても、ちっこいおっさんがゲーム抱えて前かがみで早歩きしているのは笑えるな」

「おっさんじゃないだろ。 見た目は中学生だ。なんだよ、話って。うちの茶店じゃダメなんだろうな」


 「腹が減ったのに……」と呟くと、ジェイルは近くのコンビニでチョコフラッペを買ってくれた。ジェイルは引き立てコーヒーSサイズ。


 俺がレジでそれをチョイスした時のやつは無表情だったのに、店を出て駐車場の隅に行くと、たまりかねた様子でぶぶーっと吹き出した。


「お前がチョコフラッペ……国の勇者だったお前が……うけるわー」

「いちいちうるさいな。あの国にはなかっただろう、こんなもの。話ってなんだよ」


 俺は赤くなったけど、このフラッペシリーズは大好きなのでチューチュー吸った。

 ジェイルは金網に背中をつけて、熱いコーヒーを一口すすってから喋り出した。


「お前さ、この間のグール男に何をしたんだ?」

「何をって……」

「あのグール男は、刀持って暴れまわったことはぼんやり覚えているんだ。何か大事な使命があって刀を持ち出したようだと言っている。でも、その大事な使命を思い出せない。なぜあの小さい少年に襲いかかったのか、なぜあの宮本武蔵男と喧嘩していたのか、自分でもよくわからないと言って、本人は頭を抱えている」

「小さい? 俺のことか?」

「本人が言ってるんだぜ」


 しかめっ面になった俺を、ジェイルは面白そうに見下ろした。前世では俺の体格が良くて身長も平均より高く、ジェイルは小柄でミーナより低かった。今、そのことを思い出しているに違いない。

 ジェイルはヒヒヒと小さく笑って肩を何回か上下させると、すぐ無表情になって、何やら考えながら続けた。


「俺から見ても、あの時感じた殺気はどこかに消えちまっている。お前はグール男の記憶にはちょっとしか出てこないようだから、たまたま通りがかった身元不明の少年ということにした」

「命取られかけたのに?……まあ、いいけど。武蔵の方は?」

「そっちも似たような……いや、グール男よりもっと曖昧だな。事件前後のことを何も覚えていない、しばらく霞の中をさまよっていたようだと言って。宮本武蔵についてはどうだと聞くと、そんな夢をみていた気がする、というくらいだ。現場は『またこんな奴が出たか』と困惑しているがな。夢をみていたというのは''幻惑''にかかっていたからだと、俺だけが分かっている」

「安永は、夢の中でゲームの主人公になっていたぞ」


 ジェイルは頷き、またコーヒーを飲んで話を続けたが、前より少し早口になった。


「その学生と武蔵はヴァンパイアサイレンに幻惑で操られていたんだろう。グール男は彼らとは違って転生前の記憶を持っていた元魔物だった。だが、記憶を失っちまったから、ヴァンパイアサイレンとの関係が分からん。仲間なのか、偶然お前を追いかけるタイミングが合っただけなのか、幻惑にかかっている彼らを発見して便乗したのか……。魔物のことは他のやつらは気づいていないが『奴が何かを忘れた演技をしているとも思えない』というのが俺たち全員の一致した見解だ……なに人の顔を口開けて見てるんだ?」

「いや、お前が刑事らしくしているのが信じられなくて。本当に生まれ変わったって感じで」

「アホか。俺はなんでも徹底してやるだけだ」

「……なるほど」

「で、どうなんだ? なにをやったんだ」


 ジェイルは横目で俺をじろりと見た。

 俺も残りのフラッペを一気に吸いつくすと、一息ついてジェイルの隣りの金網に寄りかかった。


「別に、ただ夢中で湧き上がった魔力をぶつけただけだ」

「魔力って、お前のは、その……聖属性の聖、純粋な聖なる力ってやつか」

「そういうことかな」


 聖属性の火の力、聖属性の水の力などではなく、聖属性の中の聖なる力、まさに純粋なる聖なる力──勇者と王族や修行を積んだ神官しか持たない力だ。その力がずば抜けて強い者を、前の世界では「勇者」と呼んだのだ。


