第493話 考察する雨妹

シェンは昨日のあの朝食の席で、やたらにジャヤンタを持ち上げ、逆にリフィの評価を下げるような言動を繰り返していた。

 素直とは言い難い性格らしい沈なので、雨妹ユイメイは彼の言うことを額面通りに捉えない方がいいだろう、とは感じていたのだが。


 ――あれがもし、姫としてのリフィさんがずっと置かれていた環境の、再現だったとしたら?


 よくよく考えて見れば、沈は別にリフィを自らの傍で使い続ける必要はない。

 リフィを保護するだけであれば、別にああして側仕えとして取り立てずとも、誰か信用のおける他者に預ければいい話なのだから。

 それをわざわざ側仕えとして扱っているのは、沈がリフィを「才能あり」の人材だと知ったからではないだろうか?

 それに崔国語を覚え、丹はもちろん宜の言葉にも堪能な異国人のリフィがいれば、幡に多い丹や宜方面から来た異国人との交流が活発になる。

 実際、リフィは雨妹たちが幡に来たばかりの時に女性関連の問題でうんざりしていた所に、「陽気で気の良い女が多い」と教えてくれた。

 あの言葉からも、リフィは街で暮らす人々と交流があるのだとわかるだろう。

 そんなリフィが故国の丹で不遇であったのは、正妃と側妃の権力争いのせいだ。

 リフィがその権力争いの道具として嫁がされた宜は、女性の地位の低い筋肉信者の国だった。

 つまり、リフィは生まれてから崔に逃れるまでずっと、自身の能力を周囲に認められることがなかったということだ。

 ジャヤンタとは真逆な環境であるが、一方でそのジャヤンタは、宜にいた頃に丹から来たリフィを労わり、不自由を憂いたりしていただろうか?

 懸命に宜の言葉に慣れたリフィを褒めただろうか?


 ――今の所のあの人だと、しなさそうな印象だよねぇ。


 なにしろ雨妹たちがジャヤンタの行動を助けても、彼からは「これではまだ足りない」という渇きのようなものを感じる。

 恐らくは全方面からやんややんやと持ち上げられないと、王太子としての矜持は満たされないのだろう。

 そこから想像をめぐらしても、リフィに対してむしろまだ足りない点を粗探ししそうだ。

 それだとリフィだって捻くれるだろうし、周囲を恨みたくなるだろう。

 そしてその恨みを募らせていた相手の立場が、ある日唐突に失墜したとしたらどうなるか?

 普通に考えて、復讐の絶好の機会だろう。

 もし、それでもまだまだ相手に尽くせる人ならば、もう宗教などを開いて、教えを広めた方がいい人な気がする。

 それに思い返せば、ジャヤンタは沈に「自分は死んだ方がいい」と言っていたという。

 雨妹は最初それを、リフィの立場を慮った言葉だったのかと考えた。

 しかしあのジャヤンタを見ていると、他者を慮るという行為が自然と生じるような為人には見えない。

 そんな人物であるのに、こう言ってしまったジャヤンタの半地下での生活は、一体どのようなものだったのか?

 それを考える上で、雨妹には思いつく病気があった。


 ――リフィさんとジャヤンタ様の状態だと、その病気になる環境は近しいか。


 そこから、雨妹の思考がさらに進もうとしていると。


「雨妹、どうした?」


立勇リーヨンにそう声をかけられ、雨妹はハッとして顔を上げた。

 どうやら長いところ考え込んでいたようで、黙り込んで俯いていた雨妹を、他の面々が心配そうに見つめていた。

 唯一この状態の雨妹にある意味慣れている立勇が、「やれやれ」という表情である。


「ずいぶんと考えていたようだが、なにか思いついたのか?」


そう問うてきた立勇に、雨妹は頷く。


「ええ、リフィさんについてなんとなく感じていたのが、確信に近付いた病名があります」


雨妹が述べると、胡安フー・アンが不思議そうにする。


「リフィ殿に病名ですか? ジャヤンタ殿下ではなく?」


見た目で明らかに身体を病んでいるのはジャヤンタの方であるので、胡安がそう言ってしまうのは無理もない。

 そしてこれこそが、この病の落とし穴なのだから。

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