第2話 仲間との再会

 医師と看護師が来て俺の体を調べている間、俺は息を切らせて駆けつけた母さんをガン見していた。


 小さい頃、友達から「お前の母ちゃん、ごついな」と言われたことがある。女性でも肩幅が広くてガッチリした体形の人がいるが、母さんはそれに加えて背も高かった。

 顔も彫りが深くてはっきりしているから、怒らなくても迫力を感じたりする。俺は反抗期だが、母さんに反抗するにはちょっと勇気がいる。

 授業参観のときは、周りと比べると恥ずかしいなぁと密かに思ったりしていたが、料理や裁縫もうまくて、いつもにこにこしていて頼りがいがあって、俺たち子供らに愛情を注いでくれているのを感じているから、そんなことで文句を言ったことはない。


 どうしてそうなのか、わかった。

 元が戦士レグルスなんだ。

 前世の見た目と比べると、これでもかなり女性らしくなっているが、雰囲気や性格はそのままだ。


「今診たところ、特に悪いところはないようですね。でも三日間意識がなかったわけですから、詳しく検査した方がいいでしょう。検査の日程は後ほどお知らせしますね」


 そういうと、医師は軽く頭を下げて出ていった。

 二人の看護師は俺の頭の包帯を代えると、ベッド回りの医療機器をまとめて部屋の外へ引っ張っていった。


 医者や看護師がいなくなって、俺と母さんと舞だけになった。


「あのう……レグルス、だよね?」


 確信はしていたが、恐る恐る聞いてみた。


「そうよ。やっぱりアーティーだったのね」


 母さん=レグルスは目を潤ませて俺の手を取った。


「だんだん似てくるから、そうじゃないかと思ってたのよ」


 声はハスキーだが、男性的というか野太いとまではいかない━━と、今までは思っていた。

 でも、思い出した今聞くと、やっぱりちょっと野太い気がする。


「女に生まれ変わることってあるんだね。いつから気づいたの?」

「物心ついた頃からよ。女の体はパワーが出ないから、瞬発力を上げたわ」


 レグルスは両腕の力こぶを見せながらふふふと笑った。

 ミーナ=舞も楽しそうに微笑みながら言った。

 

「私は、テレビでアイドル見ていた時かな。流星隊の神ステップ見てたらさ、じわじわぁ〜ってさ」

「小学四年生のダンススクール通いだしたあの頃かな。途中から入って、よくついていけるなーって思っていたんだよな」

「へへへ。スーパーダンサー・ミーナ様が目覚めたら、あんなもん軽い軽い」


 ミーナのダンスチームは、全国大会の常連だ。


「そうなると、父さんは、やっぱり……」


 俺は父さんの姿を思い出した。

 父さんは喫茶店『緑林亭りょくりんてい』のマスターだ。


 白髪混じりのオールバックに丸めがね、少し福々しい顔立ちで、背は母さんより低く、俺よりは高い。

(俺がまだ追い越せないのだ)

 白いYシャツに黒い蝶ネクタイ、黒いエプロンのいかにもマスターらしい格好で店にいるのだが、姿かたちも合わせて、これはまさにあの世で俺たちが溜まり場にしていた『出発の汽笛亭』の店主「ウェルス」そっくりなのだ。

 違うのは、鼻の下に八の字の先がピンと跳ねあがった髭──この世界でいう「カイゼル髭」がないことぐらいだ。


 母さんレグルスは首を振った。


「私もそうだと思うけど、父さんには記憶がないみたいなの」

「まだ、思い出していないってこと?」

「ええ。だから、あの世のことには何も触れずにいるわ。だけど、きっとそうよ。あの人のお店に入った時『君とは、どこかであった気がする』て言われたのが、私と父さんの馴れ初めだもの」


