第494話 リフィの病

雨妹ユイメイは、そのように考えるに至った理由を述べる。


「リフィさんが、不遇な環境から明確にジャヤンタ様に対して反感を抱いていて、その気持ちに従ってジャヤンタ様への虐待行為をしているのであれば、話は簡単だと思うのです」


その場合、リフィを説得して行為をやめさせ、またはその行為を罪に問うてこの地の法に従わせるなり、という選択肢がある。

 これならば、シェンが雨妹に助けを求める必要などなく、証拠を押さえて捕らえればいい。

 それにそもそも沈だって、そんな性格のリフィを友仁ユレンに近付けるはずがない。

 万が一、友仁になにかあった場合、沈は皇帝から厳しい叱責が与えられるのだから。

 ならば沈が、リフィの内面を見極められていないのであれば、考えられるのは、リフィがそうした己の中の復讐心に気付いていない場合だろう。

 もっと言えば、リフィが復讐心よりも別の気持ちに支配されている可能性だ。


「それが、『憐み』です。

 私には、リフィさんが『憐み』の病に陥っているように思えてならないのです」

「憐みの、病……」


雨妹の述べた言葉に友仁が目を瞬かせ、話を聞き逃すまいという表情をしている。

 「憐み」の病――前世で「ミュンヒハウゼン症候群」と呼ばれた精神疾患があった。

 これをわかりやすく説明すれば、病気や怪我になったことで他人からものすごく構われたことで気を良くして、「もっと構ってもらいたい」と考えて、病気や怪我が治った後も、まだ自らが闘病中であることを装うことである。

 これには他人を自分の代理とする場合があり、それを「代理ミュンヒハウゼン症候群」と呼ぶ。

 これはなんらかの手段で他者をわざと病気や怪我状態にさせて、その者を看護する自分を第三者に褒めてもらうことで満足感を味わうのだ。

 前世でも、閉鎖された環境での看護だと見落とされやすいのが懸念点だった。


「……そういうわけで、私はリフィさんがこの病に罹っている可能性を疑います」


雨妹は病についてざっくりと語った。


「なるほど」


立勇が呟き、思案するように顎を撫でた一方で、胡安フー・アン胡霜フー・シュアンが戸惑うように顔を見合わせている。


 ――まあ、唐突な話で戸惑うよね。


 むしろ二人にとって、雨妹の話をあっさり受け入れている立勇の方がおかしいのだろう。

 友仁はとりあえず熱心に聞いてはいるが、「後から誰かに教えてもらおう」という顔に見える。


「病を見分ける手段はあるのか?」


立勇の質問に、雨妹は首を横に降る。


「この病は心の病であるため、見た目では病人であると判断がつきません」


それにこうした病があると知らなければ、違和感に気付くことも困難だろう。

 そしてこの病に陥ってしまう要因に多いのは、幼少期の生活環境による心の傷だ。


「リフィさんの場合は、ずっと『不遇な姫』として憐れまれ続けてきたことでしょう」


丹でも政治的に微妙な立場の姫として肩身の狭い思いをして、宜に政略結婚の駒として向かわされても、「力のない女」として憐れまれ続けた。

 宜でその憐みをより近しい立場から与えてきたのが、ジャヤンタなのだろう。

 ところがそのジャヤンタが、ある時死ぬかもしれない大怪我を負った。


「おそらくはその際、リフィさんが大怪我をしたジャヤンタ様を放っておくこともできず、なんとか手当てを試みた時、誰かしらに褒められたのではないでしょうか?」


ジャヤンタの供か、もしくはリフィを迎えに来た故国の者か、そうした第三者に「慈悲深い、素晴らしい姫だ」と褒められ、一方でジャヤンタは「憐れまなければならない存在」になってしまったわけだ。

 この立場の逆転が、リフィの心に波を立てたのだろう。

 さらに雨妹は語る。


「『憐み』という感情は慈悲に繋がりますが、扱いを誤れば上下関係を明確にする手段に使われてしまいます」


「憐み」は、自身の精神的な立ち位置を容易に押し上げることができる感情だ。

 その「憐み」を初めて与える立場になったリフィは、「憐み」という感情に酔いしれ、虜になったのではないだろうか?

 だからこそ、大怪我をしたジャヤンタの身柄を手放したがらなかったことに繋がるように思える。

 「大怪我をしたジャヤンタ」は、リフィの気分を高揚させてくれる大事な人だからだ。

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