第507話 ちょっとだけ、昔話
まさか雨妹が皇族と認められた側を憐れむなど、思ってもいなかっただろう。
けれどこれは強がりではなく、掛け値なしの本音である。
――皇族になるなんて、楽しくないやい!
だが、リフィはまだ引き下がらない。
「雨妹は、
リフィが少し怒ったように眉を吊り上げ、今度はもっと具体的に問う。
「……!」
このぶしつけな言い方に、
リフィの言葉は友仁への侮辱でもあり、近衛としては見過ごせないのだろう。
だが雨妹はとっさに手を動かして立勇に堪えてもらう。
――けれど、これがリフィさんの本音だろうな。
リフィは雨妹に言う形で、実は自分の本心を吐き出してしまっているが、果たして当人はそのことに気付いているだろうか?
友仁が妬ましいのは、むしろリフィ本人ということだ。
それにしてもリフィは、雨妹を自分の仲間に引き入れたいのだと思う。
仲間を増やしてなにか利を得ようというよりも、「私だけが不幸なのではない」という安堵感を欲しているのだろう。
気持ちをわかり合える仲間と語ることは、悪いことではない。
ただ、リフィはその仲間探しがものすごく下手だとは思う。
そして前世での経験上、こういう人に「暗いことを考えずに、前を向け!」と叱咤したところで、その心に響き辛い。
――それに、前向きなのが大事なわけじゃあないし。
前向きではなくてもいい、後ろ向きでウジウジしていてもいい。
ただ、その場で足踏みをするばかりで、気持ちをどこにも動かせないと、心も身体も澱んでしまうのだ。
リフィの心に届かせるために、雨妹もリフィと心の視線を合わせてみる。
「殿下を妬むというのは別にして。
私だってこれまでに、『もし自分が公主だったなら』と想像したことくらいはありますけどね。
もしかしたら、今頃ヒラヒラの綺麗な服を着て、大勢にかしずかれて暮らしていたりするのかな? なんて考えていましたよ」
「……!」
雨妹の話に、立勇が驚いたように目を見張るのが見えた。
――まあ、今までこんなことを言ったことないしね。
雨妹だって赤ん坊の頃から悟っていたわけではなく、己の身に起きた理不尽に怒ったり嘆いたり、媛様暮らしに憧れたことくらいあるのだ。
いくら前世の記憶があるとはいえ、子どもにとって辺境の尼寺での生活はとても辛いもので。
かといって逃げ場所があるわけでもないので、妄想を逃げ場所にするしかなかったのだ。
そんな立勇を横目にしつつ、「けれど」と雨妹は話を続ける。
「すぐにそんな妄想は無駄な時間になりましたけどね。
何故って、そんな想像をしていても、お腹は膨れませんもの」
妄想に浸っている暇があれば、その間に畑を耕していた方がマシだ。
自分で耕しただけしか畑が使えず、種を蒔いただけしか実りも得られない。
人生とは全てにおいて、そういうものなのだから。
「それでも、どうしても苦しくて悲しくなった時は、心の中の小さな『泣き虫雨妹』を慰めてやるんです」
よしよし「雨妹」、悲しいのならさっさと寝てしまおう。
大丈夫、見たことのない光景を、いつかあなたに見せてあげるから。
そして、素敵な婿殿に巡り合って、楽しく笑うの。
けれど私は案外男を見る目が厳しいから、出会うのはすごく先のことになるかもね?
そんな風に泣きじゃくる自分の中の「雨妹」を慰め、励ましながら生きるのだ。
そして悲しみや苦しみをひとつひとつ乗り越えたり、慣れたりしながら、今に至る。
雨妹の話を聞いたリフィはうつむき、自分の影をじっと見つめていた。
「雨妹は、強い人なのね」
そしてやがてそうポソリと零すのに、雨妹は首を横に降る。
「強いか弱いかではなく、目の前のことをちゃんと見えているかだと思いますけどね」
「……そんなこと!」
雨妹の言葉が叱っているように聞こえたのだろう、リフィは微かに顔を上げてこちらをキッと睨みつけた。
――お、また本心が漏れたね。
雨妹はひそかに拳を握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます