第478話 美味しいことは、素晴らしい
さらに
「特に、見た目は素晴らしく美味しそうに見えるのに、口にしたら全く味がしない時の絶望ったら、想像できますかリフィさん!?
見た目も味がしなさそうだったら、まだ心構えができているのに、その落差に心が折られるのですよ!」
思い出すのは、辺境から都に出てくるまでの旅路でのことだ。
とにかく食の選択肢が増えることが楽しくて、なけなしの小遣いで色々と屋台料理を物色したものだ。
それで外れをひいてしまった時といったら、「金を返せ!」と泣きわめいて地団太を踏みたくなる思いであった。
「だから、美味しく作れて当然だなんていう考えは傲慢です、美味しいものを生み出すのに、当然なんてありません!
リフィさんのような美味しいお茶を淹れるお方を、我々白湯を飲む者たちは崇め、拝むべきなのです!」
このように食に対する並々ならぬ思いを募らせる雨妹に、背後からぬっと手が伸びてきて目の前を塞がれた。
「興奮し過ぎだ、落ち着け」
背後から響いたのは、
いつの間に背後に来ていたのかと思うが、視界を塞がれた雨妹は興奮が醒めてくる。
――ちょっと力説し過ぎたかもね。
けれど、言った事に間違いはないし、後悔もない。
雨妹は落ち着いたことを知らせるべく、その手をトントンと叩くと、立勇が手を外す。
後ろを見れば、立勇と
気付かぬ内の早業である。
「まったくお前は、食に関することにはすぐにムキになる」
「……反省します」
立勇からの小言にしゅんとする雨妹だが、立勇はそんな雨妹の肩をポンと叩き、リフィを見た。
「けれど、雨妹が言ったことは間違ってはいない。
己の技術を謙遜し過ぎることは、他の技術者を貶めることでもある。
あなたは我が国の皇帝陛下のお側で立派に勤める側仕え相手にも、『そのようなことは出来て当然だ』と言うのか?
そしてその当然のことができない雨妹は、見下すべき存在だとでも?」
「……! いいえ、そのようなことはありません!」
立勇からの指摘に、リフィがギョッとしたように首を横に降る。
「だが、今の発言はそう言ったも同然である。
雨妹の言う傲慢とは、なるほど正しい意見かもしれぬ」
この厳しい叱責に、リフィは呆然としている。
あくまで自分のことしか見えていない言葉であり、誰かと比べてのことなど頭になかったのだろう。
「あなたは、もう少し視野を広げる特訓をするべきだな」
雨妹が言った特訓話に絡めたのだろう、立勇がそのような皮肉をチクリとするのに、リフィが俯いてしまう。
けれど、これは明らかにリフィの話し方に落ち度があったので、雨妹が庇い立てすることはできない。
――立勇様、ちょっと怒っているのかも。
自身も太子の側近として神経を使う日々を送っているので、今のリフィのような迂闊な言動に厳しいのかもしれない。
それにしても、リフィは今までの人生での会話とは、とりあえず自分を下げておけば良いものだったのだろう。
こんな短い会話から、長くリフィが置かれていたであろう環境が想像できてしまう。
リフィのこの様子は、雨妹が前世に病院で見た、いわゆる「お受験家庭」で育った人を思わせた。
幼少期から受験勉強ばかりをしていた人は、「足りない、もっと頑張れ」といわれ続けることが多い。
けれど環境がこの状態のままに成長すると、人間関係を拗らせてしまう。
他人は自分と同じ環境で育っているわけではないと、知識としてはわかっていても、偏った環境の影響が自然と言動に出てしまう。
厳しい教育を課されてきたから、自分も他人に対して厳しい態度で接する。
それで周囲と上手く付き合えずに心労を溜めてしまい、病院にかかるという人が案外多かった。
リフィは努力の人であり、その努力がなまじ継続できてしまうからこそ、泥沼にはまってしまうのだ。
努力を捨てて楽に生きる姿を目に映すことができないまま、今に至ってしまったのかもしれない。
けれどその生き方を変えるなり、緩和するなりができないと、この先は精神が擦り切れてしまい心を病む未来が待っているだろう。
と、ここで雨妹はふと、このやり取りを黙って見守っていた
思案しているようでもあり、不思議そうでもある友仁に話を振ってみた。
「友仁殿下であれば、己の技量を褒められたならば、なんと返しますか?」
「私? それは『褒めてくれてありがとう』じゃない?
だって、褒められて嬉しいもの」
さすが素直さでは一級品の友仁は、雨妹が欲しい答えをくれた。
「そうですね、自分も嬉しくて相手も嬉しい、最高の答えだと思います」
雨妹は友仁にニコリと微笑んだ。
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