「そいつには、記憶を消す力もあるのか」

「いや、ない、と思っていたけど……すごく弱い魔物を消す魔法によく似ていたな。グール男のグールな部分にだけ効いたのかも」

「ふむ。そういうことか」


 ジェイルはまた頷くと、コーヒーをグイッと飲み干し、紙コップを握りつぶした。


「おかげで重要な手掛かりが消えちまって、『またつまらんものを捕まえてしまった』ってことになったわけだ。くだらねぇ」

「なんだよ。俺のせいだと言いたいのかよ」

「ああ。お前のせいだ、な!」


 ジェイルは俺の鼻先すれすれまで人差し指を突き出した。

 むかついた俺は思いっきり手刀で払ってやったが。ジェイルは睨む俺を口端を軽くあげてほくそ笑むと、スタスタと道路へ歩き出した。


「待てよ。俺もまだ聞きたいことがある」


 ジェイルの足が止まった。


「あのグール男は結構刀の扱いに慣れていたな。グールであんな剣の振り方をする奴は見たことないんだが」


 ジェイルは振り向いて答えた。


「あの男はサムライに憧れていて、真島神刀流の道場に通っていた」

「真島神刀流っていうと」

「さっきまで一緒だった奴のうちだな。だが、別の支部で習っていたようだから、面識はないかもしれない。グール男は宗家の小僧として知っていたかもしれんが」

「そうか……」

「今度は力は使わずに、グーパンチで倒してくれ。そしたら電話してちょーだいね、勇者くん」

「フラッペ全種類買ってもらうからな」

「まじでガキだな、お前は」


 ジェイルはまた肩を震わせてヒヒヒと小馬鹿にした薄笑いを浮かべると、もう振り返ることなく去っていった。


 俺は家に帰ると、母さんや舞にジェイルと話したことを伝えた。


「めんどくさいのがうろついているのね」


 舞がソファでテレビを見たまま不機嫌そうに言った。

 台所の母さんも、料理を作りながら息巻いていた。


「そうね。ジェイルといい、ヴァンパイアサイレンといい、勇也をあんな目に合わせたやつらなんか、今度会ったらあれで殴ってやろうと思っているのに。グーパンチで済ませろだなんて。ひどい!」


