第6話 家族以外の誰か②
真島家は代々
加えて、浮世絵から抜き出た様な造形の麗顔に送迎車があるような金持ち、真面目で優しいと評判の性格━━もう、鬼武者にいくつ名刀持たせるの! とジーザスに訴えたくなるような塩梅だ。
車が走り出してから、しばらく沈黙が流れた。噂は色々聞いているが、何を話したらいいのかわからない。おしゃべりの舞も隣りをちらちら見ながら落ち着かない様子で黙っている。
気を使ったのか、将道のほうから話しかけてきた。
「今日は朝稽古が遅くなったから車で来たんだけど、カラスが変に飛び回っているから寄ってみたんだ。まさかこんなことになっているなんて。カラスって怖いな」
俺はとっさに言葉が出なくて頷くだけだったが、舞は頷きながら答えた。
「ほ、ほんとそうですね。い、いくら病気で弱っているからって人間に襲いかかってくるなんて……あの、どこから見てました?」
「ああ、えっと……お兄さんがカラスを撃退したところ……から、かな?」
俺の放射能砲を思い出したのか、真島はうっと息を詰まらせた。舞はふう〜と胸を撫で下ろしている。
俺はやっと言うべき言葉を見出した。
「あの、すみません。ご迷惑をおかけして」
真島家二人に言ったつもりだった。将道は黙って薄暗い窓越しに外を見ている。運転席の母親が返事をしてくれた。
「気にしないで。うちはやたらと人がいるから。本当に病院に行かなくていいのかしら?」
「はい。もう、スッキリしたので」
「お兄ちゃん、また吐きそうになったら早く言ってよ。お兄ちゃんのカバンを広げるから」
「その前にドアから転げ出るよ」
「ハハハ。それは危ないって」
将道がこっちを向いて笑いながら止めた。
クラウンは半開きの学校の門を幅ギリギリで通って、来客用の駐車場に停まった。
俺は自分でドアを開けて出たが、足に力が入らず、よろめいてコケかけた。
「まあ、大丈夫?」
真島の母さんが運転席から降りて心配そうにしている。
将道が僕の腕を掴んで支えてくれた。
「やっぱり保健室に行こう。お母さま、僕が連れて行きますから、校長先生の所に行ってください」
おかあさま! 俺と舞はお互いの顔を見合わせた。うちとは何かが違うのだ。ひょっとすると、真島家はゲロも金色に輝いているのではないか。
「わかりました。将道さん、授業はちゃんと出てくださいね」
「分かっています。いってらっしゃいませ」
真島将道は母親に軽く頭を下げた。母親は満足そうに頷くと、俺たちにも手を振って去って行った。
「すみません、一年の靴箱はこっちなので。兄のこと、よろしくお願いします」
舞は手を前に揃えて深々とお辞儀をすると、くるりと背を向けて走って行った。
「荷物は持つよ。歩けるかい?」
「ああ。ありがとう」
真島は噂に違わぬ優しいやつだ。自分の分と一緒に俺のカバンとスポーツバッグを担いで、よろよろの俺の歩調に合わせて歩いてくれた。
正面入り口に着いた。二年の靴箱は校舎の端で離れているので、一階の保健室に直接行く。
真島が「失礼します」と挨拶しながら保健室の引き戸を開けた。
保健室のおばさん━━というと怒るだろうが、俺の母さんよりは年上のベテラン先生が、忙しそうに書類をまとめたりしていた。
「あら、真島さん。今日も筋肉痛?」
「今日は同級生の付き添いだけど、少し筋肉痛もあります」
真島は時々保健室に来るらしい。
白衣の先生が寄ってきた。名札に「立川」と書いてある。
「気分が悪いの? あら、ちょっと制服が汚れているわね」
「行く途中で吐いちゃって。フラフラします。少し横になってもいいですか?」
「いいですよ。ジャージがあるなら着替えた方がいいわね」
俺がベッドの方へ行くと、立川先生が俺の荷物をベッドの横のかごに入れ、下がっていたカーテンを引いてくるりと覆ってくれた。
俺はベッドに腰掛けて、スポーツバッグからジャージの上下を引き出して着替えた。
「私は用事で出るから、何かあったら職員室に来てね」
