第518話 祈りも商売らしい
ジャヤンタのような裕福な立場であれば、寄付金くらいどうということもないので、「金を払うだけで祈りが届く」と前向きに思えるのかもしれない。
続けて
「それに、宜の神っていうのは、戦意高揚と勝利祈願をするもんさ。
弱者の救済はしてくれるのかねぇ?」
「ああ、戦争大好きな国の神様なら、当然戦神ですよね」
なるほど、そんな神様ならば、ジャヤンタのように「死んだ兵士の魂の安寧」を願う相手としては見当外れだ。
ジャヤンタが宜で神に祈れなかったのは、そうした事情もあるのだろう。
――宜の王様や商人連合は、貧しい層の国民からは疎まれているかもね。
神への祈りすらも金をとるのだから、金持ちとそうでない人たちで、生活の苦しさが大きそうだ。
それに貧しい上に学や技能がなければ、手っ取り早く金を稼ぐ方法は兵士になることだろう。
つまり兵士とは搾取される者たちの代表格であり、悪く言えば使い捨てだ。
そんな兵士たちに、王太子が寄り添うような言動をすれば、民衆が現在の宜という国の在り方を疑問視し始めることに繋がるかもしれない。
もしかするとこれが、ジャヤンタが商人連合に排除されることとなった一因とも考えられる。
すなわち、ジャヤンタは他者から搾取する生き方に乗ることができない、真っ当な感性の持ち主だったということだ。
――っていうか、宜のお偉方とは性格が合わない人だよね。
「強く勇ましく戦好きな王子」という仮面を被らなければ、その場に立っていることすらできなかったジャヤンタが哀れだ。
彼も生まれる場所が違えば、「立派で優しい王子よ」と褒め称えられたであろうに。
あるいは王子として生まれなければ、生きやすい場所を求めて旅立てたであろうに。
自ら生まれる場所を選べない故の悲劇である。
――この人は、この場に
甘えを出されないように顔見知りを排除した配置であったが、むしろジャヤンタは顔見知りがいないからこそ、本音を吐き出せた面もあるだろう。
それにジャヤンタとて、別に王子失格だったわけじゃあないだろう。
王の資質として、弱虫なのは別に悪い事でもないと、雨妹は思うのだ。
太子もそうだが、やたらに他人に喧嘩を売らない性格ならば、平和な国を築ける気がする。
足りないところは、側近に立勇がいる太子のように、誰かに補ってもらえばいい話だ。
ジャヤンタのしくじりは、己を補ってくれる信頼できる人物が周囲にいなかったことなのだろう。
そもそも信頼できる側近がいれば、ジャヤンタがこうまでなる前に歩む道筋を正してくれたと思うのだ。
このしくじりに関しての根本的な問題は、宜に王子を立派な王として育てるつもりがないことだ。
商人連合が国を牛耳っている現状では、むしろ立派な王に成長してもらっては困るということか。
大体、ジャヤンタがこのように見せかけだけのへっぽこ王太子だと、商人連合が気付いていないということがあるだろうか?
敵にはならない、どうとでもなる存在だったからこそ、ジャヤンタは放置されていたのではないだろうか?
それなのに、ジャヤンタは突然襲われて殺されかけた――公式発表では死亡が確定していることを考えるに、ジャヤンタはなんらかの事で商人連合を本気で怒らせたのかもしれない。
ジャヤンタ自身ではなくとも、彼を支持する商人連合を疎む者らが、商人連合の商売を横取りを画策したとも考えられる。
――リフィさんのことも、なにか邪魔になったとか?
もしかすると、丹の姫は案外庶民から人気があったのかもしれない。
今は心を病んでいるリフィだが、心根は善良な女性なのだ。
しかも庶民との交流にも嫌な顔をしない人なので、宜の城での評価と庶民の評価は違っていた可能性もある。
しかしリフィを安易に排しては丹との国際問題となるだろう。
それ故に丹からの批判を躱すための流言が「王太子殺害犯」だったとも考えられる。
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