不安

タウタ

不安

 十月末になってようやく日中過ごしやすくなった。カボチャやこうもりが飛び交う季節、国内旅行のグループは普段にも増して忙しそうだ。一般向け海外旅行のグループは、ドイツのオクトーバーフェストに追い立てられている。鈴川は某国でクーデターの計画が発覚したため空港の離着陸を制限するというニュースを受け、顧客のフライト変更に追われていた。

「お電話変わりました、鈴川です。お世話になっております。ええ……はい、大使館発表は何も……ビザ業務は問題ございません。恐らく発行される頃には警戒も解除されていると思います」

 左の肩と耳で受話器を挟み、聞いていることとは別の画面を開く。K社から要望のあったエコノミー席は埋まっていた。航空会社を変えると早朝便になってしまう。

「情報が入り次第、展開させていただきます。何かありましたら……はい、失礼いたします」

 通話を切ることは左手でできるが、電話番号を押すのは右手だ。K社の担当者は不在だったので、折り返しを依頼する。電話がかかってくる頃には、またいくつも席が埋まってしまっているだろう。鈴川は航空会社のホームページを閉じた。

「鈴川」

「はい」

 隣の神田は椅子の背に全体重を預けている。グレーのスーツ。ネクタイは紺。ハンカチはオリーブグリーンの薄手のものだった。さっきトイレでチェックした。 

神田はパソコンの画面をにらみつけたまま、こちらを見ない。真剣な横顔が格好いい。浅黒い肌も、太い眉も男らしいと思う。仕事はできるし、面倒見はいいし、果たして十五年後自分がこうなれるか不安になるほど素敵な上司だ。

「メール一個転送するから添付開いて」

「はい」

 ずっと好きだった。ずっと見ていた。恋人になって数か月経つけれど、いまだにその事実に違和感を覚えることがある。自分が職場恋愛をするような人間ではないと思っていたし、受け入れてもらえるとも思っていなかった。夢みたいと表現するほどロマンティックではない。貧血で倒れるときのように、実感というものが急速に身体から分離されてゆくようだった。そしてその実感は気まぐれに、そして去るときと同じスピードで鈴川のもとに戻ってくる。

鈴川と実感の微妙な往来は、メールを開くクリック二回分の間に行われた。添付のエクセルはやたらと重い。水色の円がぐるぐる回る。そのうち電話が鳴り、応答し、受話器を置いてもまだ回っている。と思ったら、エラーメッセージが出た。

「神田さん、添付開けません」

「あ、やっぱり? だよなあ。無理だよなあ」

 神田は真剣な表情を崩し、どこかへ電話をかけた。

「A社の神田です。平田様……ああ、平田さん、お世話になります。すみません、いただいたデータ開けないです。はい……うーん、何がいけないんですかね? お手数なんですけど、印刷してスキャンとか……申し訳ないです。お待ちしてます。失礼いたします」

 どうやら確認作業に使われたらしい。鈴川はエクセルを閉じ、転送されたメールごと削除した。

「ごめんな。お前のパソコン、バージョン新しいだろ? いけるかと思ってさ」

「いえ、別に」

 彼のためならどんなつまらないことでもしたいし、できる。

「鈴川」

 返事をしようとして、息を呑む。顔が近い。脈がうるさい。

「外行く前に眼鏡拭いてけ。ちょっと汚れてる」

 赤面しそうになり、鈴川はうつむいた。


 今日は朝から暖かかった。代わりに一日中曇っており、昼過ぎに少し雨が降った。もう降らないと言う天気予報を信じ、鈴川は傘を持たずに家を出た。指定された居酒屋には、すでに三人来ていた。もう一人は後から来るらしい。

「とりあえずビールでいいよな? 生四つ!」

 高校でよくつるんだメンバーで久しぶりに会おうということになったらしい。鈴川はおまけみたいなものだったけれど、声がかかったので出てきた。昔からのまとめ役が勝手にビールを注文する。炭酸は苦手だが、飲めないほどではないので黙っていた。元来、酒はあまり強くない。一杯飲んだら烏龍茶にするつもりだ。