 母さんの怨念のこもった視線の先には、冷蔵庫の隣りに立てかけた手製の釘バットがある。滅多に動揺しない父さんもさすがに青ざめた代物だ。

「あらやだ、護身用よ。お店に強盗が入ったら呼んでね」と母さんはごまかしていたが……何か心配だ。一言釘を刺しておきたい。


「母さんなら、パンチでも充分れそうだよ。自分がジェイルに逮捕されないように気をつけてよ」

「そうね。殺っちゃったら、公務執行妨害だもんね」

「い、いや、殺ったら公務執行妨害じゃ済まないから……」


 母さんがチッと舌打ちをした。

 うちの母さんは、母性が溢れ過ぎてたまに怖くなる。

 母さんと俺を横目で冷静に見ていた舞が尋ねた。


「ヴァンパイアサイレンといえば、状態異常や精神攻撃が得意な種族よね。私は多少は対処できるけど、ママやお兄ちゃんはどうするの?」

「気合いだ」

「殺気よ! うちの子達に手を出したら承知しないんだから」

「ふーん。頑張ってね。ジェイル見たかったな。嫌な奴だけど」


 父さんが上がってくる音がしたので、話はそこでおしまいになった。

 父さんだけを仲間はずれにしている気がするけれど、仕方がない。



 × × × × ×



 月曜日は、朝からしとしと雨が降っていた。今日は終日この調子だと、大学を卒業したばかりのお天気お姉さんは言っていた。


 ジメジメして鬱陶しいが、雨の日は嫌いじゃない。

 雨の日は魔物の動きも鈍くなる。雨の日を好む種族もいるが、そいつらも水辺でもない限り、大勢で盛んに活動することは難しかったので、少し気を休めることができたからだ。


 心配性の母さんから渡された大きめの黒傘を、肩に担ぐようにさして歩いた。そうでないと地面以外何も見えなくなる。


「おはよう」とすぐ後ろから真島の声がした。

 左隣に並んだ学生を見上げると、深い黒の傘をさした真島が親しみのこもった微笑みを浮かべていた。


「おはよう、真島。家でもゲームできた? つなぎ方がわからないかもって言ってたけど」

「なんとかできたよ。面白いね、デスメサ。夢は見たかい? デスメサの夢」


 夢か──ちょっと嫌な記憶が蘇りかけて胸が重くなったが、すぐに返事をした。


「いやいや、今回は見なかったよ。そんな毎日は見ないって」

「そう。俺もだ。残念だったな」


 真島は肩が動くくらいため息をついた。


「そんなに夢を見たいの? アリサ姫に惚れた?」

「あ、そういう訳じゃないけど……」


 真島の顔が少し赤くなった。鬼武者の名刀持ちなのに。

 純朴な反応にこっちも赤くなりそうになった。

 なんだか青春だなぁ──この辺は二度目の人生を送っている身の上として余裕がある──まだまだだぜ、真島。ルックスと身長じゃお前は先をいっているが、夢ごときで赤らんでいるようじゃあな。世の中にはまだその先ってものがあるんだからな。お前の知らないその先が……!


「どうしたの? なんだか鼻息が荒いけど、また吐きそうかい?」

「いや、なんでもない」

「よー! お二人さん。俺、またアリサに会っちゃったよ」

「おはよう、安永くん」

「やあ、夢で先をみている男」


 安永は、俺たちに声はかけたが、頭の中はまだ夢の中をさまよっているようで、傘をさしていても鞄や服もかなり濡れている。


「やっぱいいなあ、アリサ姫。俺もうデスメサワールドに転生したいよ」

「やめてくれ……お前は魔物の状態異常攻撃で操られたザコで終わるのがオチなんだ……」

「……吉留くん、なにブツブツ言ってるんだい?」

「いや、なんでもない」


 学校へ着いても、俺と安永は殆どゲームの話に終始した。時々笹山や他の面子が加わり、昼休みには真島も少し顔を出した。

 この光景はいつもと変わらない。こんな学校生活がまた一週間続くだろう──俺はそう思いながら平和な時間を過ごしていた。


 帰りの会が終わって、靴箱を覗くまでは。


 テニス部は雨で中止になったので、トレーニングジムでものぞいてみるか、それともすぐ帰るか──そんな事で迷いながら、俺は靴箱の蓋を開けた。


 入っている。なにやら桃色の封筒が。

 縦長の事務書類を入れる種類じゃない。横書き西洋風のかわいいシールが似合いそうな封筒が……。

 こんなの、勇者やっていた世界でももらったことがない。

 今朝の真島より顔が火照ってきている。

 元々靴箱もこんな封筒もなかった世界だったが……ていうか、この世界でもこんなことする子がまだいるということが驚きだ。


 いや、待て!

 そう、こんなことをする子が今どきいるはずがない。

 しかも、俺は一瞬でも『変態魔王』にさせられそうになった男だ。

 背もまだ高くないし、運動場を「うおおおー!」って言いながら走っていた奴だ。何かの罠か、「果たし状」とかいうオチか。もしくは魔物の精神攻撃なのでは。青春オープンワールド突入とかいう……。


 俺は緩んでいた口をきりりと結んで、辺りをきょろきょろ見渡した。

 今日は幸い一人でここまで来た。安永はもう部室にいってしまった。

 下校する者、部活がある者、それぞれの用事でみんな靴箱付近はさっさを通り過ぎていく。


 誰もいなくなってから、靴箱の中で桃色の封筒をひっくり返した。

 宛名を書く部分に宛名じゃない文字が書いてあった。


『指令。すぐに開けて読むべし』


 どこから⁉ どこからの指令なんだ?

 俺は怒りにも似た勇者の力を強く放出して、魔物の気配を探った。

 魔物の仕業ではないらしい。


 それでも、嫌な予感はふつふつと湧き上がってきたが、とりあえず人気のいない所を探して開ける決心をして、その怪しい封筒をズボンのポケットに押し込んだ。

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