第508話 青空の向こう
それで自分の立ち位置を確認したいのだ。
だから自分が望む話をしなかった人は、「自分とは違う世界に生きる人だ」と追い出そうとする。
――拗らせているなぁ。
雨妹はこういう人を、前世でそれなりに見てきた。
そんな中でも、リフィの性根は善良な方である。
本当に性根が腐っている人程の悪意を、リフィから感じられないのだから。
けれどだからこそ、拗らせると加減がわからず、泥沼に陥ってしまう。
その末が、あのジャヤンタへの行為である。
恐らくリフィは、丹で暮らしていた頃から聞き分けの良い人だったのだろう。
立場が微妙な王女としての暮らしは、常に人の目を気にして生きていくものだったのかもしれない。
だが今、そんな「良い人」と見られたいと願うリフィの仮面が剥がれかけているのだ。
雨妹はリフィの睨みつける視線を、真っ直ぐに見返す。
「知り合った旅の人が言っていたのですが、『隣の芝生は青く見える』ものなのですって。
同じように育っている芝生なのに、それが他人のものであると思えば、何故か自分のものよりも良いものである風に見えるのだとか」
「ふむ、上手いことを言う旅人だな」
前世でも広く知られる真理に、
「まさにその『隣の芝生』と同じことです。
他人の人生がとても幸せなものに見えていても、その裏ではとてつもない不幸を背負っているかもしれないでしょう?
例えば、この青空はどこまでも同じ青さが続いているように見えます」
あちらの空の下に行けば、もっといい暮らしができるのではないか? と想像して憧れたとしよう。
けれど、あの空の下では、実は酷い砂嵐が止まない日々が待っているかもしれない。
山の向こうは、ひどい雷雨が続いているかもしれない。
結局、自分が今いない場所がどんな風かなんて、わかるはずはないのだ。
色々な機器が発達して離れた場所のことが詳細にわかった前世でだって、情報と実際が全然違うということは、よくあったのだから。
「だから、今自分が立っているこの場所で、精一杯やることが幸せへの近道なのだと、私は思っています。
自分を生きさせることができるのは、結局自分なんですから」
他人が施しをくれても、憐みをくれても、それは少しくらい足しになるかもしれないけれど。
自分を前へ進ませることができるのは、結局自分なのだ。
「今の私は、自分の足で自分の人生を歩けている。
これはとても幸せなことです」
今世でも前世でも、自分の人生を自分で選べない人は大勢いた。
なので、雨妹の生まれは他人から見れば不幸に見えるかもしれないが、幸運な面だってちゃんとある。
「リフィさんも、お仕事ができて得意なことを活かして人を手助けできて、幸せでしょう?」
「……」
雨妹が問うと、リフィはなんと答えるべきかと困っている様子である。
――そんなこと、考えたこともなかったっていう顔だよね。
こう言ってはなんだが、リフィがいつまでも憐みに浸っていられたのは、ある意味生活の保障があったからでもある。
明日の食事に困る暮らしにまでなったのであれば、もっと早くに気持ちを切り替える必要に迫られたであろう。
余裕があるからこそ、悩みが深くなるというのは皮肉な話だ。
その後、リフィからなにも言葉が返ってこないので、雨妹はここで会話を切り上げることにする。
「さて、あまり戻りが遅くなると、友仁殿下が心配しますね。
あまり長く沈殿下からリフィさんを借り受けるのも、申し訳ないですし」
雨妹はそう述べると、再び邸に戻る足を進めるのだが。
「そういえば」
戻る途中、立勇がふと思い出したという様子で言った。
「小さな『雨妹』とやらは、今でもまだ泣いているのか?」
これに雨妹は目を丸くするが、「雨妹」を気にかけてくれた立勇に嬉しくなる。
「いいえ。私がちゃんと約束を守ったことを、褒めてくれていますとも」
満面の笑顔な「雨妹」を思い浮かべて誇らしく胸を張る雨妹に、立勇は「そうか」とだけ零すのだった。
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