「鈴川、彼女いる?」

 肩を叩かれぎょっとした。彼らは皆、鈴川の女性恐怖症を知らない。平静を装うため、割り箸をゆっくり左右に引きながらいないと答えた。割り箸は均等に割れなかった。

「ほら見ろ!」

「えー、マジか。イケメンなのに何やってんだよ?」

「イケメンもサボっちゃ駄目ってことだな」

「昨日振られたばっかりの奴は黙ってろ」

「うるせぇ! 既婚者だからってでかい顔すんな!」

 まだ酒も入っていないのに、三人とも陽気なことだ。鈴川は突き出しの揚げ豆腐をつつき、先に運ばれてきた枝豆を取った。鈴川以外のビールが半分ほどに減った頃、最後のひとりがやってきた。

「俺車だから酒パス」

「お前何しに来たんだよ? 車とかさあ、空気読めよ」

「それより聞いたか? 柴田、デキ婚だってよ」

 柴田。顔は思い出せないが、バレー部の主将だったはずだ。

「ほんとか? あいつ真面目だったじゃん」

「真面目だから責任取ったんだろ?」

「真面目なやつはちゃんと避妊するって」

 当人がいないのをいいことに、好き勝手なことをしゃべっている。嫁は美人なのか、昔他校にかわいい彼女がいると聞いたことがあったがその子なのか、スポーツをしているともてる、等と話題はどんどん移り変わっていく。鈴川はようやく中ジョッキを空にして、烏龍茶を注文した。

「しかし、一人また一人と結婚してくな」

「なんだか殺人事件みたいな言い方だな」

「そして誰もいなくなった」

 笑い声が上がる。

「人のものになっちまうとなー。飲みにも誘いにくいよな」

「任せてくれ。俺は来るぞ」

「お前は逆に来るなよ。新婚なのに嫁さん放って何してんだ?」

「そうだ! 帰れ帰れ!」

 鈴川は明太マヨポテトを食べながら、四人の会話を聞いていた。彼女、結婚、妊娠、子ども――縁遠い響きの言葉が鳴っている。

それにしても、「人のものになる」という表現は新鮮だった。まるでそれまでは誰のものでもない、あるいは公共のものだったような表現だ。それが、結婚すると突如として私有物に変化するらしい。考えたこともなかった。

(神田さんも、昔は誰かのものだったんだ)

 自分には縁がなくても、神田には縁があった。そして、もしかしたらこれからも縁があるかもしれない。

急激に指先が冷たくなり、鈴川は氷の浮かんだ烏龍茶から手を離した。

 神田が再婚したら、彼はもうその女性のもので、自分は手も足も出ない。手を出せば法に触れる。それが結婚であり、日本における「夫婦」というものだ。鈴川には縁のないもの。

(俺は神田さんのものになることはできない)

 少し考えればわかることなのに、どうして今まで気づかなかったのだろう。どうして、気づかないままでいられなかったのだろう。

「鈴川、どうした? 酔ったか?」

「大丈夫。メニュー貸して」

 何か温かいものが欲しい。


 友人と飲んだ次の日、鈴川は生まれて初めての二日酔いに苦しんだ。冷えた指先を温めようと焼酎のお湯割りに手を出したのが間違いだった。月曜には普段通り出社したけれど、気分は相変わらず晴れなかった。

 神田が女性社員と談笑しているだけで、胃のあたりを硬いものが転がりまわっているような不快感がつきまとう。これまでになかったことに、鈴川は狼狽していた。これが嫉妬というものだと気づくまでに丸一日かかり、自分が嫉妬していることにさらに狼狽した。

 仕事が手につかないということはなかったし、そんな事態になったらおしまいだと思っていた。ただ、ふとした瞬間――昼時にそば屋の席が空くのを待っているときや、車を駐車場に停めてオフィスまで戻るエレベーターの中――に押し込めている不安がぬるりと這い出てくる。それはテレビでしか見たことのないオオサンショウウオに似た間抜け面をしていて、しかしずっしりとした質量を伴い存在していた。

 実際、間抜けだと思う。まだ影も形もない仮想の女性に嫉妬しているのだから。

 神田のものになりたい。ただそれだけだ。結婚して、子どもができて、そうして誰から見ても「人のものになる」ことが、自分にはできない。

 ――柴田、デキ婚だってよ。

 ――真面目だから責任取ったんだろ?

