第513話 怒りの正体

『無礼な! しょせんは皇子の一人でしかない輩が、王太子である我にそのような言葉を吐くとは!』


無事な方の腕であたりを探り出したジャヤンタに、なにも出来はしないとわかっていても、ミン胡霜フー・シュアンが剣と棍の先を向ける。


『くそぅ!』


ジャヤンタが忌々しそうに舌打ちするが、おそらく無意識に剣を探したのだろう。

 無礼者を切り捨てることは、ジャヤンタにとってなんということはない日常だったのだろうか?

 いや、仕草だけの脅しをしようというつもりだったのかもしれないが、大の大人が子どもに向かって剣を向けるなど、逆にジャヤンタの方が「なにをムキになっているのか」と馬鹿にされる行為であろう。

 だが今のジャヤンタには、そんなことも判断できていない。

 ジャヤンタの言葉は通訳されずとも、友仁に対する悪口であるのは明らかであるため、リュは通訳せず、友仁ユレンも求めなかった。

 だがこれがまた、己をないがしろにする行為としてジャヤンタを怒らせる。


『我は宜の王太子ぞ、なんだその態度は!?』


怒鳴り散らすジャヤンタに、友仁がさらに言う。


「ああでも、未だにこちらの言葉が満足に話せないとなれば、仕事も日雇い程度しかできないでしょうけれど」

『なにを、なにを言うか……!』


呂がちゃんと一言一句正確に通訳しているようで、怒り心頭のジャヤンタは言葉も出ないようだ。

 ちなみにこの友仁の台詞は、胡安フー・アン監修である。


「ですが、王太子ではなくなったあなたの、これが現実です。

 リファレイヤ王女は色々な技能をお持ちなので、あちらの方がまだ仕事を選べますよ」


いよいよ話が核心に迫ると、ジャヤンタは目を血走らせて叫ぶ。


『馬鹿を言うな、この私があの無能姫よりも格下だと言うか!?』


大声を出し続けたせいで荒い息を吐くジャヤンタの言葉に、友仁があからさまに嫌悪の目を向けた。

 リフィとの婚約は国同士の政略だったのだろうに、その婚約者を大事にできないだなんて。

 よほど宜の国力を背景に持ち、いい気になっていたのか?

 それに、こんなに短気では王太子として困るだろうに、誰もそれを窘めなかったのだろうか?

 友仁は崔で認められた皇子だ。

 その友仁に攻撃の意志を示すことは、崔国を攻撃する意思があると捉えられるというのに。

 ジャヤンタは王太子であったのだから、国同士の交渉の場にだって出たことがあるだろうに。

 ならば当然、宜よりも格上の国だってあったはず。

 そうした場で怒りをまき散らせば、それこそ戦争一直線だ。

 戦商売で儲けている国とはいえ、それと自国が戦場になることとは、また話が別なはずだ。


 ――そういえば、政治は商人たちが取り仕切っていたんだっけ?


 ならば王太子とは、政治の世界のこともやらないお飾りだったというわけか。

 いや、だがそれにしても――

 そこまで考えて、ふと雨妹は自身の思い違いに気付く。


「そうか、逆なんだ」


雨妹は思わずそう零す。

 自信家で誇り高い、大国の王太子。

 雨妹たちはジャヤンタをそのように読み解いていた。

 しかし、本当に己に自信がある人ならば、今のジャヤンタのように人の言うことに細々と噛みつき、怒るだろうか?


 ――いいえ、本当に自信家な人は、他人の意見なんてむしろ意に介さない。


 それは前世でもそうだったので、よくわかる。

 特に医者なんていう仕事は、ある程度自信がないとやっていられないので、看護師として自信満々な相手との付き合い方も慣れたものだった。

 そして今のジャヤンタのような態度は、彼らの同類とは言えない。

 ならば、どういった者が他者に噛みつき怒るのか?

 雨妹がそんなことをつらつらと考えていると。


「どうしたの、雨妹?」


雨妹の呟きを拾い聞いた友仁が、こちらを振り返る。

 明と胡霜までじぃっと見てくる中で、雨妹は今浮かんだ思い付きを口にした。


「友仁殿下、この人は単なる臆病者です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る