第548話 準備は万端
四輪軒車は既存のものをいじるだけなので、案外早くに出来上がった。
軒車の中は半分を寝台のようにして布団を敷き詰め、座ったり寝転んだりを楽にできるようにしてある。
寝台が必要ない時は、折り畳んで普通の椅子として使えるようになっていた。
しかし、これほどに雨妹たちの想像に寄せてくれるとは、胡天の閃きは時代の先を行く人なのだろう。
彼を頼ろうと思った雨妹は、やはり正解だったということだ。
改造した軒車を、責任者としての最終確認をするのは
「ふわぁ!」
友仁がごろりと中に寝転がり、感嘆の声を上げる。
軒車の中に布団が敷かれているのが、友仁的にかなり斬新だったようだ。
「私もこれが欲しい!」
キラキラした顔でおねだりする友仁は、よほど往路での軒車漬けの日々が苦痛だったらしい。
けれどさすがに皇族が乗る軒車を急にいじるわけにはいかないようで。
「皇族が使用する乗り物は、宮城からの許可が必要です」
可哀想だが、決まりなのでどうしようもない。
――次の機会に期待しようね!
そして肝心のジャヤンタの行先は、まずは佳へ異動してから
どの国であっても、宗教施設は訳あって逃げざるを得ない者の隠れ家を提供してくれるからだ。
孤島の寺院などがあれば下手に政治利用されないし、ジャヤンタも雑音に惑わされることなく、己を見つめ直すことができるのだが。
このようにして色々と準備をしていると、時期もちょうど百花宮の中がそれなりに整う頃になってきた。
そう、友仁が百花宮へ戻る日が来たのだ。
都へ戻る友仁一行で街道に繋がる門前が賑わっていた。
幡の街での滞在の思い出に浸る者や、都が既に恋しくなっていて「やっと帰れる」と清々している者と、それぞれの表情は様々だ。
そんな中で往路と同じく荷車移動な雨妹はというと、
ちなみにこちらも一緒に移動の
――道中で壺焼き芋をご馳走してあげるからね。
そして雨妹が乗り込む荷車のすぐ後ろには、四輪軒車がある。
この一行に紛れて、ジャヤンタも移動なのだ。
軒車の一台程度が増えても一見してたいした差ではないので、彼一人だけを別で送り出すよりも安全だと考えられ、このようになった。
ジャヤンタの件を知らない者たちには、「ついでに途中までの道中に混ぜてもらう
こう聞けば、それぞれがいいように想像を巡らせるだろう。
このように帰りの最終準備でわいわいと賑わっている中、友仁は見送りに来た沈と別れの挨拶をしている。
結構長く共に時間を過ごしたので、挨拶も長くなるだろうと、雨妹は友仁の様子をのんびりと見守っていると。
「雨妹」
そう声をかけられ、雨妹がいる荷車の方へやって来たのはリフィだった。
「リフィさん、どうもお世話になりました」
雨妹はリフィにそう挨拶をするが、自主謹慎中であったリフィとは、あれ以来久しぶりに顔を合わせたことになる。
「あなた方が去ってしまうと、邸が寂しくなるわ」
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
そう話してからしばし黙り込んがリフィだったが、やがて意を決したように顔を上げた。
「私、奶茶が好きみたい。
お役目だとか女の嗜みだとかではなく、ただ好きなの」
決意表明のようなリフィに、雨妹としては「なにを今更?」という思いである。
「そうでしょうね。
好きでないと、あそこまで拘りませんよ、普通は」
「そうかしら?」
あっさり納得してみせた雨妹に対して、リフィ当人としては、そういう気持ちに今回初めて気付かされたらしい。
――案外他人の方がよく見えていた、ってことなのかもね。
沈がリフィに手こずっていたのは、彼女のこういうところなのかもしれない。
「それで思ったの。
市場の商店主たちみたいに、私もたくさんの人と出会って、私の淹れた奶茶を飲んでほしいわ。
そしていつかどこかで茶店を開いて、そこの女主になるのよ」
楽しそうに今のところは想像でしかない未来を語るリフィは、今までのどのリフィよりも柔らかな顔をしていた。
ずっと他者に従属する立場であったリフィが、主になると発言するのは、たとえ小さな店だとしても、どれだけの勇気であることだろう?
「素敵ですね、それは夢ではなくて、いつか実現する未来ですか?」
雨妹が当たり前の事実を確認するように問うのに、リフィはホッとした顔で頷く。
「そうよ、今からそのお金を稼がなくっちゃ。
お金を稼ぐなんてしたことないけれど、きっとできる。
だって、これまでだって出来ないことを出来るようにやってきたのだから」
これまでの人生の歩みを自信に変えつつあるリフィの表情は、とても美しいと雨妹は思う。
「それならできれば、都のお店にしてほしいですね。
私、どうにかして外出をもぎ取って飲みに来ますから」
「ふふ、都にも一度行ってみたいものですね。
とても美しい街だと聞いています」
雨妹とそのように朗らかに会話したリフィは、ジャヤンタが横になっているであろう四輪軒車の窓へ近寄った。
「もう今後お会いすることもないお方、どうぞすこやかにお過ごしできることを、遠い空からお祈りいたします」
密やかに窓に向かって囁くリフィに、中から応えがあった。
「もう会うことのない娘、そなたも自由に生きることを祈ろう」
それが、元婚約者同士だった二人の別れの言葉であった。
今後二人の人生は交わることもあるかもしれないし、永遠にないかもしれない。
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