 仮に自分が子どもを産める身体だったとして、妊娠してしまったら、神田は結婚してくれるだろうか。

「鈴川」

「はい」

 平静に返事をしたけれど、心臓が無重力に暴れている。

「コーヒー飲も。奢ってやるから」

「自分で払います」

 そう言いながら、鈴川はいそいそと頭上の蛍光灯を消した。社内の自動販売機で缶コーヒーを買って喫煙室へついていくだけのことがうれしい。神田はコーヒーを開けもせず、早速火を点けた。タバコの先が赤く明滅する。窓の外には繁華街の夜景が広がっている。立派なものではないけれど、喫煙室の電気がいらないくらいには明るい。

「なんかあった?」

 正面から切り出され、鈴川は回答に困った。何かあったと言えば、あった。そして、なかったと言えば、ない。仮想の女性はまだ現れていない。

「仕事、困ってる?」

「いえ、別に。僕、何かやらかしましたか?」

「全然。いつも通り、よくできるなあと思ってるとこ」

 鈴川は慌ててコーヒーを開けて口をつけた。そうでもしなければ、ゆるむ口元を見られてしまう。

「お前、そういうところちゃんとしてるから、上司としては信頼してるよ」

 もうやめてほしい。缶の縁をがりがりと噛む。

「でも、ちゃんとしすぎてるから、恋人としては心配だな」

 電気を点けなくて本当によかった。でもきっと、自分がどんな顔をしているか、神田はお見通しなのだろう。

なんでもないと言えば嘘になる。けれど、あったこと――思ったこと――をそのまま告げることもできない。貴方がいずれ誰かのものになると思うだけで不安で仕方がないんです、なんて言えば、重くて鬱陶しい奴だと思われてしまう。

「鈴川」

「はい」

「今週末暇?」

「……はい」

「泊まりに来る?」

 行ったら絶対話さなければならない。でも。

「……はい」

 いっしょにいたい。


 神田が再びその話題に触れたのは、夕食を終えてリビングでテレビを見ていたときだった。チャンネルは世界のびっくり映像云々という番組だった。最近この手の番組が多いと思う。一週間前に他局で流されていては驚きも半減だ。

「で、なんかあった?」

 神田はテレビを見ているけれど、鈴川の手を握って離さない。精神的にも物理的にも本当に逃げられなくなってしまった。

 ここに来るまでの間、なんと説明しようか散々考えた。結果、説明したところで自分の不安が解消されないことがわかった。

「神田さん」

「ん?」

 結婚できない。子どももできない。根本的な解決は望めない。けれど、不安を薄めることくらいはしたい。

「あ、あの」

「何?」

 喉が詰まって言葉が出てこない。首の後ろが熱い。鈴川は神田の手をぎゅっと握った。どうしよう。泣きそうだ。耳鳴りがしている。まるで自分の膝に解決策が書いてあるかのように見つめるけれど、もちろんそんなものはない。声を出そうとしたら、ひゅっと情けなく喉が鳴った。

 神田はテレビの音量を下げ、鈴川を抱き寄せた。肩口に顔を埋め、染みついたタバコの匂いを嗅ぐ。

「か、神田さん」

「ん?」

 神田のシャツを強く握り、目をつぶった。

「あの、な……中に、出し、出してほし……です……」

 このまま自分が小さく小さく圧縮されて、やがて陽子も残さず消えてしまうのではないかと思った。こんなに心臓の音が大きいのは、自分がそうして縮んでいっているからだろう。