 その話は前にも聞いたことがある。小学生の生活の授業の「家族の話を聞こう」の宿題で。でも、今日は以前聞いた時とは違うロマンを感じる。


 俺たちは、この世界でも繋がっているんだ……。


 そんな感慨に胸が詰まりそうになったが、さっきから気になったことがあったので、レグルス母さんに聞いてみた。


「俺を産んでくれてありがたいと思っているけど、その……平気なのかな、前は男だった記憶があるのに今は女で、お母さんになっているのって。違和感ない?」

「うーん……レグルスだったのは前世の話だし……それはそれ、これはこれ。今は今って感じかなぁ~」


 レグルス母さんとミーナ舞は顔を見合わせた。


「今は今で楽しいわよねぇ、舞」

「ね〜、今は今よね〜。なのにさ、ママ聞いて。お兄ちゃんったら、目が覚めたらいきなりジーって私の胸見るのよ。変態兄貴だよ!」

「な、だ、だって、頭の中混乱していたから。いちいち母さんに言いつけるな! もう、ないのはわかったから!」


 顔が真っ赤になった俺を、ミーナは面白そうになぶるように見ながら言った。


「『ない』じゃなくて今から出るんだ。出ても見るなよ、エロ勇者兄貴」

「はぁ~?!」

「ちょっと、舞! ミーナが混じってるわよ。勇也をいじめないで」


 慌てて母さんが割って入った。俺と舞の肩を掴んで、両方の顔を一回一回念を押すように交互に見る。

 兄弟げんかを治める時の母さんのスタイルだ。


「いーい? あんた達はここでは兄妹きょうだいなんだから。今まで通り、それらしくするのよ」


「「はーい」」


 俺と舞はお互いそっぽを向いて、気のない返事をした。


 病室の引き戸のドアがコンコンとノックされ、俺たち三人は一斉に入り口の方を向いた。

 ハアハアと息を荒げて「ウェルス」と思われる父さんが入ってきた。走ってきたらしい。

 父さんは自分を見ている俺に気づくと、目に涙を浮かべながら枕もとに寄ってきた。


「勇也……勇也……体は、なんともないのか?」


 そっくりだ──髭以外何もかも。


 俺もまた涙目になってきて、泣きそうになったので思わず反対側を向いてしまった。

 今、俺の心に湧いている感情は事故から無事生還した「安心」や「喜び」ではなく「懐かしさ」だ。昔の仲間に会えたという。しかも、ウェルスは「姫救出作戦」の途中で魔物の急襲に巻き込まれて死んでしまった。そのウェルスが生きている━━。

 でも、父さんは俺のことを息子として見ているのがわかる。


「うん。なんともないよ。一応検査はするみたいだけど。……父さん、大げさだな」


 俺は顔をこすって父さんの方へ向き直ると、笑い顔を作って答えた。

 俺こそウェルス=父さんに「あの時は大丈夫だったか」とききたい。


 様子を見て「はい」と母さんが父さんに自分のハンカチを渡した。

 そうかそうかとつぶやきながら、父さんは丸メガネを取って、渡されたハンカチで顔の汗と目の周りを拭いた。


「ごめんな。意識が戻ったって聞いてすぐにでも駆けつけたかったんだけど、お客さんがいたから。常連さんだったら事情をわかってもらえたんだろうけれど。でも、よかったよかった」


 父さんはハハハと笑った。涙を我慢しすぎて顔が真っ赤になっている。

 お客を大事にする━━そういうところもウェルスそのままだ。


「退院したら、店でお祝いをしよう。私が色々腕を振るうからな」

「やったぁー! 私、パパのナポリタンとハンバーグが食べたい!」


 舞が父さんの腕に抱きついた。おっとっとぉっと父さんがよろめく。


「舞、お兄ちゃんの退院祝いなのよ」と母さん。

「いいよ、それも作るから。勇也、食べたいものがあったらなんでもいいなさい」

「お母さんも作るからね」

「そんなことしなくていいよ。ほんと、大げさだなぁ」


 俺はそっぽを向いたけれど、本当はとても嬉しかった。

 また会えた。一度生死を共にした仲間と。俺に命を預けてくれた奴らと。

 他の仲間も転生したのかが気になるけれど、この現状からすると会える可能性はある。

 ウェルスにはまだ記憶がないけれど、今は、ただ再会できたことがとても嬉しかった。

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