第514話 臆病な王子様

「臆病者?」


友仁ユレンはジャヤンタの言動と臆病という言葉が繋がらないのか、不思議そうに目を瞬かせている。


「ああ、なるほど」

「言われてみれば」


一方で雨妹ユイメイの言葉を聞いたミン胡霜フー・シュアンが腑に落ちたような顔になり、リュは楽しそうにニヤニヤしていた。

 そんな中で、雨妹は友仁に告げる。


「友仁殿下、真の強者とはやたらに怒鳴らないものですよ。

 だって見るからに強そうであれば、強者がわざわざ威嚇をせずとも、相手は勝手に逃げますもの」

「真の強者……父上のような?」


この説明に、友仁がウンウン考えた末に皇帝の名を捻り出すのに、雨妹は頷く。


「そうです。皇帝陛下がやたらに怒鳴り散らすところを、想像できますか?」

「ううん、できない」


雨妹の問いかけに、友仁は即座にフルフルと首を横に降った。


 ――あの父は、怒る時は静かに怒りそうだもんね。


 雨妹も友仁に同意である。

 それに雨妹も前世での新人看護師時代に、恐れていた当時の看護師長がいた。

 雨妹がとある失敗をしてその看護師長からしこたま叱られた時には、声を荒げるわけでもなく、全く変わらない抑揚の静かな口調で念仏のようにとつとつと説教してきて、かといって適当に聞き流せる雰囲気でもなかったものだから、すごく怖かったものだ。

 そういう静かな怒りは、激しく怒る人に比べて「怒っています」という前振りに気付きにくい分だけ、なにが怒りの地雷なのかがわかり辛く、怒らせる方がドツボにはまってしまったりもする。

 その点、ジャヤンタのような人物は扱いやすい部類であろう。

 ジャヤンタは臆病だから、それをなんとか隠して己を強く見せようとして、周りに必要以上に敬うように強要する。

 幼少期から自身に「私は強い王太子だ」と暗示をかけるようにして育ち、大声で威圧的な態度をとることで、虚勢を張って己を守る。

 そうして周りから自分を「ヨイショ」されることで、やっと王太子でいられた。

 そのように思うと雨妹の目には、ジャヤンタの姿が一回り小さく見える気がした。


 ――この人、いいように扱っていれば担ぎ上げやすかっただろうなぁ。


 ジャヤンタが「反商人連合」の旗印になっていたことを、雨妹はそう推測してしまう。

 そうやって商人連合の権力独占に不満のある連中がジャヤンタを利用した結果、ジャヤンタ自身は商人連合に疎まれて殺されかけたという流れだったのではないだろうか?

 雨妹はこの想像がしっくりくるように思える。


『なにをごちゃごちゃと喋っているのだ!?』


自分を無視するようにして雨妹たちが話していることに、ジャヤンタがまた怒る。


 ――やっぱり、怒鳴り声にも凄味がないんだよね。


 それだけ、ジャヤンタの怒りが薄っぺらいということだろう。

 雨妹たち側の「王太子だから、偉そうな言動になるのはある意味当然だ」というある種の思い込みが、現実をわかりにくくしていたのだ。

 それに加えて、ジャヤンタが一番激しい反応をしてみせたのは、友仁が「リファレイヤ王女」の名前を出した時だ。

 これについても、雨妹はある考えに思い至る。


「あなたは、リフィさんが恐ろしかったのですか?」


雨妹の問いかけを呂が伝えると、ジャヤンタはその表情をこわばらせた。


「リフィさんは言葉の習得にせよなんにせよ、事を為すのに努力を厭わない方なのでしょう。

 努力をして結果を出すリフィさんに、あなたは嫉妬したのではないですか?」

『うるさい、うるさい!』


雨妹の追及に、ジャヤンタは怒鳴りながら足をふらつかせ、ドサリと床に倒れ込む。

 そんなジャヤンタに手を貸そうと雨妹が近付くが、あちらは足を蹴り上げてなおも威嚇してくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る