「なんで?」

 消えてしまいたい。

「わ、わす……っ、忘れて……ごめ、なさ……っ」

 最低だ。言わなければよかった。

「泣くなよ」

 神田は鈴川の背をなでた。てのひらが温かい

「腹壊すって聞くから心配なだけだよ」

「こ、壊して、も、い、いいです」

「よくないだろ。なんでそんなに中出しされたいの?」

 鈴川は黙り込んだ。今はもう一言も明瞭にしゃべる自信がない。

「中出ししたら、言う?」

 言うと約束したら、してくれるのだろうか。ああ、でも、言ったら煙たがられるかもしれない。捨てられてしまうかもしれない。そうなったらどうしよう。

「ん、わかった。意地悪してごめんな。とりあえずシャワーにするか」

 何がわかったのだろう。意地悪なことは何もされていない。オーバーヒートしてしまった頭には最後の風呂のくだりしか理解できなかった。今となっては中出しなどどうでもいい。捨てられるくらいなら不安なままでいい。

 やっぱりいいですと言ってしまいたかったけれど、それすらままならず、鈴川は大人しく風呂場へ手を引かれていった。


 神田家の寝室のカーテンは、少し前までピンクベージュだった。今は、ところどころ銀糸が入った海の色をしている。花柄の傘のフロアスタンドも、いつの間にかない。神田を所有していた女性の痕跡が消えていくことを素直に安堵できるときと、そんな自分が女々しくて嫌になるときがある。今はもちろん後者だった。

 眼鏡を外し、チェストの上に置く。その一角だけは鈴川のスペースだ。神田はベッドで横になって待っている。七分袖のTシャツからたくましい腕が見える。袖がもたつくのが嫌だと言って、神田は会社でも袖をまくっていることが多い。ベッドに乗ると、抱き寄せられた。

 ぼんやりした輪郭が徐々にはっきりして、安堵する頃には口付けられている。目を閉じて舌先を吸われながら、鈴川は神田の身体に触れた。知っている体温。知っている匂い。あとのことは――先のことも――どうでもよくなってしまう。

「ん……ぁ、ん」

 厚い舌が入ってくる。上顎を舐められると、背筋がぞくぞくした。神田とするまで、キスが気持ちいいことだとは思っていなかった。今は触れるだけのキスでも身体が熱くなる。もっとしてほしくて背中に腕を回すと、抱き返された。

 夢中になってキスをする。吐息に混じって甘い喘ぎがこぼれてしまう。こめかみの髪を梳かれるのが気持ちいい。

「ふあっ」

 手が耳をかすめてぴりぴりする。

「あっ、んっ、ん――っ」

 抱きすくめられ、息もできないほど深く口腔を犯される。首筋、脇腹、腰から尻まで撫でられ、鈴川は痙攣するように身を震わせた。

「……あ……っふ……」

 つう、とふたりの唇をいやらしく糸がひく。それはぽつんと灯った暗いオレンジ色の電球の下で、てらてらと光った。

「困るなあ」

 酸欠気味で頭がぼうっとしている。

「鈴川がどんどんやらしくなってく」

「す、すみません」

「褒めてるよ。うーん、褒めてるはおかしいか。でも、うれしい」

 神田は気配だけで笑って鈴川の額に唇を落とした。褒められたとは思えなかったけれど、神田がうれしいならよかった。頬に手を添えられ、丁寧に唇を吸われる。今日はたくさんキスをしてもらえる。どんなにされてもまだ足りないくらい欲しい。

「寒くない? エアコン入れる?」

「平気です」

 触れられたところ全部が熱いくらいだ。服を脱いではベッドの下に放る。キスだけで硬くしているのが恥ずかしくてズボンを脱げずにいたら、神田に剥ぎ取られた。

「み、見ないでください……」

「見てない見てない」

 そう言いながらてのひらに包み込まれ、鈴川は泣き出したい気持ちで神田の胸に顔を埋めた。神田の愛撫はやさしい。やさしすぎるくらいだ。もっと強く激しくしても構わない。加減なんかしないでほしい。想いの切片は鈴川の舌の上ではかなく溶けてなかなか言葉にならなかった。