「はいはい。俺がついてますよ」
先生が真島に声をかけて出て行く音が聞こえた。
真島は隣りのベッドに横になったようだ。俺はカーテンを少し開けて隣りのベッドを覗いた。
真島が気持ちよさそうに大の字になって転がっていた。さっきのお母様の前と比べると、随分リラックスしている。朝稽古してきたんだっけ? 宗家もなかなか大変そうだ。
真島がこっちを向いた。
「寝たらいいよ。体も痛いんだろう?」
「そうだけど。よくわかったね」
「その動きを見たらね。それに、最近放課後走ったりしているだろう」
「見ていたのか」
「部活の時、俺たちも時々走るから。剣道部もやってるんだ。『あいつどうしたんだ』って、みんな言ってる。やりたいことでもあるのか?」
「まあ、ちょっとね……」
周りが噂しているのは知っていたけれど、こういう有名人にまで届いていたとは想定外だった。剣術にも詳しそうだから、話せば技を出すヒントくらいもらえそうな気もするが、「
「今朝みたいな奴らにたかられても、やっつけられるように強くなりたいんだ」
「あんなことがよくあるの?」
「まあね……」
「そうか」
結構疑われて、へんなものを見るような目でみられると思っていたけれど、意外にも真島は素直に感心してうなずいている。
「俺は職業柄色んな試合や格闘技なんかのDVDを観るんだ。闘牛やら動物同士の対戦なんかも。信じられないことがあるもんな。鍛えておいた方がいいよ」
「でも、今朝のことは他には言わないでおいてくれるかい。汚いし、恥ずかしいから」
「わかった。でも、勝てたからいいんだよ。勝つことに汚いも何もあるもんか。勝てば官軍だ。勝てないと次はないよ」
「意外だな。もっと勝ち方にこだわっているのかと思ってた」
「いや、剣術もなかなか大変だよ。勝ち方が悪くても後でガタガタ言われるけど、負けたらもっとボロクソ言われる。看板がどうとか。だからそう思うことにしているんだ」
「本当に大変そうだ。それで、ここで時々休んでいるんだね」
真島はバツが悪そうに頰をかいた。
「まあね。だから、この事は秘密な。今朝の事も言わないからさ。お互い守ろうぜ。うちのママもあれで剣術が師範クラスの腕前で、強くてしつこいんだ」
今度はママか……。俺はおかしくなったが、態度には出さないよう平静を装った。
「そんな訳で、俺少し寝るから。体調がよくなったら、うちに来れば? 護身術くらいにはなるんじゃないかな」
「考えておくよ」
真島は軽く頷いてからカーテンを引いた。ベッドが隠れると、すぐに寝息が聞こえてきた。
俺も仰向けに転がった。そんなに寝心地のいいベッドではないけれど、転がったら体の痛みが和らいで気持ち良かった。
全身の力が抜けて、意識がすーっとどこかへ落ちていこうとしているのを感じる。ここは保健室だ。寝たい気持ちを抑える理由はない。
俺は抵抗することなく、暗い底に落ちるに任せた。
真島の剣は、あの世界で通じるだろうか──そんなことを考えながら。
「──カトレア姫が、魔物の王と話し合いをされたいと申される。護衛を務めて欲しい」
将軍からそう聞いた時、いくらうちの姫様が最も聖属性の力が強いからって、さすがにそれは無茶だろう。止めるべきだ──と、俺は将軍に無礼を承知で進言した。参謀でも外交官でもない一人の姫が、将軍や大臣や兄の王子たちを飛び越えて、魔物と交渉しに行くなんて。性格が天然とはいえ考えが突飛すぎる、内部に裏切り者がいて姫をはめたのだ━━そうとしか思えなかった。
だが、姫ははめられたわけでも気がふれた訳でもなく、父王の必死の説得もやんわりと受け流して決意をブレさせる事はなかった。
「今はアトレウス達の活躍もあって、我が国と魔物軍は拮抗していますから、お話を聞いてもらえると思いますの。それに、魔物の方々から見れば、私が一番美味しそうに見えるみたいですから、私なら喜んで会ってもらえますわ。アトレウス、あなたも魔物の方にお名前をよく知られていますから、一緒に来て、彼らとお友達になってくださいね」
