第547話 本性を推理
ジャヤンタの存在を公にすることは確かに難しいにしても、少なくともリフィの虐待から救出することは、
それをしなかったのは、ジャヤンタをリフィに面倒をみさせていた方が、沈にとって状況がマシだったからだ。
この邸は丹から譲り受けたものなので、使用人に台所のボルカを始めとして、丹国人が多くいる。
彼らを上手く扱うのに、リフィを優先する方が都合よかった、ただそれだけの理由で、ジャヤンタは捨て置かれていた。
それを計算して実行するのが、
ではそんな彼が、リフィにはやたらに親身であるように見えるのは、どういう訳なのか?
雨妹はその訳についての想像を口にした。
「リフィさんに救いの手を伸ばしたのは、国がどうのという理由ではなく、ただ、見ていられなかったから。
彼女の気持ちがわかるからだったのではありませんか?」
雨妹には、沈の幼少期からの立場と気持ちを詳細に想像するのは難しいだろう。
けれど、時代に翻弄された人だということくらいはわかる。
雨妹とリフィの境遇が重なって見えたように、沈もまた、リフィの中に過去の己の姿を見たのではないだろうか?
「鋭い娘だ」
深くに切り込んだ雨妹の言葉に、沈が苦笑する。
「宮城で、後宮で居場所を必死に求めたのは、我とて同じ。
その焦燥感や、居場所を得るためならばなんでもやるという破れかぶれな気持ちを、我はわかってしまうのだよ。
人はリフィを愚かな女、悪女よと囁くかもしれぬが、我はそうは言いたくない」
目を閉じてなにかに思いを馳せるようにした沈は、しかし目を再び開いた時にはそれを振り切っていた。
「しかしだからといって、傷を舐め合うつもりはない。
手を差し伸べはしよう、だが立ち上がるのは己である。
転げたまま立ち上がらぬならば、それまでであったということだ」
それはリフィに言っているのか、はたまた過去の己に言っているのか。
雨妹にもそこはわからなかった。
「ふぅん?」
そんな雨妹と沈のやり取りを、
「お前は、あのような質問をするとは、ヒヤリとさせるな!」
朝食会を終えて部屋を出ると、
「だって、聞いていいと言われたのですし、なにか聞かないと殿下も引っ込まない顔でしたし」
「それで素直に聞く奴があるか、当たり障りのない質問で誤魔化せばいいのだ!」
出てきた途端に喧嘩を始めた雨妹たちを見て、部屋の外で待っていた
友仁が中であったことを説明していたが、友仁では若干話の内容へ理解が追い付いていないので、そこを宇が補足していた。
「遠回しではなく直に問うとは、大胆ですね」
胡安のそれは褒めているのか、貶しているのか。
明はただやれやれ顔である。
「けど沈殿下はやはり、リフィさんを憎からず思っているんですねぇ」
沈のリフィへの態度には愛情があるのではないか? というボルカの考えは案外外れていなかったのだと、雨妹がちょっとホッコリした気分になっていると。
「そうかなぁ?」
しかしこれについて、宇の見解は違うようだった。
「何宇はどう思ったの?」
友仁が好奇心いっぱいの目で尋ねるのに、宇が答える。
「あの方はおそらく、女人に母親を求める人だと思います」
この答えに友仁は謎ばかりという様子で首をひねっているが、宇は要するに沈がマザコンだと言っているのだ。
――まあ、マザコンにも色々あるか。
愛情深い人だった母親にいつまでも依存する例と、母親の愛を知らないからこそ理想の母親像を作り上げてしまうという例。
「根拠は?」
雨妹が尋ねると、宇は言葉を探るようにして答えた。
「難しいけれど、これっていうのは『目』かな。
ああ、そういう感じじゃないなって思えるっていうか。
それに飛からの情報から考えても、あの殿下は女性が苦手だというか、歪んだ女性観がありそうと見たね」
「後宮育ちって、そういうのがなくもないかぁ」
宇に断言されると、雨妹は妙に腑に落ちてしまう。
なにしろ女の愛憎のドラマが詰め込まれている場所なので、普通に女に対して妙な強迫観念を持って育つこともあるだろう。
特に後宮の端っこで育ったような友仁と違い、沈は戦乱の荒れた時期に後宮の中枢にいたのだ。
想像するだけで、女性像というものが歪みそうではある。
「ね、それで言うと、面白みのない環境っていうのは、案外幸せだよね」
「だねぇ」
雨妹と宇がしみじみと語り合っていると。
「子どものくせに、鋭い……」
明が微かにぽそりと呟いているのは、雨妹の耳には入らなかった。
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