「鈴川、擦って」

「……はい」

 手を取られ、昂ぶりへと導かれる。熱っぽく掠れた声に耳をくすぐられ、まだ触れられてもいないところがうずいた。

太い。それから、重い。

(うわあ)

 これがいつも自分の中に入ってきている。

(うわあ)

頭の中が散らかっていて、感嘆詞しか浮かばない。どうしていいかわからず、鈴川はひたすら表皮を撫でた。

「自分のするみたいにしてよ」

「は、はい」

とりあえず握ってみる。びくびくしている。

(おおきい)

 手を動かすと、神田は低くうめいた。気持ちいいのだろうか。そうだといいな、と思う。先端の丸くすべすべしたところは触り心地がいい。てのひらに擦りつけていると、じんわりと先走りが漏れ出した。扱いたり、くびれたところを親指の腹で擦ってみたり、文字通り手探りで答えを探す。

「んっ、それ、気持ちいい」

 するりと言われて理解が遅れた。思考が追いつき、心臓が爆ぜるかと思った。

「あー……すげぇ突っ込みたい」

 神田は唸るようにつぶやいた。普段の神田からは感じられない雄臭いぞんざいさに肺を圧迫される。その息苦しさに酔いそうだ。

「触ってもらうの後にすりゃよかった」

 今すぐ突っ込んでいいです。痛くてもいいです。神田さんの好きにしてください。喉まで出かかった言葉は、苦笑とともに頭を撫でられたことで腹の底まで戻ってしまった。

たっぷりとローションを塗った指が体内に入ってくる。粘膜に塗り込めるようにぐるりと回され、腰が跳ねる。しこりを丸く撫でられ、じんわりと悦楽が広がっていく。二本目の指もずるずると入っていく。

「ひぁッ、ああぁ……っ」

指の腹を当てられ、小刻みに揺すられる。それが一番弱い。もっと深いところがぐずぐずに溶けていく。

(も……イきそう)

指でイくのは嫌なのに、自分から腰を振っている。やめてほしいのに、やめてほしくない。

いつものように、じっくりと時間をかけて慣らされた。早く欲しくて心も身体も急くばかりだ。違うものを待ち望みながら、そこは神田の指を離したがらずにきゅうきゅう締めつけた。

「……っん、ぁ」

 指を引き抜かれ、鈴川は甘い声をこぼした。胸がちくちくする。自分でもおかしいと思うのだけれど、ゴムをつけるほんの少しの間が寂しくてたまらない。

「え?」

 脚を抱え上げられた。

「ん? どうした?」

「だって、ゴム」

「中出しするんじゃなかったっけ?」

「い、嫌じゃないんですか?」

「そんなこと言ってないだろ」

 そうだっただろうか。思い出せない。でも、どうでもいい。

 ひたと先端を押し当てられて、後孔が締まった。先端が入ってくる。

「きっつ……いつも結構慣らしてんだけどなあ。つらい?」

 鈴川は首を振った。きついのは仕方がない。気を緩めたら挿入だけでイってしまいそうだからだ。隔てるものが何もない、生の神田のものが入ってくる。うれしい。どうしよう。涙が出そうだ。

「変な感じしたらすぐに言えよ?」

声が出なかったので頷いたら、頭を撫でられた。奥まで埋め込まれ、軽く揺さぶられる。気持ちよくてたまらない。

「あっ、あんっ……あッ」

 浅い抽挿で前立腺を擦られ、鈴川は喉を逸らせて喘いだ。先ほどまで触れていた熱い塊がそのまま体内にあることを思うだけで濡れてしまう。いやらしい音がする。ローションと、自分の淫液と、それに神田の先走りが混じっていると思うと否応なく興奮させられる。

