第491話 拗ねても可愛くない
というわけで
やはり呂は
そしてジャヤンタの足の痛めているであろう箇所に、その薬を塗る。
最初は元気に雨妹に噛みついていたジャヤンタも、今は肩で荒い息をついており、文句を言う元気もないらしく、大人しく薬を塗られている。
――でも、こうして疲れることはいいことだもんね。
ジャヤンタの身体に適度に負荷がかかったということであり、きっと明日には筋肉痛になるだろう。
あとは動いたことで消耗した体力を回復するために、あらかじめ用意しておいたお茶とおやつの小ぶりな饅頭を出した。
ジャヤンタはこのお茶と饅頭をペロリと食べてしまったのだが、やはり食事を残したのは喉を通らないというより、動かないから腹が空かないだけだったようだ。
雨妹は茶器と皿を下げながら、ジャヤンタに微笑みかける。
「ジャヤンタ様、歩行をほんの数歩ずつでも、続ければ少しずつ良くなるでしょう。
けれど無理は禁物ですので、身体に異変があればお知らせください」
『……そなた』
このように励ましと注意の言葉を伝えた雨妹であったが、これに何故かジャヤンタが不快そうにしかめ面になって唸った。
『先程から、何故そのように楽しそうなのだ、我を馬鹿にしているのか?』
「はい?」
当然、なんと言われたのかわからない雨妹だが、表情から不満を言われたのはわかる。
だが今の言葉にどこに不快を感じたのかわからず、戸惑う雨妹にジャヤンタがさらに続ける。
『憐れまれるのも我慢ならぬが、笑いものにされるなど……!』
そう言って枯れ枝のような腕を雨妹に伸ばそうとしたところで。
「ジャヤンタ殿下、私の供に理不尽な怒りをぶつけるのはお止めいただきたい」
椅子から立ち上がった
「あの、今のはなんと言っていたんですか?」
雨妹が傍にいる呂にひそっと問うと、呂は「やれやれ」という顔で教えてくれる。
「憐れまれるのも嫌だが、笑われるのはもっと嫌なのだと」
「ははぁ、なるほど」
看護行為を「憐み」と評したらしいジャヤンタに、雨妹はぐっと目に力を籠めた。
『かような子どもに媚びねばならぬとは、なんと情けない』
さらにジャヤンタがなにか言っているが、今のは雨妹も視線と口調でなんとなく察せられた。
きっと「子どものくせに生意気だ」みたいな文句だったに違いない。
これに雨妹は怒りと、同情と、それこそ憐みとが身体の中でぐちゃぐちゃに混じり合い、叫び出しそうになるのをぐっとこらえる。
「ジャヤンタ様が病人へ与える感情は『憐み』なのですね……可哀想なお方です」
代わりにそうボソリと零してから、雨妹はジャヤンタの側を離れるのだった。
ジャヤンタの部屋を出た雨妹たちは、友仁の部屋へと戻るところであった。
ジャヤンタが若干興奮状態であったので、呂は引き続き部屋で様子見という名の見張りをしている。
「とんだ甘ちゃんだったんで、がっかりさ」
戻る道中、
周囲の耳を気にして言葉に気を付けているようだが、言わずにはいられないという表情である。
そんな胡霜に友仁は困った顔をするだけで咎めることはしない。
――胡霜さんの愚痴りたい気持ちもわかるよね。
雨妹としても、
もしやこれも、沈が謀ったのではないか? とすら思えてくるのは、ひとえに沈への信用のなさかもしれない。
唯一、中の様子を知らない
あれだけジャヤンタが騒いだので揉めている声は聞こえていたであろうが、だから余計に心配であろう。
そんな微妙な態度の一同をしばし見ていた明が、ボソリと呟く。
「恐らく、あのお方は怖いのだ。己の因果が返ってくるのが」
「怖い、ですか」
雨妹が明に問おうとしたところで、友仁の部屋へ到着した。
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