第517話 神への祈り
それからジャヤンタはしばらく嘆き続け、泣いて咳き込んでを繰り返した。
――同じ「王の跡継ぎ」でも、色々なんだなぁ。
崔国の太子と、把国のダジャルファードと、宜国のジャヤンタ。
この三人の性格がそれぞれに違うのが、なんとも興味深い。
太子は武の面が全く駄目な人らしいし、ダジャルファードは若干脳筋の部類に入りそうな性格だ。
ジャヤンタはというと、その両者の狭間といったところだろうか?
なにはともあれ、ジャヤンタは好きなだけ泣けたら気持ちが落ち着いてきたようで、泣き疲れて枯れた声で呟く。
『リフィがいると、私はいつまでも王太子のまま、死した魂から逃れられぬ……もし、私が「戦場の猛鬼」と呼ばれし崔の皇帝のようであれば、もっと楽であったのだろうか?』
急にあの父のことに言及され、
――父、よその国でそんな二つ名がついていたのか。
隣国である宜では「戦上手で立派な王」の手本として、父をよく引き合いに出しているのかもしれない。
「どうなんですかね?」
雨妹はあの父の全てを知っているわけではないので、この問いについての答えを出せそうな
「やれやれ」
明はジャヤンタへの威嚇を止め、一歩前に出る。
「我らが皇帝陛下は、戦場で戦う兵士の明日への恐怖に常に寄り添ってくださった方だ。
陛下であれば、きっと殿下の気持ちを理解してくださるだろうよ。
強さとは、腕力のことのみではない」
『そうか……羨ましい』
明の意見を
どうやら宜では弱虫で泣き虫な王子には厳しく、居所がないらしい。
彼の心がこのように病んだままでは、身体が回復したとしても、またいずれ体調を崩してしまうだろう。
そう思って雨妹は床にへたり込んだままであったジャヤンタの身を起こし、提案してみた。
「ジャヤンタ様、ではお望みの通りに神様にお祈りをしますか?
ここは宜ではなく崔ですし、神に祈ることを誰も批難したりはしません」
『そう、なのか?』
だがこれに、ジャヤンタはまだ不安そうな顔になる。
よほど宜で強固に反対されていたのかもしれない。
「我が国の皇帝陛下だって、日々神に祈りを捧げますよ。
ねぇ、
「うん、私も陛下のための廟に、一度だけ入れてもらったことがある。
そこで色々なことを祈るそうだよ」
雨妹が話を振ると、友仁がそのように語る。
皇帝専用の廟に入るとは、後宮ウォッチャーたる雨妹にはさすがに容易に近付けない場所なのに、友仁はなかなかに貴重な経験をしたらしい。
このように神頼みは普通の行為であるのだと、雨妹と友仁で口々に説明すると、ジャヤンタは表情を微かに和らげ出す。
『では、神殿はあるか?』
だが次いで問われたことに、雨妹は首を捻る。
――神に祈るのに、場所を選ぶ必要はないでしょうに。
そもそも宜であっても、神に祈り贖罪を乞うくらい、一人隠れてひっそりやってしまえばよかったのに。
それとも、ジャヤンタなりの祈りへのこだわりがあるのだろうか? と不思議に思う雨妹であったが、ふと思いついたことを呂に尋ねた。
「ひょっとして宜では、『お祈りは神殿でするべし』とでも決まっているんですか?」
この問いに、呂が口の端をくっと上げる。
「宜の神殿が商人連合とがっちり組んでいるのは、有名な話でさぁ。
その上、薬の販売は神殿が許可を出すんで、寄付をケチっては薬を売ってもらえねぇのさ」
「ふぅむ」
呂の答えに、雨妹は「そういうことをしそうな国だ」と妙に納得してしまう。
それにしても、なんとも下種な神殿があったものだ。
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