「こら、動けない」

 腰に絡めていた脚をやんわり解かれ、胸の方へ倒された。膝を抱えたまま腰をつかまれ、望んでいたところを貫かれて声を失った。がくがくと腰が震える。続けざまに突かれて息ができない。

「あ、あッ……ぁ、やっ、ああッ」

 抽挿がだんだん深くなる。せっかくゴムなしなのに、中の感覚を追うことができなくなってきた。熱くて気持ちいい。それだけだ。余裕なんてどこにもない。もっと欲しい。もっと擦って。一番奥まで来て。

「ぁッ、ひ、あ……あ」

「ちょっと、ね、それ、鈴川……っ」

 鈴川が受け止められる快楽はとうに限界を超えていた。それでも淫らな身体は飽くことなく銜え込んだものに吸いつき、貪ろうとしている。激しく揺さぶられ、意識が急激に一点へ収縮していく。

「あ……や、だめ……ぃ、あ……」

 神田の腕をつかんだけれど、もちろん止めてもらえるはずもなく、弱いところを抉られた。ぎゅうっと食い締めてしまう。一瞬意識が途切れたと思ったら、その先は奈落だった。どろどろに蕩けた声がとめどなくあふれる。腰がびくびくと跳ね、白濁が噴きこぼれた。

「やだっ、やめ……は、んぁ、やあぁッ」

 きつく締まった肉を割って最奥を突かれる。そのたびに絶頂へ引き戻され、何度もイってしまう。抱きしめられ、汗ばんだ背に腕を回した。

 体内で神田のものが動いている。抽挿とは違う、後孔が広げられる感覚に、鈴川は身を震わせた。胸が熱くて切ない。離れたくなくて、神田の腰に脚を絡める。今度はたしなめられなかった。



 二度目のシャワーは二人だった。余韻を残した体内に指を入れられ、きれいにかき出されてしまった。声をこらえながら、残念な気持ちも押し込める。

キスをしたり触れ合ったりして、再びベッドに倒れ込んだときには、鈴川は疲れ果てていた。のそのそと、しかし確実な足取りで睡魔がやってくる。

「ごめん、調子乗った」

 鈴川は枕に顔を伏せたまま、緩慢に首を振った。神田になら何をされてもいい。風呂場でいたずらをされてのぼせてしまってもいい。

「鈴川」

「はい」

「蒸し返すけど、なんで中出しされたかったんだ?」

 睡魔が脱兎のごとく逃げていく。ふわついていた頭が急に冷静になった。枕からそっと顔を上げてうかがうと、横臥してこちらを見ている神田と目が合った。駄目だ。逃げられない。

 鈴川が土曜日のことからぼそぼそとしどろもどろになりながら話すのを、神田は黙って聞いていた。

「お前、仕事の報告うまいのに、自分のこと話すのほんと下手くそだな」

 褒められたと思ったら貶された。喜ぶ間もない。

「知ってたけど、重いなあ」

 上から槍が降ってくる。首にも肩にも背中にも次々刺さる。面倒でうっとうしい奴だと思われたに違いない。今までもきっと思われていただろうが、さらにそう思われただろう。

「すみません……もう、言いませんから、」

 捨てないで。

「逆だろ。そういうことはちゃんと言え」

 頭を撫でられ、頬にキスをされた。

「それで安心できるなら何回でもすればいいから。不安なことは抱え込まずに言う。いいな?」

 喉が詰まる。頷くと、温かい手が背中に触れた。肋骨の間に突き刺さっていた氷の欠片が溶けて消える。

口づけは甘い。唇に軽く歯を当てられ、ひくん、と身体が震えた。それ以上の熱はなく、心地よい火照りだけを残して唇が離れる。抱き寄せられ、鈴川は神田の腕の中に収まった。まだ湿った髪を撫でられているうちに、とろとろと睡魔が戻ってくる。

「大体なあ、こんなに俺のこと好きで、これで俺のものじゃないなら、お前一体誰のものなんだよ」


Fin.

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不安 タウタ @tauta_y

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