姫のズレているような、それでいて的を得ているようなお言葉をいただいて、俺はひざまづきながら渋々承知した。
姫が書いた王の印の押された親書をジェイルが魔物軍に渡すと、直ぐに魔王の返事が返ってきた。六人いる魔王のうち、最も位の高い第一魔王からだった。
俺は選りすぐりの兵を集めて、姫と共に魔王から指定された場所に向かった。
会見前日に、ジェイルが、会見場所から1フェルド先に魔王が陣を張っているというので、俺たちも会見場所から1フェルド手前で陣を張り、明日の会見に備えた。
その夜のことだった。
見張りが声を上げてからあっという間のことだった。
翼を持つものや飛竜に乗った魔物が姫の天幕に集ったかと思うと、姫を連れ去ってしまったのだ。
俺がきた時には姫の姿は見えず、代わりに飛竜に乗った若い第六魔王がテントの上に浮いていた。
「人間の分際で兄達と口をきこうなどと言う身の程知らずは、俺様が調教してやるよ。魔王に相応しいペットになるといいがな」
「貴様! 姫を返せ!」
俺は聖雷刃を放つが、相手も似たような技をぶつけて相殺した。
相反する属性のぶつかり合いで、嵐が起こる。テントや軽い道具が舞い上がった。俺は剣を地面に刺して耐えた。動けない。
第六魔王はその風に乗って、飛竜を反転させて飛び去った。
なんて失態だ。全てが罠だったとしても、この俺がついていながら、こんなに易々と姫を連れ去られるなんて!
「姫! 姫! どうかお力を使って、逃げてください!」
俺は嵐の中で叫んだ。姫は俺より強い聖属性の力を持っている。それを使えば、魔王だって無事では済まない……はずだ。平和主義の姫でも、その気になりさえすれば。
「姫! お願いです。力を使ってください! ひめー!」
俺は飛び去る魔物軍に向かって叫び続けた。
「ひめー!」
俺は叫びながら跳ね起きた。ちくしょう! 俺がいながら……ちくしょう!
カーテンを引いて外を見る。三人の少女がいた。
「お前たち、姫の侍従か! どうして魔物除けのお札を姫につけなかったのだ! いつも寝る時は服の間に入れるように、大神官様から言われているだろう!」
少女達はキョトンとしている。
なんだこの反応は……。
よく見たら侍従の服じゃない。セーラー服っていう……。
ハッとして、自分が今どこにいるのか思い出した。
ここ、保健室だ━━顔から血の気が引く音を聞いた。
と、同時に怒鳴られた三人の女子生徒の表情も変わっていった。怒りと恐れとなんか汚いモノでも発見して嫌悪する様な目つきと!
「やだ、『ひめ』だって。こわっ! キモッ!」
三人はお互いよりそって、こっちをにらみながら出て行った。
恐る恐る辺りを見回してみる。すでに真島はいなかった。隅の教員用事務デスクに立川先生がいて、目をまん丸に見開いて固まっていた。
誰か「カット! 起きるシーンをもう一度やり直し。テイク2!」とか言ってくれないだろうか。どうしたらいいんだ……。
立川先生が頬を引きつらせてながら口角をゆっくりあげて、ものすごく無理をした笑顔になって俺に尋ねた。
「夢……を、見てたのかな?」
「そう……みたいです……」
俺も先生のように笑顔になろうとしたが、今頃あの女子達は何を誰に話しているだろうかという思考が頭をくるくる回って、うまく表情筋を動かすことができない。いや、頭の中が回っているんじゃなくて、天井が回っているような気もする。
「元気は出てきたみたいだけど、顔色はまだ悪いわね」
「いや……元気もないっす……」
「じゃあ、まだ寝とく? もう3時間目が始まるけど……」
「……今日は、早退します……」
「わかったわ。お大事にね」
俺はベッド横の籠にあった自分の荷物を掴むと、そそくさと外に出た。
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